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U.N.オーエンの正体は彼女なのか  作者: 貞晴
【第一章】 人妖の鬩ぎ
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魔法の森 

 作者の妄想を垂れ流すだけのホラー(のつもり)小説です。過度な期待はしないでください。

 あらすじにも記載してあるとおり、この物語は東方Projectシリーズの二次創作です。なるたけ本家の世界観を崩さないよう心掛けて執筆しておりますが、全シリーズを遊んだわけではないので、呆れた矛盾点そのままにドヤ顔で投稿してしまう場合がご座います。ご了承ください。






   【1】




 折り重なるように隆起した木の根を跨ぎ、湿気でぬかるんだ泥道に着地する。


 夜の森には漆黒が沈殿していた。無数の枝や蔦同士が絡み合い、森全体を覆う自然の天蓋となって月光を遮断しているためである。また密閉されているに等しいこの土地は、湿度が高く夜でも汗ばむ。暗夜に紛れ、泥沼から突き出た灌木を足場に先を急ぐ少女の顔にも汗が滲んでいた。


 闇夜における森での軽率な動きは、得てして怪我と直結している。そのことを折に触れて学んでいる魔理沙(まりさ)の足取りは、軽いようでいて慎重そのもの。


 黄金色の瞳を光らせ道なき道を進む。突然の来訪に森の小動物は身を潜め、虫達は音を殺す。靴底が沼水を踏み散らす音、木の葉の擦れ合う渇いた音に枝の軋むパチパチという音が重なる。丈が長いスカートの裾は、すでに水の跳ね返りで薄汚れていた。


 ひとならざる妖怪、魔法使いの多くが世帯を設ける「魔法の森」。


 この雄大かつ閉鎖的な森は、幻想郷の中央部から徐々に周辺の草原を侵食し、その存在感を日に日に助長させている。その具合はまるで生命を孕んでいるかのようで、独りでに成長しているようだった。


 しかし付近の人間からすれば堪ったものではない。森そのものが疎ましがられていることを魔理沙は知っていた。一部の人間からは――焼き払ってしまおうだなんて――存在そのものを否定されていることも。


 だが森をどうこうしようにも、魔法の森は、日中は、森特産の化け物茸が振り撒く胞子によって汚染されており、まず命が惜しい者は近寄れない。夕刻を超えれば胞子の発散は翌朝まで中断されるが、暗くなってから森に足を踏み入れる人間は極稀だった。かといって、森の侵食をやめろと訴えかけられたところで、魔法の森の住人である魔理沙にも、独りでに拡張するだなんて超常現象を抑圧する術を会得しているわけではない。成長するがままに任せるしかないのだと魔理沙は思う。それが幻想郷の、森のありかたなのだとでも割り切って。


 霧雨(きりさめ)魔理沙やアリス・マーガトロイドが、そんな辺鄙な場所で生活を営むのにはわけがあった。茸が発する物質は非常に危険であり、猛毒に違いないのだが、彼女らは胞子の毒をものともしない、強靭な免疫を生体に宿している。毒が効かぬとあれば、魔法の森ほど快適で安全な暮らしを約束された土地はない。雑多に繁殖した野草を採って食うも良し、草叢で昼寝するも良し。悠々自適な生活を満喫できるのだ。


 道が整備されていないのが数少ない難点のひとつだが、その苦も視界の狭まる夜だけのこと。幻想郷の安寧そうでいて、水面下では何が進行しているのかも分からない治安を考慮すれば森でのひと時は実に恵まれている。住めば都とはまさしくこのことだろう。


 撓った枝から竿のようにぶら下がった広葉樹を掻き分けて進む。その先に黄色に輝く小さな発行体が出現した。電球の明かりである。魔理沙は吸い寄せられるように光の許へと駆け寄った。


 片田舎の民宿を思わせるその洋館が、アリスの家である。魔理沙は短い石段をのぼり、スカートから取りだしたハンカチで申し訳程度に汗を拭ってからベルを鳴らす。甲高い呼び鈴の残響が扉越しに聞こえた。


 鍵を施錠する音がして、扉が内側にゆっくり開かれた。そして細く開いた扉の隙間から半身を覗かせたのは、魔理沙の膝より少し背が高いだけの、小柄な西洋人形だった。


 西洋風の青いドレスを纏った人形は、さも自然に魔理沙を見上げると無表情で頷き、彼女が通り抜けられるスペース分の扉を開放する。無意味だと理解しつつも、出迎えてくれた人形に会釈し、魔理沙は玄関に上がった。靴を脱ぎ、黒い帽子を脱いで胸に抱く。家の中はひんやり涼しく快適で、おまけに女の子らしい甘い香りが仄かに嗅ぎとれた。


 玄関から真っ直ぐに延びた廊下。つき当たりには磨り硝子を嵌めこんだドアが一枚、居間と廊下とを仕切っている。途中、左に折れる通路はアリスの自作した人形を納品しておく小部屋へと繋がっていた。


 曇った硝子の向こうで揺れる人影を認めて、魔理沙は居間に直行した。


 ドアを押し開くと香気がむっと強くなる。天井に設置したランプの炎が頼りなく室内を照らすなか、アリスは椅子に浅く腰掛けて編み物をしていた。


 廊下の光が差しこみ、逆光を浴びて佇む魔理沙の姿に気付いていないわけではないのだろうが、アリスは一瞥をくれることもなければ声を掛けるわけでもなく、手元に視線を落としている。


 編み針を器用に操り、編んでいるのは人形に着せる服だろうか。魔理沙は躊躇った末に苦笑すると、


「精が出るね」


 と言って後ろ手にドアを閉じた。たちまち部屋は闇に溶け込み、アリスと魔理沙の顔に黒い影が落ちる。


 なんとなく同じ円卓に坐るのに躊躇し、魔理沙は独り掛けソファーの後方へ回った。地べたであぐらを掻くのも可笑しいし、クッションを許可なく尻に敷くのも気が引けた。


「いやあ。それにしても蒸し暑い」


 肘掛けに手を添え、魔理沙はソファーの前方へ回りこむ。


「アリスの家は涼しくって羨ましいなあ」

「――ちょっと」


 魔理沙を鋭い目つきでねめつけ、アリスが初めて口を開いた。棘を含んだ口振りだった。


「座らないで。部屋が汚れるわ」


 その発言を罵詈と認識した魔理沙は、はっとして腰を持ち上げた。魔理沙はただひらすら苦笑するしかなく、居場所に困ってアリスを見つめ返した。アリスはそれに反応するでもなく手元に視線を戻す。作業の手は止まりそうにない。


 浮き沈みする暗影のせいで、表情から喜怒の分別を正確に割りだすことさえ魔理沙には難しかった。怒っているのか、そうではないのか。自分は歓迎されているのか、そうではないのか。


 ただでさえアリスは感情を表に出さない性分。そのうえこうも暗いとなるともうお手上げだ。アリスを不用意に不快にさせないためにも、アリスから切り出してこない限り、魔理沙としては下手な話題をそう気軽に振ることはできなかった。


 口を堅く閉じ、アリスを刺激しないよう巌のように押し黙る。生温い汗が背中を流れた。


 バスルームに通じるドアが静かに開かれたのは、それから幾許かも経たないうちだった。居間に現れたのは小柄な人形で、魔理沙を迎え入れた人形宜しく、艶やかなドレスを纏った西洋人形だった。白蝋めいた肌が暗闇を反射して怪しく光り、やはり無表情なのが不気味に感じられる。


(……おや?)


 人形の両手には大きめのバスタオルが置かれていた。魔理沙は瞬く。


「――どうぞ」


 アリスの声に合わせて、人形が魔理沙にタオルを丁寧に差しだした。アリスの目は今もなお編み物に注がれている。


「あなた、服が泥だらけよ。タオルは汚してもいいから、部屋に泥を持ち込まないでちょうだい」


 魔理沙はようやく合点がいった。


「あ、ああ。そっか、悪い」


 有り難くバスタオルを受け取り、魔女服に飛び散った汚れを払拭するのに専念した。にべもない追い返され方をするのではないかと懸念していただけに、ほっと胸を撫で下ろしながら。安堵とも気抜けともとれない、奇妙な心地だった。


 アリス・マーガトロイドが幻想郷随一の人形使いと称される由縁を、目の当たりにした心持ちだった。


 魔法使いであるアリスの魔力にかかれば、十数体もの人形を同時に――しかも意志を持つかのように、個別で自由に――操るのも容易なのだという。それは派手な魔術を力任せに発動する魔理沙や、だいいち、魔力の絶対値で劣る術者には到底真似できない、限りなく繊細でいてしかし華やかな芸当だ。


「ところで、こんな夜更けに何の用かしら」


 床に落ちた泥を雑巾で拭う人形に謝る魔理沙に、アリスが尋ねた。依然として毛糸を紡ぐ自分の手を見詰めながら。


「それは、そのぉ……」


 魔理沙へ首だけ向き直り、アリスは怪訝そうに眉根を寄せた。歯切れの悪さに不信感を抱いたようだった。魔理沙は退室する人形に手を振ってから、ばつが悪そうな顔をして弁明する。


「用事らしい用はないんだけどさ、なんとなく会いたくなって。て、そんな理由じゃ駄目かな」

「――はあ?」


 アリスの顔が険しくなる。


「なにを言っているの」

「いや、寝つけないんだよ、ここ最近。連日連夜でこの暑さだろう? 布団被って、まんじりともしない夜長に耐えかねて、こうして会いに来ちまったっつうかさ」


 なにそれ、とアリスは伏し目になる。


「迷惑な話ね。せめて陽が昇ってから出向くとか、そういう発想はなかったのかしら」

「昼にもインターフォンを鳴らしたぜ」


 慌てて魔理沙は両手を突きだした。


「ただそのときには、玄関にも通してもらえなかった」

「でしょうね。私、きっと寝てたから。来客にはお引き取り願うよう伝えるよう、人形に教授しておいたのよ」

「なんだ、八方ふさがりじゃねえか」


 昼にここを訪ねた際、玄関先で立ち竦む魔理沙を尻目に扉を閉ざしてしまった人形を思い出し、魔理沙の顔に複雑な笑みが浮かんだ。あれはお引き取り願うだなんて遜った態度ではなかった。余所者とのコミュニケーションを一方的に遮断していた。


「人形たちが、あなたを嫌っているのよ」


 冷やかにアリスは言う。


「まあ、あなたや、森の妖怪が認知しているような布細工の人形と、私の人形は全くの別物なのだけどね。私の創造した人形は、言い得て妙に私の分身。縫師の欲することを自ら穴埋めする、私の半身。人形に敵意剥き出しの態度をとられたのであれば、それはつまり、縫師である私にも快く思われてはいないということ。――お分かり?」

「ああ」


 しかしその理屈が通用するのなら、昼夜が逆転してから自分を招き入れたり泥まみれの人間にタオルを貸し出したりしてくれた西洋人形の好意は、アリスそのひとの親切心に他ならないのだが、と魔理沙は喉まで出かかった言葉を飲みこんだ。


「――いつまでそこに突っ立ってるつもり」


 アリスがソファーに目線を投じる。


「気が散るから、なにかしててちょうだい」

「なにかって?」


 ソファーに座ると腰が深く沈んだ。そのまま背中から丸呑みにされてしまいそうな柔らかさだった。


「隣りの部屋が書庫になってる」


 アリスが目で促したのはバスルームでも廊下に出るドアでもない、西に面した三つ目のドアだった。


「人里で流行りの小説から、茸に関する図鑑、魔道書まで、何でもあるわ。お好みでどうぞ」


 あからさまな歓迎ムードではないが、どうやらそう邪険に思われていることもなかったらしい。魔理沙は礼を言って、指示された部屋に踏み入った。


 書庫にも明りらしい明りはほとんどなく、居間から漏れるランプの光だけが圧迫感のある部屋にか細い線を落としている。出入り口のある壁を除く三面には、見上げるほど立派な書棚が配置されていた。いずれの棚にも隙間なく本が置かれている。魔理沙は部屋の隅に踏み台を見つけるも、それを無視し、手の届く低い列から一冊手に取って踵を返した。


 ソファーに再び腰を落ち着かせた魔理沙に、編み物の手を休めたアリスが話しかける。


「私のこと、気難しい女とか思ってるんでしょう」


 え、と魔理沙は呆気にとられた。


「気難しい? まさか!」

「気を使ってるのが滲み出てるのよ」


 アリスは淡々と続ける。


「一緒にいて息苦しいんだったら、無理しなくて良いのに。こんな愛想のない女、かかずらうだけ損よ。それとも何かしら。よもや、友達になりたいわけじゃないでしょう?」

「ええっと……」


 魔理沙は答えあぐね、


「友達になっちゃ、駄目なのかな」


 と、やっとの気概で返答した。


「――え?」

「いやほら、幻想郷にいる魔法使いの人数なんて、たかが知れてるだろう。アリスだって数少ない同職なんだから、これを契機に、お互い顔馴染みに……いや、友達になっても、絶対に損はないと思うからさ」


 魔理沙は本心を口にする。


「しかも、住んでいる場所まで同じ森の敷地内ときた。こういうのを奇縁っつうのかな。差し向って酒でも呷れば、必ず仲良くなれるはずさ」

「ふうん」

「と、(わたくし)めは考えているのですが」


 おどけたふうに顔色を窺う魔理沙に、「なるほどね」アリスは押し殺したようにクッと笑う。


「面白いひと」

「よく言われます」

「でもまあ、自論を持ちだすのは勝手だけど、ひとつだけ訂正させてくれるかしら。あなたは、職業として魔法使いを選択したのかもしれないけど、私は、生来の魔法使いなの。そこを一緒くたにしないで欲しいわ。全然違うわよ」


 それは失礼、と魔理沙は微苦笑して頭を掻いた。あらかじめ彼女の人物像は調べられる範囲で調べておいたが、まだ把握し切れていない来歴のほうが多そうだ。


 アリスは悩ましげに耳に掛かる髪を払った。高級な糸をほぐしたかのような、美しく滑らかな髪だ。


「……もし仮に、友達になれたとしても」


 アリスの人形めいた唇が悲しそうに曲がる。


「私からあなたにしてあげられること、なにもないわよ」

「だからどうしたっての。ノープログレムだぜ」

「愉快なお話も聞かせてあげられないし、本当に、なにもできないわ」

「本を貸してくれたじゃないか」


 魔理沙は見せつけるようにページを手繰った。


「私じゃなくても良いじゃない。里の図書館に出向くなりすれば――」

「アリスから借りた本を、アリスの部屋で読みたいんだ」


 魔理沙は破顔する。


「友達って、そういうもんだろ」


 アリスはまた忍び笑いをした。


「そうね。――そうかもしれないわね」


 魔理沙ではなく、どこか身内に言い聞かせるような調子でそう呟くと、アリスは休めていた手をまた動かした。


 薄暗い空間を沈黙が支配する。


 打ち解けられたのかな、となんとなく実感する傍ら、気まずいことに変わりなかった。仕方なく本の活字に目を走らせるも、脳を上滑りするばかりで内容が微塵も入ってこない。しかしそんなに早く書庫に舞い戻って、本を取り替えるのも気が引けた。アリスに変な印象を与えたくなかった。


(こうなるんだったら、しっかり吟味してから借りるべきだったなあ) 


 軽く後悔しながら何とはなしに開いたページを見て、魔理沙はおやと呟いた。目にとまった部分を指で押さえつつ、表紙の題名を確認してみる。『妖怪通信簿』。聞き覚えのある雑誌だった。


 どこの怪士何某が主任を務め、出版している冊子かは忘れたが、表題からして妖怪の一族が関与しているのは疑いようがなかった。とすると、天狗の一族か。印刷業を扱える妖怪を魔理沙は他に知らなかった。


「あいつ、小説なんて書いてたのか」と新鮮な感覚で、先程のページまで戻ると、連載小説枠の筆者欄にプリントされた名前を改めて心の中で読み上げた。――射命丸文。


 知り合いの書いた小説というだけで興味をそそられた。ソファーにしっかりと腰をかけ直す。(――よし)新しい玩具を買え与えられた子供のような心地で、魔理沙は文章を追い始めた。











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