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第19章〈見えざる手〉-7-

 自分の叫び声で、ジュゼールは目が覚めた。

 静かな空気と、寝台の中で柔らかな布団に包まれて眠っている自分がいた。

 全身が汗でびっしょりと濡れていた。

 呼吸は乱れ、心臓の鼓動が、音が聞こえるほど激しく打ち付けていた。

「夢……?」

 ジュゼールは思わず自分の両の手の平を顔の前にかざしてじっと見つめた。

 まだ感触があった。

 幼いロディの手と体を押さえつけた感触。

 自分の腕の中で、父に刺されて崩れ落ちるロディ。

 その体を抱きとめた時の体温がまだその手の中に残っていた。

(夢で良かった……)

 ジュゼールはそのまま自分の手で、顔を覆う。

 不安の大波にのみ込まれそうだった。

 父を殺そうと刃を向けたロディ。

 それを止めたジュゼール。

 そのロディを、ボルヘスは躊躇なく刺し殺した。

(私がよかれと思ってしたことが、陛下を危険にさらした……?)

 夢というものを覚えていることがほとんどないだけに、あまりにも衝撃的で鮮明な内容の夢に、ジュゼールは気分が悪くなった。

 夢という言葉で終わらせるには、あまりに生々しく、現実に起こった出来事のように記憶が刻み込まれていた。

 そう思った瞬間、ジュゼールはあわてて寝台から飛び降りると、急いで服を身にまとい部屋を飛び出した。

「陛下は……」

 ジュゼールは、現実にロディの身に何か起きているのではないかという胸騒ぎに駆られ、一刻も早くロディの顔を見ずにはいられなくなった。

「陛下……」

 何度もロディの名を呟きながら、ジュゼールは広間へ出た。

 ロディとミア・ティーナの寝室はジュゼールの部屋の上の階にあるのだが、一度「謁見の間」を通らなくてはならない。

 だが、ロディは「謁見の間」に向かう途中、中庭で一人考え事をしている様子のロディの姿を見つけた。

「陛下!」

 ジュゼールは、安堵のため息をつき中庭へ降りていった。

「ここは朝がくるのが早いような気がする」

 ジュゼールが朝の挨拶をすると、ロディは朝の日差しをまぶしそうに受けながら、静かに笑った。

 その穏やかな表情に、ジュゼールは心に垂れ込める暗雲が取り除かれるような心地がした。

 ロディの身長はジュゼールと頭ひとつほど違ったが、それはジュゼールが長身であるからであって、けっしてロディが小柄だというわけではなかった。

 むしろ兵士らから見てもやや高いほうといえた。

(夢に出て来た陛下は、まだ子供の時のまま……今の陛下ではない)

 ジュゼールは改めて夢を否定しようとした。

 だが、死んでいたロディは目の前の今のロディだった。

「どうした? 様子が変だぞ」

 蒼白となっているジュゼールの顔色にロディが気づき、問いかける。

 ジュゼールは夢の内容を話すのはさすがに気が引けて、とっさにでてきた言葉は馬車で話した続きのような話だった。

「いえ、その……昨日の話のせいでしょうか……。陛下が旅に出てしまわれる夢を見たものですから」

「私が旅に……か? どこに?」

 ロディは興味をもったように澄んだ碧い瞳をジュゼールに注ぐ。

「いえ……その……どこにというのはわかりません。ただ……後ろ姿を見送っていました……。お止めすれば良かったのか、目が覚めたあとでも気になっておりまして」

 言いわけめいた言葉に、ジュゼールは嘘が見抜かれているのではないかと動揺した。

「どこに行くのか聞いてくれればよかったのに」

 だが、ロディは悪戯っ子のようにくすりと笑みをこぼした。  

「そうだな、ジュゼールが止めたら夢の中の私も、現実の私も行かないかもしれない。今までだってそうしてきただろう。ジュゼールには何でも相談してきた。いつも私のことを考えてくれているのが誰かは、私が一番良く知っている。だから、そんなに心配そうな顔をするな。黙って何処かへ行ったりはしない。約束する」

 そして、付け加えた。

「それに、どこへいくにしてもお前が一緒にいてくれなければ私が困るだろう」 

「陛下……」

 ジュゼールはその温かい言葉に深々と頭を垂れた。 

 今朝の悪夢もきっと忘れてしまうに違いない。そう言い聞かせながら。



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