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第20章〈失月夜〉-8-

 それが起きたのは、日没とほぼ同時刻だった。

 カイトーゼのもとに、ナイアデス軍とおぼしき小部隊が山道を進んでいると言う情報がもたらされたのだ。しかも、あれほど注意したにもかかわらず血の気の多い男たちは、人数の上でも勝っていることから我先に手柄を立てようと、襲いかかったというのだ。

 だが、山賊たちの姿をみるや否や十人ほどの兵士たちは慌てて馬首を返して、もと来た道を引き返し始めた。

 馬に乗っていた男たちはそのまま追いかけ、逃げる軍の兵士たちに追いついた。

 そして、細い山道に追い詰めた時、背後から別の兵士たちが現れたのだ。

 挟み撃ちにあって驚いている男たちを、夕暮れの中で崖の上から放たれた弓矢が的確にその体を貫き、あっと言う間に二十数名が殺されたという。

 さらに馬のない者たちが、仲間を追いかけ、その死体を見つけたところを、同じように弓で狙われ命を断たれたという。

「だから、あれほど言ったじゃねえか!」

 報告を聞いたカイトーゼは、全身で怒りを示した。

 その怒号は雷鳴のように集結していた仲間全員に降り注ぐ。

「ただの強奪じゃねぇ。相手は戦が商売の連中だ。そんな敵相手に、人数すらわからずに、勢いだけで殴りかかっても勝てっこねぇってさんざん言っただろうが。勝手に死ぬんじゃねぇ!」

 闇の中でカイトーゼの瞳に悔しさがにじむ。

「敵は戦で飯を食ってる奴らだということを忘れるな! 俺らにだって、頭があることを思い知らせてやる!」

 今しがた合流したリゲルが、この話を聞いてすぐに地形を確認する。

「ならばこちらも裏をかこう。この先に似たような地形がある。囮部隊を用意してくれ。先回りする。くれぐれも思いつきで行動するのは禁じる」 

 冷静で落ち着きのある穏やかなリゲルの声がカイトーゼの怒号で金縛りにあっていた男たちを解き放つ。

 そして厳しい顔で、それぞれが自分の持ち場についていく。

 そして、二度目の交戦が始まった。

 裏街道とよばれる道に兵士の十頭ほどの騎馬が眼下に現れた。暗闇で確認しずらかったが、カイトーゼたちはこれをやり過ごした。

 そして、合図を送った。

 やりすごした兵士の馬の背後から襲いかからせたのだ。次いで、先に待ち伏せをさせていた百人以上の別動部隊で挟み込み、取り囲んで一斉に襲いかかる。

 だが、崖の上にいたカイトーゼは、挟み撃ちで見事襲いかかったはずの仲間が、戸惑ったように自分を見上げて途方に暮れているのを見て眉をひそめた。

「なんだっていうんだよ」

 カイトーゼが、一気に下まで駆け降りた。

 そして、そこで見たものは馬上に縄で縛られて、既に絶命している男たちの姿だった。しかも、馬にまたがっていたのは、多分前ほどのの戦いで死んだ仲間たちの屍だった。

「馬鹿な!」

 カイトーゼが死体の数を確認して唸った時、激しい蹄の音が響き土煙が自分たちに向かって襲いかかって来るのを知った。

 疾風のごとく三十頭近い馬が中央突破し、動揺する男たちの集団に切りかかって来たのだ。

 その統制された動きは、月夜の中、足並みを崩して右往左往する百数十人はいるならず者たちに遠慮する事なく襲いかかる。

「野郎ども、剣を抜け! たたき切れ! 殴り殺せ!」

 予想外の出来事に統制が乱れる。それを知ってカイトーゼの咆哮のような叫びが空気を震わす。

 リゲルの弓矢部隊も阿鼻叫喚となった暗闇の中、うまく狙いを定めることができない。

 馬上から繰り出される狙いを外さない訓練された的確な剣さばきに、次々と仲間が倒れて行く。

 暗闇の中で、撃鉄の響きあう音と、雄叫びや悲鳴が響き渡る。

 圧倒的な数では勝っている自分たちの仲間が、たった三十数人ほどの兵士たちに倒されて行く。

 カイトーゼは騎兵を槍で襲い力任せに馬上から引きずり下ろすと、その馬にまたがった。大男が雄たけびを上げながら長槍を振り回し、騎乗した兵士と互角に戦うさまは相手にとって驚異的な存在感を示していた。

 だが、それもわずかな反撃にすぎず、状況は圧倒的に不利にある。

 相手の動きを封じなければ味方は総崩れとなり、砦への道を開けてしまうことになる。焦りの中で次の動き模索していたリゲルの耳に、指笛の音が飛び込んできた。独特な音律を含ませた指笛を響かせるのはリゲルのよく知った人物だ。

 だが、ここにいるはずのない人物でもあった。

「!」

 音を探し顔を上げると、対治した崖の上に見覚えのある人影が立っていた。

 しかも、その頭上高く輝く天満月に起こりはじめている異変に気がつく。

「始まったのか・・・」

 銀盤がジワジワとに欠けて行くのがリゲルの目に飛び込んで来たのだ。

「ラウセリアスの奴……」

 リゲルはあわててその音に重ねるように指笛を響かせた。

 高く澄んだその音が、騒乱の場所に届く。

 異変を告げる合図。

 カイトーゼは、その指笛を耳にした瞬間に短く唸った。ラウセリアスが来てしまったことを知ったのだ。

 月の光が半分失われ、さらに闇に侵食されていった時、ようやくその場のすべての者が夜空の異変に気がつく。

 剣をふりかざしていた兵士たちを乗せた馬もおびえ始める。

「野郎ども、地面に伏せて目を閉じろ! 月の女神の怒りを受けたくなければ、俺に従え!」

 カイトーゼは、自ら馬から飛び降りて叫んだ。

 兵士らの馬が右往左往する中、それが眼中にないように大声で叫び続け、大胆にも自らが見本になるように敵を前に大の字になって大地に伏せてみせたのだ。

「闇に食われたくなければ、カイトーゼに従え!」

 ギルックはわけがわからなかったが、言われるままに自分も仲間に呼びかけ、地に伏せた。

 崖の上のリゲルたちも、次々と地に伏せた。

「絶対に目を開けるな、顔をあげるな!」

 《ルーフの砦》を統括する二人の指示と行動は、失月夜の恐怖とあいまって瞬く間に、盗賊たちが大地に伏せた。

 指笛の音は闇に鳴り響く。

 夜空には、月が闇の中に消えて行く姿があった。

 馬上の兵士たちもまた、異様な馬の行動に振り回され制御できない。しかも、剣を振り下ろすべき盗賊たちはみな次々と、頭を抱えて地に伏せる。

 何が起きたのかまったくわからない中で、闇に消え行く頭上の月を知り、口を開けたままありえない光景を茫然と見上げていた。

 その月の下に、自分たちを見下ろす人影があることには気がつかない。

 そこには、ラウセリアス、背後にルナ、ランレイたちの姿があった。

 ラウセリアスは、前触れもなく目隠しの布を取り去ると、目が見えないにもかかわらず一人、急斜面の崖を勢いよく滑降し出した。

「ラウセリアス?」

「お前たちはそこで、目を閉じて伏せていろ!」

 だが、嫌な予感がルナをつき動かした。

 ルナはヨルンをランレイに押し付けると、「ここで待ってて」と叫び、そのままラウセリアスの後を追いはじめた。

 どうしてなのかは自分でもわからない。ただ、そうせずにはいられなかったのだ。

 体が急斜面を滑りながら駆け下りる。

 ラウセリアスの背後に追いついこうとしたその時、月が消滅した。




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