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2ゲス

  ○


 ――最悪だ。

 俺はどうしてここに立っているのか。未だに脳が理解を拒否している。

 夏休み明け初日の朝、教室棟階段の最上層、屋上への戸口前。

「あのさ」

 背後から隠れて監視しているだろう高津の視線を、首筋にヒリヒリと感じる。

 そして正面には、居心地悪そうに佇む牧原恭子。

 前門の虎後門の狼ならぬ、前門のブタ後門のキツネ。

 ただでさえ二の句を継ぐのに勇気が要る上、呼吸をする度に埃臭さが鼻を突く。じっとりと背中に吹き出た脂汗も相まって、何かに絡め取られている様な気分だ。

 早くこの状況を切り抜けたい。俺は一息に言った。

「前から好きだったんだ。付き合ってくんねえ?」

 ああ、言っちまった。

 いつものヒヒヒという高津の笑い声が聞こえたが、きっと空耳だろう。

 俺を見上げる牧原の一重瞼が、またねっとりと絡み付いて、すぐに逸らされた。俺だって見詰めていたくなんかない。緩急が少ない横顔の、厚ぼったい唇がもごもごと動いて、あの、だか、その、だか聞き取れない声を発した。タオルを4枚程も入れた様な胸の前で、ウィンナーに似た指がうごめく。

「わたしも、ま、前から斉藤君のこ、事が……」

 うわ。と思うのが顔に出ない様に堪えて、続きを待った。好きだった、だとか、気になっていた、だとか言ったつもりだろうが、やはり言語として認識出来ない。エサ遣りを待つ金魚、それもランチュウとか言うやつにしか見えなかった。

 兎に角、既に期待が裏切られた事は甘んじて承知した。

「わわわたしなんかで良いなら、よろしくお願いします!」

 牧原はブラウスの背中を張り裂けそうにさせて、その大きな頭を下げた。

 軽い眩暈を覚える。きっと階下の高津は今頃ガッツポーズしているに違いない。

 ――最悪だ。


 こんな罰ゲームがあると知っていたなら、遊んだ事も無い格ゲーの対戦になんて乗らなかっただろう。いや部活帰りに同じ2年生連中とゲーセンになど寄った時点で、俺の命運は決まっていたのだ。

「おう。最弱トーナメントしようぜェ。金ならオレが奢ってやるからさァ」

 そう言い出したのは、クラスメートで水泳部仲間の高津明彦だ。友達と言うより悪友と呼んだ方が良い。こいつと居るとロクな事が無い。それを解っていながら、中学時代から何だかんだ付き合いを続けているのだから、腐れ縁である。

 高津が脳内で勝手に作ったトーナメント表に則り、負け進みで王者を決めよう、というルールだった。

 そこからして罠である事に気付けなかった自分が情けない。

 俺がエントリーされたのを左とすれば、そちらにはそこそこの経験者が集められていて、もう一方の右側は高津を含めた強者ばかりだった。つまり全く未経験の俺が最弱王者になるのは最初から決定事項だったのだ。いやそればかりか後の展開の為に伏線まで用意されていたのである。

 まず結果は当然、俺の惨敗。最後の対戦相手は高津ではなかったが、負け越したとは言え相手は強豪に変わり無く、一方的に叩き潰される格好で終わった。

 そこで――高津は言い出す。

「折角だからさァ、何か罰ゲームやってもらおうぜ」

 まるで思い付きの様に言ったが、いやらしいニヤけ面はそれを否定していた。

「あ。牧原にコクるってのはどうよ」

 瞬間に一同が哀れみの表情を浮かべた。俺だけがたった1人、愕然とした。

 牧原恭子は俺と高津のクラスメート。そして学年中に知られたブスだ。あだ名は色々あるが、良く耳にするのはブタ、サンショウウオ。希に微笑みデブとも聞く。

「そんでさ、食らったコンボ数と同じ日にち付き合うってのはどォよ」

 周囲の表情は一層深刻な、同情のものに変わる。

 連続攻撃をもらい続けるのを、呆然として眺めていたから俺も良く覚えている。

 最高コンボ数は35だ。

 つまり35日――およそ1ヶ月。

 すかさず抗議したが、悪巧みに関して天才的な高津は、俺の肩を抱いて言った。

「なァ斉藤。お前もこれまで随分悪ノリしてきたよな。それをさ、園崎が知ったらどう思うかねェ? 知られたくねェよなァ」

 むんずと心臓を鷲掴みにされた気分だった。

 園崎さん、園崎姫乃は1年生だ。男女合同の水泳部で最も可愛い女子。プールに飛び込む前と後では顔がまるで違うケバい女子連中の中にあって、質素かつ可憐、気取らずとも一際に輝いた――俺が片思いを寄せる相手である。

 俺が迂闊だったのだ。以前それとなく打ち明けてしまったものを、高津はずっと俺の弱味として握り込んでいたのだ。

 かつて俺が手を染めた悪事の数々――小さなものはエロ本の持ち込み回し読み、大きなものでは女子部員更衣室にピッキングで忍び込み、ロッカーを物色した上に盗聴器を仕掛けるなどという犯罪行為まである。それら全ての主犯は高津だが、俺も面白がって手伝ったのだから共犯だ。いやずる賢い高津の事だから、園崎さんにバラしたなら、口先だけで俺を悪玉に仕立て上げてしまうだろう。そうなれば失望失恋どころの騒ぎではない。噂にでもなれば全部員全クラス全校女子の敵となり、俺の高校生活いや人生そのものを破壊されかねないのだ。

 その時高津は、鼻歌でも口ずさんでいる事だろう。

「そんな訳だからさァ。ヒヒヒ。がんばれ」

 俺は脅迫に屈した。

 ――マジで最悪だ。


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