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5ゲス

  ○


 まあ、そうなってしまうのだ。時を同じくして部活を終えた交際初日の男女は、肩を並べて共に下校するのがお決まりである。これはもうルールと言っても良い。俺に課せられた罰ゲームにもまた『付き合う』というルールがあるのだから、この二重の規則は不可避なのだった。

 いや高津が許さなかった。嫌だと言う俺に行けと言う。既に知った2年男子他、1年から3年の男子加え女子部員に至るまでそれぞれに適当な理由をでっちあげ、俺は一緒に帰れないのだと触れて回った。結果、俺はぽつんと残されたのである。

 馬鹿だが口が上手いのだ。あのキツネは。

 俺の通う高校はザ地元校だ。生徒の殆どが近隣中学校の出身で、偏差値は低くも高くもない普通校。牧原が言うには、俺とは出身中学こそ違えど、登下校路は途中まで一緒だそうだ。

 あの馬鹿ギツネは、その辺りまで把握済みであったかも知れない。

 で――。

「ごめんね」

 俺が押す自転車の反対側で、牧原が唐突に言った。

「わたし、こんなだから」

 俯いた牧原に対して、俺は、ああ、と曖昧に相槌を打つ事しか出来なかった。

 だって、本当にそんなだから。

 牧原には一旦、学校近くのコンビニで待ってもらった。昇降口や自転車置き場で待たせたのでは人目を引く。そこに俺が登場したのではあからさまだろう。そしてわざと少し遅れて行き、更に近くまで行ったところからメールで呼び出した。

 そうまでしなければ、とてもじゃないが一緒に下校など出来ない。そうしてまで人に見られたくない。そこまでやって、やっと付き合っていられる。

 そんな女だ。

 牧原はそこのところは良く理解しているのだろう。だったらば俺が本当は好きでない事も、寧ろ嫌悪感さえ抱いている事にも気付いて欲しいものだが、高望みか。

 しかしそこのところの愚鈍さが、こんな罰ゲームの標的に選ばれる理由なのだ。ブスでデブで地味で、大人しく自信が無さそうで、女子グループから外されていて友達も居らず、クラスから浮いている。

 だから――そんななのだ。

 さて、俺はどう言葉を返すべきだろう。持ち上げる適当な嘘も思い付かないし、かと言って、ああ、で終わらせたままにしておくのも居心地が悪い。

 なので。

「牧原さ、今まで男……誰かと付き合った事あんの?」

 話をすり替える事にした。

 牧原は下に向けたままの顔を幾度か振る。まあそうだろう。

「斉藤君は?」

「俺は、2人目かな」

 自分の話題となれば楽なものだ。嘘を吐く必要も無い。

「中学3年の秋だな。文化祭の準備が始まった頃だから、そう。同じクラスの子にコクられてさ、まあ付き合いだしたんだけど、あんまり遊んだりしないまんまで、最後は自然消滅ってやつ」

 中学生には良くあるパターンだろうとは思うが、実際はどうだか知らない。そう言えば彼女は今頃どうしている事か。ちょっと考えてみたが想像も付かない。

 いや想像したくない。やめた。

 自然消滅――牧原は俺の言葉をブタならぬウシの如く反芻し、それきり黙った。

 幹線道路の横断歩道に差し掛かった。赤信号で立ち止まる。

「牧原んちはあの辺?」

「うん」

 横断歩道の先は高層住宅の並ぶ団地になっていて、電車通学を除いた徒歩通学の生徒はだいたいがそこに住んでいる。牧原もそうらしい。右手に進めば駅に着き、俺は駅とは逆の左手へ向かう。つまりここを渡ったところが別れ目である。

 やっと解放される訳だ。勿論、部屋まで送って行こうかなんて言わない。敷地の前でバイバイするつもりでいる。

 早く青になれと焦れながら信号を待つ。目の前をびゅんびゅん行き交う車の列と裏腹に、時間の流れが遅く感じる。隣の牧原が沈黙しているから尚更だ。

 車が止まる。今か今かと待ちわびて、やっと歩行者用信号が青く点灯した。俺が自転車をぐっと押し出すと、牧原の姿が視界の隅から外れた。

 対岸に着くぞという頃に、じゃあ俺はこっちだから、と別れを告げようと思った矢先、牧原が俺の名を呼んだ。返事を待たずに言う。

「付き合うって、そんなものなのかな」

 いきなり何を言っているのかと思ったが、今更話の続きらしい。自然消滅という言葉が気掛かりな様だ。

 心配――だろうか。俺と牧原がそうなるのではないかと不安なのだろう。

 ――面倒臭い発想だ。

「さあな。そんなもんじゃねえの」

 適当に答えながら自転車を歩道に乗り上げさせて、振り返る。

 歩道の真ん中にぼってり佇んだ牧原が、俺を見返していた。少し眉根を寄せて。


 ベッドに倒れ込むと、見慣れた天井が酷く久しぶりのものに思えた。

 怒濤の1日などと言う程でもないはずだが、どうも気疲れしている様だ。

 いや、気を抜くのは早いのだ。

 宮棚でケータイが震えた。予期した通り、やっぱり来た。

《今日はありがとうございました。体調は大丈夫ですか?》

 掲げて暫くその文面を眺めていたが、思わず、ああん、と声が出て首を捻った。

 前半は良い。だが、後半は何だ。

 ――体調?

 具合が悪そうに見えたのだろうか。いやまあ確かに具合悪かったが、体調という意味ではない。気分が顔に出ていただろうか。だがそれにしたって機嫌が悪そうに見えるくらいだろうに、体調不良に見えたというのは妙だ。どういう事だ。

 頭を掻いて――やっと気付いた。そしてつい苦笑する。

 髪の毛が濡れていないからだ。

 髪が濡れていないなら見学したのだ。見学したという事は体調が悪いのだ。

 牧原はそう推理した訳だ。

 ――よく見てんな。

 関心よりも呆れが来る。牧原の様なタイプの場合、観察眼や洞察力があると言うより、他人を気にし過ぎているのだろう。自信の無さが理由で他人の言動や状態に過剰反応してしまう。周囲の環境に対していつも神経を張り巡らせている。

 解らないでもないのだが――。

 だからこそ呆れるのだ。大抵そうして感じ取ったものは間違いだ。人はいちいち全てを考えて行動している訳ではない。殆どが何気無いもので、それらから多くの情報を取り込もうとすると破綻を起こし、自分の思考だけが空回りする。

 そして、こんな風に間違える。見当違いを起こす。

 少し苛ついた。

《大丈夫。ありがとう》

 ちょっと頭痛がとか風邪っぽいとか、いくらでも嘘は思い浮かんだが、嘘を吐く気も起きなかった。さっさと打ってちゃっちゃと送信し、ケータイを放り出す。

 枕に顔を埋めても嫌な気分は拭えない。

 また、メール着信。マットレスに振動が伝わってきた。今度は取らない。内容は大方想像が付くし、見たからって返すつもりにはならないだろう。

 夕飯に呼ばれるまで、少し眠る事にした。


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