ユージュアル・プレイス
換気ファンが薄汚れた鉄粉を舞い上げ、肺のフィルターにチリチリと淡い痛みが走る。プリンティングミートの無機質な鉄分の味が舌のセンサーに引っ掛かり俺は少しだけ咽せた。
バイオサンプリング工場内での唯一の楽しみと言えばこの食事だけだったが、付け合わせの野菜ゼリーの毒々しい着色グリーンを見て、それ以上食べるのを辞めた。
「なぁ、ディグリー。知ってるか?」
やけに勿体ぶって喋るカーネル・Gは妙にご機嫌に語りかけてきた。首のコイルスプリングが誤作動しているのか、一定間隔で頭を振っている。
「この間のスペルウィスパー事件でサイバーポータルが開いたらしい。政府はその事実を隠蔽しようと躍起になっている」
またいつもの妄言が始まった。俺は適当に相槌を打って錆びついたトレーを片付けに立ち上がった。
だが、やつの言っていることは間違ってはいない。俺の親父も隠蔽体質の政府にゲリラ認定されて、存在を消された一人だった。
「どこに開くかわかっていないらしい。お前も十分気をつけるんだぜ。なんせ、そこからはラグ・ファントムが出てくるからな」
カーネル・Gの網膜インプラントが不気味に明滅している。
ラグ・ファントム──古代データのデジタルシーから生み出されるバグミュータント。そんな都市伝説が世間を賑わせていたのも、俺がまだガキの頃だ。
カーネル・Gの妄想が最近誇大化してきているが、それも仕方ない。なんせやつの家庭は複雑だ。
あいつがまだ小便タレだった時、両親がサイバーサタニストの教主として政府に連れて行かれ、そのままセパレーションされた。つまりまだやつの両親はバラバラにされた身体で青緑の培養液と神経チューブに接続された状態でまだ生かされている。そんな思考と呼吸と生命維持のみ許されたマリオネットと20年近く面会していたら、ブレインウェアもショートするってもんだ。
午後からもくだらない肉体サンプリングが終わり、就業のベルが鳴った。
明日からのウィークエンドはカーネル・Gといつものスティルレイク──盗人の湖で延々とビールを呑んで釣り三昧だ。その名の通りいつも餌をスティルされるがそんなことはどうでもいい。
「コールドワンの準備は出来ているぜ」
「早速行くか」
俺とカーネル・Gは顔を見合わせてニィと笑い合った。
俺のマットアイビーオレンジのピックアップに乗り込み意気揚々とエンジンを吹かす。
排気ガスと弾丸の雨が同じ密度で降り注いでいるクロムシティのハイウェイを飛ばし一路、郊外を目指す。
ハードコアを爆音で鳴らし二人で合唱が始まる頃には喧騒を抜け、途中でフューエルを入れるためにバイオステーションに寄る。
オーガニックエナジーをタンク限界まで入れると便所に行っていたカーネル・Gは売店で俺の好きなチップスを買ってくれていた。
「へい、ディグリー。お前、ランチを捨てていただろ?」
アイコンタクトで頷くと、飛んできたチップスボックスをキャッチする。
再びピックアップのエンジンを掛け、チップス&コールドワンをストマックポッドへ流し込む。
ステーションから5マイルほど進むとスティルレイク湖畔の隅に佇む、ハリボテを2レベルぐらいアップさせたようなコテージが見えてきた。
「アイアンディアのシーズンに入っているから気をつけないとなぁ」
カーネル・Gがポツリと呟いたがもちろん対策用のプラズマARを持参している。どれほど頑丈なアイアンディアでもこれで仕留められるはずだ。
ピックアップから塗装の禿げた50Lのクーラーボックスと錆びついた釣具にピカピカのAR2丁を二人で運ぶ。
入り口に巻かれた簡素なチェーンとパッドロックを解除して重いスチールドアを開けて荷物を入れていく。
重量物から解放されカウチに座り、テーブルに足を乗せて埋め込み型のデジタルヴィジョンの電源を入れる。
「ほらよっ」
コールドワンで3度目の乾杯を済ませるといつの間にか二人とも泥を啜るように眠ってしまっていた。
次にブレインウェアが起動して横を見やるとカーネル・Gの姿がなかった。
窓からは朝日が差し込んでいてもいい時間だが、やけに真っ暗だ。
何度か呼びかけたがやつからの返事はなかった。
ビールを取りにクーラーボックスへ立ち上がると一緒に置かれていたARが1丁無いことに気付く。
まさか、一人でハンティングに出かけたんじゃ無いだろうな。
アイアンディアは確かに狩れるが、あいつの壊れかけのサイバーモッドじゃ逆にやられちまう。一抹の不安が過ってビールを一口含みARを手に入り口のドアを開ける。
どこにいやがるんだ。
アイボールに仕込まれたナイトヴィジョンを起動して辺りを見回すと、不意に目に強烈な光源が飛び込んできた。
瞳孔のオートアジャストでなんとか被害は抑えられたが、視界の中央は白く焼きついた。 光源に向かって近づきながらカーネル・Gを呼ぶ。
「こっちだぜ相棒」
やつの声に視線を向けると頭痛を伴うグリッチノイズが視界のそこかしこに入る。
「ヤッパリ、ラグ・ファントムハ存在シテイタ」
「何を言っている」
ピントを合わせ次にやつを見た時に戦慄が走った。
カーネル・Gの全体像が荒く古臭いビットで構成されている。さながらオールドスクールゲームの様な様相だ。
ザラついた質感のやつの音声データもどこかおかしな単音の羅列になっていると気付く。
「しまった!Bハッキングを受けている!」
サイバープロテクトのログを確認するが正常に機能していた。
「ハッキングハサレテイナイ。俺ガラグ・ファントムニナッタンダヨ」
空気の温度が変わった。政府のロゴが入ったフライングボードが迫ってきている証拠だ。
「不味いな、とにかくここを離れるぞ!」
二人でピックアップまで戻り、すぐにエンジンを始動したところで政府の特殊部隊〈ヘキサゴンブリッヂ〉に取り囲まれていた。
「動くな。こちらには射殺許可が降りている」
光沢のあるニッケルフィニッシュのライフルを構えた隊員達が銃口を向けて四方からにじり寄ってきている。レーザーポインタがブレることなく正確に俺たちの眉間を捉えている。
これ以上は蜂の巣にされるだけだと諦めかけた時、左腕のアームウェアから小指ほどの痛覚シグナルが飛んできた。
「ピクセルライクダゼ」
世界のエラーと化したカーネル・Gが強制シンクロを仕掛けている様だった。
一番近くまできていたヘキサゴンパターンのマスクを被った隊員達が何が起こっているかもわからずお互いの眉間に一発ずつ入れる。
その隙を見計らって右腕の反応速度を最大に出力してドアを盾に外へ躍り出る。
レーザーポインターが射出されているところに向かってプラズマバーストを叩き込む。
排熱用の6連ピストンがプシュッと唸り、超高熱の弾が射出されると青白い光が高速で飛び、弾道には残り香の燻った肉と植物の焼ける臭いが漂ってきた。
その後に真っ赤に燃え上がる人体が耐え難い悲鳴を上げ、崩れ落ちた。
それに呼応して、ラグ・ファントムのカーネル・Gも応戦し始めた。
ピックアップの金属の補強プレートを叩く音がすると身を屈めた。
オフィシャルログによると初期配備のチームは10人固定。すでに8ダウンを取っている。
切り抜けられる。そう確信したまさにその時、視線の先、おおよそ1マイル先からマズルフラッシュが煌めいた。
奴らの最高戦力、サイバネティックスナイパーだと理解して叫んだがすでに遅かった。
乾いた重たい音が数秒遅れて轟くとカーネル・Gの頭部あたりに凄まじい衝撃と共に着弾した。
荒いビットピクセルで形成されたやつがその場でゼリーの様に弾け飛んだ。
思考の波が途切れ、ライフルを持つ手の筋力ワイヤーのテンションが解けた。不快に脈打つ心臓の鼓動が内蔵されたペースアジャスターによって抑え込まれるログが網膜に流れる。
「カーネル・G……」
粉々に散らばった近くのカーネル・Gの残骸を手で拾い集め、ロックオンアラートを完全に切った。血も流れていないピクセルに湧き上がる感情が喪失によるものだと感じるに至るまで、ブレインウェアはシナプスの刺激をシャットアウトしていた。
「お前達は知りすぎた」
ヘキサゴンブリッヂの男たちに完全に包囲され俺もデリートを覚悟したその時。
耳の奥にノイズが紛れ込んできた。
「ラグ・ファントムハ不滅ダゼ」
あいつの声が鼓膜スキャンに感知された。刹那、不自然なブルーのレーザーが細い線を引いて短い間隔で3度発射された。
ビリビリとした音を置き去りにした光条。 俺の頭に銃口を突きつけていたヘキサゴンパターンのマスクに亀裂を走らせると、そこから徐々に古いピクセルライクに分解されていき、重力に負けたのか頭部だけがボロボロと崩れ落ちた。
「カーネル・G、お前、生きているのか?」
空間が振動し始めると、バラバラだったカーネル・Gの残骸は再びその形を取り戻していった。
「最高ノウィークエンドダゼ」
そう言ったやつの口元のピクセルが笑ったように揺らいだ。
「さて、これで俺たちもレベルズの仲間入りだ。どうしたもんか……」
「街ニハモウ戻レナイ。ホラヨッ」
カーネル・Gが左手のポリゴンを横に薙ぐ。 空間のグリッチから飛んできた、凍てつくほど茶色いビンを腕の反射センサーが補正して難なくキャッチした。
「便利なもんだな」
右腕のチタン製の義指でスチールキャップを真上に飛ばすと中からは、いつもの香り豊かな泡が吹き出した。
網膜UIに俺たちの指名手配ディレクティブが、速報でコードアップされているのをエアスワイプして消し去る。
ボトルをぶつけ合い、乾杯した俺の右腕を映したアイウェアがモザイクを感知してエラーログを流した。




