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4ゲス

  ○


 競泳水着というのは、やっぱり良いものなのだ。

 いや、いやらしい意味ではなく。寧ろその逆、いやらしく見えないのが良い。

 今、スタート台に立った園崎さんの後ろ姿を見て、強く強くそう思う。伸縮素材は体にぴったりと貼り付いて曲線美を崩す事無く、また水の抵抗を受けにくく設計された縫い目と流線型の模様がそれを強調する。機能的な美しさである。

 そして素肌。キャップのおかげでうなじから首筋、肩甲骨の辺りまでが露わだ。女の子らしい丸い肩や逆に程良く引き締まった太腿は、制服姿では決して拝む事は出来ない。しかも水着のフチは前は足の付け根、後ろはお尻の半分までときわどいラインを攻めている。しかしながら競泳水着の恐ろしいところは、その露出さえもエロスではなくスポーティに魅せる事にある。健康的な美である。

 ――ブラボー。ハラショー。素晴らしい。

「おい、今のタイム計ったかよ」

「あっ」

 思わずストップウォッチを握り込み、ボタンを押してしまった。俺がタイム計測していた3年生の先輩は目前でクイックターンして行った。まだ200メートル泳の50メートル折り返しだ。

「ヒヒヒ。見とれてっからだ、バァカ」

 高津が俺の背中を叩く。またやられた。しかも、園崎さんの飛び込みの瞬間まで見逃してしまった。もったいない――いや後で怒られる事も勿論心配だ。

 夏休み明け、県の新人大会を控えたこの時期に、何故2年生の俺が呑気にタイム計測なんかをしているかと言えば、単純な話、全然ダメだからだ。遅い。一年生にさえ負ける。そればかりかバタフライが出来ない。なので数少ないレーンを先輩や後輩に譲り、こうして体操着姿なんぞでプールサイドに突っ立っている訳である。

 隣の高津だって同じだ。いやこいつの場合はもっとタチの悪いただのサボりだ。デッキブラシを手にしているが、それを杖にして顎を乗せていやがる。その点で、ダメはダメなりに真面目やっている俺の方が断然マシだろう。

「あの後、何かあったかねサイテーくん」

「何もねえよ。残念だったな」

 高津はさも口惜しげに舌打ちした。

 高津のメール爆撃は一定の被害をもたらしたが、最小限に留められた。メールのやりとりはあれ一回きりで止まっている。牧原にしてみれば恋人同士のメール交換なんかまるで未経験だろうから、不幸中の幸いであり期待通りである。

 このまま何事も無く35日、いやもしかするとそれを待たずして自然消滅もあり得る。希望の展開だ。

 しかし、高津は許さないだろう。こいつはとことんまで引っ掻き回すつもりだ。そうしなければ気が済まない性分だと知っているし、今も顔に書いてある。

「なァ、サイテーくんよ」

「ああ?」

「もし牧原がここに転部してきたらどうする。あのウェアを着てさァ……」

「うっ」

 瞬く間にイメージが膨らみ、牧原の体格通りまさに膨張して、思わず呻いた。

 一言で言い表すなら、スーパーに並ぶたこ糸で縛られた肉。流石の競泳水着も、あの肉厚、いや肉圧の前では無力に違いない。はち切れそうなのを何とか堪えるも押し返され、機能美を失い、ぶよぶよとしたゴム袋に変じてしまうだろう。そして溢れ出た肉に食い込み、健康美から掛け離れた不潔極まる緊縛の様相を呈すのだ。

 ――ああ、自分の想像力が憎い。

 そして想像させた高津を殺してやりたい。


 更衣室で制服に着替えた時、気分はブルーだった。もう真っ青だ。高津のせいで妙な想像をさせられるわ、先輩に怒られるわ、そのおかげで園崎さんを見る時間が減るわで――散々だった。

 そして追い打ちが加えられる。何か。牧原からのメールを受信していたのだ。

《部活お疲れ様です。よかったらメールでお話できませんか?》

 簡素な文面。絵文字や顔文字を連発されるより威力は低いが、けれども精神的に接近を図られるだけで十分な脅威である。寄って来るなと言いたい気持ちだ。

「おう、何て返すんだ?」

 高津が、俺の肩に尖った顎を引っ掛けてくる。ロッカーの戸に隠れてコソコソと読んでいたにも関わらず。油断も隙もあったものではない。

「何とも返さねえよ」

 うんざりして答えると、バァカかお前、と耳元で言われた。

「お前からコクっておいて無視したんじゃァ変だろ。後で絶対ェ面倒な事になる。言うだろほら。急がば回れ」

「意味間違ってんぞ。じゃあ《今日は疲れちゃった》くらいにしておくか」

「疲れたってメールくらい出来んだろォ。バレバレだよ。もっと賢くなれよ」

 なァ、などと肩を叩かれる。お前に言われたくは無いと思うのだが、もっともなご意見だとも思う。なら一体どうしろと言うのか。

「こうだ。《ありがとう。今終わったよ。そう言えば牧原さんは何部だっけ?》」

 肩の上で高津の頭がクククと揺れる。また何やら企みがありそうだ――が。

「まともじゃねえか」

「まともで良いんだよ」

 何やら、怪しい。怪しいが別の返しも思い付かないので、そのまま書き起こし、送信した。送信画面を確かめてから高津はヒヒヒと笑う。やっぱり怪しい。

 返信はすぐに来た。周囲がすっかり着替えを終え、帰り支度をしている頃だ。

《電子工作部です。私も部活終わりました》

 そんな部あったっけ。と思ったが、ややあって、ああと思い出した。

 今年の新入生歓迎会で、ロボットだかラジコンだか何だかを走らせて、ぱたりと《新入部員歓迎》の旗を掲げさせた部があった。たぶん、アレだ。やった事が地味な上に、背丈程高い壇上で更に2年の席は後方だったから、何をどうしているのかいまいち良く見えず、また見ようとも思えず、今の今まで存在から忘れていた。

 しかし――電子工作と牧原という組み合わせは、何かしっくり来ない。

 いや、地味な文化部に地味な太っちょ女子という図はよく解る。典型的だ。が、牧原に理系のイメージが無いのだ。そも、あの全部に指サックをしている様な手で細かい作業が出来るのか。文芸部とか美術部とか言われたなら納得なのだが。

 それはひとまず良いとして。

「で、これからどうすんだ?」

「バァカお前。お前の彼女も、ちょうど部活が終わったって言ってんだぜ?」

 流れは決まってんだろ。ヒヒヒ。

 ――ああ、そうなってしまうのか。


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