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7つ年下の人外婚約者。  作者: 薔薇をあいして
第一章 はじまりのとき
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1-2

「変な夢?」

「うん。なんか不思議な、現実感のない夢なの」

「夢はそういうものだろ。あり得ないことが起こるのが夢なんだよ」

「そうじゃなくて、なんていうか、此処じゃない世界のやけに現実味のある夢で・・」

「お前、さっき現実感のない夢って言ってたじゃねえか」

「~~っだから、とにかく変な夢なんだってば!」



 お昼。家同士が近くて、幼馴染のレオンと昼食を一緒に食べながら、最近よく見る不思議な夢について話してみると、案の定、レオンはまともに取り合ってはくれなかった。

ばくばくとお昼のパンとチーズを胃袋に詰め込んでゆくレオンを横目に、小さくため息をつく。


 田舎の小さな町で、レオンはちょっとした人気者だ。

同世代の女の子から圧倒的な支持を受けるレオンは、よく「かっこいい」とか「素敵!」とか言われてるけど、私にはよくわからない。

ずっと小さい頃から一緒にいたからか、皆が言うレオンの男らしさもかっこよさも、「どこが?」と首を傾げてしまう。



「お前、ちゃんと飯は食えよ。肉、つかねーぞ」

「もういい。お腹いっぱいなの。残りはレオンにあげる」

「・・・お前なあ、無理してでも食っとかねえと、いざって時に力が出ねーぞ」

「いざって時って、どんな時よ」

「そりゃあ、魔族が攻めてきた時とかだよ」



 真剣な顔でそういうレオンに、まさか!と小さく笑った。

鳶色の瞳がぐっと鋭くなる。


「魔族なんて、本当にいるかどうかも分からないし、それに第一魔族の住んでるっていう土地からここまで随分離れてるんだから大丈夫よ」

「危機感が足りねえ。魔族はいるんだよ、本当に。だから、俺、16になったらここを出て、王都にいくんだ」


 レオンの横顔を見ながら、はっと息をのむ。

あまりに真剣すぎるその顔つきに、しばらく何も言えずにいた。

”16になったらここを出て、王都にいくんだ”


太めの眉が、ぎりりと山の向こうを睨むのを見つめながら、静かに尋ねた。


「騎士に、なるの?」

「--ああ。大切なものをずっと、守り続けられる力が欲しいんだ」



----その3か月後。

レオンは16になった次の日に、王都へと旅立っていった。町の宿屋の跡継ぎ息子だったレオンが突然いなくなったことに、おじさん達はもちろん吃驚していたし怒っていた。


『騎士になる』

そんな簡素な置手紙ひとつで、王都へ行ってしまったレオンに、おじさんは物凄く怒って、レオンを勘当した。おばさんは泣きながら宥めていたけど、結局おじさんの怒りは静まることなく、宿屋の跡継ぎはレオンの弟のイルに決まって、事態は落ち着いた。


 町の女の子たちの嘆きようも凄かった。

騎士になるためにレオンが王都へ行ったと聞いて「やっぱり素敵!」「まるでお伽話の中の騎士様みたいだわ」という一方で、人気者を失って、長い間落ち込んでいた。


 当然、幼馴染で仲の良かった私もレオンについて色々と聞かれたりして、レオン本人が居ないにも関わらず、町はレオンの話でもちきりになった。

私だって、16歳になった次の日に突然レオンが消えるなんて思ってもみなくて、町に動揺を残してとっとと去って行ってしまったレオンを、恨めしく思う日々が続いた。



「ねえ、ハイレン。レオンお兄ちゃん、いつ帰ってくるのかな」

「・・・分からない。でも、騎士になったらたぶん、もうこの町へは戻ってこないよ」

「え?どうして?」

「もっと魔族の地に近い、辺境で仕事に就くんだって。前に町に来た旅の人から聞いたの」

「そんな・・・・」

「いいじゃない。それがレオンの望みなんだから」

「・・・・」


なにか言いたげなイルの視線を無視して、むすっとした顔のまま月を見上げる。

家族にも、ずっと一緒に育ってきた私にも、何も言わないで、突然消えてしまったレオンに、怒っていた。

せめて、ひとことくらい、なにか言ってくれたら良かったのに。


「ハイレンは、どこにもいかないよね?」

「・・・行くわけないよ」

「うん・・」


寂しげなイルの肩を抱き寄せて、ふたりで欠けた月を眺める。

もう、3人揃うことはないのかもしれない。


「ずっと一緒にいてね・・・ハイレン」


兄弟同然に育ってきたレオンに、裏切られた気分だった。



****



 そうして5年の月日が経った。

レオンが消えたあの日から、一週間前でちょうど5年が経って、17歳になったイルが正式に宿屋を継ぐことになった。


「母さん、このお花一輪貰っていってもいい?」

「あら、いつもより早起きね。いいけど、どうしたの?」

「昨日、イルが宿屋を継いだでしょ。まだ、ちゃんとお祝いしてあげてなあったから」

「ああ、それならもっと豪華な花束にしときなさい。それだけじゃ質素でしょ」

「いいのいいの。イルはこういう地味なのが好きなんだから」



 作業台に、ユリの花を一輪置いて、黄色いリボンを茎に結ぶ。

何年か前までは、不恰好だったリボンも、今となっては手際よく綺麗に結ぶことができるようになった。


「それにしても、イルちゃんも大きくなったわよねえ。あの子を見ていると、レオンを思い出すわ」

「何言ってるの、母さん。レオンとイルじゃ、全然違うって。それにあの子、今じゃレオンよりも人気者なんだから。若い子達から”貴公子”って呼ばれてるのよ」

「ハンサムだものねえ。イルちゃん、ハイレンをお嫁にもらってくれないかしら」

「いいよ。喜んで」


 落ち着いた男の人の声にはっとして振り返ると、店の扉に半身をもたれかけて、こっちを見つめている青年が居た。

柔らかな笑みを浮かべるイルに、慌てて手に持っていたユリの花を背後に隠した。


「吃驚した。昨日の今日だから、まだこの時間は寝てると思ってたけど・・」

「一睡もしてないよ。あんなどんちゃん騒ぎじゃ寝るに寝れないから」

「それもそうね・・」


苦笑するイルに、同じく苦笑しながら頷く。

昨日、イルが正式に宿屋を継いだというのは、夕方までに町中に広がり、晩には老若男女、百人以上がイルをお祝いする盛大なパーティになった。

夜が更ける前に、家に引き返して、ぐっすり眠った私でも、お酒の所為で少し頭が痛い。イルは、いつもより青白い顔をしながら、眠そうに欠伸をした。



「ところで、ハイレンをお嫁にもらうって話だけど、僕の方ならいつでも準備はできているから」

「あら、本当?21歳になってもこの子、まだ恋人もいなくって困ってるのよ。イルちゃんがもらってくれるなら、こんなうれしいことってないわ」

「ちょっと、母さん・・・イルも。冗談はそれくらいにしておいてよ。こんな話若い子に聞かれたら、明日の朝、川に私の変死体が上がっててもおかしくないんだから」

「そうはいってもねえ、あんた、もう21になるんだから・・」

「はいはい。この話はまたあとで。丘に行ってくるから」



 行き遅れの娘の話なると、母さんの話はとんでもなく長くなる。

めでたいことがあったばかりのイルを、こんな話に巻き込むのは申し訳なさ過ぎて、扉にもたれたままのイルの手を引っ張ると、店を出た。


「おばさん、相変わらずだね」

「恋愛結婚を薦めてるのは母さんなんだから、ほうっておいてくれればいいのに。好きな人を見つけたら、すぐに結婚するわよ」

「心配してるんだよ」


立ち止まって、イルの顔を見上げる。

神父様みたいに、優しい笑顔を浮かべるイルに、黙って小さく頷いた。

俯いた視線に、手に持ったままだったユリの花がうつって、その存在を思い出した。


「あ、イル。これ・・・」

「ユリの花?」

「昨日、渡せなかったから。宿主就任おめでとう」

「・・・ありがとう」


リボンを巻いたユリの花を受け取って、イルが微笑む。

その笑みがどことなく寂しそうなことに気が付き、首を傾げた。


「どうしたの?イル、せっかく宿主になれたのに・・・昨日から思ってたけど、そんなに嬉しそうじゃないね」

「そう見える?」

「うん。なんか、寂しそうだよ」


そう言うと、イルは小さく笑みを浮かべて、ユリの花を陽に翳した。


「本当は、あの宿は兄さんが後を継ぐはずだったんだ。長男で正式なミューヘン家の子どもだから」

「でも、レオンはいないわ」

「そう・・・でも、僕はミューヘン家の本当の子どもじゃない。ある日、あの家の前に捨てられていた孤児だ。本来なら、継ぐべき人間じゃない」


雲が太陽にかかって、景色がうす暗くなってゆく。

イルの笑みが消えて、どこか遠くぼんやりと見つめる視線に、思わずその手を握った。


「イル。イルは今まで精いっぱい、宿主になるための努力をしてきたじゃない。本当の子どもかどうかなんて、関係ある?その努力は報われるべきよ。おじさん達だって、そんなこと気にしてないわ」

「・・・そうかな」

「そうよ。昨日のパーティ、思い出してよ。町中からイルをお祝いするために、人が集まったじゃない。レオンじゃああはいかないわ。あいつは女の子には人気があったけど、男の子とはいっつも喧嘩してたから、目の敵にされてたもの。レオンじゃできないこと、イルは今しているのよ。自信を持ってよ、イル」



イルの薄緑の瞳に、薄らと涙の膜が張ったのが見えた。

身体は成長したし、言動も大人っぽくなった。それでも、まだイルは”私達の弟のイル”なんだとわかって、わたしよりも大きな身体をぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう、ハイレン」

「どういたしまして」


こんな時、5年前ならレオンがいて、泣き虫なイルを抱きしめる私と、ぽろぽろと涙を流すイルの頭を撫でてくれていたっけ。

太陽が笑ったみたいな笑顔を浮かべて。



照れくさそうに笑って、顔を背けるイルを見ながら、でもやっぱり、もうあの頃にはもう戻れないのだと、時が告げていた。



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