第二話「始まり」
「晴美、その袋破って味見してみるか?」
祐介が言った。
「なんで?怖いじゃん」
「分かった、分かった。じゃあ俺が」
祐介は、白い粉の入った袋を破り、少量小指につけて味見した。
「うん。これは間違えなく薬物だ」
「何で分かるの?」
「覚せい剤は、ものすごく苦いって話を聞いていたから、これは小麦粉じゃない。仮に覚せい剤じゃなかったとしても、どっかの脱法薬物だ」
そう言って、粉を地面に撒き、プッと唾を吐きつけて、足で踏みつけた。
「密売人見つけたら、生け捕りにして、務所へぶち込もうな。晴美」
晴美は黙って「うん」と頷いた。
「あのー」
男性が、声を発した。
「この事は、くれぐれも警察には内緒で…」
「ああ、分かっているさ。こっちが礼をいいたいぐらいだ」
男性は、いそいそ帰っていった。
「お母さん」
「なに?晴美」
「祐介君に、付いて行きたい」
「何言っているのよ!家に帰ったらお父さんに酷い目に合わされて、お前の母である私は実家へ帰っちゃおうと思っているけれども、だからといって私が許すと思う?」
「うん。思う」
すると母は笑みを浮かべた。
「それが許すんだな。行ってらっしゃい。絶対に死なないでね」
「おい、晴美が俺についていくって事は、あの『オトナシ』に着いた時、ラスボスである密売人と戦わないといけねぇ。殺されるかもしれない。それでも行かせるのが母親か?」
「このまま、父親の影でおどおど暮らしていくのか。それとも貴方を信じて壮大な賭けに出るのか、晴美は後者を選んだから。母親は娘のワガママを聞いただけよ」
祐介ははにかんだ。
「信じているわ。祐介くん」
「はい、お母さん」
祐介が言った。こうして二人は『オトナシ』に向かって黒幕をぶっ潰しに行くのであった。
「先ずは、行き方を調べないとな」
祐介は携帯を取り出してオトナシの行き方について調べ始めた。
しばらくして、表情が硬くなった。
「まじかー」
「どうしたの?」
「山登んないといけないらしいぜ」
「そういえば、さっきの人が電車もバスも通っていない秘境だとか言っていたっけ?」
「場合によっちゃ野宿も必要だな」
「それに、犯人見つけてもどうやって捕まえたら良いかわかんないし、それで父さんが薬物依存を克服できるとは思えないな」
「確かにな、現実は辛いもんだぜ」
「うん」
「でも、俺は行く。これは俺のための戦いだ。俺はお前の父さんに麻薬を売った奴を許せねぇ。個人の問題よぉ」
「あら、奇遇ね。私もあなたと同じ目的よ」
晴美はわざとらしくそう言った。
「じゃあ行くか?」
時刻は夜9時半。二人はあまり人目のつかない道を歩いていた。旅は夜を徹して行われるため、警察に補導される可能性があったからだ。
「お前と居ると、目の痛みを感じないな」
「私があなたの痛み止め?」
「ううん。これはちょっと自分の話になるけどいい?」
「いいよ」
「実は俺にも父親がいない。半年前、親が離婚して、母親は新しい男と蒸発した。親父の姿も、あれからずっと見ていない」
祐介はそれから、淡々と語った。
「さすがにこの年で孤児院はやだから、バイトで何とか稼いでいた。だから本当の親父が居ない寂しさが分かるんだ。さっきの暴力事件をみて、この俺の傷は晴美の親父を取り戻せって言う、戒めになるかもなってなぁってな。だから痛くは無いんだ」
「えっ?戒め?」
「もちろん、これは自己満足にすぎねぇから、適当に聞き流してくれ」
「うん」
「仲間と、冒険するなら。自分を無防備にすることも大切だ。自分の弱みを全て言葉で仲間に吐き出して、受け入れてもらって、そして補ってもらうんだ。じゃないと、仲間とはやっていけねぇ。自分の恥ずかしい所は恥ずかしくないような大きな心で語るのさ」
「うん。本当にそうだね」
「そうだ!良いこと思いついた」
突然、祐介が閃いたらしい。
すると祐介は一軒の民家に向かって走り出し、チャイムを連打し始めた。