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第17章〈国境を越える時〉-4-

 翌日、ジーンとランレイ、そして《星守りの旅》の三人のアンナたちの後を追って、エリルは馬で旅立った。

 けれど、アンナたち一行の足取りは容易につかめなかった。

 理由はわかっている。

 アンナたちは身を守るために道中で、また野宿をする場合では強力な結界を張るのだ。

 特に、今回のように付きまとう妖獣がいるとなればなおさらだろう。

 もっとも、町や集落などに立ち寄れば、珍しいアンナたちの存在は人々の話題となり、遠くの町にさえ風の便りとなって噂は耳に入る。

 エリルはドドイという町にアンナたちの一行が向かったらしいという話を聞くや、ひたすらその町を目指した。

 内心、もしやもうその町にはいないのでは……という危惧はあったが、町に到着し、一行がまだ存在していれば、アンナの宿泊している宿を捜し出すのは簡単だった。

 エリルはアンナの装束を身にまとっている。

 アンナとして、仲間を探していると尋ねれば、人々は畏敬に満ちた表情でエリルと言葉を交わし、丁寧に道案内さえしてくれる。

 ただ、途中で何人もの人々に《先読み》を請われることも多かったが、エリルは今までもそうして来たように、アンナとして威厳と慈しみの表情をたたえながらこう言う。

 『《星守りの旅》のアンナと違うので、《先読み》は正式な王の招聘がなければできないのです。我々は天に使えるものですから』と。

 それでも親切にしてくれた人には、お礼としていくつかの言葉を与えていった。それは《先読み》ではなく、アンナの長ジーシュから学んだ初歩的な占術の一種だったが、人々は喜びと驚きを交互にその顔に浮かび上がらせながら、感謝の言葉を述べ平伏した。

 そして、アンナたちが泊まっているという宿にたどり着くことができたのだ。

(これで、ジーンたちと合流できる)

 ホッとしながら宿の前に立ったエリルは、宿の扉を押し開いて中へと足を踏み入れた。

 するとまるでエリルが来るのを待ち焦がれていたといった表情で宿の主人が姿を現し、エリルの言葉を待たずにニッコリと満面の笑みをたたえた。

「いらっしゃいませ。お連れ様が、お待ち兼ねです」

 そと言って、自らが案内に立ち、二階の一番奥の客室の扉を示した。

「あなた様がいらっしゃったら、ご案内するように申し受けていましたんで」

 主人はそういって深々と一礼すると、そのままエリルをおいて去っていった。

「……」

 エリルは、少し驚きながらも、ジーンはもしかすると自分が追いかけているのをどこかで知って、待っていたのだろうか?と首をかしげた。

 その時、目の前の客室の扉が突然から開き、中から人が現れた。

 それは、ジーンやランレイでもなく、またネイから聞いていた十三歳の若いアンナでもなかった。

 二十歳頃の青年のアンナだった。

「やあ」

 若者は、アンナの装束を身にまとったエリルをしげしげと眺めた後、、片手を挙げて知人のように人懐こく笑いかけた。

(アンナ……だ)

 目の前の若者の服装は、アンナの一族が身にまとう薄紫の長衣ではなく、ふつうの旅人と変わらない軽装だった。

 だが、黒髪に紫色の瞳、そして腕と腰に巻き付けてある長い組み紐が、アンナであることを示していた。

 アンナは正装以外の服装をする時、術をほどこした紫と黒、白で織られた組み紐を身につける。そして、その編み方によりどの部族のアンナなのかもわかるのだ。

 今エリルが対面している青年の腕の組みひもの編み方はアンナの一族の中でもっとも基本となる織り方だった。

 それは、すべてのアンナの頂点に立つ大長老サーザキアの率いるアンナの一族の者であることを示している。

「あの……」

 てっきりジーンと一緒にいるはずの、若いアンナと会うことばかり考えていたエリルは、突然のことにうろたえてながらも、部屋の中にジーンたちの姿が見えないかと、部屋の中を伺う。

 青年はその様子を楽しんでいるように余裕のある笑みを浮かべて見ている。

「君は、ソル・アンナの一族のリリーだろう」

「え……」

「ここへは人探しに来たんだろう」

「あの……?」

「まあ、廊下で話というのもなんだから、部屋の中に」

 驚くエリルに片目を閉じてみせると、青年は手招きを交えつつ自分の部屋へとエリルを招き入れた。

 だが、中には誰もいなかった。

「最初に教えてやるけど、君が追いかけている《星守りの旅》の一行は三日前にこの町を出て行った。この町にはもういない。だが、俺は君を待っていた」

「えっ?」

 エリルは思わずよろめきかけた。全身から力が抜け、手にしたナーラガージュの杖に思わず寄りかかる。

 やっとジーンと会えるとばかり思い込んでいただけにだけに、落胆で全身の力が抜けてしまったのだ。

「俺はセルジーニ。サーザキアの一族に属する者だ。まあ、気落ちしていないで座れよ」

 セルジーニは落胆の色を隠さないエリルの様子に苦笑しながら、自分は寝台の上に片足を組んで座ると、エリルにも向かい側の寝台に腰掛けるようにすすめた。

 エリルはぼう然として表情をしながら座り込む。

「君がここに来ることは〈先読み〉に出ていた」

 エリルの頭の先から足のつま先までを何度も視線を往復させながら、セルジーニはくすくすと笑う。

「俺はジーシュの一族も知っているが、記憶に間違いがなければ、リリーは可愛らしい女の子だったはず。確か十歳くらいになるかな? 〈星守りの旅〉にもまだ出られないくらいの……」

「あの……」

 初対面のアンナの口から、自分が話してもいないことをぽんぽんと言われて、エリルの全身から嫌な汗がどっと出る。

 だが、目の前のセルジーニは涼しい顔で、一人喋り続ける。

「ああ気にしないでくれ。君のことを、長のジーシュが一族の大切な客人としてもてなして、しかも君を守るために幾重にも術を施しているはわかってる。アンナの一族であることを示す衣服も、そしてナーラガージュの杖を渡しただけでなく、ささやかな術を教え、アンナと名乗ることを許している以上、君は本物とはいえないけど、見習いの見習いぐらいの資格は得ている。偽者には変わりないけどね。まぁ、私のような本物に会ったからといって焦ることはない。私も君をどうこうしようなんて考えていないから」

「そうなんですか?」

 毒気を抜かれたように明るい水色の瞳を瞬かせるエリルに、セルジーニは可笑しそうに笑った。




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