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月光の導くままに

作者: 十五夜美月

 三つの月が、空の定位置にある。その月の光は、かけがえのない光。

 空を見上げながら、リーフェンは煙管から紫煙をくゆらせた。


 リーフェンは空を見上げる。月が、そこに変わらずにある。その事にこれほど安堵をしている自分を、彼はほくそ笑んだ。書物の中では時間や昼夜の概念はあるが、彼をはじめとした今を生きる者にとって、それはほぼ意味をなさない。だが、彼は感覚として、月光の強弱は分かっていた。それだけを頼りに、彼は光を吸収する硝子ペンを表に出す。

 煙管を手に持ち、月を眺める。しっとりとしたその空気に、彼は首を振った。


(降り始める前に終わらせるとするかね……)

 硝子ペンの様子を見ながら、彼は一度工房の中に戻る。そして持ってきた色とりどりで様々な形をした鉱物を吟味し始めた。


 美しく、繊細な形をした鉱物を月の光にかざす。三つの月のうち、どの光が強いか、どの光が適しているか、彼はそれらすべてを知っていた。

 月は、彼にも、他の者にも、平等に光を届ける。月に、名前も名誉も関係ない。

 月は常に、世界を照らし続けるだけである。


 赤い鉱物をじっくりと吟味したリーフェンは、光を受けていた硝子ペンの一つを手に取る。しゃらり、と溜まった光がその中で動くのを確認すると、長い耳を背中側にぺったりとくっつけながら、息を殺した。


 ここから先が腕の見せ所。匠の仕事。

 リーフェンは集中すると、その鉱物の端に文様を描きはじめる。一つ一つの文様が刻まれる度、硝子ペンの月光が反射し、飛び交う。ペン先から出てくる分量すらも調節しながら、リーフェンは息を殺して月光の力を、鉱物に込めていく。呪文はいらない。必要なのは、確かな目と匠の腕。

 3つの月に見守られながら、彼はその作業に没頭する。


 時間の概念が剥がれ落ちた世界で、彼はただ、ひとつの鉱物に集中していた。細やかな文様が、月の光を浴びながら形を現して行く。蔦の様に山脈の様につながるその文様は、鉱物の半分ほどを埋めたところで結ばれた。

 リーフェンは月を仰ぐ。光が変化している。三つの月のうちの一つの光が、ほの暗くなっていることを、彼は感知した。


(雨が)

 思考にその言葉がかすめた時、ぽつりと光り輝く水が彼の手を濡らした。

「グイラ、月の雨だ」

 工房の中に向かい声をかけてから、彼は手際よく並べていた硝子ペンを部屋の中に入れる。先程完成した、銀の文様がついた赤い鉱物ももちろん、同じように工房の机に置いた。代わりに、彼が手に取ったのは桶と煙管だ。


「月の雨?」

 工房の奥から顔を出した女性は、大きなおなかを抱えながらゆっくりとリーフェンの元へと向かう。桶を適度な場所に配置して工房の屋根の下に戻ると、リーフェンは煙草の切れた煙管を咥えた。

「月の雨の産湯に浸かれるといいな、こいつは」

 隣にやってきたグイラの腹に手を当てて、リーフェンはつぶやく。大きな目をさらに大きくしながら、グイラはころころと笑った。小さな手はしっかりとリーフェンの大きな手を掴んでいる。

「多分、浸かれると思う。さっきから動いてるの」


 月の光を一身に受けた雨粒たちは、雲の無い空中から降り注ぐ。その雨粒を桶に集めながら、リーフェンはグイラを抱き上げた。

「どうしたの?」

「何となくだ」

 煙管を咥えたままそういうリーフェンの横顔は精悍で、グイラは安心して身を任せる。

 そのまま、リーフェンは外に出た。


 彼の腕の中に、小柄なグイラと二人の子供がいる。もうすぐ生まれる子供が。

「月の加護があってこそ、だ」

「月の導きがあってこそ、よ」

 小さな集落で子供が生まれる事は少なく、彼らの子供は大事にされるだろう。太い尻尾を短い腕の代わりにリーフェンに巻きつけながら、グイラはにっこりとほほ笑む。

「月の光が強い時に生まれてほしいな」

「それは俺がどうこうできる事じゃない」

 少し照れくさそうに言うリーフェンは、ゆっくりとグイラを地面に下ろす。長い耳は照れているのか、真っ赤に染まっている。


「何を言っているの。あなたは当代随一の彫師じゃない。月の事を誰よりも知り、誰よりも月に寄りそう。だから月も、私たちに恵みをくれた。……そうでしょう?」

 グイラの眼差しに、リーフェンは諦めたように肩を竦めた。


「月に誓おう。この全ての源である、月よ」

 空に浮かぶ三つの月を見上げながら、リーフェンは言う。

「わたし、ウィラディア・メゾト・リーフェンは、その一生をかけてシャギィリ・メジト・グイラを護り、産まれくる子供を護り、彫師として力を護ろう。全ての源である月の意志に反することなく、生きよう」


 月の色に彩られた雨を浴びながら、二人はゆっくりと顔を見つめ合い、月だけが見ているその場所で、誓いの口づけをした。

とあるアンソロに寄稿しようかと思ったものの、もろもろの理由で寄稿できそうにないのでこちらにあげる事にした作品。思い浮かんだワンシーンをぱぱぱっと書いた感じなので、ストーリーはあってないようなもの。でも、割と満足している、らしい。

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