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第4章〈侵略〉-5-

 テセウスが海岸防御を担うイスト港に馬で駆けつけると、父カルザキア王は、港湾部の防御砦の一角で海軍の各将軍たちに指示を出しているところだった。

「陛下」

 テセウスが大声で呼びかけながら、馬から飛び降り将軍達の間に歩み寄る。

 その姿な気がつくと、シグニ以外の将軍らは礼儀正しく一礼をして、各々の持ち場へと散って行った。

 母ラマイネ妃のこと、ルナのことを話さなければと思っていたのだが、現場は張り詰め、異様な緊張感に充ち、それを口に出来る空気はどこにもなかった。

 兵士達の声、馬のいななき、武器を運ぶ巨大な荷車の数々。甲冑や武具を身に着けたいくつもの部隊が騎馬、歩兵を引き連れて移動するさまはノストールが戦場となることを現実のものとし、テセウスは全身が総毛立つのを感じた。

「約三十隻だ」

 緊迫した雰囲気の中、カルザキア王は海をじっと見つめたまま、テセウスに応じた。

「そんなに……」

 黒い大艦隊は外海を塞ぐように不気味に存在し、こちらをにらんでいるようだ。

「ダーナンのロディ・ザイネスは、三十もの大艦隊を繰り出して来た。こちらの予想をはるかに上回る行動力だ。気がついたときには海の出口は塞がれていたことになる」

 テセウスは、迎撃のための準備に走り回る兵士たちを見つめながら、唇をかんだ。

 将軍をはじめ、その一つ一つの表情は、緊張感で張り詰め、戦意高揚に満ちてはいるものの、心身ともに連日の消火作業で疲れ果てているはずだ。

「この小さな国にあれほどの大群で攻城戦を仕掛けてくるということは、ダーナンが本気だということだ」

「海から攻めることは不可能といわれるこのアルティナ城と知っていながら?」

 テセウスは海に面し、断崖絶壁上に二重、三重の城壁に守られ築かれているアルティナ城を見上げる。

 遠い先祖の時代に築かれた、小国には似合わないほどの重厚な外観と城壁を持つ堅固な石造りの城塞。

 海からの攻撃には完璧な防御を誇るとテセウスは幼い頃から聞かされてきた。

「長期戦も辞さず……、ということです」

 カルザキア王の隣にいたシグニ将軍がテセウスを見ながら、厳しい表情で言葉を続ける。

「壊滅状態に追い込まれるまで戦うか、さもなければ開城してシルク・トトゥ神の転身人を差し出せ、という二者択一がダーナンの要求です。返事が明朝までになければ、即時開戦する、との使者がきました」

 テセウスはカルザキア王を見つめた。

「父上、援軍を頼めないのですか? エルナン公国は」

 その問いにカルザキア王は、低い声で答える。

「時間がない。たとえ時間があったとしても、頼めば借りができる。ナイアデスに援軍を求めれば、見返りはダーナンと同じく、シルク・トトゥ神の転身人……。もしくは、五歳の男児すべてを差し出さなくてはならん。仮にどこの国に援軍を頼んでも、シルク・トトゥ神がノストールに生まれ落ちたという予言を耳にすれば、結果は同じことだ。手に入れたがる」

「しかし……」

 テセウスは、水平線に浮かぶ艦隊をにらみつけながら、拳を握りしめた。

 カルザキア王は続けた。

「戦って……たとえ万が一持ちこたえることか出来たとしても、その国力が落ちたのを待って、ほかの国が次々にわが国を攻めてくるだろう。ナイアデスも、ハリアも……シルク・トトゥ神を得るまで。わが国は持ちこたえられん」

「……」

 テセウスは言葉を失った。

 それは、ノストールにある未来が孤立化、そして滅亡を意味する言葉だったからだ。

――シルク・トトゥ神は破壊神でございます。

 サーザキアの言葉が脳裏に響き渡る。

(たとえ開城したとして、ダーナンはノストールをそのままにしてくれるだろうか?)

 テセウスは自問自答した。

 シルク・トトゥ神を得た者が、次に考えることは……。

『覇道』。

 それは、ノストール一国の滅亡どころではすまない予感がたかまる。

「父上! シルク・トトゥ神の転身人を誰にも渡してはなりません! そんなことをすれば……」

 テセウスは、カルザキア王に向き直ると訴えるように叫んだ。

「わかっている」

「え……?!」

 王は、テセウスの考えていることなど見通しているように落ち着いた声で答える。

「ダーナンの帝王ロディ・ザーネスは、内乱後の即位後も、次々と近隣諸国と戦さを始め勝利を収めている。最近ではハリア国にも国境線で、もめごとを起こしていると聞く。〈戦いと勇気を司る神〉シルク・トトゥ神を得れば、その勢いはいや増し、さらに他国への脅威となる。征服者に翼を与えるようなことは、避けねばならん……。だが……どちらにしろ、わが国自身が転身人を見つけ出せなでいる今、選ぶ道は限られている」

 王の顔は苦渋に満ちていた。  

 しかも、たとえシルク・トトゥ神を見つけたとしても、ノストールに待っているのは不吉な予言への道。

 三人が押し黙ったとき、遠くから馬蹄の響きが近づいてきた。

 振り返えると、伝令の兵士が馬から降りて、駆けて来るところだった。

「陛下、グシュター公爵より至急の手紙を預かってまいりました」

「グシュター公爵から?」

 シグニ将軍が伝令から手紙を受け取ると、王に渡した。

 渡された書面を見つめていたカルザキア王は、長くその文字をにらみつけた後、無言のままきびすを返した。

「陛下?」

「すぐに城へ戻る」

 驚くテセウスに王は、厳しい口調で続けた。

「シルク・トトゥ神の転身人が見つかったと、グシュターが言ってきた」

 テセウスと、シグニ将軍はその言葉に、思わず顔を見合わせた。

(これは朗報だろうか? それとも……)  

 互いの顔に浮かんでいたのは、喜びとは程遠いものだった。

 海上のダーナンの軍艦を一度見据えたあと、テセウスたちは馬に騎乗すると、先を行くカルザキア王のあとを追って走りだした。 


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