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第15章〈導き〉-8-

 旅の目的地であるロゼリア伯爵の館に到着したその夜、アルクメーネは奇妙な夢を見た。


 気がつくとアルクメーネは、子供の頃によく内緒で城を抜け出して遊びに行ったマーキッシュの村に立っていた。

「クロトたちはどこかな」

 自分の隣には兄のテセウスが一緒に並んでいた。

――ああ、父上から命じられて、弟たちを村まで迎えに来たんだ。ナイアデス皇国から、転身人を引き渡すように使者が来た日。私が十四歳、兄上が十七歳のあの日……。

「それにしても、誰もいないな」

 テセウスが眉をひそめて静まり返った村を見渡す。

「様子がいつもと違いますね」

 二人は無人の村を歩きながら、手分けをして弟たちを捜し回った。

「アルクメーネ」

 テセウスの声に振り返ると、兄のそばにクロトがいた。

「クロト! おチビはどうしました?」

 クロトを見て喜んで戻ろうとするのだが、走っても走ってもなぜかアルクメーネは二人に近づくことができない。

 それでも駆け寄ろうとするアルクメーネを止めるように、テセウスは固い表情のまま首を横に振る。

「どうしたのですか? 兄上」

「私はここから先に進めない。おチビはおまえが連れて来てくれ」

「え?」

 わけのわからないテセウスの態度に、アルクメーネが驚いて再び二人のもとへ戻ろうと一歩踏み出した時、マーキッシュの村が突然かき消えた。

 そして辺りは、一面背の高い草木の生い茂る深い森へと変貌していた。

「兄上? 兄上? どこですか? クロト! 兄上!」

 目の前の異変に茫然としつつも、とにかくここから出ようと、長い草木をかき分け、アルクメーネは森をさまよった。

 するとその目に、今度は、遥か先を歩く父カルザキア王の後ろ姿が飛び込んで来たのだ。

「父上! 父上! 待ってください! 父上!」

 叫びながら走りだすアルクメーネの声に、カルザキア王が立ち止まりその横顔を向けた。

「父上!」

 父に追いつき、ほっとして言葉をかけようとしたその時、カルザキア王の左手がスッと上がり、何かを指し示した。

 アルクメーネがその指を追うと、そこには草むらに覆われた古びた馬のいない馬小屋があるだけだった。

「頼んだぞ」

「え?」

 父の言葉にその理由を問いかけようとするが、目の前にいた父の姿はもうどこにもなかった。

「父上? 父上? どこですか? 父上?」

 大声で叫ぶが森の木立の中、返ってくるのは自分の声だけだった。


 アルクメーネは暗闇の中で目を覚ました。

「…………」

 夢を見ていたことを知り、上半身を起こす。

 全身にひどい汗をかいている自分に気づき、顔を両手でおおうと大きくため息を吐き出す。 

「カイチ」

『ここに』

 アルクメーネの呼びかけに、守護妖獣カイチの静かな声が即答する。

「いまの記憶を忘れないように、留めてください」

『御意』

 不安を消すような冷静な守護妖獣の返事に、アルクメーネは今度は少し安心したように深く息を吐き出した。

 いつの頃からか、何がきっかけだったかはわからないが、アルクメーネは自分の記憶に疑いを抱いていた。

 奇妙な喪失感がつきまとい、違和感が消えないのだ。

 何かを忘れてしまっているような気は確かにするのだが、それが何かさえわからない。

 そのいらだちを時折、守護妖獣のカイチに訴え、問いかけ、対応を求めた。

 ――お前ならわかるだろう? と。

 しかし、妖獣は『あなたの主旨、質問がはっきりしていないのに、どうして答えられるでしょう』とつれない返事をするだけだった。

 だから忘れてはいけないと思う出来事に出会うたび、アルクメーネはカイチに命じて自分の記憶を保つよう、またその一日の行動をカイチに確認をさせ、努めて記憶の整理を行なって来たのだ。

「亡くなられてから、初めて父上の夢を見ました」

 ベットからおり、窓のそばに立つ。

 闇が世界を支配していた。

 まだ朝になるまでにかなり時間はあったが、アルクメーネは眠らずにこのまま過ごそうと決めた。

 カイチに命じながらも、なぜか眠りについて今見た夢を忘れてしまうのがこわかったのだ。


 翌日、アルクメーネはイズナとともに領地内のラタ村とコウ村、テナイの里を訪れた。

 村の様子は、イズナが心配していたような深刻な問題を抱えている様子はないようにみえた。

「なに、キョロキョロしてるんです?」

 いつもと違う様子のアルクメーネに、イズナが不思議そうに声をかける。

「いえ、このあたりに森とかはないのかと思って」

「森?」

 不思議そうなイズナの声に、アルクメーネは困ったように軽く唇を噛む。

「森ならずっと南の方にリムルの森があったはずだが。ここからは遠いし、最近は山賊どもがうろついていると報告を受けている。行くなら小隊を整えないと危険です。今回は供の数も少ないし、行って帰ってくるだけで日が暮れてしまう」

 二人のそばで、太縄を編んでいたテナイの里の若者が、その会話を耳にして眉間に皺を寄せて忠告する。

「そのお人の言われる通りだ。しもリムルの森近くの。あそこのカカル村の連中はよそ者は特に毛嫌ってる。行くもんじゃねぇ」

 その声を聞いた別の男も、顔を上げて渋い顔をする。

「あの村は、変なお告げのおかげで村がさんざんな目にあったんだ。家も畑も、山も荒らされ続けた。だから今じゃ、日が沈んで旅人が一晩だけ泊めてくれと頼んでも、どんな家も絶対に戸を開けない。村人同士以外とは口もきかん」

 その話に、イズナとアルクメーネは興味をひかれて、思わず互いの目と目を合わせていた。

「どんなお告げなんだ?」

 里の男たちは、イズナの問いかけに複雑そうなため息を吐く。

 そしてゆっくりと話し出した。



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