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第14章〈守護を得る者〉-9-

「カヒローネからは、毎日のように結婚式の日取りを正式に決めるよう矢の催促なのは、知ってのとおりだ。しかも、カヒローネ王以下、八部族の族長たちすべてからだ。すごい結束力だろう」

 ロディはジュゼールを見ながら苦笑いを浮かべる。

「もしわたしが約束を破り塔姫を娶るのをやめて、他の姫を后に迎えたら、いまのカヒローネは死に物狂いで一致結束してダーナンに襲いかかり、わたしに塔姫を押しつけて去って行くに違いない」

 ロディは笑いながら、寝台から降りると、ジュゼールの差し出すガウンに袖を通し、窓際に歩み寄った。

「戦さに裏切りや策謀はつきものだ。けれど、国同士の結婚には、神の交わりが伴う。これを裏切ることは、わたしが神を裏切る行為となる。それでも、おまえは今も反対か?」

 カーテンに手を添え背を向けたまま、ロディはじっと立ち尽くしていた。

 ジュゼールの瞳にその姿が、幼い日のロディの姿と重なる。

 十九歳の青年。

 今やだれもがロディをダーナン帝国の帝王と認める。

 この日をジュゼールはどれほど待ち焦がれたことか。

 侵略した国々に対してでさえ、抵抗をせずに降伏したキルルーサには元の王をそのまま選定王として領土を管理させ、それ以外の国にも選定王として人望のある故国の人物を配置した。

 ダーナンに牙を向けたハスラン、ゼルバは別として、イーリア、キルルーサに対してはその名を残し、国自体の状況が急激に変化をおこさないよう、領民が安心して暮らせるよう配慮を怠らなかった。 

 それらは、一見理想を追うだけの無謀なやり方であり、いつイーリア領とキルルーサ領の選定王らが反旗をひるがらさないとも限らないことから、側近たちからも無謀であると抗議を受けたが、結果的にはロディのとった政策は好意的に迎入れられる結果を得たのだ。

「カヒローネはわたしを妹に近づく道を開いてくれた恩人だ。結果的にあのように戦えぬままに引き上げざるを得なかったけれど、他国の大軍が国の中を大手を振って歩くのを、わたしとの約束を守り耐え忍んでくれた。領民たちも温かく協力してくれた。わたしはターヤ神にも誓ったのだ、いまさら約束を違えるなどできはしない」

「陛下……」

 皆が心配しているのは、ミア・ティーナ姫のダーナン入りは、そのまま凶を呼び、今度はダーナンがカヒローネのように王権争いの場と化すのではないかという危惧だった。

 自分の背丈に近づくほど伸びたロディの後ろ姿を見つめていたジュゼールは、意を決したように言葉を告げた。

「カヒローネ行きの準備、整えてまいります」

 振り向いたロディの碧い瞳が、ジュゼールを見つめ輝く。

「ジュゼールがそう言ってくれると、私は安心できる」

 ロディはほっとしたように、ジュゼールにゆっくりと歩み寄る。そしてその肩に額を預けた。

「ふと不安になるんだ。わたしは王になるべきではなかったのではないかと。フューリーを捜し出したい気持ちは、あの時から変わっていない。いや、強くなる一方だ。しかしその為に、多くの者たちを犠牲にしてきてしまった。戦さでは何千人と死んでいった。時々、帝位を捨て、ただの兄として妹を探す旅に出られたら、どれほど心が休まるだろうと思う」

「陛下……」

 ロディの言葉に、ジュゼールは唇を噛み締めるしかなかった。

 王位継承を嫌がるロディに、フューリーを取り戻すためにも、その王になってほしいと言ったのは、ジュゼールだった。

 今になって、それを止めることなどジュゼールには出来なかった。

「フューリーは、あのフェリエスにナイアデスにつれ去られたに違いない……。あの時、あの馬車から連れ出せていれば今頃は……」

 ロディは顔を上げると、間近にあるジュゼールの瞳をじっと見つめた。

「だから……あの姫もカヒローネの指輪の戒めから解き放ってさしあげたいのですか?」

 ジュゼールのなにげなく放った言葉に、その瞳がふっとゆるむ。

 その澄んだ眼差しに出会いジュゼールは、ロディの揺れる様々な想いを感じ取ったような気がした。

「すまないな」

「陛下」

「笑ってくれていい……。わたしは私情ばかりの王だ。おまえが笑うなら許せる」

 ロディはジュゼールから手を話すと、穏やかにほほ笑んだ。

 ジュゼールは姿勢を正すと、再度カヒローネ行きの準備を整えるについての指示を仰ぎ、退出しようとして、思い出したように問いかけた。

「陛下。イーリアの姫のことですが……」

 ジュゼールが言いかけたとき、突然部屋の扉が勢いよく開きけ放たれ、息を乱した美しい女性が現れた。

「リリア」

「陛下、申し訳ございません」

 リリアの後ろから、カラギが現れ、こわばった顔でロディに頭を下げる。

「お止めしたのですが……」

 ロディは、胸の前で両手を握りしめて涙を浮かべているリリアにほほ笑みかけると、カラギに小さく首を振ってみせた。

 それを見てカラギが一歩後ろに下がる。

「カヒローネに行かれるのですか?」

 前イーリア国の王女であり、いまはイーリア領選定候の姫の身となったリリアは、数年前からダーナンの帝都ディアサのリレイン城の宮殿内に居殿を与えられて暮らしていた。

 リリアは国や家族を奪ったロディ殺害を誓い、ロディがダーナン領に来て一人になったときにその命を断つために近づいたのだ。

 リリアがロディめがけて、短剣をその胸に突き立てようとした時、ロディは無防備にリリアを見つめていた。

 襲いかかって来る剣先から逃れようともせずに、切なそうな碧い瞳で、父と国の仇をとろうとしているリリアを見つめていただけだった。

 リリアは、ロディを殺すことも出来ずその足元に崩れて泣きじゃくるしかなかった。

 その時の出来事をきっかけに、逆にロディとリリアの仲は急速に近づき、今ではロディの恋人として自他共に認められる存在となっていた。

 ジュゼールは、あの時二人の間にどのようなやりとりがあったのか、くわしいことまでは知らないのだが、一見はかなげでいながら、強い意志と瞳をもつリリアが、ロディの心を温める存在となったことを嬉しく思っていた。

 そして、いつかは正妃の座につくのではないかという噂がささやきはじめられた矢先に、リンセンテートス進攻が決行されたのだ。

「悪いが、二人きりにしてくれ」

 ロディは、涙ぐみながら駆け寄ってくるリリアを腕を差し出し優しく迎えいれながら、ジュゼールに命じる。

 ジュゼールは青ざめているカラギの肩に軽く手を添え、その背を押すようにロディの寝室から外へ出た。

「わたしの失態だ。陛下の出立まで、リリア殿の耳にミア・ティーナ姫の話が漏れるのを阻止することができなかった」

 いつもの自信に満ちた様子からは、信じられないほど落ち込んでいる軍師に、ジュゼールは苦笑いを浮かべる。

「女の勘は軍師殿をも勝るという教訓だな。一年近く隠し続けただけでも、見事だったよ。時期も悪くはなかった」

 怪訝そうな顔を向けるカラギに、ジュゼールはまじめな表情をつくった。

「いよいよカヒローネ行き決行だ。陛下が準備をすぐに進めるようにとのことだ」 

「本当か?」

「ああ、今日の呼び出しはその件だ」

「実は陛下からの伝令を受ける前に、その前に、リリア殿に呼び出されて真偽を問い詰められていた」

「そんなに早朝にか?」

「真夜中だ。ずいぶん以前から嫌な予感が゛していたらしい。それで昨夜はいよいよ眠ることもまならなくなったらしくて、呼び出しをくらった。おかげで一睡もする時間がなかった」

 褐色の肌をした鋭い瞳のカラギも、今日ばかりは不機嫌極まりない顔で何度となく、ため息をつく。

 リリアのことを思うと気は重いが、それはロディが解決することだった。

「陛下は今日にでも、直接リリア殿に話そうと考えていたようだから、時期的には調度よかったんじゃないか」

 ジュゼールの言葉に、みるみるうちにカラギの顔に生気がよみがえってくるのがわかる。

「本当か?」

 だが、やや言葉を押さえて疑るように問いかけるカラギにジュゼールは、わざと視線を合わせない。

「カラギ、陛下がお出ましになるまでに、かねてから進めていたカヒローネの塔姫ミア・ティーナ姫との結婚式に必要な算段を再度調整してくれ。災いを呼ぶ守護妖獣を飼い馴らすことはもう考えてあるんだろうな」

 カラギは、早朝の失態がロディから許される状況にあったことを知って、嬉々とした様子で自分よりやや背の高いジュゼールを見上げる。

「もちろんだ。カヒローネの王族どもの度肝を抜くほど豪華な結婚式を成功させて見せる。いそがしくなるぞ」

 すでに頭は切り替わったのか、楽しそうにさえ見える様子に、ジュゼールは回廊の高い天井を見上げて、一人そっとため息をついた。 


 一ヵ月後、カヒローネの神ターヤの指輪が守られているターヤ神殿の塔の中、最上階にある部屋の扉の前に、ロディは立っていた。

 塔姫に会うことを許されたものだけが通ることのできる扉であり、これまでのカヒローネの王のほとんどは、この扉の先に進みミア・ティーナの顔を見ることもできないといわれていた。

 多くの場合、守護妖獣が現れ、用向きを聞き、ミア・ティーナの返答を伝え、去るように命じるのだ。

 ロディが扉の前に立ち名乗ると、両開きの扉は、いざなうようにゆっくりと奥へと開いて行った。

 扉の奥には闇の世界があった。

 かすかな蝋燭の炎が瞬くのが感じ取れる程度の、光の射さない真っ暗な空間。

 ジュゼール、カラギの二人は、ロディの後ろでその様子を見守りつづける。

『ダーナンの帝王か』

 その闇の中から突然、幼女のような顔が現れ、赤い瞳がじっと三人を見つた。

 ジュゼールとカラギはその衝撃に息を呑む。

「そうだ。わが后ミア・ティーナを迎えに来た。今日はその挨拶に」

 ジュゼールの前にいるロディの後ろ姿は、動じることもなくその出迎えに応えているようだった。

 一見、白い髪をした人間の子供に見えるのだが、白目のない赤い瞳と、その体の虎のような黄色と黒色の体毛と背中の翼から、噂に聞く妖獣に間違いなかった。

 妖獣は子供のように無邪気そうに笑う。

 その姿に、魔獣の忌まわしさは感じ取れない。

「改めて確認したい。ミア・ティーナ姫との婚儀は、成り立つか?」

 ロディは、妖獣に向かい静かに言葉を告げた。

『いいよ。ダーナンの王なら申し分ない』

 ミア・ティーナの守護妖獣は、くるりと背を向けるとロディについて来いと促す。

『ミアは奥にいるよ』

 ロディは一歩踏み出した。

 一緒に部屋の中に入ろうとするジュゼールたちを片手を上げて制止する。

「おまえ達そこで待っていろ」

 そう言って、部屋の中へと進んでいく姿は闇の中に消えていく錯覚を生む。

 ジュゼールは、一瞬、何かが変わっていくような奇妙な空気の歪みを感じた。

――陛下!

 ロディを引き留めなければと突然思った。

 だが、体は動かず、声もでない。

 ジュゼールは自分に言い聞かせる。

――大丈夫だ。陛下は闇の中にいるミア・ティーナの手をとり、再びこの扉から現れる。なにも心配することはない、と。

 だが、魔獣を守護妖獣とするミア・ティーナをダーナンに迎えること。

 得体の知れない塔姫を正妃として向いいれるこの婚礼は、正しい道であるのか、そう考えれば考えるほど、自分は取り返しのつかない事態に立ち会っているようで、底知れない不安に、ただ、守護神ゼナに祈りを捧げるしかなかった。




第14章〈守護を得る者〉終了

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