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第13章〈警鐘〉-6-

「あ……危なかった……」

 イズナの視線から間一髪逃れたエリルは、閉めたドアにもたれかかり暗闇の中で胸をなでおろした。

 一階の大広間での宴の賑やかさ明るさとは反対に、二階は灯りがほとんど灯されていないために、闇と化している。

 それを利用してエリルは大広間の二階のの回廊から人々の中にガーゼフの姿を探したのだが、その中には見つけることができなかったのだ。

(見まちがいではなかったはずだ……) 

 エリルは回廊に通じる小部屋をでると、通路に出て部屋をひとつひとつ確認していった。

 ドアに鍵がかかっている部屋には、耳を当て人の気配や声がしないか、鍵のかかっていない部屋は細く隙間をあけて人がいないのを確認しておく。いざとなった時の逃げ場を確保しておくためだ。

 明かりが漏れている部屋を見つたときは、注意をしながら中の人物を確認するために、ドアをそっと押し、隙間を作ってのぞき込んだ。

 そうして何室目かのある部屋をのぞき込んだとき、エリルはキャンドルが幾重にも明るさを放っている部屋を見つけた。

 が、その部屋に人のいる気配はなかった。

 それでもよく耳を澄ますと、その部屋の奥の別の部屋から男の低いぼそぼそとした声が聞こえ、エリルは胸元に手をあて深呼吸をひとつすると用心しながら、その部屋に入り込んだ。

 息を殺し、足音を忍ばせ、声のする奥の部屋のドアの前近づき、そっと耳を押し当てる。

――これから……戻られるんですか……?

 しゃがれた声は老人のもののようだった。

――揃えた品は今申し上げた通りです。いつもと特に変わったものはございません。砂嵐が止みましたので、次の時までにはもっと揃えられる品数は増えるかもしれませんが、まだ最低限の状態です。

 問いかける声に別の声が答える。

――問題はない。では、すぐにいつもの場所へ行ってくれ……と言いたいところだが、今日は無理そうだな……。

 その声を聞いた瞬間、エリルの顔は凍りつき、背筋を冷たいものが流れた。

(ガーゼフ…!!)

 決して聞き違えることのないガーゼフの声だった。

――明日の日の出とともに出発いたします。今日は国を守って下さった兵士さんたちの祝いの宴ですからね……でも、わしら年寄り夫婦にとっての恩人はだんなです。わしらがこうして町長様のお屋敷で下働きをさせていただけているのはだんなとお会いできたからです。この老体でお役に立つことでしたらいつでもおいいつけください。さっそく家に戻って馬の様子を見て参ります。

 年寄りはそう言うと、気が付いたように問いかけた。

――だんなは下に、お呼ばれになっていられるんじゃあ?

 男の低い忍び笑いが漏れた。

――あいにくわたしには不釣り合いな場のようだからな。

――さようですか……? では、失礼します。お嬢様方にご伝言はありますか?

――いや、多分わたしのほうが先に着くだろうからな。いつものようにあせらずに、慎重に確実に運んでくれればいい。

 続けられていく会話よりも、老人の口から出た『お嬢様』という言葉にエリルは息をのむ。

(まさか……シーラ姉上のことじゃ……)

 冷静に会話を聞き取ろうと意識を集中させた時、緊張のあまり堅く握りめていたナーラガージュの杖の先が木の壁に触れた。

 微かな音だった。

 だが、エリルの心臓は飛び出すかと思うほど大きく鼓動を打った。

――…………。

 部屋の中の話し声が途切れる。 

 椅子から静かに立ち上がる音がする。

 一歩、二歩、足音がドアに近づく。

 ノブが回り、ドアが勢いよく開き、黒い服に身を包んだ長身の男、ガーゼフが現れた。

 部屋の中には誰もいなかった。

 ガーゼフは藍色の鋭い視線で部屋の隅々を見回す。

 部屋の蝋燭の炎が激しく揺れていた。

 棚に置いたランプがわりの燭台を素早く手に取ると、廊下へドアを開け暗闇の通路に出る。

 同時に、どこかで扉のしまるわずかな音がした。


 いくつか並んだドアの向こう側、暗闇の部屋の中に爆発しそうな心臓を抱え、息をひそめたエリルがいた。

(どうか……見つからないように……)

 足音はゆっくりと確実にエリルが隠れている部屋に向って近づいてくる。

 ドアノブを回す音、扉を押し開けていく音が聞こえる。

 侵入者に気がつき、探しているのは間違いなかった。

 開けては閉じ、次の扉へ向う靴音。

 それは果てしなく長い時間のように思えた。

 壁に背中を強く押し付けていないと、足から崩れ落ちてしまいそうだった。

 エリルの心の奥底には、ガーゼフに対する恐怖心が根付いている。

(今ここであいつに見つかったら、今度こそ殺される……。杖は、このことを警告していたのか?)

 エリルは杖の呼びかけを無視したことを悔やんだ。

 足音はエリルの立つ扉の前で立ち止まった。

 扉のノブに手をかけるわずかな音を耳にして、エリルは目を閉じ、ナーラガージュの杖を強く握りしめた。

 永遠に思えるほどの恐怖と静寂。

 しかし、扉は開かれることなく、やがて足音は去って行った。

(や……やりすごせたのか……?)

 それでもいつ引き返してくるかわからない。

 息を殺したままエリルは身動きすることができなかった。

「どなたですか?」

 突然、正面から声をかけられエリルは心臓が止まりそうになった。

 見ると、暗闇の中、テラスに立つ人影があった。

 エリルよりも背が高い男のシルエット。

 灯火ひとつなく、鍵もかかっていなかったので、人がいるとは考えてもいなかったのだ。

「あ……」

 頭が真っ白になった。

 逃げようドアに視線を送った瞬間、その視線も固まる。

 部屋の向こうにはガーゼフがいる。

 死への恐怖がエリルの動きを封じた。




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