いつもの一日
「お疲れ様でしたー」
「はぁい、お疲れ様♡今日も頑張ってくれてありがとねん♡」
バイトを終えた僕に店長がねぎらいの言葉をかけてくれる。ねぎらってくれる人がいるというだけで僕は恵まれているのかもしれない。これがかわいい女の子ならもっとよかったんだけど、贅沢は言えない。
「ところで修≪しゅう≫ちゃん、この後ひ・と・り?」
「お先に失礼しまーす」
うん、男だよ。店長は男だよ。うん
なぜか気にいられてしまったらしく、いつも夜のお誘いを受ける。そのたびお尻のあたりがきゅっとする、いい人なんだけどね…
店長から半分逃げるようにバイト先のコンビニを後にする。
さて、いつもの定食屋にでも行こうかな。
バイト先から徒歩15分ほどのところにある定食屋「あいり」
ひらがなじゃなければスナックと間違えそうな名前だが普通の定食屋だ。
厳密にいうと定食屋なのは昼だけで夜は小料理屋と言ったほうがいいかもしれない.
夜になるとお酒を出すようになるので、メニューもそれにあったものへと変わるからだ。
「らっしゃい…っと修か、注文はいつものでいいか?」
店に入ると大将のツヨシさんが迎えてくれた、店の中は常連による騒がしさと楽しさであふれかえっていた。
「はい、いつもの定食で」
「今日は飲まねぇのか?」
「…ちょっとだけもらってもいいですか」
あんまりお酒は飲まないんだけど今日は少し飲みたい気分になっていた。というのも…
「お!修ちゃんじゃない!!!」
「やっぱり来てたんですね、ゲンさん」
ゲンさんはサービス関連の仕事をしている中年ぐらいのおじさん。ここの常連客の一人だ
大体いつも飲み仲間の人たちと一緒に飲みに来ている。今日もいつもの人たちときているがたまに一人で来ることもある
「あたぼうよ!明日は休みだからね!!それに今日は…」
「はいはい、いくら勝ったんです?」
この人の趣味はパチスロ、本人曰くそれ以外のギャンブル類には手を出したことはないらしい。
「なんと短時間で4万勝ち!やったね修ちゃん!!!諭吉が増えたよ!!!」
「おいやめろ」
「というわけで今日は奢ってあげるよ、好きなもの食べな修ちゃん!」
「遠慮はしませんよ」
そういいつつ僕はいつものカウンター席に座った。
「修、お前ゲンの機嫌の良さ悟って酒頼んだな?」
「ええ、ゲンさんわかりやすいんですもん」
「相変わらず抜け目がねぇなお前は」
ツヨシさんは静かに笑いながら梅酒を僕の前へおいてくれた。さっきもいったけど僕はお酒が苦手なのでビールやアルコールの味が強いものは飲めない、だから飲んでも果実酒やチューハイぐらいだ。
「あなたー、こっちは終わったしお手伝いするわね…って修ちゃん!いらっしゃい」
「どうも佳菜恵さん」
佳菜恵さんはツヨシさんの奥さん。夫婦で店を切り盛りしている。
ツヨシさんのいる前でこんなこと思うのはいかがなものかと思うが、とても人妻とは思えないほど美人で若くみえる人だ。少し茶色がかかったきれいな長い髪は一つにまとめられてきれいな首筋が少し見えそこがまた佳菜恵さんの美しさを引き立てている
「おい、修。夫の前で妻を変な目で見るもんじゃないぞ」
「すいません…」
「まあいい、酒だけじゃ物足りんだろう」
僕の前に置かれたのは庶民に優しい豪華に見えるおつまみの一つ。白い刺身こんにゃくだ
見えるというか刺身とついているだけで少し豪華に聞こえてしまうのがすごくずるい。
僕のこだわりはノーマルの白いものに少し多めにわさびを加えた醤油をたっぷりつけて食べるということだ。
多分あまり健康にはよくないのだろうがこれがこだわりなので曲げたくはない。こだわりを捨てるぐらいなら少し不健康になっても構わない。
「全く…市販の刺身こんにゃくをまるで大トロを食っているかのように幸せな顔をしやがって…」
「本当にいつもおいしそうに食べてくれるからいいわよね、修ちゃんって」
しそうじゃなくおいしいのだから仕方ない。幸せな時間に浸っていたらがらがらと戸が開く音がした。
「ちわっす!」
「おうらっしゃい。佳菜恵タカヒロが来たから奥に下がっていろ。」
「いやいやなんでっすか!俺佳菜恵さんとたっぷりしっぽり話したいのに!!」
「なんでもくそもねぇよ、とにかくお前は危険だ。冗談抜きで佳菜恵がたぶらかされちゃたまらんからな」
「そうね、タカヒロくんになら落とされちゃいそう」
「佳菜恵!?」
このチャラチャラした金髪はタカヒロ。常連の一人で趣味はナンパ。
見た目はホストの様な恰好をした金髪。以上
「ちょっとしゅーしゅー、なになに?そんな馬鹿にしたような目でこっちを見て」
「いや、お前ってわかりやすいやつだなとおもってさ」
「そうかなー?あ、ツヨシさんハイボール一つね!」
といいつつ僕の隣に腰掛ける。ここに来るといつもこいつとずっと話している気がする。
気が合うのかそれともただほかに喋るやつがいないからなのかはわからない、けど僕は普通に楽しいと思うしそれに家にいるよりかはずっといい。
「はい、タカヒロくん。ハイボールお待ちどうさま」
「あざーっす!」
「本当お前は佳菜恵さんと話すときは生き生きとしてるね」
「しゅーしゅーもそんなこといいながら佳菜恵さんと話してるとき顔がニヤついてるよー?」
…だって仕方ないじゃないか、佳菜恵さんに限らなくても女の人と話すのって慣れてないから緊張するんだよ…なんて言えるわけもなくただ静かにグラスに口をつけ目をそらした。
「…ほらできたぞ」
「あ、ありがとうございます…今日はホッケですか、おいしそうですね」
「ああ、あとほら。お前の好きなだし巻きだ」
僕にはかなり深いこだわりが何個もある。その一つが卵焼きだ。
僕が好きなのは白だしをベースにしその中にたっぷりの砂糖を入れているだし巻きである。
ツヨシさんが作ってくれる卵焼きが僕の求めている卵焼きそのものなんだ。たしか娘さんもこの卵焼きが好きらしくそのままその味を店でも出しているらしい。
「あー…ツヨシさんには悪いけど、俺このだし巻き苦手なんだよね…甘すぎるし」
「という声が多くてな、ちゃんとほかの客に出すときは甘さを少し控えめに出しているんだ」
…まさかの僕専用ダシマキだった。
「しゅーしゅー専用だし巻きとかなんかいいね、三倍の甘さで作られてそう」
「今度から明太子でも入れて赤くするのもいいかもしれないわねー」
「佳菜恵さん結構こういうネタ食いつきますよね」
「藍莉ちゃんのおかげでねー」
藍莉ちゃんというのは娘さんのことで今は大学生だったかな。二人とも娘さんのことが大好きで店の名前も娘さんの名前にするぐらいだ。
「そういえばねー、この前藍莉ちゃんが見ていたアニメを見て思ったんだけど。兄弟の恋愛が許されるのなら娘と母の恋愛もありだと思うのだけれどどうかしら?」
この人は何を言っているのだろう。しかも真顔で。ふざけているわけではないのだろうが本気で言っていてもちょっときつい。うん、だいぶきついね、うん。
もう慣れたけどたまに佳菜恵さんはこのような娘さん愛が暴走することがある。
「…娘の話はいいだろう。ほら修、酒おかわりいるだろう。佳菜恵用意してやってくれ」
「はいはい」
そしていつも娘さんの話が出てくるとツヨシさんはすぐに話をそらしてくる。そういえばあまりツヨシさんから家族の話とかきいたことがない。もしかしてあまり娘さんとうまくいってないからなのかはわからないけど、きっと何かわけがあるのだろう。
「ツヨシさんって何故か娘さんの存在隠そうとしますよねー、何でなんすか?」
こいつは聞きにくいことをサラッと…そこがいいところでもあるんだろうけど
「…なんでもいいだろう。それよりタカヒロ、酒だけでいいのか?」
「テンプレな返ししかしてこないっすね…まあいいや、じゃあなんこつから揚げ一つ!」
「あいよ」
これがいつもの風景、僕の癒しの場。ここにしかない心安らぐ場所だった。
他愛もない話をしているだけで時間が過ぎ店は閉まる。そして帰路につく…わけではなく。適当に時間をつぶし日が変わるごろに帰る。これもいつものことだった。