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第15章〈導き〉-7-

「あの騒ぎは私も別の場所から見ていましたよ。早朝から賑やかでしたね」

 馬車の中で、アルクメーネがおかしそうにくすくすと楽しそうに笑う。

 今日は、かねてからの約束でイズナがアルクメーネを案内をすることになっていた。

 ネルネーゼ地方の一帯は、最近盗賊が出没するようになっていると噂のあるマイリージア家と縁戚関係にあたるロゼリア伯爵の領地だった。

 三日はかかる行程でもあり、到着まではマイリージア家の馬車で領地に赴き、その後いつものように旅人を装おい視察をすることにしたのだ。

「ああやって、ひと目につくような場所でケンカすることはそうないんだけどな」

 イズナは独り言のようにそう言ってため息を吐く。

「子供のころからの腐れ縁で、あいつらのケンカの仲裁に入ると、あとから必ずリンドに叱られる。だから、極力首は突っ込まないようにしているんです」

「どうしてですか?」

 不思議そうにアルクメーネが正面に座るのイズナの顔を見る。

「オルローは普段から感情を表に出さない。ただ、ケンカになると本音が見える。それを知っているリンドはその本音を聞き出したいからケンカを仕掛けているんだと言うんです。自分を無視するのか、きちにと最後まで相手をしてくれるのか、いつも確かめていたいらしい。あいつは関心のない奴を相手にするほど優しくないのをリンドは知っているから……。そのケンカにおれが口を出すなってね」

「なるほど、では今回も?」

「あの二人が婚約しているのは周知の事実。オルロー・サンクロア将軍は、使者を出して、リンドの父ユクタス・ボーデン将軍に結婚の申し入れをした。ユクタス将軍はそれを承諾し、晴れて二人は婚約。結婚式の準備も着々と進んでいる。ナイアデス皇国では貴族同士の結婚は、それが正式な手続きで問題はどこにもないんだ。けど、相手が相手だ。政略結婚なら問題はないが、オルローは、いまだにリンドに対して直接何も言ってないらしい。それが、主な原因。リンドは言いたいことが山ほどあるが、この国のしきたりとかで今までみたいには自由に会えなくなるし……」

「しきたり?」

「結婚が決まると、女は結婚準備にはいる。男にはわからないほどの準備があるらしい。一方、男には猶予期間が与えられる」

「?」

「正式に婚約を発表する責任を負えれば、結婚式までは他の女性と遊んでも暗黙の了承の下許される。その代わりに結婚後は、自重が求められると言うわけだ。ただし、自重している優等生を俺はあまり知らないけどな」

 言いながらイズナは、そんな優等生がいたことを思い出す。

 女遊びの誘いにも、目の色を変えて香水を撒き散らしながら近寄ってくる女性にも、興味をしめさない目の前のアルクメーネを。

「ま、いずれにてもリンドはそこらへんのおとなしい貴族の令嬢とはわけが違うからな。家同士の決めた結婚と同じ扱いは許せないんだろう」

「それに、直接言ってほしい言葉もあるわけですね」

 イズナは、肩をすくめて見せる。

「そんなところだ。そんなケンカに仲裁に入ったら、おれが八つ裂きにあう」

「なるほど」

 楽しそうに笑うアルクメーネを見ながら、イズナは昨日の会議を思い出す。

『イズナ将軍の奇抜なもてなしが、ノストールの皇太子の心をとらえたらしい。あとは、大事な仕上げをしていってくれることを期待している』

 最後にそう言ったフェリエスの言葉が、頭から離れない。

 確かにアルクメーネがイズナを信頼してくれているだろうという自信はある。

 だが、この皇太子にノストールの王権を狙わせる野心を持たせ、かつナイアデス皇国に愛妾をつくらせる作戦において、イズナはことごとく失敗している。

 アルクメーネにとり、ノストール王国の兄テセウス王は尊敬してやまない人物であり、またその兄の信頼を得られるだけの自分になりたいと折りあるごとにイズナに語った。

 アウシュダールという神の転身人となった弟に対しても覇道を求めず、王のため、祖国のため、民のためにその力は存在することを信じている。

 そして、アウシュダールの力が、苦しんでいる人々を救うならば、リンセンテートスの時と同様、他国に対してもその力を貸すことも今後あるだろうとさえ、言っているのだ。

 皇都コリンズにいる間、イズナは狩猟や夜会、賭け事や酒、女、食事などと、人間を欲望に浸らせる様々な手段を講じた。が、アルクメーネは表面的には興味を示し、つき合いもするが、深みにはまることは一度としてなかった。

 その強固な自制心には、イズナも舌をまくしかなかった。

 それよりも、この皇太子と一緒に過ごす時間が残りわずかであり限られたものであることの方が、イズナには憂鬱だった。

 いつの間にかフェリエスと会っている時間より、アルクメーネとこうして村を巡る旅に出るほうが楽しくなっている自分がいるのだ。

 都にいては、知らずにすんだかもしれないことをアルクメーネを通して、冷水を浴びせられるように現実を見つめさせられた。

 だから今回イズナは、やがては自分の領地となる約束を受けているマイリージア家の縁戚ロゼリア伯爵の所領に赴き、自分の目で確かめたいという気持ちになったのだ。

 子供がいないこともあり、ロゼリア伯爵夫妻は、多くの貴族がそうするように、一年の三分の二は首都コリンズで過ごしている。

 今もイズナの暮らすマイリージア家の広い領地内の居館に暮らしており、数ヶ月ぶりに会って用向きを伝えたときは快く応じてくれたのだ。

「あなたは恋人はいないのですか?」

 アルクメーネに問われて、イズナは思わず苦笑いする。

「俺はおそらく貴族らしい結婚をしますよ。結婚式当日に花嫁に会う。それから、恋人を山ほどどつくるって奴を」

 そう言いながら馬車の窓の向こうに視線を走らせたイズナの横顔が、すこし寂しそうにアルクメーネには見えた。


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