カボチャなんて大嫌い!
1
わたしはカボチャが嫌いだ。生まれてきて、この事を何回思ったのだろうか?
黒ずんだ緑色に覆われた体、切断すれば嫌でも目につく不気味に黄ばんだ中身。煮て食べれば、口内を溶かすかのようなトロトロした食感。考えただけで吐き気を催してくる。
自宅の食卓で出れば断固として食べるのを拒んだし、給食で出れば先生の目を盗んで友達にあげていた。
カボチャが嫌いになった理由は分からない。ただ、記憶のないほどに幼かった頃、何かしらのトラウマを植え付けられたのかもしれない。
そしてわたしの生まれた実家は、よりにもよってカボチャ農家だ。
わたしが生まれたのは、東京から四時間も車に乗らなければたどり着けない小さな田舎町。小さな時からカボチャ畑を眺めてきたわたしは、あのまん丸で緑色の野菜とお付き合いをしてきた。両親の農作業を手伝ったりもしてきた。けれど、カボチャはいつまで経っても食べる事ができない。
カボチャと隣り合わせなのに、わたしはカボチャが食べられない。幼い頃から、そんなチグハグに苛まれながら生活をしてきた。
わたしの農家の畑では年に一度、他のものより数倍ほど大きく、そして中身が金色に光輝くカボチャが、十月頃に一つだけ必ず生えてくる。
どういう原理でこんなカボチャが生えてくるのか誰にも分からない。ただこのカボチャは、他のカボチャよりもはるかに美味らしい。
カボチャ嫌いのわたしから見れば、美味しかろうがそんなの関係ない。どんなカボチャであれ、わたしはカボチャが食べられないのだ。
そしてこのカボチャには、『カボチャ嫌いにカボチャを食べられるようにする』という不思議な力が秘められていると、お父さんから聞いた事がある。
毎年このカボチャが採れる度に、父さんはこの迷信を信じてはしゃいでいた。
2
あれは今からちょうど十年前、わたしが七歳の時だったかな?
その年もカボチャが豊作で、たくさんのカボチャが栽培されて、各店舗に出荷されていった。
もちろん例の金のカボチャも採る事ができた。
わたしは両親の農作業を今年も手伝う事になった。学校から帰ると動きやすい服装に着替えて、父親が先祖の代から受け継がれてきた広大なカボチャ畑へと足を踏み入れる。
そしてお父さんが掘り起こしたカボチャをお母さんと共に運び、大きく広げられたシートの上に積んでいく。嫌いなカボチャを運ぶだけの簡単な作業。文句を垂れ流す事なく、わたしは淡々と作業をしていく……
その日はクタクタに疲れたので、手伝いが終わって帰宅をすると、すぐに寝室のベッドでぐったりと眠ってしまった。
どれだけ時間が経ったのか分からないが、わたしは寝室に訪れた気配で目を覚ました。
「……誰!?」
気配に反応したわたしは、あわてて体を起こして布団をはねのける。
正面を見やると、黒い衣装のようなものを着た人影が絨毯の上に立っていた。頭には人の顔に掘られた巨大なカボチャをかぶっている。中身を丸ごとくり貫かれて被られたそのカボチャは、普通のカボチャの数倍の大きさがあった。そう、あの金の巨大カボチャに匹敵するくらいの大きさがある。
「誰なの!」
精一杯叫んだわたしを見て、人影は焦ったようにたじろぐ。しかし逃げ出す事はなく、わたしに向かって歩いてきた。
「カボチャ……食べろ……」
「えっ?」
その人影が発した言葉に対し、わたしは目を大きく見開く。
目の前の怪しい人間が、わたしにカボチャを食べろだって?
「カボチャ……食べろ……」
「ちょっと! いきなり現れて、何なのあんた!」
同じ言葉を発した人影に対し、わたしは心が苛立つのを抑えられなかった。
他人の寝室に入り込んで、人の嫌いな食べ物を無理矢理食べさせる事を強要するなんてどうかしてる! それにその衣装! すっごくダサいんですけど!
「カボチャ……食べろ……」
「うるっさいわね! とっとと出てってよ!」
わたしは叫びながら、手元にある枕をカボチャ頭の人影に向かって投げつける。
飛んできた枕を受けた人影が項垂れていると、突然金色の光を放ちだす。
「きゃっ……眩しい!」
眩い光にわたしは思わず瞼を閉じて、両手で目を塞いでしまう。
恐る恐る両手を離して目を開けると、そこに人影の姿は無く、放り投げた枕だけが絨毯張りの床に落ちていた。
わたしは眼前で起こった出来事に、ベッドの上でへたりこむしかなかった。
「どうした! 何があったミドリ!」
「何か悲鳴が聞こえてきたけど……」
お父さんがわたしの名前を呼びながら寝室に入ってきた。そしてその後にお母さんが恐る恐る寝室を覗きこむ。
この事を両親に伝えなければと一瞬思った……しかし、わたしは考えをすぐに改める。
カボチャを被った人間が突然現れ、わたしにカボチャを食べるように強制し、金色の光に包まれて消えていったなんて言ったところで、親は信じてくれないのだと勝手に解釈をする。
「ごめん……何でもない。ちょっと変な夢を見てただけ」
実際に、こんな出来事は夢だったのかもしれないし……
3
次の日、食卓に出された物を見てわたしは言葉を失った。
家族三人で使っている大きなテーブルの上。金色に光るカボチャを煮詰めた物が、大皿の上に山のように盛られていたのだった。ダイニングに立った瞬間、わたしは眉をひそめ、口を大きくへの字に曲げる。
「何、これ?」
嫌がらせのように積み上げられたカボチャの山を見て、わたしは不機嫌に声を出す。
お母さんはキッチンの奥から、パンプキンスープの入った鍋を持ってきて、テーブルの上に置く。スープも金色に光り輝いていて、見た目だけならこのわたしでも美しいと思えるほどだった。しかしどんな色をしていてもカボチャはカボチャ……
「ミドリ、今がカボチャの一番美味しい時期なんだ。お前が食べてもきっと美味しいと感じるに違いないぞ? さあ、食べてみなさい」
お父さんが椅子に座って腕組みをしながら、ニコニコと笑みを浮かべている。そりゃ自分が作って栽培したものなんだから嬉しい気持ちは分からなくはないけど……
「あなたなら、このカボチャの煮物もスープも食べられるはずよ」
お母さんはそう言って、パンプキンスープをお椀に注ぎ入れてわたしの前に差し出す。
「え? ちょっと、わたしがカボチャ食べられないの、知ってるでしょ?」
焦ったようにわたしが声を出すと、二人とも笑みを浮かべたままわたしの顔を見つめてくる。
「もちろん分かっているわよ。けれど、カボチャ農家に生まれた子供がカボチャをいつまでも食べられないなんて、それって恥ずかしい事よ」
「そうだぞ。お前もいずれはウチの農家を背負って立つ身なんだからな。そろそろ食べれるようにならんとな!」
お父さんはわたしの頭を優しく撫でる。お母さんは小皿にカボチャの煮物を三つ、菜箸でつかんで盛り分けてくれる。
二人とも笑顔で、わたしにカボチャを食べる事を促してくる。
目の前にあるカボチャの山と、どことなく不敵に笑う両親。わたしは心の中で『またか』と呟く。そしてそんな光景を見ていたわたしは、徐々に苛立ちが募ってくる。
カボチャ農家を持つ家に生まれたばっかりに、嫌いな野菜を見続ける羽目になり、いつもいつも両親からカボチャを食べるように強要され、おかげでカボチャのお化けの夢まで見る始末……
――もうこんな生活イヤ……
七歳にしてカボチャへの嫌気が頂点に達したわたしは、目の前の小皿に乗った金のカボチャの煮物を一つ掴んで、お父さんに向かって投げつけた。
家族が嫌いなんじゃない。カボチャのある暮らしそのものに我慢ができなかったんだ!
「わたしはカボチャなんか食べない! カボチャ農家も継がない! こんな生活と早くおさらばしたい!」
カボチャを投げられたお父さんが、興奮して言葉を吐き捨てたわたしを睨んでくる。
そして次の瞬間、わたしはお父さんの力強いビンタを食らった。頬に衝撃を受けた瞬間、お父さんに強い怒りが込められているのが分かった。そりゃそうか……これまで必死で培ってきた食べ物を、自分の娘に投げられたのだから……
お父さんのカボチャに対する思いを感じたその後、わたしは体ごと椅子から転げ落ちる。その時、運悪く倒れた場所には食器棚の角があった。わたしはそこに勢いよく後頭部をぶつけ血を垂れ流す。
そのまま床に倒れこみ、意識が朦朧としていく。遠くからお父さんがわたしの名前を必死で呼ぶ声が聞こえてくる。
ねえ……カボチャが食べられないって……そんなにいけない事なのかな……
意識を失ったわたしは、搬送先の病院で手術を受けた。一命は取り留めたが、髪で隠れた後頭部に消えない傷跡を残したのだった。
4
買ってもらってから十年以上が経過するであろう勉強机に頬杖をつきながら、わたしは七歳の時の事を思い起こしていた。
わたしは今は高校二年生。あの事故以来、両親はカボチャを食べる事を強要しなくなり、家業を継げとも言わなくなった。カボチャ嫌いはあの時から相変わらずだが、あれからは両親とも喧嘩をしなくなり、田舎町で平和な日々を過ごしていた。
今となっては全てが過去の話だが、今いる寝室に現れたカボチャお化けの事がどうしても気がかりだった。一体何のために、わたしの前に現れたのだろうか? こんなわたしのために、カボチャを食べる事を押し付ける幽霊って……
「ううっ……怖い以前にピンポイントすぎるわ。キモッ」
わたしは勉強机を離れ、ベッドに仰向けに横たわる。そしてしばらく、寝室の木造の天井をしばらく見つめる。
本当に、あのカボチャお化けは何だったんだろうか? 正体は分からなかったが、人間としか思えない雰囲気を醸し出していた。十年経った今でも、それはちゃんと覚えている。
その雰囲気自体も、どこかで感じた事のあるような……
「ミドリ」
寝室のふすまの向こうからお母さんの声がした。
「何? お母さん」
お母さんはふすまをゆっくりと開けて、寝室の中を覗き込む。両手には黒い布のようなものが乗っかっていた。
「……ちょっと頼みがあるんだけど」
「えっ?」
「ほら、来週ハロウィンでしょ? その日に町の人達が公民館に集まってパーティをやる事になったの。それでその時に出し物として演劇をやるんだけど……」
お母さんは気まずそうに愛想笑いをし、両手に持つ衣装に視線を移す。
「ミドリにカボチャのお化け役をやってほしくて……」
お母さんの頼みにわたしは大きく目を見開いて、首を横に振った。
「嫌だよー、めんどくさい。それになんでカボチャ嫌いのわたしにやらせるの?」
「この催し物はね、今年はウチの農家が主催でやる事になったのよ。だから主役としてはカボチャ農家の娘のミドリがいいかなって事に決まったのよ」
「う……ううう……」
頭を抱えるわたしを、お母さんは焦りつつも心配する表情をしていた。ベッドで項垂れながら、思考を巡らせるわたし。
確かにわたしはカボチャが嫌いだ。幼い頃カボチャ嫌い故に抵抗をし、頭には消えない傷を残してしまった。
けれど散々家の家宝とも言えるものを口にせず、両親に背を向けてきたのも事実だ。だからこういうところで親孝行するのも悪くないのかもしれない。
「分かった、演劇やるよ。その代わりカボチャが出ても食べないからね」
考えた挙げ句、わたしは首を縦に振る事にした。
「本当!? ありがとうミドリ! わざわざごめんね~」
目の前のカボチャ嫌いの娘を労うかのように、お母さんは目を輝かせて言った。
5
それからわたしは、演劇の練習に励む事になる。自宅でも学校でも、長い長い台詞を頭に流し入れた。
一週間という短い期間なので、常に台本とにらめっこを続ける。食事中や登下校中はもちろん、授業中に先生に見つからないようにこっそりと台本に目を通していた事もあった。
嫌いなカボチャの役目を引き受けた事に対して、わたしは友達に何度も愚痴をこぼしていた。
光陰矢のごとしというべきか……一週間という期間はあっという間に過ぎ去ってしまった。
演劇の会場は、町中にある小さな公民館のホール。会場内はハロウィンに関する装飾が施されており、大半がカボチャだった。それらの装飾はできる限り見ないようにするわたし。カボチャの飾りすら見たくないなんて、自分のカボチャ嫌いは並大抵ではないと我ながら実感した。
会場には少しずつ観客が集まってきて賑やかになってくる。わたしはステージの袖で黒い魔女の衣装を着て、他の出演者と共に待機。
「おい、ミドリ」
お父さんが中に入ってきた。両手には大きなカボチャが携えられている。それはわたしの農家で毎年収穫されている巨大カボチャだった。中身は見事にくり貫かれており、皮の表面には笑顔が彫られていた。
「夕べは寝ないでこのカボチャを彫っていた。被ってみろ」
わたしは渋々お父さんから彫られたカボチャを受けとる。カボチャお化けを演じるわたしのために作ってくれた、カボチャの被り物。そういえばこのカボチャには、カボチャ嫌いを克服する力があるって聞いた事がある――昔聞いた迷信じみた事を思い起こしながら、わたしはカボチャを頭に被る。
そのまま備え付けられた大きな鏡の前に立ち、自分の姿を見渡してみる。カボチャの目と口が丁度わたしの目と口の部分にフィットしていたので、被り心地も悪くない。
舞台にさえ出れば間違いなくカボチャのお化けに演じきれるであろう。鏡に映ったわたしの姿はそれだけ目立っていたのだった。
「……あれ?」
鏡に映った自分の姿をしばらく眺めていたわたしは、強い既視感を体に覚えた。
この衣装の感覚……そして鏡に映ったこの姿。どこかで感じた事のあるような……
しばらく鏡の前に立っていると、突然視界が強い光に包まれる。立っていられないほどの眩い光。
「眩しい……この光は……」
わたしはその強い光に取り込まれながら、うずくまって光がおさまるのを待った。
6
顔を上げたわたしは、今いる場所がどこなのかを確認するために、辺りを見回した。ステージ袖に待機していた出演者の姿は見当たらない。両親の姿も見当たらない。だったらここはどこなのだろう……?
視界を覆っていた眩しい光が徐々に弱まっていく。それにつれて、どこか懐かしい匂いがわたしの鼻を刺激する。
「……ここって……」
光が治まり周囲が見られるようになったわたしは、徐に立ち上がりながら小さく呟く。
わたしが今立っているのは狭い部屋だった。
見覚えのある勉強机の上には、わたしが昔可愛がっていたぬいぐるみの数々。
畳の上に絨毯が敷かれ、その上には安物のベッドが置かれている。そしてそのベッドの上に、誰かが眠っている。わたしは眠っている者の正体を確認しようと、恐る恐るベッドに近づく。
「ひぇっ!? わたし!?」
眠っている者の顔を覗きこんだわたしは、甲高い裏声を発して一歩だけ後退りする。
ベッド眠っていた少女は……十年前のわたしだった。そしてここは恐らく、十年前のわたしの部屋。どうやらわたしは十年前の世界に来てしまったようだ。
そして今のわたしの格好は、カボチャ頭に黒い魔女の衣装。カボチャのお化けさながらだ。そうか、十年前に出会ったあの不思議な人影の正体は、わたしだったんだ……
目の前の状況に立ち尽くしていると、眠っていた十年前のわたしがもぞもぞと動き、パッチリと目を覚ます。
「誰なの!?」
十年前のわたしは、今のわたしを見るやいなや、体を起き上がらせて悲鳴を上げる。そうだ……ここでわたしは昔の自分にカボチャが食べられるように促さなければいけないんだ。
わたしは落ち着いて、ベッドの上のわたしに向かって右手の人差し指を指す。
「カボチャ……食べろ……」
「えっ!?」
わたしが言葉を発すると、目の前のわたしは状況がつかめずに目を見開いてこちらを見ている。確かに、十年前のわたし自身もこんな風に戸惑っていたな……
呆然としているわたしに対して追い打ちをかけるように、ベッドに向かって右足を踏み入れる。
「カボチャ……食べろ……」
「ちょっと! いきなり現れて何なのよあんた!」
目の前のわたしは十年前と同じく、声を荒らげてわたしを追い払おうとする。しかしここで引いてたまるか! 十年前の自分には何としてもカボチャ嫌いを克服してやる。
「カボチャ……食べろ……」
目の前で苛立つ昔のわたしを尻目に、構う事なく言葉を紡ぐ。
「うるっさいわね! とっとと出てってよ!」
十年前のわたしはベッドの上にある枕を、わたしの顔面に向かって投げつけた。十年前の記憶だと、わたしはここで未来に帰ってしまうはず……
どうにかカボチャ嫌いを克服してほしいと思ったわたしは、目の前のわたしの前にしゃがみこみ、そして両目を射抜くように見つめる。十年前のわたしは抵抗をする力を失い、肩を少し震わせている。
昔のわたしに向かって嫌いな物を食べるように強要する事は、今のわたしにとっては不本意だ。相手が自分とはいえ、正直こんな可哀想な事はしたくない。
けれど嫌いなままカボチャと付き合っていくよりかは、少しでも好きになって生きていった方がいいとわたしは思う。
わたしはしゃがみこみながら、演劇で喋る台詞を目の前のわたしに向かって発する。
「カボチャを食べないと……イタズラするぞ!」
静かに、そして強い口調で言葉を投げかけると、昔のわたしは肩を震わせるのをやめた。頷く事もなく、静かに深呼吸をしている。
しかし言葉こそ発していないが、カボチャを食べる事が伝わった事がわたしには分かる。
目の前の少女が落ち着いたのを見て、わたしも心を落ち着かせて、昔のわたしを温かく見つめる。
これでカボチャを食べてくれるかな……
そんな事を思っていると、わたしの体が眩い金色の光に包まれた。光がどんどん強まり、自らの視界をも覆っていく……
7
わたしは光の中で、十年前に起こった事を振り替えってみる。よくよく考えてみれば、十年前に見たカボチャお化けは、動作や言動を見て、わたしそのものだと思った。
そして視界が光に覆われている最中、後頭部に妙な違和感を覚える。右手でカボチャ越しに触ってみると、十年前の事故で血を流してできた切り傷が消えていた。更に、今まで感じていたカボチャに対する嫌悪感が次第に消え去っていくのが分かった。
「そうか……十年前のわたしに出会ってカボチャを食べるように言ったから、あれから好き嫌いなく食べたんだね……」
十年前のわたしが頑張って食べたからこそ、今のわたしはカボチャへの考え方が変わっていったんだ。そしてカボチャが嫌いで放り投げて父親に殴られた未来が無かった事になったから、後頭部の傷が消えたんだ……
「偉いぞ、わたし!」
そうやって呟くと、眩い光が収まっていき、元のステージ袖に戻っていた。わたしは改めて右手で後頭部を触るが、やはり痛みは感じない。
「さあミドリ、頑張って行けよ!」
意識を取り戻したわたしに対して、お父さんがエールを贈ってくれている。
「お前の被っているカボチャには、本当に不思議な力が宿っているからな! この演劇が終わったら、ひょっとしたらカボチャを食べられるようになっているかもしれんぞ?」
お父さんの冗談じみた言葉に、わたしは両目を大きく見開く。金の巨大カボチャに秘められた、カボチャを好きにさせるという不思議な力……
それは直接的に食べてカボチャ嫌いを克服するのではなく、被ると時間が過去に戻って昔の自分にカボチャを食べるように説得させる力……
幼い頃に聞いた不思議な力の正体を、今、わたしは理解する。
わたしは清々しい気持ちのまま、演劇を行う事ができた。
そしてその後のハロウィンのパーティで、カボチャのスープとカボチャのケーキが出た。おしゃれにデコレーションが施されたカボチャのケーキを頬張ってみる。
その味は頬を撫でるかのように、そして優しく溶かすかのように、甘ったるかった。