もろく、はかなく、うつくしく
圧倒的に弱い生き物を前にすると、人は2種類にわかれる。守りたいと思うか、いじめたいと思うか。
所詮そんなものだと彼女は言った。そんな人としか、出会わなかったと。
圧倒的だった。小さくて、病気がちで、声もか細くて。どういう気持ちでいたのか推し量れるわけもないけれど、いつも俯き加減でいた。必ずと言っていいほど彼女は毎年クラスの誰かにいじめやいやがらせを受け、必ずと言っていいほど誰かに守られ、庇われた。どんなクラスであろうと同じだった。
そして僕は、そんな中で。
「あなたは、どっち……?」
放課後、他に誰もいない状況で、一人うずくまっていた彼女がそんな消え入りそうな声とともに僕を見上げたその瞳、その表情は、一生忘れられそうにない。
今日、大事な書類だと言いながら担任が配布したプリントが破られ、汚されて落ちていた。彼女の手には全く同じ新しいプリント。何が起こったかはよくわかった。
つまりいつもと同じこと。彼女は傷つけられ、守られたのだ。ならばどうしてまだ一人で残っていたのかなんて、その時には思いも至らなかったし、今でもわからない。僕はひどく動揺していた。
「………………僕は、わからない」
何が、と言わずとも何を聞かれているのかわかったのは多分、直感的な何かだろう。
僕は彼女を守りたいと思ったのだ。思っていただけで何もせず、しかも彼女をいじめる側の男子たちと仲が良かった。故に「わからない」。
一瞬、彼女が笑った。幻かと思うほど刹那の笑みは、彼女の立ち上がる動作に隠れ、次に向き合った時には消えていた。
「そう」
やはり小さな声で彼女はそれだけ言い、ごみ箱に破れたプリントを捨てて教室を立ち去った。
それが最初の会話だった。
2度目からは校舎裏のベンチ。休み時間や放課後にふらっと立ち寄ると、半々くらいの確率で彼女が先客だった。お互い深い知り合いではないけれど、ぽつぽつと言葉を交わした。
その中には、人間は2種類だというだという旨も含まれていた。
「いっそ、死んでしまえたら楽なのに、って何度も思った」
いつだったかのベンチで彼女は言った。いつもの教室よりもいくらか飄々として。
「誰に対しても…………迷惑ばかり、かけちゃって」
自嘲するような響きに、僕が何か言えただろうか。
「気の病で死ねるほど、私は弱くなかったよ」
結局彼女は、気の病でも、身体の病でも死ぬことはなかった。彼女には、守ってくれる人物が現れたのだ。ちょっとだけ有名で、気の良いことで人気だった彼は、彼女の専属ボディーガード同然となり、人気者故に、いじめっ子であった僕の友人たちは手を出せなくなった。彼女に一時的平穏が訪れたのだ。
「良かったね」
何の他意もなく、心の底からかけた僕の言葉に、彼女は小さく頷いた。ところ変わらず、人の気配のない校舎裏のベンチ。
「そう言ってもらえて、良かった」
その言葉は、ちょっとだけ不本意だったけれど、彼女が良しとするなら構わなかった。
「もうここに来る必要もないんじゃない?」
そう続けると彼女は少し笑った。
「最初から、ここに来る『必要』なんて、なかったよ」
その声は少し明るくて、その通りだと僕は思った。彼女は相手を間違えていたのだ。僕と話すことは、プラスにもマイナスにもならないものだった。まさしく「不要」な時間だったわけだ。話さなければならないことなど、僕らの会話には何もなかった。
僕に背を向けた彼女に、僕は最後にひとつ、言ってないことを思い出した。これももちろん、「必要」なことではない。
「僕は、君を守りたいと思ったよ」
彼女は振り返らず、小さく頷いて歩いていった。どちらも悪くない。どちらも悪い。
僕は行動できず、彼女は選択を間違えた。守ってほしかった彼女と、守りたかった僕が噛み合うことはなかったのだ。それでも結果は良好であり、何の問題もない。これで良かった。
何より僕は本心を伝えることができたのだから、これを満足せずしてどうしようか。残されたベンチで一人、笑みを浮かべた。
文体は変えようと思ってもなかなか変わらない。