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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第49話 夜明け

 多摩丘陵の深い森を、明け方の青白い光が静かに照らし始めていた。

 初夏の明け方特有の、夜露の湿気をたっぷりと孕んだ冷たい風が木々を揺らし、データセンターから立ち上る焦げたコンクリートと絶縁体の臭いを運んでくる。


 佐藤任三郎は、白煙を上げる換気ダクトの出口から、一人の男のタートルネックの襟首を掴み、泥に塗れた地上へと強引に引きずり出した。

 氷室レイ。

 つい数時間前まで、日本という国家のトレンドを裏から操り、AI「パノプティコン」によって人々を感情のない数字として支配しようとしていた男だ。

 しかし今の彼は、全身すすまみれで、這いつくばったまま立ち上がることすらできず、虚ろな目をしたただの惨めな敗北者になり果てていた。


「……私の、私の完璧な世界が……。計算は完璧だったはずだ……」


 氷室が、信じていた神に見放された狂信者のように、うわ言を呟き続けている。


 森を抜ける一本道に、赤と青のパトランプの強烈な光が反射した。

 けたたましいサイレンの音が静寂を切り裂き、数台の白黒のパトカー、そして窓に真っ黒なスモークフィルムを貼ったいかにもな公用車が、砂利を跳ね上げながら次々と滑り込んでくる。


 先頭の公用車が停まり、後部座席から降りてきたのは、完璧にプレスされたダークネイビーのパンツスーツに身を包んだ女性だった。

 吉田彩。

 つい昨日まで弁護士資格を停止され、自宅に軟禁され、パパラッチに追われていたはずの彼女が、東京地検特捜部の鋭い眼光を持った検事たちを引き連れて、堂々と歩み寄ってくる。


「……遅いですよ、彩さん。もう少しで、この男が自分の舌を噛み切るところでした」


 佐藤が氷室を地面に突き飛ばし、スーツの埃を払った。


「文句を言わないの。夜中の3時に叩き起こした老いぼれの裁判官に、特別令状にサインさせるのがどれだけ骨の折れる仕事か、あなたには分からないでしょうね」


 彩は鋭いピンヒールの音を響かせ、地面に這いつくばり、震える氷室を冷ややかに見下ろした。


「ひ、氷室社長ですね。東京地検特捜部です。……同行願います」


 彩の後ろから進み出た主任検事が、極度の緊張感を漂わせながら警察手帳と令状を提示する。


「……なぜだ」


 氷室が血走った目を剥き出しにして、彩を睨みつけた。


「お前は……お前は弁護士会から完全に追放されたはずだ……! 私が手配した確実なルートで……!」


「ええ、あなたの裏工作は完璧だったわ。……でもね、氷室レイ。前提となる世界が崩れれば、どれほど強固な論理も一瞬で瓦解するのよ」


 彩は氷室の顔の前に、一枚のプリントアウトされた書類を突きつけた。


「松本愛永の決死の配信によって、あなたが脅迫し、買収していた政治家、官僚、そして弁護士会の上層部のリストが、証拠付きで全世界のネットワークに流出した。……彼らは今、自分の保身のために、真っ先にあなたを売ることで必死よ。私への懲戒請求なんて、昨日までの出来レースごと一瞬で握り潰されたわ」


 彩の声は、氷室がかつて持っていた冷徹さよりもさらに鋭く、絶対的な法という名の暴力の重みを持っていた。


「氷室レイ。……証拠隠滅の現行犯、および数々の詐欺教唆、出資法違反、重大な業務妨害。……あなたの作った数字の壁は、もうこの世界のどこにもないわ」


「確保しろ!」


 検事の鋭い合図で、屈強な捜査員たちが一斉に氷室の背後に回り、両腕を乱暴に掴んで後ろ手に回し、冷たい手錠をかけた。


『やめろ! 離せ! 私を誰だと思っている! 私はこの国の神だぞ! 私が導かなければ、愚かな大衆は自滅するんだ!』


 狂乱して叫び、無様に暴れる氷室が、複数の警官に押し込まれるようにしてパトカーの狭い後部座席へと消えていく。


 その様子を、夜明けの空を旋回する報道ヘリコプターの超望遠カメラが、克明に捉えていた。

 同時に、都内のテレビ局のニューススタジオでは、松本愛永がカメラの前に座り、生放送のカメラを見据えていた。

 昨夜の海賊放送で見せた、激しく感情を爆発させるアジテーターとしての顔はすっかり消え潜め、そこには知的で、冷静で、誰よりも信頼に足る「ニュースキャスター」としての完璧な顔があった。


『……たった今、現場から入ってきた映像です。一連の違法な大規模情報収集および、新興宗教団体「ミライ・アカデミー」の裏で糸を引いていたとされるバズ・インキュベーションCEO、氷室レイ容疑者が、東京地検特捜部によって身柄を確保されました』


 愛永は手元の原稿からゆっくりと目を上げ、テレビの前の数千万人の視聴者へと、まっすぐに語りかける。


『虚構で作られたカリスマと、私たちのデータを悪用した冷酷な支配。……しかし、その完璧に見えたシステムを打ち破ったのは、紛れもない、私たち人間自身の「声」と「感情」でした』


 愛永は、口角をわずかに上げ、美しく微笑んだ。

 それは、共に死線を潜り抜け、戦い抜いた仲間たちへ向けた、確かな勝利の合図だった。


『以上、特別番組のスタジオからお伝えしました』


 社会という巨大なシステムに深く寄生し、人々を操作していた怪物は、ついに初夏の眩しい日の下に引きずり出され、完全な社会的抹殺が完了したのだ。


 事件から一週間後。

 銀座の裏通り、さらにその地下深くにある、一切の看板を出していない完全会員制のフレンチレストラン。


 薄暗く、計算され尽くした間接照明が、磨き上げられたバカラのクリスタルグラスを妖しく、そして美しく光らせている。

 佐藤任三郎は、体型に合わせて完璧に仕立てられた最高級のダークスーツに身を包み、分厚いマホガニーのテーブルを挟んで、吉田彩と向かい合っていた。


「……本当にお疲れ様。見事な手際だったわね」


 彩が、ルビーのように深い赤色に輝くワインの入ったグラスを軽く掲げた。

 今日の彼女は、法廷や交渉の場で見せる戦闘的なスーツ姿ではない。肩から腕のしなやかなラインが美しく出る、深紅の艶やかなシルクのイブニングドレスを着ていた。

 冷徹な「リーガル・モンスター」の顔を脱ぎ捨てた、一人の美しい大人の女性がそこにいる。


「彩さんこそ。……氷室の関連企業群と、彼に息のかかっていた政治家たちの迅速な一斉摘発。見事なリーガル・オペレーションでした。彼らに証拠隠滅の隙を一切与えなかった」


 佐藤も自分のグラスを掲げ、静かに乾杯した。

 ワインは、1996年ヴィンテージの『シャトー・ラトゥール』。カベルネ・ソーヴィニヨンを主体とした、力強く、そして限りなく複雑な熟成香を放つ、ボルドー五大シャトーの王だ。


「……素晴らしい状態ですね。カシスやブラックベリーのような黒系果実の凝縮された香りに、杉の木、なめし革、そして微かなシガーのニュアンスが完璧に調和している。タンニンは完全に溶け込み、ビロードのような口当たりだ」

 佐藤がワインの香りを嗅ぎ、まるで鑑定士のように分析する。


「相変わらず、理屈っぽい飲み方をするのね」


 彩がクスリと笑い、グラスに口をつける。


 テーブルに、本日のメインディッシュが運ばれてきた。


『仔羊のパイ包み焼き・マリア・カラス風』。


 絶妙なロゼ色に火が通った柔らかな仔羊の肉を、フォアグラと黒トリュフを刻んだ濃厚なデュクセルで包み込み、さらにサクサクのパイ生地で覆って焼き上げたクラシックな逸品だ。上からは、艶やかなペリグーソースがたっぷりと見目麗しくかけられている。


「……香りの暴力ですね」


 佐藤はシルバーのナイフを入れ、一口大に切り分けて口に運んだ。


「パイ生地の芳醇なバターの風味、仔羊のミルキーな旨味、そしてフォアグラの暴力的なまでの脂が、口の中で見事に三位一体となる。そこへトリュフの官能的な土の香りが加わり、最後にシャトー・ラトゥールの重厚なタンニンが、その全てを綺麗に洗い流してくれる。……計算され尽くした、非の打ち所のない完璧な方程式だ」


「あなた、本当は危機管理コンサルタントなんかじゃなくて、料理評論家かシェフになった方がいいんじゃない?」


 彩も肉をじっくりと味わいながら、至福の表情で目を細めた。


「料理は、私の精神を安定させるための、ただの手段に過ぎませんよ」


 佐藤は純白のナプキンで口元を優雅に拭い、彩を見つめた。


「それにしても、珍しいですね。あなたが私をエスコートして、このような高級店を奢ってくれるとは」


「……ただの戦勝祝いよ。それに」


 彩はワイングラスの細いステムを指先でなぞりながら、少しだけ視線を落とした。


「あの夜。……西麻布の私のマンションで、パパラッチと私兵に囲まれた絶体絶命の状況から、あなたが私を受け止めて救い出してくれた時の、きちんとしたお礼。まだ言っていなかったから」


「私は当然の任務をこなしたまでです。……優秀なクライアント兼、私のリーガル・アドバイザーを死なせるわけにはいきませんからね」


「ふふ、本当に素直じゃないわね」


 彩は顔を上げ、佐藤の目を真っ直ぐに見つめて、妖艶な微笑みを向けた。


「でも、感謝してるわ。私は今まで、法という武器だけを信じて戦ってきたけれど、法だけでは裁けない、どうしようもない悪があることを、あなたが教えてくれた。……あなたという『必要悪』がいなければ、私はあのまま巨大なシステムに押し潰されていたわ」


「……あなたは、これからも光の当たる王道を歩き続けてください。影に潜むゴミの掃除は、私の役目です」


「ええ、頼りにしてるわ。……でも、たまにはこうして、一緒に美味しいものを食べるくらいは付き合ってもらうわよ。……私、法廷では孤独だから、結構寂しがり屋なの」


 彩はテーブルの下で、ピンヒールのつま先を、佐藤の磨き上げられた革靴にコツンと当てた。

 佐藤は表情こそ変えなかったが、微かに口角が上がったのを、彩は絶対に見逃さなかった。


 最高峰の料理とワイン、そして大人の知的な駆け引き。

 それは、死線を共に潜り抜けた者たちにだけ許された、極上の夜だった。


 さらに数日後。

 湘南の海を見下ろす、なだらかな丘の上にある緑豊かな霊園。


 初夏の強い日差しが降り注ぎ、潮の香りをたっぷりと孕んだ心地よい海風が、立ち並ぶ無数の墓石の間を吹き抜けていく。

 佐藤任三郎は、一つの質素な墓石の前に、真っ直ぐに立っていた。

 手には、汚れなき真っ白な百合の花束がある。


 佐藤は花筒の古い水を捨て、持参したミネラルウォーターを注ぎ入れて百合を供えた。

 そして、ポケットから清潔なハンカチを取り出し、墓石の表面を、埃一つ、指紋一つ残さないように、彼の持ち前の潔癖さで丁寧に拭き上げた。


『佐藤 湊の墓』


 そこに刻まれているのは、佐藤のたった一人の妹の名前だ。

 かつて、インフルエンサーの虚飾とネットの底なしの悪意によって、自ら命を絶つまで追い詰められた、優しくて、少し不器用だった妹。

 佐藤任三郎が、自身の過去をすべて捨て去り、「処刑人」となった原点。


「……終わったよ、湊」


 佐藤は墓石に向かって、他の誰にも聞かせたことのない、静かで、どこまでも穏やかな声で語りかけた。


「君を追い詰めた連中も、そしてその背後で、人間の心をデータに変換し、金に換えていた狂ったシステムも、全て破壊した」


 彼は墓石の前に静かにしゃがみ込み、太陽の熱を帯びた石の表面に触れた。


 MIIKA、ジャッジマン・タナカ、西園寺レオ、そして氷室レイ。

 彼らが築き上げた巨大な嘘の王国は崩れ去り、世界は少しだけ、本来の混沌としたノイズに満ちた姿を取り戻した。


「……でも」


 佐藤の口から、重く、深いため息がこぼれた。

 復讐は終わった。目的は完全に達成された。

 しかし、彼の心にあるのは、やり遂げたという達成感や高揚感ではなく、底なしの「虚脱感」だった。


「……君は、帰ってこない」


 敵をどれだけ破滅させようと、システムを壊そうと、失われた命は二度と戻らない。

 完璧に掃除され、塵一つなくなった無菌室のように、佐藤の心の中には、もう何の感情も残っていなかった。

 冷たい秩序と、完全なる孤独。

 それが、処刑人として生き抜いた男に最後に用意された、空っぽの報酬だった。


 佐藤は目を閉じ、初夏の風が運ぶ潮騒の音だけを聞いていた。

 このまま、どこか誰も知らない、静かな場所へ消えてしまおうか。

 もう、戦う理由はないのだから。


 その時だった。


 ザクッ、ザクッ、ザクッ。


 玉砂利を乱暴に踏みしめる、複数のひどく騒がしい足音が近づいてきた。


「ちょっと! こんな心臓破りの坂の上にあるなんて聞いてないわよ! おろしたてのヒールが傷むじゃない!」

「文句言わないの千尋さん。ほら、あそこだよ!」


 佐藤が驚いて振り返る。

 そこにいたのは、彼がこの数ヶ月間、共に血と泥に塗れた地獄をくぐり抜けてきた「オメガ・リスクマネジメント」――いや、チーム『Octogramオクトグラム』の面々だった。


 渡辺千尋が、相変わらずのピンヒールで歩きにくい砂利道を歩きながら、盛大に文句を言っている。

 その横では、田中襟華がコンビニの大きなビニール袋を二つもぶら下げて、不満げな顔をして立っていた。

 佐々木紘子と松本愛永が、何やらスマホを見せ合いながら大声で笑い合っている。

 少し離れた場所には、腕を組んで海を眺めながら、「日差しが強すぎる」と渋い顔をしているグレタ・ヴァイスの姿。

 そして、小林弥生が、見違えるように大きくなった黒猫の『ダシ』を胸に抱いて、佐藤に向かってちぎれんばかりに大きく手を振っていた。


「……あなたたち、なぜここに」


 佐藤が立ち上がると、襟華がずかずかと歩み寄り、ビニール袋を佐藤の胸に押し付けた。


「こんな所で一人で感傷に浸って、油売ってないでよ。お腹空いたんだけど」


「……」


「社長が急にいなくなるから、みんなで探したのよ。私の情報網、舐めないでよね」


 紘子がドヤ顔で言い、千尋が妖艶に微笑みながら佐藤の隣に立つ。


「今日の祝勝会のメニューは、あんたの奢りでフルコースよ。……妥協は一切許さないから」


「ニャッ!」


 弥生に抱かれたダシが、佐藤に向かって前足をいっぱいに伸ばし、早く飯を寄越せと要求するように甲高く鳴いた。


 佐藤は、目の前にいる騒がしい仲間たちを、一人一人、ゆっくりと見つめた。

 年齢も、経歴も、性格も見事にバラバラ。

 常に文句を言い合い、我が強く、決して論理的とは言えない行動を平気でとる人間たち。


 完璧な秩序と孤独を愛していた彼にとって、本来なら最も排除すべき、最大の『ノイズ』のはずだった。


 だが、今はどうだ。

 この厄介で、面倒で、どうしようもなくうるさいノイズたちが……狂おしいほどに、愛おしい。

 氷のように冷え切り、空っぽになっていた彼の心の穴に、彼らの放つ騒々しい熱が、とめどなく流れ込んでくる。


(……ああ、そうか)


 佐藤は気づいた。

 妹は戻ってこない。過去の過ちは変えられない。

 だが、彼には今、このノイズに満ちた「帰るべき場所」があるのだ。


 佐藤任三郎は、長く被っていた冷徹な処刑人の仮面を外し、これまでで一番、人間らしい、柔らかな微笑みを浮かべた。


「……仕方ありませんね」


 佐藤はスーツの埃を静かに払い、妹の墓石に向かって一礼すると、騒がしい仲間たちの方へ向かって歩き出した。


「帰りましょう。……とびきり最高の朝食を用意しますよ」


「やった! 私、絶対パンケーキがいい! シロップたっぷりで!」

「私はエッグベネディクトね。卵の火加減にはうるさいわよ」

「おいサトウ、私の分の肉は3倍だぞ。わかっているな」


 騒がしい声が、初夏の青い空へと吸い込まれていく。

 彼らの歩く道は、決して平坦ではないだろう。世界にはまだ、嘘と悪意が溢れ、新たな怪物が生まれようとしている。

 だが、もう恐れることはない。


 いいねの数だけ絶望がある世界で、彼らは何度でも立ち上がり、真実のノイズを鳴らし続けるのだ。


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