突然に
俳優の陸は、雑誌で見かけた女の子・美野里を探し当て、会いに来た!?
私は会社のビルの前で男に声を掛けられたのだった。
「どうも。はじめまして。」
そう言って、サングラスと帽子を取ったその人は、紛れもない、浅木陸だった。私は茫然としてしまった。東京に数年居るけれど、今まで、芸能人はモデルしか会ったことがなかったし、陸が目の前にいることが信じられなかった。
「え?」
私は素っ頓狂に返した。目は陸を凝視していた。
「突然現れてごめんなさい。俺、浅木です。浅木陸。」
「し、知ってます。」
「あ、そう?・・・ホント突然で悪いけれど、
ちょっと付き合えませんか?」
「へ?」
「お昼、食べますよね?一緒に、どうですか?」
「あ、あなたと?」
驚きで返答にも困る。どうしてこうなったの?
「そうですよ。じゃ、近くにカフェあるみたい
なんで、行きましょう!」
そう言うと、またサングラスと帽子で変装をし、私の腕を引く。強引だけれど、優しい手だった。
カフェに着き、席に座ると、陸はサングラスを外した。帽子は、用心のためか、被ったままだった。私はコーヒーを取り敢えず頼んだ。この状況で食べ物は食べれそうになかったのだ。彼の方は、コヒーに加え、ホットサンドも頼んだ。
「強引ですみません。」
最初に切り出したのは、陸だった。
「あ、いえ・・・」
「雑誌で、あなたを見て、会ってみたかったんです。
どうしても。あ、楽にしてくださいね。」
「私に、ですか?」
「はい。あなたはモデルじゃないんですよね?
でも、なんというか、ただ、いいなって思って、
それで、あなたのことを、探してもらった
んですよ。」
「え?私、そんな風に思われるような女じゃあり
ません。そこまでしてもらうなんて・・・
申し訳ないというか・・・。」
「いや、そんなことないです!自信持ってください!」
そう熱意を込めたように言われ、私は顔が熱くなってしまった。彼は彼で、顔を赤くしていた。
でも、私はそんな事初めて言われたし、信じて良いのかわからなかった。まして、芸能人に・・・
私は、大阪にいた頃に、好きだった先輩に酷く振られた経験を持つ。その時に言われたのが、「お前は地味だよな。いても気付かないかも。」だった。
「私、こんなこと言われたの、生まれて初めてです。」
「そうなんですか?十分かわいいですって!」
「・・・あ、ありがとう・・・」
なんだか、気まずい空気が流れようとした時、陸が聞いてきた。
「美野里さんって、もともと東京の人なんですか?」
「いいえ。地元は、大阪です。」
「え?本当ですか?奇遇やなぁ。」
突然、陸の口調が変わった。何が起こったのかわからなかった。
「はい?」
「俺も、大阪やねん。なぁんだ~。そっか~。嬉しい
なぁ。」
「あ、そ、そうなんですか?」
あまりの変わりように、面を食らった。ちっとも知らなかったのだ。紺野陸が大阪人だと。理由は、関心がなかったということなんだけれど。
「でも、なんで標準語なん?」
「あ、いえ、なんとなくです。だんだん、標準語で慣れ たって所です。」
「へぇ~。俺もこっちにいる時は標準語なんや。
役も、標準語がほとんどやからな。でも、
何でこっちに来たん?」
そのことは、初対面の彼に、話そうかどうか迷った。
「それは・・・自分を変えたかったからです。」
「そっか。色々あんねんな。」
「えぇ・・・。」
その場の空気がしんみりする。それ以上聞かないでくれたのは、有難かった。私は黙ってしまい、コーヒーをすする。陸は、それを黙って見つめていた。
「なぁ、俺と居る時は大阪弁でしゃべってくれへん?」
「え?」
「せっかく同郷なんやし、な?頼むわ」
そう言って陸は、パンと音を立てて両手を顔の前で合わせる。
居る時って、今の事?それとも、これから先も、会うことがあるってこと?私にはわからなかった。
「わ、わかりました。」
「それそれ、直そうや。」
陸は笑う。
「あなたのように、すぐにはできません。」
「ん~。まぁ、ほんなら、ぼちぼちな!」
素顔の陸の笑顔は柔らかくて、温かい感じがした。私は、何故か心も溶けていくようだ。
しかし、私の休憩時間も制限がある。もう既に12時50分。そろそろ戻らなければならなかった。名残惜しい気もしたのだけれど。
「あの、私、そろそろ行かないと・・・」
「あっ!しもた!そうやな~。すっかり忘れとった~。
早いなぁ。」
「えぇ。私も、あっと言う間でした。」
「ほんなら、今度の日曜、公園でドラマのロケするん
やけど、見にこうへん?」
「へ?ロケ?」
「そうや。次のドラマ撮ってんねん。な?見に来てな?」
「え、えぇ・・・」
サングラスを掛けた陸と店を出る。
「今日は楽しかったわ。ありがとう。」
「あ、私も、です。びっくりしましたけど。」
「ははは!じゃ、また日曜にな!」
そう言って、陸は去って行った。また・・・またがあるのか・・・私は考えていた。特別好きなわけではなかった陸との1時間は、あっと言う間に過ぎ去っていった。陸の知らない面を見て、私はドキドキする心に気付いていた。どうしてなんだろうか。そう思いを巡らせていると、オフィスの前に着いていた。
コーヒーしか口にしなかった私は、午後、お腹がすいて仕方がなかったのだった。
この回より関西弁が登場しますが、私、関西の者ではないので、間違いとかありましたら、ご容赦ください。




