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U.N.オーエンの正体は彼女なのか  作者: 貞晴
【第一章】 人妖の鬩ぎ
8/21

変質者

 文章を改善。きっと読み易くなったはず。




   【7】




 下書き用の用紙に大まかな見取り図を書きあげ、射命丸は筆をおいた。新聞に載せる記事の位置取り、及び構図を決めていたのである。


 天狗の一族として出版する雑誌「妖怪通信簿」とは別に、射命丸は個人で「文々。新聞――ぶんぶんまるしんぶん――」を出版、頒布していた。幻想郷の珍事件、ブラックな噂を中心的にとりあげ、いま流行りの流行歌から最先端のファッションまで完備している。人気は上々だった。彼女が属する部署の、売上の二割を占めている。


 前述した雑誌の発売日が十日周期で巡ってくる片や、文々。新聞は三日に一度の頻度で売りだすことになっていた。両方の発行を維持するだけで手一杯な感じもするが、雑誌の編集における射命丸の仕事量は、仲間内と比べて極端に多い。それだけ彼女は優秀なのだった。その、目から鼻に抜けるような聡明な頭脳を活用し、夜間は、連載小説を執筆している。これがまた人気を博し、小説から射命丸の名を辿って、新聞の購読を始めた人間も少なくない。逆もまた然り。この成果が、彼女の才力を裏づける物件となりえようというもので、射命丸は、同僚や上司から一目置かれる存在だった。


 四方を樹の枝に支えられ、地面から高く浮いた複数のあばら屋の、端と端を、つり橋で繋げたような建物が、射命丸の職場である。天狗の習性で、樹のうえや崖肌など、地上から遠く離れた場所に拠点を設置するのが当然なのだった。利点としては、妖怪の山に棲みついている、獰猛な野生動物の牙を楽に回避できること。それと、山の奇事をすぐに発見できることが挙げられる。先代の習慣を手本にしている、というのもあった。


 昼間とはいえ、作業部屋はどんより暗かった。場所柄、陽の光が届きにくいのだ。各事務机に一本ずつ蛍光灯が備わっているが、射命丸たちは白熱が苦手で、夜の残業に突入するときいがい、コンセントは抜いている。


 向かいの席で、鴉天狗の飛彦(とびひこ)が資料と睨めっこしている。彼は手先が器用で、雑誌の表紙の色塗りを一手に引き受けていた。同じ鴉天狗の清光(せいこう)から回されてきた線画を見て、配色を選考しているのだろう。彼の考え抜いた彩りは、それはもう見事なもので、出来によっては売上のアップに大きく響いてくる。根っからの芸術肌だった。しかし、芸術肌にありがちな特徴というか、飛彦は神経質で、人付き合いが悪い。絵画友達ということで、清光とだけはよくつるんでいたが、射命丸の前では決まって仏頂面だった。


 射命丸が籍を置く部署には、飛彦、清光、妙鬼暗(みょうきあん)、はたて、玄奘(げんじょう)奈陀(なだ)輔丸(すけまる)、そして自分の八人――ないし八匹――が所属していた。


 小分けされたチーム内で役職を分担し、一冊の雑誌を完成させるのが、昨今における天狗族の方策である。上司は、部下に他部署と競い合うよう強制していた。他のチームより好成績を叩きだせ、客に買わせる努力をしろ、そのためには人間、妖怪の目を引くような記事を探せ、という具合に焚きつけてくる。どこの部署でもそうだった。売上が伸び悩むと、チームは連帯責任を負わされた。


 雑誌を製作するにあたっての役割は、飛彦と清光が表紙、挿絵、ときに図解、写真の挿入。妙鬼暗、はたて、輔丸が文章を書き、それを総監督である射命丸がチェックする。玄奘、奈陀は山の内外に出向き、取材を務める。取材のおりには、射命丸もふたりに加わった。つまり、チームは取材班、執筆班、挿絵班のグループによって成り立っているのだった。


 個々で新聞を売ることも認められている。また、それによって発生した利益は、チーム全体の売上金の一部としてカウントされた。文々。新聞の製作を蔑ろにできないのは、そのためだった。射命丸が新聞を書かなくなったとなれば、売上金は二割減し、大きな痛手となる。ひいては連帯で責任を問われ、仲間たちに申し訳が立たなかった。


 作業部屋には畳が敷いてあり、そこに正座するかたちで、八人は書机に向かっていた。向き合うようにして、四人ずつ二列に並んでいる。左手の奥から手前にかけて、射命丸、はたて、清光、輔丸。右手の奥から手前にかけて、飛彦、妙鬼暗、玄奘、奈陀、の順である。


「肩が凝るわあ」


 妙鬼暗が呟いた。左隣の玄奘がそうですね、と相槌を打つ。その反応が気にくわなかったのか、妙鬼暗は彼に振り向いて、


「なにそれ冷たあい。――ねえ、肩揉んで」

「お断りします」


 にべもない返しに、彼女はケチ、と唇を尖らせた。妙鬼暗は化粧が濃く、どういう化粧水を使っているのか、とても香が強い。綺麗な顔立ちをした玄奘を気に入っているようだが、彼は奈陀と相思相愛の仲にあった。それを承知のうえで、彼女が玄奘にちょっかいをだすたび、奈陀の不安げな視線が飛んだ。


「休憩にしましょう、そうしましょう」


 歌うように言って、妙鬼暗は畳に寝転がる。


「輔丸くん、わたしの分まで終わらせといてえ」


 不精不精というふうに、輔丸は頷いた。気の小さな輔丸は、妙鬼暗に反論する気概をもたない。人見知りの気もあるようで、常日頃から、メンバーに対してどこか他人行儀に接している。


「困りますよ、妙鬼暗さん。自分の持分は自分で消化してくれないと」


 射命丸が注意すると、妙鬼暗は露骨に厭そうな顔をした。


「だってだって、疲れちゃったんだもん。いま何時? もうお昼よ」


 部屋の掛け時計を指さす。爪には真っ赤なマニキュアが塗られている。


「朝から働きづめでくたくただわ。もう駄目、(みょう)ちゃんいち抜けた」

「じゃあ、せめてもう一時間頑張りましょう」

「無理。疲れが溜まると小皺も増える」

「ちょこっと皺が増えたところで、じゅうぶんお綺麗ですとも」

「文ちゃんが言ってもねえ、皮肉にしか聞こえないのよお」

「あやや」


 幾らか拗ねたように言って、肘を枕にそっぽを向いてしまった。射命丸が二の句を見失っていると、隣りのはたての、更に隣の男が静かに立ち上がった。


「集中が途切れてしまったよ」


 清光である。


「筆休めに一服してきます。飛彦さんも、一緒にどうですか」


 うむ、と呟き、飛彦も、熊のようにのっそりと立ち上がった。揃ってスライド式の扉まで歩み行き、射命丸に一礼してから出ていった。休憩室に向かったのだろう。煙草を吸っていいのは、その部屋だけだ。


 奈陀と玄奘が目で会話し、筆をおいた。しかたなく、射命丸も握り直したばかりの筆をおく。昼前に新聞の下書きを終わらせたかったが、ここは周りに合わせて休むとしよう、と判断したのだった。


 気伸びすると、腕の関節がポキポキ鳴った。自然と口から「ああぁ」という声が漏れる。そこに、玄奘が声を掛けてきた。


「射命丸さん、このあと、お昼ご一緒しませんか」


 え、と思って、玄奘の後ろにいる奈陀を見た。すると、玄奘は射命丸の意中を察したようで、照れ笑いを浮かべながら手を振って、


「違います違います、そういうんじゃないです。ちょっと、ご相談に乗ってもらいたいことがありまして」

「あ、ああ、ええ」


 射命丸は胸を撫で下ろす。己の勘違いをこっそり恥じた。


「相談ですね。もちろん、大歓迎ですよ。仕事のことですか」

「それが、私事で」

「言いにくいなら、ここじゃなくても」


 玄奘は辺りを憚るようにして、


「恐縮です。では、場所を変えて、これから奈陀と三人で」

「奈陀さんもですか?」


 奈陀は伏し目がちに頷いた。彼女も、輔丸に負けず劣らずの小心者で、ともすると玄奘の影に隠れがちだった。それでも、余所余所しい輔丸と違い、及び腰ながらも、意志の疎通には開放的である。


「詳しい話はあとで。移動してからにしましょう」


 玄奘が膝を立てると、妙鬼暗が寝返りを打って、顔をこちらに向けた。


「みんな出かけちゃうの?」


 肘に頭を乗せながら、目の前のはたてと、左斜め前の輔丸を交互に指で示した。


「こんな辛気臭い奴らと留守番? やだやだ、わたしも連れてって」


 玄奘は、首を横に振った。


「悪いけど、大切なことだから」

「そんなあ」


 妙鬼暗は悲痛な声をあげ、


「もういいわよ。ひとりで、そのへんブラブラしてるから」


 すっくと起きあがると、小走りで部屋から出ていった。


「行きましょうか」


 玄奘のあとを、半歩さがって奈陀がついていく。射命丸も続こうとしたのを、ふと思いとどまって、これまで一言たりとも口を開いていないはたてに向き直った。はたては、黙々と紙面に筆を走らせていた。


「仕事熱心なんですね。助かります」


 その言葉に、はたての手が一瞬止まったが、返事が返ってくることはなかった。はたての、そのつっけんどんな応対に微苦笑する。嫌われていることは薄々自覚していた。しかし、だからといって彼女にだけ物腰を変えるのは、正当でないと思っている。


 はたては、射命丸だけじゃなく、チームそのものを嫌うような節があった。進んでメンバーと距離をおいているようなのである。正直、やりにくいことこのうえない。雑誌編集は団体戦だ。能率を促進させる意味でも、また射命丸自身の望みとしても、はたてには、いちにちでも早くチームに馴染んでほしいと思っていた。


 輔丸にも労いの言葉をかけてから、射命丸は作業部屋を後にする。足場が外に突きだした広縁で、玄奘と奈陀が待っていた。


 行先を聞いてから、射命丸は背中の羽を広げた。羽の色は、闇を閉じこめたような黒。漆黒の翼は、天狗のなかでも秀でて高等な、鴉天狗の血を引いている証である。玄奘と奈陀も翼を広げ、同時に飛び立った。乱立する樹木を避けて飛ぶうちに、三人はみるみる加速し、あっというまに豆粒のように小さくなってしまった。




 妖怪の山にも、人里のように、食事を提供する店がある。射命丸の降り立った店は「曼成(まんなり)」と看板を掲げており、和菓子を売りにしていた。当然、当店のみならず、どの店も樹のうえに店舗を構えている。


 昼時だからだろう、店内は客で賑わっていた。玄奘が座敷席を所望すると、店員は快く店の奥に案内してくれた。襖と障子に囲まれた、六畳ばかりの密室である。なるほど、聞き耳を立てられたくない相談事をするには、もってこいの空間だ。注文通り、人数分の餡蜜がテーブルに並べられてから、玄奘は単刀直入に口火を切った。


「奈陀が、ストーカー被害にあってるみたいなんです」


 幾らか驚いたが、射命丸は努めて神妙に頷いた。口に出すだけでおぞましいというふうに、彼の握った拳は震えている。


「いわゆる、変質者ってやつでしょうか。仕事終わりに帰宅する途中、どこからか視線を感じたり、毎晩、遠巻きに家の内部を覗いてる影を見るんだって、最初、奈陀から俺に相談してきたんです」


 そうだよな、と奈陀に振ると、彼女もまた神妙に頷いた。


「気持ち悪くて落ち着けないっていうんで、それで俺、奈陀の家に泊まったんです。もし変質者を見つけたら、俺がとっ捕まえてやるって意気込みで。そしたら、丁度その晩……」

「変質者が現れたんですね?」

「そうです」

「顔は? そのとき、顔は見れたんですか?」

「――はい」


 頷いて、玄奘は、冷や水をひとくちで飲みほす。かなり動揺しているのが見て取れた。


 「問題は、そいつの正体なんです。ああ、どうしてあのひとが……。俺、どうして良いか分からなくって、それで、射命丸さんにご相談をと思いまして」


「で、その正体は、誰だったんですか」


 玄奘は頭を抱え込むようにして、両肘をテーブルのうえにおいた。未だに我が目を疑っており、混迷しているようだった。やがて顔をあげると、傍らの奈陀をちらりと見遣り、それから射命丸を見据えて、消え入るような声で「――九劉(くずりゅう)」と呟いた。


「そんな……まさか」


 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。


「九劉って、あの?」

「その通りです」

「……信じられない」


 九劉は、射命丸や玄奘の上司に相当する、高貴な鴉天狗だった。射命丸のチーム直属の上司というわけではないが、それでも逆らえないことには変わりない。天狗の社会における上下関係は絶対である。そんな厳しい世界の上位に立つ男が、変態まがいの行為に及んでいるだなんて、にわかには信用できないし、信用してはいけない気さえした。


「信じられない気持ちは俺も同じです。でも、俺、確かにこの目ではっきり見たんです。暗闇から奈陀の部屋を凝視している、あの男の顔を。確かに奴でした。間違いありません」

「そう力まれましてもねえ……」


 仮に、変質者の正体が本当に九劉だったとして、それを確かめる術はないに等しかった。当人に直接つめ寄ったところで、正直に口を割るとは考えにくいし、そのうえ怒りを買えば、山を追い出されることもありうる。玄奘の証言が正しいにしても、証拠がなければ思い切った真似はできない。そう、なにか証拠がなければ。


「――まさか」


 あることに思い当たって、射命丸は玄奘を見つめる。その何事かを決心したような顔に、自分の思いつきが正鵠を得ていたことを悟ると、思わず笑みが漏れた。


「本気ですか?」

「ご察しの通りです。俺、家で待ち構えてて、現場を押さえてやろうと思うんです」


 男の身元を割るには、その手しかないだろうなとは、射命丸も思っていた。それが最善策であるかは別として。


「では、私に相談というのは、変質者を取り押さえるのに加勢してほしいと、そういうことだったんですね」

「はい。もしとり逃しそうになっても、射命丸さんは、俺より何倍も速く飛べるし、それに、こんなリスキーなこと頼めるの、射命丸さんしかいなくて」

「あやや。私は危険に曝されても問題ないと?」

「そういうことじゃありません」


 慌てて言って、いや、と首を振った。


「ある意味では、そういうことかもしれません。射命丸さんなら、どんな困難でも解決してくれそうというか、負け知らずというか、そんな頼もしさを感じるんです。なんたって、俺らのリーダーですから」

「ずいぶん、買い被られたものですね」


 両手を盛大に打ちつける。射命丸はにやりと笑った。


「了解しました。その頼み、お引き受けしましょう」

「ありがとうございます」


 玄奘と奈陀は同時に頭を下げた。決意した勢いで予定を組み立てた結果、作戦を実行に移すのは明日に決まった。万全を期すため、白狼天狗の椛にも声を掛けよう、と射命丸が提案したのである。白狼天狗は山の警備にあたっている。鴉天狗のように、ひとつ返事で集合に応じれるほど、自由に使える時間はなかった。なので、今日中に射命丸の口から説得して、明日の夜、奈陀の家に集まれるよう見張りの番を組み替えてくれ、と伝えるというのだった。玄奘と奈陀は、この計画に賛成してくれた。


 餡蜜を平らげてから座敷を出、会計する。いいと射命丸が言うのに、玄奘は自分が射命丸の代金まで払うと言って、頑なに譲らなかった。


「なんだ兄ちゃん、こっちのお嬢ちゃんに弱味でも握られてんのかい」


 会計に立ち会った店主である。射命丸は苦笑して、それを否定した。


「まあまあ、兄ちゃんの顔を立ててやんなって。なにがあったかは知らねえが、そうでもしなきゃ気が済まねえんだろう」


 この店主の後押しが決め手となり、射命丸は押しきられ、財布をひっこめた。もやもやしたが、玄奘のためにも、これが正解だったのだろうと言い聞かせることにした。


 それにしても、九劉がそんな不埒なことを。頼られた手前、大見得を切ってしまったが、射命丸にも不安はあった。

 現場を押さえるとなれば、争いは避けられないだろう。写真に収めたところで、後日、それが証拠だと主張しても、知らぬ存ぜぬを貫かれるに違いない。身柄を拘束するしか途はないように思われた。きっと、一筋縄ではいかない。失敗すれば、今度は射命丸たちの立場が危うかった。


 射命丸は、昨晩、窓から見かけた影をはたと思い出した。酔ったように、ふらふらと闇のなかを飛行していた男……。あれは、九劉だったのではないだろうか。とすれば、奈陀の家に向かう途上、あるいは帰る途中だったのを、射命丸はたまたま目撃したことになる。

 

 自分のほかに、深夜の森を徘徊していた九劉を見かけた妖怪はいないだろうか。いたとすれば、是非とも協力を要請したいところだ。失敗が許されない作戦なのだ、同士が多いに越したことはない。


 誰かいないだろうか。それも身近に、知り合いに。男に不審を抱き、かつ助太刀してくれそうな妖怪は。










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