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第18章〈混沌の中の光〉-5-

 クロトはラクスに対して、自分は小貴族の末弟で騎士見習いの落ちこぼれ、名はクロイと称していた。

 あの日、野盗と勘違いされて以来、クロトはラクスと意気投合して仲良くなり、時々この小屋を訪ねるようになっていた。

 ラクスからは、この樹海で生活する知恵や、エーツ山脈の秘密の抜け道などいろいろなことを教えてもらい、狩りや木の実探しにも付き合うまでの仲になっていたのだ。

「お前って、変わり者だよな。貴族の坊ちゃんが、よくこんな樹海の中まで来る気になるもんだ。馬だって進むの嫌がってるんだろう」

「リルカの丘まで来るのだって、普通の馬じゃ体力もないし嫌がる。おれのダイキは優秀なほうさ」

「確かによっぽどの物好きか、山賊でもない限りこの樹海には踏み込まない」

「山賊がいるのか?」

「町に住めなくなった盗人か逃げ込むには最適だけど、山賊までは聞いたことはないな。ノストールで山賊になるなら、海賊になるほうを選ぶに決まってるしな」

「ラクスは海賊になろうと思わないのか?」

「誰かの子分になる気はないね。おれよりお前はどうなんだよ。こんなところに来る暇があったらちゃんと騎士修行でもして偉くなったほうがいいんじゃないのか? 貴族のクセに山人の真似事に付き合ってさ、変わり者だよな」

 そう言うラクスも、風来坊のような生活を樹海でおくっているのは、かなり変わり者だとクロトは思っている。

 そして、ラクスを訪ねる回数と比例するように、クロトはある疑問が大きくなっていくのに気がついていた。

 樹海には確かにどう猛な獣も多く存在するが、ラクスが一人で生活していることからもわかるように、守護妖獣のダイキが恐れるようなものはなにもないのだ。

 そして、もうひとつの疑問。

 ダイキは自らは決して踏み込もうとしない樹海の中に、主人のクロトが行くことを一度として止めたことがない。

 ダイキにとって問題があり、クロトには問題がない場所という意味にも思える。

 真に危険が迫ったときは、自らの危機を省みることなく瞬時に駆けつけるだろうことはわかっているのだが、それにしても「異常」なことに違いなかった。

 クロトは確信している。

 守護妖獣ダイキが主人の自分に理由を明かすことの出来ない隠し事をしていることを。

 そして、その「秘密」はダイキの主人であるクロトに関わる「重大な何か」であることに違いないことも。

 言いたくないのか、言うことすら出来ないのかはわからない。

 ならば、クロトはその「何か」を自分で見つてやることに決めたのだ。

(日に日にいつも厳しい表情をしていた父上に似てくるテセウス兄上。ナイアデスから帰ってから様子が変なアルクメーネ兄上。アウシュダールとはもう随分一緒に過ごす時間をもっていない。母上はいつも窓の外ばかりをご覧になられていて、相変わらず一歩も部屋の外から出られようとなさらない。なんだかみんなバラバラで、俺だけがつま弾きみたいな感じだ)

 クロトはラクスの小屋にはいると、指定席になった窓の下の床に座り込む。

 食卓台も椅子も、何もない殺風景な小屋。

(いや、自分だけが取り残されてるって感じかな……)

 クロトは小屋の中央に作られた小さな囲炉裏に薪をくべ、火をつけるラクスをぼんやりと見ていた。

 エーツの頂に雪が降りはじめるこの季節は、陽が陰ると樹海の空気も急に冷えはじめる。

 床の冷たさが身に染みて、惨めな気持ちが湧いてくる。

 ずいぶん情けない顔をしていたのか、「おい」と ラクスが声をかけて何かを放り投げた。

「肉はやらないけど、こっちはくれてやる」

 黒い何かが放物線を描いてクロトめがけて飛び込んで来る。

 あわてて受け止めると、手の中には大きな赤いブッフェの果実が収まっていた。

「俺も、ここで暮らそうかな……」

 何げなくそんなふうに言ってしまったのは、城をとりまく空気の重さと、取り残されているような不満と孤独感からだったのかもしれない。

「いいぜ」

 ラクスは枯れ枝を両手で折り、火にくべながら呆れたように笑う。

「多分、三日ともたないからな。ボンボン育ちには」

「だよな」

 クロトはがっくりと首を垂れる。

 その姿を見ながら、ラクスはふとある人物を思い浮かべる。

 この樹海に暮らす前の生活の中での、ほんのひと時の出会いだった。

 だが、忘れることのできない鮮烈な記憶を焼きつけ去って行った人物。

 心身ともぼろぼろになった姿で、おびえていた幼い姿。

 そして、苦しげに生きようとする緑色の大きな瞳。

 風にそよぐやわらかな銀色の髪。

 ノストールの人々に忘れられ、父であるカルザキア王殺害の濡れ衣を着せられ、追っ手におびえていた子供。 

『ディアードに会え』 

 ラクスは、その伝言を確かに伝えた。

(あいつは生きてるだろうか。そして、ディアードとかっていう奴に会えたんだろうか)

 ラクスは、なにごとかに落ち込んでいるクロトを見ながら、呆れたように自分もブッフェの実をガブリとほお張る。

(あいつに比べたら、クロイの悩みはなまぬるい悩みなんだろうな。まったく)

 ラクスはあの時のことを誰にも話すまいと決めていた。

 あのあと起こった出来事は、ラクスの身も危険にし、樹海の奥へ奥へと逃げ込む生活を余儀なくされた。

 王殺しの人間をかばったと思われたのだから無理もなかったが、ほとぼりが醒めるまでは町や村で生活することなど夢のまた夢だった。しかも、ラクスは重大な秘密を知ってしまった。

(国中の奴に忘れられた幼い王子がいる。きっと俺が話しても誰も信じない。でも、俺だけは決して忘れない。セレナばあさんのためにも)

 ブッフェの実にかぶりつきながら、ラクスは願う。

(ばあさんの願いどおり、ディアードと会って、帰って来い。そして、またいつか会えるだろうか……。あのルナ王子に)

 ラクスは『ありがとう』と礼を告げた後で、しっかりと自分の目をみたルナの相貌を心に浮かべる。

(生きて帰って来い。そしたら、目の前のこいつにお前の爪の垢を煎じて飲ませてやる。おまえにはぼけっと落ち込んだり、うじうじ泣いてる時間もなかったのになぁ)

 ラクスはルナが元気でいることをいつも願っていた。

(本当の王子なんだから、絶対にアル神の御加護があるよな)

 あの印象深い澄んだ翠の双眸から、亡き人セレナを想い、黙ったまま涙をこぼした幼い顔をラクスは忘れることはなかった。

 そのラクスの視線の先で、クロトは大きく息を吐き出す。

 自分のすべきことが、まだなにも見つけられない、生ぬるい悩みにひたっている貴族の甘えた姿に思えて、その姿を、ルナの面影と重ねながらラクスは、ただじっと見つめていた。




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