3ゲス
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取り敢えず付き合い始めた。それで何がどうというのは、今のところ無い。
まだ始業式を終えたばかりだが、教室内で良く目が合う程度だ。牧原の方からは声を掛けてくる事は無かったし、これからも恐らく無いだろう。告白のついでに、牧原と取り決めをしたからだ。
校内恋愛はすぐ噂になる。今まで殆ど言葉を交わす事も無かった間が、いきなりベタベタし出すのは不自然で、きっと詮索好きな奴が寄って来る。それはお互いにとって良くない。だからなるべく今まで通り、他人同士の関係を装おう。
俺から言い出した事だったが、牧原もすぐに了解した。
本当の理由は言うまでも無い。馬鹿な牧原は額面通りに受け取っただろうが。
「よォ。斉藤改めサイテー大地くん」
高津が突然に脇から寄り掛かってくる。どの口が言うかとは思うが、現状は目糞鼻糞というものだ。最低な行為をさせた人間と、した人間の差でしかない。
「いやァ。モテるね、サイテーくん。半端に顔が良いからかねェ。まあ断られても面白ェと思ってたんだけどな。残念」
「うるせえ、バカヤロー」
そんな事になったら俺は自信を喪失していた。
いずれにせよ最悪の気分だ。
嘘っぱちとは言え、あの牧原と交際している現在を改めて考えるとぞっとする。しかも今日から35日間も続けなければいけないのだ。ならいっそ詫びられた上にとても気遣われつつお断りされた方が、まだ傷は浅かったかも知れない。いやいやそれはそれで嫌だ。ものすごく嫌だ。
兎に角。1ヶ月を乗り切らねばならない。なるべく接触を避け、深入りさせず、平穏無事に遣り過ごさなければ。それこそが本当にお互いの為だ。
諸悪の根源にして化身、高津は指を鳴らした。何かを思い付いた時の癖だ。
「ちょっとケータイ貸してくんねェ?」
いきなり何だ。そのまま声にすると、良いから貸せよ、と返される。
「ちょっと調べもんがしてェんだ。忘れちまったんだよ」
掌を出して迫られる。どうせ何を尋ねたってまともに答えはしないだろうから、大人しくポケットからスマートフォンを引き摺り出して渡してやった。
礼は要らねェよ、と意味不明な発言を聞いた。
ひとの、しかも買ったばかりのケータイだと言うのに片手で扱い、何やら素早く操作する。用が済んだか手を止めたところで高津は、ニヤついた。
ぽんと机にケータイが置かれた。わざわざ俺が画面を読める様に。
メールの送信画面である。宛先は――牧原恭子。
そして本文は。
《さっきはちゃんと聞けなかったけど、俺の事好き?》
「はい、送ォ信」
読み終わるか否かという時、高津の指が送信ボタンをタップしていた。あっ、とケータイを奪い上げるが手遅れだ。キャンセルは利かず、送信完了の表示が出る。
無情だ。
「バ、バカヤローてめえ」
こいつ――さっき牧原とアドレス交換したのをしっかり見ていやがった。
胸倉を掴んでやろうとした時、高津は俺から体を離し、腕組みなどしてそっぽを向いていた。
牧原を見る。バッグに手を突っ込んでケータイを取り出すところだった。そして机の下で操作する。それから、俺の方を振り向く。
はっとした顔の牧原。ケータイを手にして硬直する俺。
――しまった。
牧原の視線はすぐに外れたが、返信を打つ手元が見える。
間も無く、答えが返ってきた。
《はい》
そのたった二文字から受けたダメージの大きい事。その破壊力たるや。
視野がどんどん魚眼レンズを通した様になっていく。意識が遠のくとはこういう状態を言うのだろうか。いや単に体が後ろへ倒れていくだけだ。無意識にケータイの画面から遠ざかろうとしていたのだった。
キツネの悪魔がヒヒヒと笑う。




