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14ゲス

  ○


 あれは告白と受け取って良いのだろうか。

 そう確かめた相手は高津ではない。園崎本人だ。

 昼休み、体育館裏まで出て来てもらった。後からやって来た園崎はすっかり俺の意図を飲み込んでいた様で、神妙な面持ちだった。

「もしもそういう気持ちじゃなくて、励まそうとしてくれたならごめん。だけど俺にはそういう風にしか思えなかったから。前から園崎の事、気になってたからさ。もし本当にそんな意味じゃなかったなら、否定してくれて良いんだ。恥ずかしい奴だと思ってくれて構わないから。ただはっきりさせたくて」

 拙い言葉選びだったと思う。けれど本心だ。

 黙って俺の言う事を聞いていた園崎は、おもむろに口を開いた。

「恥ずかしいのは私の方ですよ」

 私の方なんです、と駄目を押す様に言う。

「だって殆ど喋った事も無いのに、いきなりあんな事言って。困っちゃいますよ、先輩が。でもあんな風にしか言えなくて、どうしたら先輩の力になれるか迷って、判んなくて、それで、あんな偉そうに……」

「それって」

「好きです。先輩の事」

 好きです――再び言って、俺の目を一直線に見詰め返してくる。その揺るぎない視線が胸を抉る様だった。

「……俺それ、無理に言わせたんじゃないよな」

「はい。本当に好きです」

「解った」

 俺は素直に喜べなかった。喜んではいけないのだ。

 まだ――。

 ありがとう、と言う声が震えた。

「だけど、ちょっと待ってくれないか。ちゃんと応えるのは」

「え?」

「ちょっとで良いんだ。俺はまだ園崎の気持ちに応えられないんだ。俺は……」

 まだケジメを付けていないのだ。


 25日目。約束まであと10日もある。けれど、そんな制約はもう良いだろう。傷を深める為に作られた期間なのだから。

 もう傷は十分深い。

「学校ではあまり話さない約束だったよな」

 まず始めにそう言った。話の取っ掛かりを作りたかったのだ。

 けれど牧原は考え違いをして、ごめんなさい、と謝った。

「そうだったよね。2回も呼び出したりして」

「いやそうじゃなくて。今更そんな事責めようなんて思わねえよ」

 結局、じゃあ何の話だというところまで戻ってしまう。上手くない導入だった。

 屋上への戸口前で牧原と話すのはこれで2度目。あの嘘の告白の時以来だ。

 25日の間に気温はぐっと下がり、放課後の日差しは弱い。けれど背中に脂汗をびっしょりとかいている事や、口が重い事はあの日と同じだった。

 違っているのは牧原との距離だろうか。あの時は確か、牧原の腰から上が見える位置に互いが立っていたのだ。でも今は牧原の顔しか見えない。相変わらずの厚い一重瞼、手入れされていない眉、団子鼻、締まりの無い唇。もう、随分と見慣れてしまって、近くで見ても目を背ける必要を感じないけれど。

 図らずも――保っていたと思い込んでいた距離感がここに表れているのだろう。

 それで、何と言おうか。何と切り出し、何と括るか。考えても何も思い付かず、ただ呼び出して今に至る。いやたぶん考える風を装っていただけなのだ。思考停止していたに過ぎない。

 考えたくなかった。

 そうだ、と牧原はその丸い手を軽く打った。

「あのね、電光掲示板直ったよ」

「そうか」

「うん。メモリ読み込み部分でちょっとミスってたの。3つ目を読み込むのに失敗しちゃって、他のも全部消える様になっちゃってて。単純な配線ミスだよ、ドジ。だからね、斉藤君が言った通り簡単に直せたんだ。ありがとう」

 何故か興奮した様な口振りだった。いや焦っているか、慌てているのか。

 俺が呼び出した理由を察したのかも知れない。何と無く気付いている。だから、必死になって喋っているのか。

 なら――。

「牧原、俺と別れてくれないか」

 俺は一息に言った。牧原はぴたりと口を閉ざした。

 洗いざらい打ち明けた。

 告白は罰ゲームだった事。35日の期間付き合うと決められていた事。

 好きな女の子が居る事。その子に告白された事。それで期日を切り上げた事。

 本当は好きじゃないという事。

 本当は寧ろ嫌いだという事。

 暴露した。全てとも詳らかとも言えず、また思い付く通り口から出るに任せて、順序も無く箇条書きにした方が余程伝わるだろう、そんな語り方でぶっちゃけた。

 そして――ごめん、のたった一言で畳んでしまった。

 ごめん。それしか言えなかった。許しを請うつもりでもなく、慰めるでもなく、ただごめんと詫びるしか無かった。

 それがサイテーの人間に表現出来る精一杯の誠意だった。

 ――ゲスな誠意だ。

 牧原は、そうなんだ、と言った。まるで腹の底から掻き出して来た様な、低く、かすれた声だった。そしていくらかの沈黙の後――。

 笑った。

「そうだよね。そうかもって思ってたから」

 全然大丈夫、と微笑んだ。赤ん坊の様な顔付きだった。

「斉藤君の好きな子って、この前一緒に歩いてた子でしょ? 一年生?」

「ああ。うん」

「そっか。良かったね。可愛い彼女が出来たじゃん。羨ましいなあ……可愛い子はわたしも好きだよ。あっ、レズじゃないけどね? あはは」

 いや、と言いかける俺を遮って、牧原は口を動かし続けた。

「わたしね、斉藤君に感謝してるんだよ。沢山、話聞いてもらったし、沢山元気をもらったから。ほら映画に連れて行ってくれた時、電車の中で『バカヤロー』って言ってくれたでしょ? それでね困らせちゃって悪いと思ったけど、だけどそんな考えすぎなくて良いんだって思ったの。あと、部活もすごいやる気出たし、それであんなの……あっ。あれは斉藤君にとっては迷惑だったよね。ごめんなさい。でも作ってて楽しかったのも久しぶりだったから。それに、本当は斉藤君の事好きじゃなかったって気付いてくれて、それってすごい勝手なんだけど、わたしの事解ってくれるんだって思えたから。それでね、だから」

 だから――牧原の表情が一瞬歪んだ。

「ありがとうございました!」

 牧原は頭を下げた。前にここで話をした時と同じ様に。

 ただ今度は近かった。牧原の頭が俺の胸に当たるか否かというところで止まる。

 俺は言葉を出せず、声を上げられず、ただ胸の内で呟いた。

 ――バカヤロー。


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