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③意識改革と人界暗躍

 日々の実戦、魔結晶の摂取、部下虐め。


 エレニアは順調に強くなっていた。

 人間との出会いにより前世でやったゲームを思い出し、装備品にも気を遣うようになった。魔剣や妖剣等の特殊な武具類を蒐集し、それらを使いこなす様になっていたのだ。


「魔法が付与された血濡れのドレスで戦場に立つ私。戦場に咲く一輪の華。美しさが罪だわぁ」


 ドレスといった女性らしい装備で戦場に立つことを好み、戦闘中のど真ん中で自分にウットリしていた。見た目はドレスを着た美女なのだが、こんな場所で美貌をアピールしている美女は怖すぎるのか、誰一人近づく者はいなかった。ドレスを着るならパーティーに行くべきだ。


 魔結晶だけではなく装備の蒐集で贅沢我侭もパワーアップしているのだが……諌めるべき副官のクマ魔族のベイガルは、戦場にて手鏡で自分を見るエレニアを蕩けた眼で見ていた。すでに調教済みである。いや、彼女の強さに心酔しただけであろう。


 連戦戦勝の彼女率いる第7師団だが、人間との戦いは一進一退であった。魔族達は人間に比べ数が少なく攻めきれず、人間側は一戦での被害が大きいが魔族に比べ人数が多いので守りは堅かった。平穏とは程遠いが、魔族と人間との戦いは変わりなき日々が続いていた。






 前線での生活を5年ほど満喫していたエレニアに一報が届く。長男が戦場に出て死んだというのだ。


 その報告を聞いたエレニアは泣き崩れたという。

 魔王に孕まされて産んだ子供で、望んで産んだわけではない。子育ても王城の世話役達に任せていて、愛情があったとは言い難いだろう。だというのに、エレニアは気づけば地面に膝をつき泣き崩れていた。自分の力を奪っていく憎き魔王との子供と思っていたが今悟る。自分のお腹を痛めて生んだ子供なのだ。愛していたのだと。


 泣き崩れる彼女を見て部下達は感動した。これほど我が子を愛している女性だったのかと。普段は力で自分達を従えている暴虐理不尽な性格だと思っていたのに、実は情が深い方だったのかと。戦場での魔族らしくない作戦も、自分達を守る為だったのではないかと考えだした。彼女が指揮するようになってから、第7師団の戦死者は減っていたのだ。


 部下達の感動も間違ってはいないが、エレニアの普段の行いから美化されているだけである。魔族だって普通は我が子を愛するものなのだ。彼女の作戦指揮も味方の犠牲を減らそうと思ったものではない。普段素行が悪い子が良い事をしたら、過剰に誉められるのと同じ状態だったと言える。


 涙が枯れるほど泣いたエレニアは王都に戻り魔王を問いただす。


「魔王、何故10歳の幼い長男を戦場に行かせた?」

「余の後継者なら年など関係なかろう。王を継ぐ者として当然ではないか。あっさり死ぬ程度の弱者の事で何を怒っているのだ?」

「がががが!!!!!」


 ぷちっと幻聴が聞こえ、言葉をまともに発せられないほど激昂したエレニア。思考することなく体が動き魔王に襲い掛かった。技術も何もなく、怒りのままに殴りかかる。その感情の発露はまさしく子を愛する母のものであった。慈愛ある菩薩ではなく鬼子母神よりではあるが。


 決闘というには程遠く、戦略も技巧も何もない攻めをするエレニアであったが、本当の意味で初めて命を賭けて戦った。後先考えず蒐集した装備を召喚し、全力で仇を討つ為に魔王に挑んだ。


 しかし結果はエレニアの敗北に終わる。

 相手は魔王。血筋ではなく暴力により魔族を束ねているのだ。前線にでなくとも幾年も魔族の王であった実力は伊達ではない。魔族としては強者であるエレニアであったが、その器は単純な強さでは魔王に劣っている事に気づいてしまう。完全な敗北であった。






 エレニアは我が子を失った悲しみと、自分では鍛えても魔王に勝てないと悟った失意のままに前線へ戻る。


 戦場に身を置いて悲しみと絶望を忘れる彼女。

 ある時、彼女の前に一人の人間が立ちはだかった。ただの青年に見える人間に思わぬ苦戦をする。本気で戦う気力がなかったとは言え、傷を負わされた上に取り逃がす失態を犯す。


 人間の青年に傷を負わされたエレニアは、居城に戻ると自室へ篭った。部下達は彼女らしからぬ行動に心配をする。失敗をしたら魔族的にありえない訓練という名の強制労働が常であったのに、大人しく自室に篭ったのだ。天変地異の前ぶれと、第7師団の駐屯する城砦は恐怖に覆われていた。傷を負って自室に篭る上官を心配する当たり前の話しに、残念臭が漂うのは何故だろうか。


 そんな部下達の心配を他所に、エレニアはある事を閃いた。

 魔族は最終的には決闘で物事を決めるが、基本1対1の戦いしか認めない。だから魔王を倒すには他の魔族の力を借りることはできない。でも自分では魔王をヤル事ができない。


 だがしかし、人間を使えばどうだろうか?

 前線では1対多数を基本と考える魔族なのだ。自分を苦戦させたような人間を集め、魔王と戦わせられたら、さすがの魔王とて負けるのではないか?


 失意の彼女は立ち直る。

 残る我が子と自分の為に、人間を使い魔王を撃ち滅ぼすのだ。






 まずエレニアは残りの子供達を自分の居城へ集めた。魔王の子として戦いを教えると言った理由で保護しようとしたのだ。4人の子供達を居城に招くのは簡単に成功する。


 魔族社会では魔王妃として、後継者を育てる為に頑張ってると高評価だった。魔王も正妻の彼女を信頼して任せたのだろうと思われていた。

 だが実態は完全な夫婦別居生活であり、魔王も正妻はエレニアのままだったものの、側室とキャッキャウフフ三昧の日々である。自分の子供にも興味がなかっただけであろう。夫婦の心は離れていたのだが、周囲は好意的に勘違いしていた。


「ベイガル、子供達は?」

「ご命令どおり広場に集めておりますが……本当にするのですか?」

「当然! 誰にも負けないように、美人な母が鍛えに鍛えてあげねば!」

「はぁ……いや、まぁ……ほどほどに……」


 エレニアの居城で子供達は、母から直接修行をつけられていた。魔族の本気の修行は実戦であり、実戦以外の修行とか訓練は能力の確認程度しかしないのだが……。エレニアは子供達を死なせぬ為に厳しい修行をかした。魔族的にはとてもとても虐待とかDVとかだった。エレニア自身の修行内容より優しかったのは、彼女も我が子に甘かったからか。頑張れエレニアの子供達。






 愛する我が子達を保護したエレニアは、様々な戦場を見回り使えそうな人間を探した。個人の武力が高そうな人間をチェックし、第7師団をこき使い陰ながら死なせぬように動いていた。


 ある時は他の軍の戦場に乱入し、使えそうな人間を逃がす。

 またある時は自分が目をつけた人間と直接戦い、実戦の中で戦闘技術を向上させた。

 才気があるのに装備がないものには、適当な事を言って武具を与えたりもした。


 しかし魔族側からでは限界があった。

 エレニアは考える。魔族側からだけでの動きでは足りないなら、人間側に潜入して動けばいいんじゃね?なんて軽く考えた。見た目は人間に角が生えただけの金髪の超絶美女なのだ。変装すれば潜入はたやすかろう。


 そう考えたエレニアは、人間側へ潜入する為にちょくちょく長期休暇をとる事となる。勝手に長期休む上官に部下は不満を訴えるかと思えば逆であった。エレニアの訳のわからない命令に従う時間が減った事を大歓迎したのだ。権力使って長期間休んで喜ばれる上司、それが第7師団長エレニア魔王妃である。


 ちなみに角はどうしたのかと言うと、潜入に行く度に根元からぽっきり折っていた。再生するとはいえ、魔族の象徴を折る彼女の覚悟の程が知れる。再生するし、いっか。などという軽い呟きは妖精さんにしか聞こえなかった。


 人間社会に潜入したエレニア。


 魔族側の情報を流し、常勝している軍団は魔王軍最強の第7師団だと人間側に教える。自分の担当する戦地を最も激戦区にして、人間の強者を集めようとしたのだ。強い敵を倒すことを誉れとするだろうし、激戦区で名を上げれば富も名誉も得られるだろうと、前世の経験――ゲームなのだが――から考えた結果である。


 エレニアの企みは功を奏し、第7師団が担当する戦地には時が経つほど人間側の猛者が集まってきていた。おかげで遠くの戦地を見回らずに、担当戦地で人間側の戦力育成実戦編を行えるようになる。人間達は必死に命を賭けて仲間と共に戦っていたのだが、エレニアは丁寧に優しく何度も何度も半殺しにしていたのだ。魔族どころか悪魔の所業である。


 エレニアの暗躍から数年。

 確実に人間側の英雄達が一箇所に集まって来ていた。






 魔族最強の軍団の居城に最も近い人間の町、城塞都市レインガルド。


 レインガルドのとある酒場で、有名な傭兵団が酒盛りをしていた。団長である大男は酒場に居る団員達に語りかける。入団後の初の実戦を乗り越え、本当の意味で仲間となった若者達に対して。


「よくぞ初陣を生き残った! 知っているか? 最も死亡する可能性が高いのが初陣なんだ。それを乗り越えたお前達は、これからきっと強くなる! 今日はその祝いだ!」


 団長の声に合わせ盛り上がる酒場内。無礼講だと新人と古参の団員が飲み比べ語り合う。明日も知れぬ魔族との戦争を生業にしている彼らは、今この時の宴を心の底から楽しんでいた。


 一通り声をかけ終わった団長が空いていた席へ座る。

 そこへ労うように強面の男がやってきた。


「最強の傭兵団と噂に高い、獅子戦団の団長ネメア様も年かね?」

「ハッ、言ってくれるな。単に大勢の前での堅苦しい挨拶が苦手なだけさ」

「少数精鋭で始めたはずだが、今では大きな酒場を貸切にするほどの人数か」

「俺とお前の二人だけで始めた傭兵団だったんだがなぁ」

「おいおい、本当に年か? エアの奴も一緒だったろう」

「……ん、そうだな」


 獅子戦団はネメアを団長とし、副団長である相棒のアンゴラ、そしてエアと呼ばれた女性の3人が始まりだ。最強の傭兵コンビとして名を上げていたネメアとアンゴラの前に、エアと名乗る青髪の女性が現れたのが切欠で生まれた傭兵団だ。


「懐かしいな。何年前だったか。エアの奴が昔の俺の鼻っ柱を折ったのは」

「『君は指揮官っぽい才能がある! たぶん! だから私に決闘で負けたら最強の傭兵団を作れ!』だったか?」

「良く覚えてるな。俺は舐めた事を言われて頭に来たことしか覚えてない」

「昔のお前は直情的だったからな。サポート役の俺の苦労を知って欲しかったよ」

「勘弁してくれ。エアの奴にボコボコにされたおかげで、今じゃ人を支えるお前の苦労を知ったんだからな」

「ハッハッハッ、エアには感謝するべきか」


 昔を懐かしむ二人の元に若い男女がやってくる。初陣を乗り切った今日の主役というべき二人だ。団長と副団長という立場と人生の先達という意味で、ネメアとアンゴラは彼らを歓迎する。


「ネメア団長、わざわざ僕らの初陣を祝っていただきありがとうございます」

「そう畏まるな。二人共楽しんでるか?」

「はい! 皆さん良い人達ばかりで」

「そうか、それは良かった」

「それよりも団長、さっき話してた続きを聞かせて下さいよ。エアさんの事を知りたいです」

「……む」


 二人はエアが連れて来た、正確に言うならエアの紹介状をもって遠くの街からやってきた双子だ。孤児だったらしいが、エアに紹介状と路銀を渡され、貧相な孤児生活から抜け出せたのだ。恩人であるエアの事を知りたがるのは当然だろう。『魔法の才能がありそうだから、魔法使いとして鍛えてね』と言った至極適当な内容の紹介文であった事は、ネメアは胸の内にだけしまっていた。


「どんなことが聞きたい?」

「う~ん、僕らエアさんの事を殆ど知らないんですよね。綺麗な青髪の長髪美人って事くらいしか」

「ふむ、なるほど」


 何から話すか考えるネメアとアンゴラ。

 その間、双子の弟は姉にお仕置きされていた。恩人を美人と言った時のいやらしい顔が許せなかったからだ。ネメアとアンゴラに見えないように弟を苦しめる姉の顔は、素晴らしき笑顔の美少女だった。


「そう言えば、魔獣討伐をして名を上げていたレグルス王子を知っているか? ワイバーンやシーサーペントを屠った生ける伝説と言われた」

「あ、北の帝国の第二王子ですよね。魔獣狩りにしか興味がないって噂だったのに、魔族との戦争を終わらせる為にレインガルドに来てるんですよね」

「姉ちゃん良く知ってるね。あ、王子が美男子だからか……ぐっ!?」

「? その王子様を魔族との戦争に引っ張り出したのがエアだ」

「「へ?」」


 雲上人である王子と恩人が繋がらなくて混乱する双子。

 訳が分からなくて混乱している姿をみて楽しむネメアの代わりに、アンゴラが説明した。


「『魔獣を倒して粋がってるなら、人間全体の為に魔族との戦いへいけ!』と言ってお説教をしたらしいぞ」

「はぁ、お説教……ですか?」

「ハッハッハッハッ。本当は説教じゃなくて、あのバカ王子も俺と同じ様にエアの奴にボコボコにされたのさ。魔獣を倒して調子に乗ってるんじゃないってな」

「本当ですか?」

「本当らしいぞ。直接バカ王子から聞いたからな。魔族を倒してエアの奴を見返してやるってな」


 感心と混乱を半々にする様子に興が乗ったネメアは、おまけとばかりに別の話を切り出す。新人をからかい半分にして酒の肴にしようと言う訳である。


「他にはなぁ、最近噂の天才剣士君がいるだろ?」

「黒髪長髪美形の刀と呼ばれる切れ味が鋭い剣を使う、東方出身の天才剣士シーザー様の事ですか?」

「姉ちゃん、面食いも程ほどにしないと……うぐっ」

「? その天才シーザー君だがな。魔族の金髪女将軍に負けた上に武器を壊され、さらには妖刀と言われる武器を渡され、貴様程度ではこの刀は扱えまいと言われて侮辱までされた事があってなぁ。実際に魔族の女将軍に渡された武器を扱えず、ショックで一時期引き篭もりになってたんだ」

「えぇ、本当ですか~! 信じられない!」


 東方の国より武者修行に来ていた天才剣士シーザー。

 人間相手の腕試しに飽き、魔族との戦いで己の腕を高めようとした。しかし魔族最強の将軍であるエレニアの前に破れ、故郷からずっと使っていた刀を破壊され、ズタボロに馬鹿にされ妖しい刀を渡された。

 屈辱を少しでも晴らす為に妖しい刀を使ってみた所、使い手の破壊衝動を高めすぎる危険な刀で使いこなせず、身も心も折れて宿に引き篭もってしまったのだ。


「そんなシーザー君を見かねたのかエアの奴、宿に行って無理矢理引きずり出して、妖刀を使う練習に付き合ってやって立ち直らせたんだよ」

「あのシーザー様にそんな過去が」

「へぇ、やっぱりエアさんって良い人なんですね」

「良い人と言いながら頬を染めるのをやめなさい」

「痛いっ! 姉ちゃん、関節はそっちに曲がらない!」


 恩人に対して恩だけではなく、別の感情を覗かせる少年を見て楽しげに酒を飲むネメア。それを趣味が悪いと思いつつも、苦笑して見守るアンゴラ。楽しそうな大人二人とじゃれあう双子。一名ほど苦痛に満ちた表情をしていたが、それに反比例して笑顔の人間も一人居たのでつりあいは取れていた。


 弟が友人を紹介するから許してもらおうとした時に、酒場に大荷物を持った女性が入ってくる。女性はきょろきょろと店内を見渡すとネメア達の居るテーブルへ真っ直ぐやってくる。


「おっつかれ~い。初陣おめでっと~。いやぁ、初めての戦場であんなに魔法を使えるとは、やっぱり君達は才能あるね!」

「エアさん! ありがとうございます」


 現れた女性、エアに対してお礼を言う双子の姉。

 弟のほうは「助けて下さい!」と言ったが、全員が聞こえてないようだった。

 挨拶したエアに対してネメアが疑問を口にする。


「エアよ。お前さん、今日の戦いには参加してなかっただろうに、何故二人の活躍を知ってる?」

「へ? あっ! え、え~と、遠くから見てたんだよ! うん、そう!」 


 明らかな動揺を追求しないネメアとアンゴラ。多少の言えない事実を黙認するくらいには、2人はエアの事を信頼していた。そんな信頼を知ってか知らずか、エアは精一杯慌てた後に荷物をテーブルに並べ始める。


「そんな事よりもだね! 二人の為に色々もって来たんだよ。これとかこれとか、魔法使いには良い物のはず! だから使って! そうそう、魔法が覚えられるスクロールもあるよ!」


 テーブルの上に並んだのは装備品だ。希少そうな純度の高い魔結晶を先端に嵌めこんだワンドに、貴族が着る服にも見劣りしないような絢爛なローブ。他にも魔力補助に使える、装飾品としても高価そうなネックレスや指輪が並んでいた。

 それだけではなく、才能がある者が使えば瞬時に篭められた魔法を覚えることが出来るスクロールもあった。本来なら数年かけて修行した後に使えるようになる魔法を即覚えられるのである。古代の神々の遺産かもしれないと目されるそれは、装備品以上に高価な物である。


「こ、これを私達が使って良いんですか!!!」

「な、なんだか高級品すぎて怖いんですけど……。遠慮したいなぁとかダメですか?」

「恩人のエアさんが用意してくれた物を拒否するなんて、あんた……!」

「未来ある若人である二人の為に用意したのだし、遠慮なく使ってくれていいのだよ」

「そ、そうですか。エアさんも十分若いと思いますけど……」


 売ったら大きな屋敷もポンと買えて、おまけに使用人も雇って何年も暮らせそうな装備類を手にとる双子。恐る恐る触って、それから着たり付けたりしていく頃にはうれしそうな笑顔になっていた。言う必要もないのだが、姉はエアがテーブルの上に装備品を並べた時点で弟を開放していた。実がありそうな現実を優先する、経済観念がしっかりした姉である。ただの面食いではない。


 そんな双子を見守っていたネメアが、エアに声をかける。


「エア、今日はこの後一緒に飲まないか?」

「あ~、悪いけど子供達がまってるし、用事が終わったんで帰る。二人用じゃない装備品も鞄に入ってるから、適当に役立てて」

「そうか、いつも助かる」


 エアは鞄を置いてさっさと酒場を後にする。

 残した鞄の中にも性能が良い高級装備が多数合ったのだが……。双子はそれよりも別の事に驚いた。


「エアさんって子持ちなんですか……?」

「あぁ、見た事はないんだが、4人ほど子育て中らしい」

「そ、そんなぁ……」


 ネメアは同じ様にエアに好意をよせて、子持ちの現実に凹む弟君を見て美味しく酒を飲む。旦那と上手くいっていないと前に聞き出し、別居中だと知っているネメアは諦めていないので、ライバルかもしれない少年が落ち込む様子で美味しく酒が飲めたのだ。何故か弟を見る姉も笑顔だった。


「はぁ……子持ちって事は人妻ですか」

「そんな事よりも、こんな凄い装備とかスクロールを用意できるエアさんって何者なんです?」

「そんな事……」

「秘境や魔境に赴いては、宝を探して持ち帰る。いわゆるトレジャーハンターだな。しかも世界最高で、おそらく最強のな」


 惚れた女の事を楽しく語る。

 傭兵団に資金提供もして貰っているし、取ってきた装備品を優先的に回してもらっている。自分が使う戦槌もエアがくれた物だ。酒が回ってきていたネメアは饒舌に語る。あまりに語りすぎて、凹んでいた若者が立ち直る。


「美人で実力があって、明るくて優しくて思いやりがあって子煩悩なんですね! もう人妻子持ちでも僕は構いません! エアさんを口説いて口説いて口説き落とします!」

「チッ、またライバルが増えたか」

「ネメアやレグルス、シーザーといった英雄達が狙っている至宝だぞ。お前に落せるかな?」

「えぇぇ、王子様や天才剣士様まで!?」

「が、頑張ります!」

「ほう、ならばお前と俺は今日からライバルだ!」


 人妻子持ちを堂々と狙う人間の英雄達。世間一般では知られてないから問題はないのだろう。もし知られていれば、彼らは英雄足り得たか疑問である。団長ネメアと弟を見る姉の眼が、世間の代表だろうから。「ダメだこいつら」と、見下げ果てた目で見られている事に男衆は気づいて居ない。


 こうして、傭兵達の宴は人妻談議で続いていった。






 人間社会の有名人達から一目置かれ、英雄達からは恋人にと狙われているトレジャーハンターエア。


 エアの正体、それは隠すまでもなく人界に潜り込んだエレニアの事である。偽名がエアとか安易だと思うなかれ。空気のようにどこにでも居て、どこにも存在しない人物。きっとそういった深い意味があるはずだ。他の偽名候補が、エレ、レニ、ニアだったりしたが。

 偽名の事はおいといて、髪を青く染めた事を誉めるべきであろう。角がないだけではまずいかも、と気づいたのはエレニアにしては慧眼と言える。


 さて、エアことエレニアが渡した装備類だが、実は秘境や魔境で拾ってきたものではない。人間が魔王にダメージを与えられるように良い武器を渡そう!と思った彼女は蒐集していた武器では不安を覚え、悩んだ末に自分で作る事にしたのだ。


 最初はなんとなくの自作だったが、そこは前世が物作り大国の日本人。徐々に凝って行き、強い魔物の素材って強い武器できるよね?じゃあ私の折った角使えば最強じゃね?と気づいてからは強い武具作り放題であった。自分の角を素材にする姿には、魔族の鍛冶師さん達ドン引きであった。そうして最終的には魔族一番の武具職人となっていた。


 魔法スクロールに関しても神々の遺産などではない。

 感覚と才能で魔法を扱える魔族と違って、人間は魔法を覚えるのに年単位の修行が必要だった。そこでエレニアは、使用すれば特定の魔法を強制的に覚えられるスクロールを開発したのだ。基幹となる技術は記憶から決して消えない呪詛、呪いの類であるのだが。


 傭兵団を作り(正確にはネメアに無理矢理作らせた)、自分の身を使った武具を与え(エレニア自身に対しては効果が薄いという自衛機能が偶然ついている)、魔法スクロールで魔法技術を広め(解けない呪い拡散中♪)、英雄達を奮起させ(惚れさせて)、人間側の英雄戦力を一箇所に集め増強していく。


 エレニアは人界に暗躍し続けた。


 一人一人は彼女には及ばないが、数人がかりだと苦戦するほどの猛者達だ。彼らを同時に魔王にぶつければ、あの魔王とて無事には済むまい。だが勝てるとは言い切れなかった。

 しかし問題はない。エレニアの中では人間達は魔王を弱らせればいいだけなのだから。


 準備が整い、彼女は決意する。

 ついに魔王を打倒するのだ。




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