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第4章〈侵略〉-2-

 テセウスとアルクメーネが、ルナの部屋を後にして、カルザキア王の執務室に入ると、王の側近のシグニ大将が起立したままで静かに一礼をした。

 豊かな白髪を肩のあたりまで伸ばした、もの静かなこの将軍は、一見学者肌にみえるが、剣をとればノストールの五本指にはいるほどの剣豪で、五十代後半とおもえぬほどの腕前をもっている。

 ノストールの王子たちは皆、このシグニ将軍に剣術指南を受けており、武術の上での師匠であった。

 シグニ将軍がいるのは問題ないのだが、ここにいるはずのカルザキア王の姿がなかった。

「父上より、至急城に戻るようにとの使いを受けましたが……」

 いぶかしげに問う二人に、手で座るように促しテセウスたちがソファに座るのを待ってから、シグニは立ったまま話を始めた。

「陛下はテセウス殿下とアルクメーネ殿下を呼び戻されるように告げられて後、兵をともないシャンバリア村に向かわれました。現地を確認次第すぐ戻られるとのことですが、話の要点については、私からするようにとおおせつかっております」

 シグニ将軍の表情は平静そのものだったが、テセウスはいやな予感が高まって行くのを拭いきれなかった。

 その不安感は、アンナたちが来てからおさまることがなく日を追うにしたがって高まるばかりだった。

 テセウスがシグニにも席に着くように目で示すと、将軍は一礼をし、真向かいに腰を下ろしす。

 そして、深く息を吸い込み、ため息をつくように吐き出した後、静かに告げた。

「一昨日、シャンバリアの村が何者かに襲われ、村人全員が惨殺されました」

「な……」

 テセウスとアルクメーネは、シグニの言葉に息を呑んだ。

「何者かのしわざかはいまだ不明です。シャンバリアの村に少年たちを迎えに行ったはずの兵士らは、村へ行く途中の街道で殺されておりました。村を襲った者は、その馬車を奪い、城からの使者と偽り村に入り込りこみ、村人を一カ所に集めたうえで殺戮におよんだようです」

「いつ……わかったんだ?」

 テセウスは信じられないといった表情で、たずねた。

「村の五歳になる男子を集める最終日でした。遅くとも昨日の夕刻には戻る予定となっておりましたが、兵が夜半を過ぎ、朝になっても戻らないことから、早駆けで調べに行かせたのです」

 シグニの言葉は淡々としていたがそれがよけいに惨劇のひどさを物語っていて、二人の王子は血の気が引いていくのを感じる。

「その早駆けの兵が、シャンバリア村の隣村であるテルザ村付近で、服を血に染めた姿のままぼうぜんと歩いている子供を見つけたので、声をかけたところ、村が襲われたことがわかったのです。どうやら、生きのびたのはその子供一人だけ。村には村人たちの死体が、逃げ惑う姿そのままに残っていたそうです。」

 シグニの言葉を食い入るように聞いていた二人は、しばらくの間ショックのあまり、次の言葉を告げることができないまま、瞳を閉じ、あるいは唇をかみしめていた。

「陛下は、ついさきほど兵士たちの死体発見の報告を聞かれると、お二人を陛下の名で呼び戻すように私に言われ、そのままシャンバリアの村に向かわれました。そこで……」

「では、わたしたちもすぐにシャンバリア村へ行く」

 話しが終わらないうちに、席を立ちかけたテセウスを制して、シグニは隣の部屋にいる部下を呼んだ。

「カイ、部屋にほかの者を近づけぬように」

「はっ」

 シグニの部下であるカイが一礼して部屋を出て行くと、将軍は二人の王子を交互に見つめた。

「実は、今回の出来事以外にも憂慮すべき出来事がございます。陛下にはまだ申し上げておりませんが、殿下がたのお耳には入れておく必要があるかと……。実は他国と内通している者がいるようなのです」

「どういうことなんだ?」

 テセウスは、王にさえ話していないことをなぜ、自分たち王子にするのか、シグニの真意をはかりかねた。

「ルナ殿下の出生の秘密を探っている者がいると、亡きケーナ術士の弟子たちから知らせが入りました」

「なんだって?」

 それまで、黙っていたアルクメーネが身を乗り出す。

「これは、例のナイアデスとダーナンに降りたという予言の時期に前後しております。もし、アル神の子が誕生しているという予言をわがノストールの民が耳にすれば、誰もがルナ様のことだと思うでしょう。たとえ、その御子を探すとしても、ルナ様の出生を探る必要はないはず。この時期にルナ様のことを探るというのが何か別の目的があるように思えて仕方ないのです」

 その時、警鐘を強く打ち鳴らす甲高い鐘の音が響きわたった。

「シグニ将軍!」

 将軍の言葉を遮るように、突然ドアが開いて、形相を変えたカイが飛び込んで来た。

「どうした?」

「山火事です。エーツ山脈のわがノストール沿いの山から、炎と煙があがっていると北の塔の見張り番から報告が!」

「ばかな!?」

 カイの言葉に、その場の全員が部屋を飛び出し、エーツ山脈を望むことの出来る城の北端にある北の塔に向い走り出した。

 石造りの大城塞として築かれたアルティナ城には、四方を常に見張るために造られた象徴的な東西南北の四つの円塔が存在する。その四塔の他に大小様々な十数基の円塔がはりめぐらされた外壁でつながり城を防御している。

 テセウスたちは、外郭の外壁の上層部分、胸壁を走りぬけ、北の塔に到着すると、らせん状の石階段を一気に駆け上がった。

 外郭に向う途中で、勉強部屋から抜け出して来たクロトも合流する。

 その塔には、既に数人もの兵士たちがエーツ山脈を指さし大声で叫んでいた。

 ノストールを守る自然の要塞として、人々から畏敬の念をもってたたえられている山の麓。

 いまノストールに近い比較的おだやかな斜傾の小さな山々のあちこちから、オレンジ色の光が山を侵食するように広がり始め、白や黒い煙が舞い上がり、青い空をくすぶらせていくのが遠目でも確認出来る。

 見張りに立っていた兵士たちは、シグニ将軍とテセウスたち王子の姿を確認すると、敬礼をしながら報告した。

「昨夜は無風でした。今は乾燥期ではありませんので、野火は考えにくいと思われます。陛下がエーツ山脈ふもとに最も近い、シャンバリア村へ出立されるとの触れがありましたので、特に注意してエーツ山脈付近、およびノル・シュナイダー城を警戒しておりましたが、つい先程までそのような兆候は一切ありませんでした。それが、方角としてはシャンバリア村方向から山越えの道を中心とした場所で、十数カ所から突然一度に火の手が上がったように見えました」

「断言はできないがシャンバリア村を襲った者らが、追っ手を防ぐために火をはなった可能性もある。このままでは、麓に山火事が広がり、さらに田畑や村にまで日が燃え移る危険がある。陛下の身も案じられる……騎馬隊、海兵隊の兵士たちを集め、全力で消火作業に当たらせる」

 シグニ将軍の言葉のもと、テセウスたちはアルティナ城を出発した。

 エーツ山脈の麓からいく筋もの煙立ちのぼるシャンバリアの村に向って。




 テセウスがシグニ将軍の騎馬部隊と共にポンプ式の消火台を馬車に備え付けて、シャンバリアの村にたどり着いたときは、既に何十人という村人たちが水を入れた桶を手に、エーツ山脈の消火にあたっている真っ最中だった。

 カルザキア王の姿を探すと、火の広がり方が一望できるシャンバリア村の高台を拠点に、兵士や村人、駆けつけた近隣の人々を指揮して、消火にあたっていた。

「火の届いていない先の草を切り、堀を作れ! 木を倒し、火が燃え広がるのを防ぐんだ!」

 村から見上げる山の麓に点在し、広がり続ける炎は、なぜか山道もないような場所から出火しているようにも見える。

「陛下」

 テセウスたちは、王の下に駆け寄った。

「遅くなりました。城では、アンナたちも降雨の祈祷を始めています」

「うむ。村の火はほとんど鎮火したが、麓の火は一刻も早く消さねばならん。今の火の勢いならば、まだ消し止められるやもしれん。これからすぐに火の勢いの激しい場所へ行く! クロト、ダイキと共に走り、兵士等の走る道をつくらせろ。」

 三番目の王子の守護妖獣は風のように走る大きな黒馬であることからその力を発揮することを命じたのだ。

 テセウスやアルクメーネに対しても具体的に指示を与え、命じる父王にテセウスやシグニ将軍、兵士たちはうなずくと、消火に向かって散って行った。

 しかし、その場を離れようとしたアルクメーネは、カルザキア王のそばで所在無げに立ち尽くしている、少年に目をとめ、立ち止まった。

「陛下、その子は?」

「シャンバリア村の生き残りだ。村での出来事を聞くために連れて来ていたんだが、それどころではなくなってしまった。すまんが、配置に着く前に安全な場所に連れていってくれ」

 そう告げると、カルザキア王はポンプ台の部隊を自ら指揮して、火の粉を空に舞い上げている山の麓へ向かい進み始めた。

「シャンバリア村の、生き残り……この子が……」

 アルクメーネは、子供の顔を見下ろした。体つきはルナと同じぐらいだった。

「名前は?」

 アルクメーネは、うつむいたままの栗色の髪の少年をのぞき込むように見、その顔を見てなぜかハッとした。

 少年は少しおびえた硬い表情で、一度ちらりとアルクメーネを見つめたが、すぐに視線を地面に落としてしまい、唇を堅く結んだまま何も答えようとはしなかった。

 アルクメーネは、側近の兵士にその少年を馬車に乗せ、城へ連れて行くように命じながら、心臓の鼓動が不安に高まるのを感じずにはいられなかった。 

(なぜ不安になる……? なぜ…)

 少年の瞳は、ノストールでも一般的な髪の色と同じ栗色だった。

 だが、その瞳の奥から一瞬放たれた光の色は、確かに違ったような気がしたのだ。




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