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8ゲス

  ○


 18日目。漸く折り返しまでやって来た。

 案の定と言うべきか幸いと言うべきか、俺と牧原の事は噂になっていなかった。

 特に事件も起きず、平穏無事である。強いて言うなら高津のちょっかいが成りを潜めているのが逆に不安というくらいか。俺が油断する隙を待っているのか。

 いや、警戒しすぎだろう。それこそ奴の思う壺である。

 牧原との関係もこれと言った進展は無い。普通は1度のデートを挟むと、前後で距離感に変化が現れるものだろうと思うが、牧原の性格がああだから妙にデレデレされる事も無く、日に何度かメール交換するだけの関係が続いている。

 何にせよこれからが正念場だ。高津はいつ仕掛けてきてもおかしくないのだし、牧原もそろそろ焦れったく感じてくる頃だろう。その時俺はどうするか、である。

 なんて事を休み時間中に考えていると、メールが届いた。牧原からだ。

《今日、よかったら電子工作部に来てもらえませんか? ちょっとでいいです》

 唐突だ。何をどうしたいのかちょっと考えたが、断る理由は見当たらない。

《大丈夫だけど、部室どこ?》

《物理室です》

 成る程。専用の部室は無いらしい。

 俺は水泳部に遅れて行く事を高津に伝えた。漫画を読んでいた高津は見上げて、あッそう、と二つ返事。また何やら詮索や戯れ言を口にするかと予想していたが、少し肩透かしを食った気分だった。


 放課後、牧原が教室を出て行ってから少し待ち、物理室に向かう。

 特別教室棟の2階。喧しい教室棟から渡り廊下を挟むと、途端に静かになった。

 放課後こちらの方に用がある人間は、各科目の教師や提出物遅れか補講の生徒、そして文化部の部員くらいだろう。中休みにわいわいやりながら移動する時と全く違う空気が漂っていて、既に場違いな気分にさせられた。

 物理室の教卓側戸口の前まで来たが、中から人の気配と言うか、物音がしない。いくら文化部とは言え数人集まればお喋りくらいするだろうに。

 戸に手を掛けながら、まさか牧原と2人きりにさせられるのではあるまいな、と考えた。しかし、いきなりプロポーズなんて事もあるまいし、何か大事な話があるという雰囲気でもなかった。

 まあ、なる様にしかならないだろう――と引き戸を開けると。

「あっ」

 牧原と目が合った。牧原は丁度準備室から出て来たところで、何やら黒くて長い箱の様なものを抱えていた。

 物理室に居たのは牧原だけではなかった。もう1人男子生徒が机に着いていた。私物らしきノートパソコンを叩いていて、俺の入室に気付くとちらと見ただけで、またすぐに視線を画面に戻す。見覚えの無い顔で、体格はガリガリ。しかし背筋を伸ばした居住まいと、その泰然とした態度からも察するに3年生だろう。

 その手元では、何かが忙しなく超高速のメトロノームの様に動いている。

「ど、どうぞ。入って」

 何故か恥じらいだ様子で、牧原は3年生の横まで小走りで移動し、箱を置いた。

 俺と牧原で3年生を挟む格好になった。他の部員は居ない様だ。

 バッグを机の上に下ろそうとすると、3年生がそれをちろりと睨む。神経質な男の様だ。そっと床に下ろす事にした。

「あの、こちら部長の松永先輩」

 牧原の紹介に合わせて俺は、どうも、と軽く挨拶をする。すると松永は。

「成る程。君が斉藤大地君か」

 と言った。どうして俺を知っているのか。牧原を見ると、頭を小さく横に振る。関係を知られているのではない、という意味だと汲んだ。

 松永の手元で扇状に振られていたものは、時計だった。空中に光の文字が浮かび上がる仕組みのあれだ。機械部分が剥き出しなのを見るに既製品ではないらしい。この電子工作部で作ったものだろう。

「これ、ここで作ったんですか」

 敢えて尋ねると、牧原君の作品だ、と松永は不機嫌そうに答えた。

「牧原君は光り物が得意でね。気に入って使わせてもらっている」

 光り物と聞いて一瞬寿司ネタかと思った。まあLEDの事だろう。そして松永の口調はぶっきらぼうで気取った印象があった。素なのか作っているのか。

 牧原は照れ臭そうに、えへへ、と笑った。

 本当にそう発音したのだ。馬鹿みたいである。

「斉藤君、こっち来て」

 手招きされるに従って、松永の背後を回り込んだ。

 隣に立つと、牧原はさっきの箱を触って何やら角度を調節する。良く見ると箱は半透明な紫色のアクリル板が貼られていて、その向こう側を、びっしりと丸が埋め尽くしている。それに左端からケーブルが伸びていた。

「先輩、お願いします」

 牧原が言うと、ん、と松永が返事らしき声を発し、ケーブルをパソコンに挿す。USBだ。それからパソコンを操作すると、突然箱が光った。

《がんばれ! 斉藤大地くん》

 赤い光の点がその文字列を象った。

 ああ成る程――これは電光掲示板だ。

 ついでに、松永が俺の名前を知っている事にも納得した。

「すげえ」

 俺はついそんな感想を漏らしていた。半田ごてを握った事も記憶の外にある人間からして、とてつもない物に見えたのだ。

 しかし電子工作部の牧原に言わせると、すごくないよ、らしい。

「今のところ外装以外は殆どキットのままだもん」

「ソフトもな。スマートフォンから入力出来ればもっと有用なんだが、面倒だよ」

「松永先輩はソフトに強いの。でもそこまで開発してもらう訳にはいかないから。あと、今は乾電池が電源なんだけど、これにソーラーパネルを付ける予定なんだ。充電池と合わせれば、大会中くらいは十分持つと思うよ」

「大会? ああ、競泳の?」

「そう。これなら目立つと思って」

 それで、この文字列か。と思っていたら。

《目立て! 斉藤大地くん》

 文字列が変わる。松永が入力したのだろう。ユーモアのつもりだろうか。

 と――こんな自作応援グッズを見せられ、話を聞かされて、俺は頭を掻いた。

 何とも申し上げにくい事なのだが――。

「俺、大会に出る予定無いよ」

「えっ」

 牧原は口をあんぐり開けて硬直する。いいリアクションだと思うが、申し訳無い気持ちにさせられる。

「今年の記録会はもう終わってるし、今度の新人大会は予選枠にさえ入ってない」

 何故ならそう、遅いから。

 松永が、あちゃー、と平坦に言った。

 牧原の方は眉をハの字にさせて、実に見事に悲しげな表情を見せる。

「いや、でも、うん。すげえ嬉しいよ」

 そう言ったのには取り繕う気持ちもあったが、まあ――本音も少々含まれる。

 つまりこれは牧原なりのサプライズプレゼントだったはずだ。どれだけの労力を使ったか計り知れないが、それを無下にするのは流石に良心の呵責があった。

 いや、純粋に嬉しい――と思う。

 という気がする。

 俺が水泳部に属しているのは、過去姉が競泳をやっていて、俺も何と無くそれに追従する形で始め、中学校から水泳部だったからというだけの理由だ。だらだらとテキトーに続けているに過ぎなくて、そんなやる気も無いし頑張ってもいない奴を応援しようなんて奇特な人間は居ない。居る訳が無い。居たら阿呆だ。

 しかし牧原は俺を応援しようとしている。例え、俺という人物を知らないから、俺を勘違いしているからでも、背中を押そうとしている。しかも牧原なりの努力とやり方で。

 つまり牧原は阿呆なのだが――嬉しくないなどと言えば、それは嘘になる。

 反面、困る気持ちもあるのだけど。

 何と表現すれば良いのか。もやもやする。複雑な心境というやつだ。

 兎に角、もっと何か言うべきだ。そう思って口を開いた。

「じゃあ、そうだ。来年使ってもらおう」

 ――おい。

 頭の中の俺が俺に突っ込む。すぐ後悔した。何言ってんだバカヤローである。

 あと数日で終わらせる関係に来年など無いのだ。


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