第一話「復活」
二時間半後のことであった。
「いやー、よかったねぇ大した事無くて」
「よかったね、じゃありませんよ、こっちは大変だったんだから」
病院には、祐介、晴美、晴美の母親の3人が来ていた。
祐介の目のは、幸い失明を免れた。
「春休み初日から、体がボロボロだよ。ダメだな、こりゃ」
ろっ骨は折れていたらしい。
外科医の国条先生は、小さい時からの祐介の主治医であった。
「いや、でもそれは、大変だね。薬物依存?警察に言った方が良いよ!」
「そうですね、先生、本当に有難うございます」
晴美の母が言った。
「おだいじにー」
3人は病院を後にした。
「祐介君も、あの時来てくれなかったらどうなっていた事か…」
「あの修羅場では、乗り込まないと人間としてダメでしょ。あーあー、これそもそも主人公としていけなかったなァ」
祐介はそれからこう続けた。
「でさぁ『誰が許可した?』『俺だ!』の時の登場シーンでテーマソングかなんか、流れちゃってね、いかにも主人公って感じでかっこよく吹っ飛ばす筈なのに……なんだあのザマは!ごめんな…晴美。あんな事させちゃって」
「あんな事って?」
「いや、自分の父親に、麻薬を…」
「ああ、あれは実は小麦粉なのよ」
「えっ、ガチで?」
「あの時は、速く家から逃れたい一心で、父さんを騙したの。お母さんの事が心配だったけど、見たら居なくなっていたから、きっと逃げ切れたんだなって」
「そうだったのか。晴美、なかなかやるなぁ」
「うん、でもまた今度、家に帰るのが怖い」
「だよなー。やっぱ警察に言った方が良いかな」
「お父さん、捕まるんでしょ?」
「なんだよ、早くそうすれば晴美がいつも父親の影で脅えずにすむだろう?」
「そうだけど、なんか、それだと悲しい」
「…」
「父さん、戻ってきてくれないかな」
「とても残念だけど、それは難しい。あの父親は今、病気なんだ。薬物依存という重大な病気にかかっている、治してあげたいけど、それは自分たちだけで何とかしようなんて、生ぬるくないんだよ」
「そんなの、わかっているよ」
夜桜が咲き乱れる、春の夜のことであった。3人がどこへ行く当てもなくただ歩いていた。
暖かい風が新鮮な春の匂いを運んで来た。
紺碧の空に映し出される月は自分らの悩みなどちっぽけであると、物語っている。
次の瞬間であった。
「すみません」
向こうから来た男性に声を掛けられた。
「どうしました?」
祐介が返事をする。
「こちらの住所なんですが、この近くと聞きまして」
「あっ、それ、ウチかもしれません」
晴美の母が言った。
「えっ?本当ですか?」
どこにでも在りそうな茶封筒であった。
人のよさそうな中年男性は、我々を前にして、話を始めた。
「いやあね、仲間内でとある心霊スポットに行ってきたんですよ。そしたら何か身なりの良い男がね、どうしてもここへ届けないといけない、大切なものがあるとかで、これを渡されたんですよ。お礼はいくらでもするからって、へへ」
ビリィッー!
祐介はそれをひったくると封筒を破いた。茶封筒を広げ中味をさっと手のひらに出す。
白い粉が出てきた。
「何だ、これは」
「えっ?知りませんよ。私は渡されただけなんですから」
「麻薬だよ」
「うそですよね?」
「貴方は、知らず知らずのうちに、運び屋に、されれしまったんですよ。よかったですね、これが警察じゃなくて」
男性は気が動転したように、立ち尽くした。
「どこで受け取りました?」
「結構、遠くの方だったと思います。隣町の山の中に、心霊スポットって有名な場所があって、ネットでは『オトナシ』って言われているらしいんですよ」
「あっ!そこなら聞いた事があります」
晴美が声を発した。
「電車もバスも通っていない秘境だとかで今は廃墟に」
「ええ、そこです。歩きではいけませんね、バイクでも2時間掛かりましたから」
「大変そうだなーっ!!俺一人でそこへ行かなくちゃならねーのかぁー!」
「えっ?何で?」
突然、祐介が大声を出した。
「よく考えてみろよ、晴美、お前の父さんがどうやって麻薬を仕入れていたか」
「駅かどこかで、密売人とひそかに、じゃなくて?」
「今みたいに、運び屋を使ったのさ、自分の手は汚さずに、人の良心を利用してな」
「つまり?」
「ああそうだ、そこに行けば父さんに麻薬を売った黒幕を見つける事が出来るかもしれねぇ」