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第18章〈混沌の中の光〉-3-

 五年前、アウシュダールに〈祝福の儀〉を行ったものの、守護妖獣をもたらすことのできなかったメイベルは、その理由を必死に考えた。

 アウシュダールこそが真実の王子であり、拾われ子のルナが偽物だ。

 本物が戻って来た以上、当然守護妖獣リューザは正当な権利者であるアウシュダールのもとに還るべきであるはず。

 アウシュダールの守護妖獣はすでに存在している。だからアウシュダールに守護妖獣が降りなかったのだ、とメイベルは解答を導き出した。

 そして、主人を誤った守護妖獣リューザを捕らえ、正統な主人であるアウシュダールに還すことが唯一、アウシュダールの信頼を回復する機会だとわかっていた。

 その為には、慎重に「罠」を仕掛ける必要があった。

 失敗を防ぐため、成功に導くために、メイベルはラウ王家一族すべての守護妖獣に《呪縛の術》をかけたのだ。

 アウシュダールがルナと入れ替わった以上、「ルナ」は存在しえない人物になる。

 いないはずの人物を連想させる全ての言葉、行動、証となるようなものに触れることを禁じたのだ。

 守護妖獣は主人にしか関心がないといわれている。

 主人の命令なくして、自分の主人ではないルナを思い出させる行動をするとは考えがたいが、アウシュダールを認めない行動に出ないとはいえない。

 思考回路がまったく読めない存在だった。

 万が一にも、アウシュダールに反抗をしないように、そしてルナを主人に思い出させないようにする必要があった。

 「ルナ」の名を告げた瞬間、守護妖獣は主人のもとから引きはがされ、メイベルの支配下に捕らえられてしまう禁忌の術の行使。

 彼女が父から学び進化させた高等魔道術のひとつだった。

 アンナの中でも、守護妖獣降臨の儀を行なう力がなくては、守護妖獣に術をかけることは出来ないのだ。

 術の行使から逃れるためには、「ルナ」を排斥するしか守護妖獣たちに手立てはない。

 思惑通り、妖獣たちは動かなかった。

 ただし、ルナの守護妖獣リューザが、主人を無視することはありえない。

 ルナのそばにいること自体が「罠」にかかる仕掛けだったからだ。

 しかし、その絶対に成功するはずの守護妖獣リューザを捕らえる「罠」をしかけながら、メイベルは愕然とする。

 リューザを捕らえられなかったのだ。

 唯一の収穫は、ルナを救おうとしたラマイネ王妃の守護妖獣ネフタンを「捕縛」できたこと。

 そして半年ほど後、ルナを襲った海岸の崖の程近い岩場の陰から、白骨化した子供の遺体が発見されたことだった。

 背丈、骨格の感じがルナとほぼ同じでだったこと。

 リューザのものと思われる無数の羽がその遺骸のそばに漂っていたことから、アウシュダールが起こした巨大な竜巻に巻き込まれて命を落としたルナの屍に違いないと、グシュター公爵とメイベルは結論づけた。

 その死骸が、ハーフノーム島の海賊の長ジルとその妻イリアの子ジーンであったことを、メイベルは読むことが出来なかったのだ。

 さらに、メイベルは守護妖獣を甘くみていたことを悔いることになる。

 ラマイネ妃から引き離されたネフタンは、メイベルの意のままにならなかった。

 妖獣召喚術で、野に生息する小妖獣を何度も捕縛し、調教し、従者としてきた。

 最初のうちは激しく抵抗する妖獣らも、やがては従者と下る。

 守護妖獣も同様に時間をかけさえすれば下ると信じていたのだ。 

 だが、使われなくなっている城の郊外の地下牢にある魔石に封じたネフタンは、「主人以外に従うべき者はない」と断言して後、メイベルがどのような術を行使しても、アウシュダールがその力を用いても、まったく反応をしなくなくなったのだ。

 予想外の出来事だった。

 ネフタンさえ支配下において調教できれば、リューザの代わりにアウシュダールの従者にすることも、また王妃のもとに戻し他の守護妖獣の動きを監視する役割を与えることも容易なはずだった。

 そうなればメイベルはこれまでの数々の失態を返上し、ノストールの宮廷魔道士の称号を手にすることが出来るのだ。。

 だが、守護妖獣を意のままに出来ないまま月日は過ぎ、アウシュダールに責められ、苦悶し続ける日々がメイベルを苛んだ。

 一時しのぎの手段としてメイベルが召還した小妖獣をアウシュダールの従者として与える儀式を行ったこともあったが、それも失敗し、面目躍如はままならなかった。

 このままだとアンナとしての資質と能力、立場さえ失いかねない状態だった。


 無言のままのメイベルの姿を長い時間見つめていたアウシュダールは、諦めたようなため息を吐き出すと、子供らしい表情をつくってにっこり笑いかけた。

「その様子だと、進展はないようだね。もう少し己の存在感を示す働きをしたらどうだい? 良い返事は聞けないようだから、兄上のところに行ってくるよ」

 つき放すな言葉を残し、アウシュダールは歩きだす。

 メイベルが遠ざかっていく後ろ姿を悔しげに見つめ、唇を噛み締める。

 この五年、シルク・トトゥの転身人と敬い、奉り、畏怖の念を持って尽くしているのだが、アウシュダールはやさしい言葉のひとつもメイベルに与えることはなかった。

 ノストールの人々はアンナの一族を敬うが、アウシュダールというシルク・トトゥ神の転身人の前ではアンナの意味などないに等しい。

 このままでは、メイベルは長サーザキアらの下にいた時と同様、能力を認められない存在になる。

 制しがたい悔しさが心の奥深くからジワリと湧き上がった。

(私がいなくては、〈祝福〉も、守護妖獣さえ得られないくせに……) 

 わずかにそんな想いが横切った。

 その時、指を弾く乾いた音が響いた。

 同時に、メイベルの身につけている紫の薄いフードが突然フワリと浮いて広がり、花びらのように散り散りに宙に舞い散った。

 結界の術を施した頭から足元まで全身を覆うアンナの正装が、一瞬の間に音もなく冷たい床へと布の断片とし化して舞い落ちたのだ。

「その布よりも、人の肌は柔らかい。心しておくんだね」

 去って行くアウシュダールの声が静かに冷たく響く。

「申し訳ございませんでした」

 蒼白になったメイベルは、その場に崩れるように倒れ込み、ひれ伏した。

 切り裂かれた薄布の断片を手に、そして、去って行く足音が消えてしまってもなお、全身が小刻みに震るえ続け、立ち上がることができなかった。




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