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第17章〈国境を越える時〉-13-

 その日の夜、事態は一変した。

「陛下、今日はすばらしいお客様をご招待致しました」

 恒例となっている女王主催の舞踏会が宮殿の大広間で繰り広げられていた。

 優雅な音楽と、きらびやかな衣裳で着飾った男女が笑いさざめきながら踊り続けているのを、ミレーゼはあくびをかみ殺しながら眺めている。

 女王主催とは言っても、それはあくまでも名目上のことで、招待客を決めているのは実質メイヴだった。

 メイヴ妃が招く面々は、常にミレーゼにとっては退屈しのぎにさえならない人間ばかりだった。

 舞踏会のたびに、結婚相手の候補や、権力を握りたがる諸侯達を紹介される。

 それ以外にも、諸侯に取り入ろうと、賄賂を送って舞踏会の招待状を手に入れたとしか思えない下級貴族や豪族、商人などが何食わぬ顔をして、挨拶に訪れる。

 だから、どうせいつものことだろうと、仕方なく応じたのだ。

 ミレーゼは、気乗りのしない表情を隠すこともせずに、目の前に現れた見知らぬ貴族の子息と対面した。

 メイヴ妃が連れて現れたのは、茶色の髪をした青白い顔の十歳くらい背格好の少年だった。

「名は?」

「サトニと申します」

「それで? どこの家の者?」

 ミレーゼは貴族姓を名のらない無礼さに、一瞬カチンときたのだが、メイヴが紹介をしていることもあり、ため息を吐きつつそう問いかける。

 ずいぶん辛抱強くなったものだと自分で自分を誉めるしかなかった。

 本音は怒りをぶちまけて、どなり散らして、舞踏会会場から立ち去りたいのだ。

「彼は、このハリアの恩人となるべく訪れた人物なのでございますよ。ミレーゼ陛下」

 いつにないメイヴ妃の意味深長な言葉に、ミレーゼは眉間にしわを寄せる。

「恩人? 遠回しな言い方じゃわからないわ。はっきり言いなさい」

「では」

 メイヴ妃が片手をスッと差し上げたその時、会場を満たしていた演奏が一斉に止んだ。

「何?」

 ミレーゼは突然の出来事に、メイヴ妃を睨みつける。

 踊っていた人々は、音楽が止んでしまったことに驚いて、ざわめき出し、やがてミレーゼに向って自然と視線が集まり始めた。

 すると、まるで人々の注目が集まるのを待っていたかのように、メイヴは穏やかな微笑を浮かべ少年に合図にも似た視線を送る。

 サトニはうなずくと、首にかけていた銀の細い鎖に人差し指をかけて、ゆっくりとそれを引き出した。

 少年の取り出した鎖の輪の先端に、黒い石のある指輪が現れる。

「これは《エボルの指輪》です。ミレーゼ女王陛下」

 サトニのそう大きくない声が、シンと静まり返った大広間に響く。

 その場の空気がどよめいた。

 ミレーゼも碧い瞳を大きく見開き、サトニと名乗った少年と、彼の手にする指輪を交互に見つめる。

 嫌な予感がした。

 だが、初めて目にする指輪に、どう反応すればいいのかわからない。

 頭の中に響き渡るのは、「《エボルの指輪》? 本物?」という疑問符を投げかけ、問いかける自分の心の声だけだった。

「そう、ここにあるのは《エボルの指輪》。さようですわね。サトニ」

 メイヴ妃のいやに落ち着いた様子に、ミレーゼの椅子の脇に立つレイドリアンもまた嫌な気配を感じていた。

 メイヴの言葉にサトニが無表情に頷く。

「ミレーゼ女王陛下に申し上げます」

「…………」

 ミレーゼは唇を真一文字に閉じたまま、対峙する少年を睨みつける。

 許可など与えるつもりはなかった。

 だが、女王の許しを請うことすらしないまま、サトニは口を開いた。

「国の神器である王の指輪をご存知ですか? 王の指輪には、守護妖獣が従うことをご存知ですか?  僕が今手にしてるこの指輪を守っているのはヴァルツという妖獣です。この妖獣は人の寄り付かない遥か南方の険しい山々の、さらに陽も差さない闇の中、人も来ないような、谷底深くに捨て去られていました。僕は妖獣の声に導かれて指輪を手にしました。指輪の妖獣は僕に言いました。指輪を捨てたのはハリアの王。指輪を捨てることは、王座を捨てたも同然の行為だと。自分が目覚めた今、次の王は指輪の守護妖獣である自分が選ぶ、とそう言っています」

 少年の感情を表さない淡々としたつたない片言の公用語が、その場にいた人々に、今起きている事態の重大さを徐々に知らせ、染み込ませていく。

「みなの者、よく聞くがよい。この少年の手にする指輪は《エボルの指輪》。われらがハリア公国の守護神エボル神から与えられし《エボルの指輪》。そして、ミレーゼ女王陛下の曾祖父ヒューリッヒ王が封じ、捨て去った指輪なのです」

 メイヴが、弾劾するように大きな声をあげて、人差し指を突き出して、ミレーゼを射るように示す。

 大広間の人々は、かたずを呑んで玉座のミレーゼと対治するメイヴ妃と見知らぬ少年を見つめていた。

 ミレーゼは、おもむろに玉座から立ち上がるとメイヴを睨みつけた。

「ハリアにはもうずっと指輪はないわ。もしも、それが本当に《エボルの指輪》だというのなら、証しを……、証しを見せなさい! そのサトニとやらがもっている指輪が、本当に《エボルの指輪》だというなら、この場で、今すぐにでも証拠をみせられるはずでしょう?」

 《エボルの指輪》のがグリトニルの手に渡ってるかもしれないと噂めいたものは聞いていたものの、ミレーゼは内心ひどく動揺していた。

 ミレーゼの頼みとなる人間はすべて晩餐会の会場の端に追いやられており、大臣のダルクスも遠く出入り口の壁際で凍りついているのが視線の端に映る。

 側近のレイドリアンに至っては、呆然とした表情で成り行きをみている状態で、ミレーゼの為に機転を利かして、この場から救い出してくれそうなものは皆無に等しかった。

「ああ、証拠が見たいんですね? 指輪の守護妖獣が現れれば認めますか?」

 恐れのない瞳で指輪を手にしたサトニは、立ち尽くすミレーゼを真っすぐに見る。

 皆がミレーゼの一挙手一投足をじっと見ていた。

 ミレーゼは頷くことしかできない。

(遅すぎた……)

 ダルクスと慎重にメイヴ妃一派を追い出すために慎重に計画を進め始めた矢先なだけに、先手を打たれたようで戦慄が走った。

 動揺を見透かされないよう、いつもの機嫌の悪い表情を保つのが精一杯だった。

「《エボルの指輪》の守護妖獣ヴァルツは、持ち主を女王陛下ではなく、グリトニル王子を選んだ。それでも呼んでいいのですか?」

「……」

 ミレーゼは静かに、ゆっくりと息を吐き出した。

 退くことも、逃げることも、ましては拒否することなど出来る状況にはなかった。

 大広間の人々は固唾を呑んでことの成り行きと、《エボルの指輪》という重大な言葉の響きの持つ意味の重要性を感じて、静まり返っている。

「呼びなさい。その指輪が真実、《エボルの指輪》なら証明して見せなさい」

 ミレーゼは、毅然と命じた。

 命じるしかなかった。

「ヴァルツ。ここに召喚する。姿を現せ」

 サトニは間髪おかずに、その妖獣の名を静かに呼んだ。




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