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リセット!!!  作者: 小戸崎メイ
ミッション1:衣食住を確保しよう
5/6

ご飯を食べよう


 泣くだけ泣いてすっきりした凛子だったが、目は赤く腫れてしまっていた。観津帆のエプロンドレスを湿らせてしまったと謝ると、気になさる必要はございません、と慰めてくれた。その言葉に裏はなさそうだった。


「けれども泣き腫らしたお顔ではいけませんから、冷やすものを持ってきますね。くれぐれもお部屋から出られませんよう」


 一も二もなく頷いた凛子を残し、観津帆が出ていってしまうと、静寂が途端に牙を剥いた。壁が分厚いのか、人の往来が少ない場所に位置しているのか、はたまた特殊な細工をしてあるのか、この部屋で音といえば凛子の立てるそれしかなかった。


(考え事にはちょうどいいけど、悪いほうにばかり向かってしまいそう)


 体を動かせば多少はましかもしれないと思い、ベッドから降りる。観津帆はどう見ても室内履きではなかったので、凛子が履いていたブーツを探すが見当たらず、仕方ないので素足で絨毯を踏みしめる。土足で室内を歩く習慣のない日本人に、さしたる抵抗はない。


(そういえば、服もどこにいったんだろう)


 寝ている間に、凛子の服はシンプルなネグリジェになっていた。なめらかな肌触りの布一枚で寒さを感じないのだから、凛子が着ていた真冬の防寒着では暑くて堪らなかっただろう。ちなみに下着まですべて換えられており、それに気づいたときは顔から火が出るほど恥ずかしかった。


 ベッドのほかには薔薇の活けられた花瓶くらいしかなく、見るからに高価なそれに触れる気は起きなかった。建築にもインテリアにも興味がない凛子は、部屋を一通り見て回るのに数分とかからず、あっというまに手持無沙汰になり、広いベッドに戻ってきた。腰をかければ、スプリングが静かに凛子の体重を受け止める。


(気になることその一。魔法ってなに? 魔力ってなに? そんなものが存在する、剣と魔法とお姫さまのファンタジーな世界ってこと?


 その二。いちばん初め、この世界で目が覚めたとき、同じことを繰り返したような気がする。デジャヴっていうより、リセットっていったほうがぴったり当てはまるような。多分、一度目は雷ってひとに斬られたんだ。でも、そもそも雷ってひとは、なんであたしを殺そうとしたんだろう)


 悪寒が背中を這い上がり、頭を振って意識を切り替える。


(その三。なんであのピンク髪のお姫さまは、あたしの名前を知ってたのか。観津帆さんはリンコっていうのは先代の名前と同じって言ってたけど、だからって名前がわかったりはしないよね。あ、でも魔法でわかったりするのかな。


 その四。あたしの右目がどうして治ってたのか。建物とか服装とか見る限り、高度な技術はないよね。そういえば、あの男の人――華宵って呼ばれてたっけ――が華燐ってひとを呼んでくるとか言ってたなあ。ってことはこれも魔法?)


 指折り数えていた凛子は、うーん、と小さく唸った。


「結論。あたしの疑問はほとんど『魔法だから』で説明できちゃうかもしれない。魔法って超便利ー」


 口に出すと、余計に冗談じみて聞こえた。乾いた笑い声が漏れる。


「まあ、結局は夢だからってことなんだけどね。あーあ、痛みがある夢とか最悪」


 ベッドに仰向けに寝転がった途端、ドアが控えめにノックされ、凛子は慌てて跳ね起きた。心臓が早鐘を打っている。悪いことをしているわけではないが、だらけた姿を見られるのは決まりが悪い。


 失礼いたします、と入ってきたのは観津帆ではなかった。凛子と同い年か、それよりも幼い顔立ちのメイドだった。茶の髪も瞳も柔らかそうな色合いなのに、表情や仕草はどことなく硬い。


「お目覚めになったと伺ったので、朝食をお持ちいたしました」

「あ、はい。いただきます」


 メイドの言葉で、急に空腹が意識された。どれくらい寝ていたのかわからないが、少なくとも夜を一度挟んでいるだろう。


 観津帆に部屋を出てはならないと言われていたが、食欲に負けた凛子はメイドに続いて部屋を出た。てっきり廊下に続いていると覚悟していたが、扉の向こうも部屋で、しかもこちらはヨーロッパの城を思わせる広々とした作りをしている。華宵に運びこまれたときには余裕などなかったために、見落としていたのだ。寝室よりもいくらか華美な装飾がなされているが、けばけばしくはない。


 きょときょととせわしなく視線が動く凛子を不審に思ったのだろう、メイドがわずかに表情を曇らせた。


「どうかなされましたか?」

「いえっ、なんでもないです」

「それならよいのですが。なにかございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ」


 そんなふうにむずがゆいほど丁寧なメイドに給仕され、凛子はテーブルに用意された粥を食べた。慣れ親しんだ米の食感とはまったく違ったが、冷めていてもおいしかった。


 異変は、皿の中身を半分ほど空にしたときだった。凛子は唐突に呼吸ができなくなった。


「……っあ!?」


 スプーンを取り落とし、喉を押さえる。肩で息をしても、酸素がまったく入ってこない。パニックに陥った凛子を、メイドは冷やかに見ている。


(なんなの、これ? 毒? 盛られたの? なんで?)


 ドアが音を立てて開いた。


「リンコさま! どうなさったんですか!?」


 悲鳴は観津帆のものだった。


「あなた、いったいどういうつもりです! だれの命令ですか! 答えなさい!」


 声が遠退いていく。椅子から崩れ落ちた凛子を、観津帆が抱きかかえる。


「リンコさま! 大丈夫ですか、リンコさま! だれか! だれか医者をここに! 凛子さまが――!」

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