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第15章〈導き〉-1-

 ダーナン帝国ロディ・ザイネス帝王が、カヒローネの塔姫ミア・ティーナを正妃として迎えたという噂は、衝撃的な事実としてたちまちのうちに近隣諸国へと広がった。

――ダーナンは、中央と東大陸へ進出する道を手に入れた。

 そう言って人々はダーナンの進出を危惧しはじめた。

 特に、カヒローネの隣国であるリンセンテートスは二年もの間、砂嵐に襲われ続けるという大災難に見舞われ、これから復旧という矢先に飛び込んで来た不吉な知らせだった。


「まるで、我がダーナンがラーサイル全大陸の制覇、侵略を目指しているような言い方だ」

 ジュゼールは、ロディとミア・ティーナの帝王夫妻のために建築中の居城の敷地を歩きながら、横を歩くカラギに不満をぶつけるように言う。

「いいではないか」

 軍師は、褐色の肌に不敵な笑みを浮かべて、横目でジュゼールを見る。

「内乱で傀儡の女王を立てているハリアや、でかい顔をして自分こそが諸国の王だと言わんばかりの善人気取りだが、実情は皇太后が握っているのナイアデスなんぞ、きれいさっぱり消してしまえばいい。陛下の民となった方が幸せだ」

 戦さの話になると、まるで自分が剣を手にしたように瞳を輝かせ、頬を上気させるカラギにジュゼールは複雑な思いを抱く。

 確かに、ダーナン支配下におかれた国々の民に対してロディは自国の民と変わることのない暮らしを与えた。

 それは、敗戦国の民には予想もしなかった恩恵であり、不満の声を上げる者がでないばかりではなく、ロディに対し感謝と賛辞の声が日増しに広がった。

 また、貴族や兵士たちの多くは、ダーナン軍の厳しい規律に最初強固に抵抗をみせたものの、戦さにおいて功績のあったものには公平に褒賞を与え、登用を行うロディに対し、彼らは次第に競うように忠誠を誓い、功を立て、名を挙げることを目指すようになっていた。

『ロディ帝王の民となるものは、幸せである』

『病に倒れし父の前王をいたわり、唯一の妹君であらせられるフューリー王女を捜し続けられている、我らが慈悲深き帝王』 

 ダーナンの民は、若く美しい帝王に絶えず称賛を送り続けた。

 もちろんその声に誰よりも安堵し喜んでいるのはジュゼール自身だった。

 ロディがあらゆる階層から慕われ、王としての揺るぎなき地位を築き上げたことに対しては、心から満足している。

 だが、ジュゼールにはそれがロディの望んだ道だったのかと、いつも自問自答する。

 それとも自分たち臣下が強いて歩かせた結果なのだろうか、と。

 特に、塔姫ミア・ティーナを花嫁として迎えることになってから、その悶々とした思いはジュゼールの中から消えることがなかった。

 盛大な結婚式の時も、ミア・ティーナは顔を黒いベールで覆い、枝のようにやせ細った腕も、体も、全身を黒い布地に豪華な刺繍で仕立てられた花嫁の衣裳に身を包んでいた。

 ジュゼールさえ、いまだ正妃の顔を間近で見たことが一度もない。

「人前に出ることに慣れていないからな」

 十六年もの歳月を日の差さない塔に閉じ込められていたミア・ティーナは、人前に出ることを極度に嫌い、ロディもまた無理をしいることは避けているようだった。

 その代わり、常にロディの隣にはリリアの姿があった。

 リリアは側妃の座についてはという帝王や側近たちの度々の勧めを断り、その身を包むドレスを捨てて、軍服を身につける生き方を選んだのだ。

 臣下としてロディの身辺を世話をする為に。

「これで、いつでも陛下のそばにいれますもの」 

 そうほほ笑むリリアの健気さに、人々は圧倒された。

 彼女を愛妾と呼ぶものはなく、また、いたとしても、それを口にした者に対しては、ロディが国のために帝王としていわくつきの姫を娶らなければならなかった事情も、リリアの純粋な愛情をわからぬ、『無粋で馬鹿な田舎者』として、一笑に伏されるまでとなっていた。

 当初、リリアがそのような突飛もない話を持ち出したとき、だれも本気にはしていなかったのだが、軍師のカラギが側近入りに真っ先に賛成を示したことで情勢は変わった。

 意表を突かれて異を唱える者は表立っては少なかった。

 反対したのは、ジュゼールと数人の臣下、そしてロディ本人だった。

 ジュゼールは、リリアとロディとの関係が恋人から臣下となることで、これまでの良好な関係が壊れることを望んでいなかったし、また軍の規律が乱れることを避けたかった。

 そしてなにより、ロディ自身が、リリアを前線に立つことのない安全な場所で守りたいと、その申し出を拒んだのだ。

 だが、カラギは今後の戦いにおいて女の目と直感が欲しいと力説した。

 軍の規律の乱れ、陛下への謀反、危険人物を見分ける鋭い目と勘は男よりも女が勝っており、いずれはナイアデス皇国を凌ぐ女性部隊をつくることを視野に入れていること。

 しかし、現在すべてが男だけの軍に女を入れた場合、その身辺を守れるか保証できない。

 だが、陛下の恋人であれば、身辺は安全であり、また兵士たちもリリアを守る立場に立つであろうこと等を、カラギ得意の『所説』を山ほど引き出して熱弁をふるった。

 そして、結局側近として、また参謀としてリリアをロディの恋人のままそばに置き続けることに成功させたのだ。

「おい、陛下だ」 

 カラギに呼びかけられ、考えごとをしていたジュゼールは視線を上げて、建築中の居城から出て来たロディとリリアを見つけた。

「リリア殿は気丈だな」

「ああ、なんせ前は陛下のお命を奪おうとしたほどの女傑だからな。そして」

 ジュゼールの言葉に、カラギは口元に笑みを浮かべる。

「今は、命を懸けて陛下を守られようとしている。その心、さっするに余りあるがな」  

 ミア・ティーナのことを知った日の騒動を思い出して、カラギの笑みがため息と苦笑いに変わる。

「まぁ、陛下を守るために発揮される女の直感という奴を大いに期待させてもらうさ。それをどう判断するかは、おれ次第だからな」

 小声でささやきながら、カラギはジュゼールと共に臣下の礼をとり、ロディを迎える。

「どうした、二人揃ってとは珍しいな」

 ロディはからかうように、二人を見る。

 「実はハリア国より親書が届きました。一刻も早く陛下にお届けしなくてはと思いまして」

「ハリアから?」

 ロディは、いぶかしみながらカラギの差し出した白い封を受け取り、中の手紙を読むとくすりと笑ってから懐かしそうな視線を空に投げた。

「陛下?」

 ジュゼールが問いかけるとロディは紺碧の美しい瞳でうなずく。

「ハリア国のミレーゼ女王からだ。『様々な噂が耳に飛び込んでくる。そこで直接質問します。ダーナンは、ハリアに戦さを仕掛ける気ですか?』との問い合わせだ」

 ジュゼールとカラギ、そしてリリアは驚いたようにロディの手にした親書を交互に見つめる。

「単刀直入なところは、相変わらずのようだな」

 そんな三人の様子にかまうことなく、ロディはあの夜の出来事に思いを馳せる。

 姉シーラの婚儀の為にリンセンテートスに来ていたミレーゼの寝室に、単身ロディが忍び込んだ時の、生意気な少女の顔。

 突然の侵入者にも、毅然と気丈な態度をとったハリア国のなりたての幼い女王。

 ロディはあの時交わした会話に、小気味よささえ感じていた。

「さっそく、帰って返書をしたためよう。カラギ、美しい宝石を用意をしてくれ、わたしの大切な友人への贈り物だ」

 リリアの物言いたげな視線に、ロディは静かに笑う。

「大丈夫、ハリアとは争わない。ミレーゼはフューリーを探す協力を約束してくれた私の友人だ。それに、私たちは共通の敵をもっている。ミレーゼは姉のシーラ王女を、私はフューリーを略奪された。君子気取りの暴君に、私たちは肉親を奪われた。敵は、東にしかいないんだよ」

 静かに語るロディの美しい横顔に、ジュゼールは、ふとフューリー王女がロディを新たなる戦さへと誘っているような錯覚を覚えた。

 だが、フューリーがいなくなったのは八歳の幼い時だ。

 結果としてそうなったかもしれないが、それはフューリーが望んだわけではない。

(いや……そんなことは)

 フューリーを探し出すために帝位に就くよう強いたのは自分なのだ。

 たとえ錯覚だとしても、一瞬でもそんなことを考えた自分に、ジュゼールひどい嫌悪感を覚えた。

 そしてしばらくの間、リリアやカラギと談笑するロディと、目を合わせることさえできなかった。



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