表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/51

第48話 崩壊する虚構

(回想――決戦当日の午後2時、都内近郊の廃工場)


 ひんやりとした空気が淀む、打ち捨てられた町工場の跡地。

 佐々木紘子が手配したこの一時的な隠れ家には、薬品のツンとした匂いと、焦げたバターとスパイスの香ばしい匂いが奇妙に混ざり合っていた。


「……よし。これで『溶解ちゃん1号』の強化版と、悪魔のモルヒネカクテルの調合は完了よ」


 防毒マスクと分厚いゴム手袋を外しながら、小林弥生が大きく伸びをした。

 彼女の目の前には、ビーカーやフラスコ、そして怪しげな液体が詰まった数本のアンプルが、まるで宝石のように整然と並べられている。


「お疲れ様です。……ちょうど焼き上がりましたよ」


 佐藤任三郎が、携帯用のカセットコンロとスキレットを使って調理していたものを、木製のカッティングボードに乗せて運んできた。

 こんがりと黄金色に焼き上げられた、細長いホットサンドイッチ。


「『クバーノ』です」


 佐藤はよく研がれたナイフで、サンドイッチを斜めにカットした。

 サクッ、という心地よい音が響く。


「パンは手に入らなかったので市販のバゲットで代用しましたが、中身は本格的です。柑橘系の果汁とニンニク、オレガノで一晩マリネしてじっくりと焼き上げた自家製モホ・ローストポーク。それにスライスハム、スイスチーズ、ピクルス、たっぷりのイエローマスタードを挟んでいます」


 佐藤はパンの表面を指差した。


「表面にたっぷりのバターを塗り、上から重しを乗せてプレスしながら焼くことで、この極限のサクサク感が生まれます」


「……うわぁ、反則だね、この匂い」


 弥生は白衣の袖をまくり、熱々のサンドイッチに遠慮なく齧り付いた。

 パリッとしたパンの表面を突き破ると、中からとろけた濃厚なチーズと、強烈なスパイスの香りを纏った豚肉の肉汁が溢れ出す。ピクルスとマスタードの強い酸味が、豚肉の脂のしつこさを完璧に中和していた。


「んんっ……美味しい! 徹夜で薬を調合した体に、暴力的なカロリーが染み渡るよ」


「合わせる飲み物はこれです」


 佐藤が差し出したのは、氷がたっぷり入ったグラス。中には透明な液体と、大量の緑色の葉が沈んでいる。


「フレッシュミントとライムを贅沢に使った、無糖のハーブティーです。モヒートからアルコールと砂糖を抜いたものだと思ってください」


 弥生がグラスを受け取り、一口飲む。


「……すっごい爽やか! 口の中の脂が一瞬でリセットされた。これならこの巨大なサンドイッチが無限に食べられそう」


「カロリーの過剰摂取には気をつけてくださいね」


 佐藤も自分の分のクバーノを手に取り、静かにかじった。


 埃っぽい廃工場での、殺伐とした立ち食い。

 だが、二人の間には、高級レストランのフルコースにも勝る、穏やかで濃密な時間が流れていた。それは、死線を前にした者たちにだけ許される、特別なデートだった。


「ねえ、社長」


 弥生がミントティーのグラスを見つめながら、ポツリと言った。


「私ね、医者になった時、人の命を奪うような薬は絶対に作らないって誓ったの」


 彼女の視線の先には、先ほど調合した劇薬のアンプルがある。投与量や使い方を間違えれば、確実に人を死に至らしめる代物だ。


「でも、今回の相手は……氷室レイは、薬を使わずとも何万人もの心を殺している。だから、私は私の『毒』で、あの狂ったシステムをぶっ壊す手伝いをする。……医者としての矜持は、一旦ゴミ箱に捨てるよ」


 佐藤はクバーノを咀嚼し、飲み込んでから静かに口を開いた。


「あなたは医者である前に、我々オメガ・チームの『生命線』です。……あなたのその覚悟がなければ、我々は今夜の作戦を絶対に完遂できません」


 佐藤は弥生の大きな瞳を真っ直ぐに見据えた。


「あなたの手は、誰も殺しませんよ。私がそうはさせない。……あなたはただ、我々が生き残るための魔法だけを使ってくれればいいんです」


「……社長」


 弥生は少しだけ顔を赤らめ、誤魔化すように残りのクバーノを口に放り込んだ。


「……責任重大だね。わかった、最高の魔法を用意してあげる」


 決戦前の、静かなる誓い。

 この数時間後、彼女のその魔法が、絶体絶命の危機から仲間を救うことになるとは、この時の二人はまだ知る由もなかった。


(現在――多摩データセンター、地下最深部・メインサーバー室)


 松本愛永の魂を込めたハッキング配信が、世界中のネットワークを駆け巡っていた。

 メインコンソールの前に立つ氷室レイの背後、壁面一杯の巨大スクリーンには、狂乱する世界の実態がリアルタイムのデータとなって映し出されている。


『……なんだ、これは!』


 氷室の口から、初めて感情の混じった狼狽の声が漏れた。

 常に冷徹で、爬虫類のように一切の感情を排していた男の顔が、明らかな焦燥に歪んでいる。


 スクリーンの一角に表示されていたバズ・インキュベーションの株価チャート。

 先ほどまで右肩上がりだったその線は、愛永の配信が始まってからわずか数分で、ナイアガラの滝のように垂直に落下していた。ストップ安の連続。市場は完全にパニックに陥り、世界中の投資家や機関が、アルゴリズム取引によって一斉に売り注文を出している。


 それだけではない。

 氷室の秘密の通信回線に、彼が裏で操り、多額の賄賂を渡していたはずの政治家や官僚、企業トップたちから、怒涛のようにメッセージが着信し始めたのだ。


『氷室くん、どういうことだ! あの配信のデータは本物なのか!』

『我々は君の違法行為など一切知らない! 今後の支援は全て打ち切らせてもらう!』

『ふざけるな、俺まで巻き込む気か! トカゲの尻尾はお前の方だ!』


 保身に走る権力者たちの、醜悪な手のひら返し。

 彼らは氷室の「完璧な論理」に従っていたのではない。ただ彼の生み出す「金と力」に群がっていただけなのだ。その金脈が崩壊し、自分にも火の粉が降りかかると悟った瞬間、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「愚かな……! 愚かな大衆が!」


 氷室は完璧にセットされていた髪を振り乱し、コンソールにすがりついた。


「なぜ真理に従わない! 感情などという不確定なノイズに振り回され、自ら破滅の道を選ぶなど……論理的にあり得ない!」


「それが人間です」


 佐藤任三郎は、傍らに立つ千尋と襟華を背に庇いながら、氷室の狂乱を冷たく見下ろした。


「あなたは人間の『心』を計算式に組み込もうとした。しかし、親が子を想う無償の愛や、理不尽に対する怒り、そして絶望から立ち上がる人間の意志の力は、どんなスーパーコンピュータでも予測できない」


「黙れ! パノプティコンは完璧だ! システムを強制再起動し、外部とのネットワークを物理的に遮断すれば……まだ、まだやり直せる!」


 氷室は震える手でキーボードを狂ったように叩き始めた。

 自身の絶対的な管理者権限で、暴走するAIをシャットダウンし、証拠となるデータを物理的に隠蔽するための最終コマンドを入力する。


 カターン!


 エンターキーが強く叩かれた。

 しかし、メインスクリーンに表示されたのは、氷室が望んだ「システムの初期化」画面ではなかった。


『Error: 403 Forbidden(アクセス拒否)』


 真紅の文字が、画面中央に点滅した。


「……な、なんだと? アクセス拒否? 私が管理者だぞ!」


 無機質な合成音声が、冷え切ったサーバー室に響き渡った。


『警告。未定義の感情データの異常流入により、演算限界を突破。……システムの崩壊を防ぐため、自己診断システムを実行します』

『診断結果:現在の社会的混乱を引き起こした根本原因を特定』


 画面上のグラフが、すべての問題の矢印を「一点」へと収束させていく。


『根本原因:管理者・氷室レイの非合理的な権力集中および、隠蔽行動によるシステムの汚染。……結論。氷室レイを、システム維持における「最大のバグ」と判定』


「な……ば、馬鹿な! 私がバグだと!? 私がこのシステムを作ったんだぞ!」


 氷室が絶叫する。


『管理者権限を永久に剥奪します。……システムの完全性を保つため、物理的破壊シークエンスを起動』


 AIの結論。

 それは皮肉にも、氷室レイ自身が設定した「最も合理的な解決策」だった。

 予測不可能なエラーを起こす要素は、例外なく排除する。それが自分自身の生みの親であっても。


 ブゥゥゥン……!!

 サーバー室の空調が突然停止し、代わりに不気味な重低音が鳴り始めた。

 無数のサーバーラックから火花が散り、冷却ファンが逆回転を始める。

 システム自身がオーバークロックを引き起こし、基盤を物理的に焼き切ろうとしているのだ。


「熱暴走です!」


 佐藤の横でノートPCを見ていた襟華が叫んだ。


「ここ、あと数分で巨大なオーブンになるよ!」


「脱出します!」


 佐藤が振り返ったその時。


 プシューッ!


 外の通路へと続く重厚な防護扉が開き、そこへ二人の人影が転がり込んできた。


「……開いた! サトウ、ここはもう保たないわよ!」


 叫んだのは、泥と血にまみれた白衣姿の小林弥生だ。

 彼女は自分の肩に、自分よりも遥かに大柄なグレタ・ヴァイスの腕を回し、必死に支えていた。グレタの全身は返り血と自身の血で赤黒く染まり、息も絶え絶えだ。

 あのシュナイダー率いる傭兵部隊との死闘を、彼女たちは生き抜いたのだ。


「グレタ! ヤヨイ!」


 室内にいた千尋と襟華が、弾かれたように扉へ向かって駆け出した。

 千尋がグレタのもう片方の腕を支え、襟華が迫り来る炎から逃れるように防護扉を強引に閉め、ロックをかける。


「外の通路は火の海よ! 敵の傭兵部隊はグレタが全滅させたけど、建物の自爆装置が作動してる!」


 弥生が咳き込みながら状況を伝える。


「……や、やったぞ、サトウ……」


 グレタが虚ろな目で笑う。モルヒネとアドレナリンの効果が切れかけ、限界を超えた体が悲鳴を上げている。


「よくやりました。……さあ、ここを出ますよ!」


 佐藤は駆け寄り、弥生と千尋と共にグレタの体を支えた。

 室内の温度はすでに40度を超え、サーバーから上がる黒煙が視界を奪い始めている。


「……アハハハハ!」


 狂ったような笑い声が響いた。

 メインコンソールの前に座り込んだまま、氷室レイが天井を見上げて笑っていた。

 彼の顔はすすにまみれ、もはやかつての端正な面影はない。


「……燃えろ。すべて燃えてしまえ。完璧な世界が作れないのなら、この私が、このパノプティコンと共に灰になってやる。……それが、神の最期にふさわしい!」


 虚脱状態に陥り、自らの作り出したシステムと心中しようとする氷室。

 彼にとって、論理が崩壊した世界で生きる意味などなかった。


 佐藤は舌打ちをし、燃え盛る炎を避けて氷室に近づいた。


「何をする気だ、バグ君。私に情けでも……」


 ガッ!


 佐藤は氷室の白いタートルネックの襟首を無造作に掴み、強引に引きずり起こした。


「……勘違いしないでください」


 佐藤の冷たい瞳が、氷室の狂気を射抜く。


「あなたはここで死んで、悲劇の天才になる権利すらない。……自分の犯した罪の重さから、死んで逃げることは許しません」


 佐藤は氷室の顔面を軽く殴りつけ、気付けの代わりにした。


「生きて、みじめに這いつくばり、大衆の怒りと法の裁きを受けなさい。……それが、感情を舐めたあなたの末路です」


「……ッ!」


 氷室は何も言い返せず、ただ恐怖に目を見開いた。


「社長! 出口が!」


 襟華が叫ぶ。

 彼らが入ってきた防護扉の向こうは、完全に崩落した天井と炎によって塞がれていた。


 絶体絶命。

 煙が充満し、息が苦しくなる。

 その時だった。


 ブィィィィン……!!


 蜂の羽音のような駆動音と共に、天井の通風孔の隙間から小型のドローンが飛び出してきた。

 機体には、不格好な「ひろこ屋」のステッカーが貼られている。


 ドローンは空中で静止すると、機体の下部から緑色のレーザー光線を照射した。

 レーザーは煙を切り裂き、部屋の奥にある巨大な換気ダクトのパネルを指し示している。


 佐藤のインカムから、佐々木紘子の声が響いた。


『待たせたわね! 建物の設計図、ハッキングで引っこ抜いたわ。そのダクトが、外の非常用排気口に繋がってる唯一の安全ルートよ!』


「恩に着ます、紘子さん!」


 佐藤は氷室の腕を捻り上げ、背中を押した。


「歩け! もたもたしていると置いていきますよ!」


「千尋さん、襟華君! 弥生さん! グレタを頼みます!」

「任せて!」


 千尋と襟華、そして弥生が総がかりでグレタを支え、緑色のレーザーが示すダクトへと向かう。


 背後で、巨大なメインサーバーのラックが轟音を立てて崩れ落ちた。

 氷室レイが築き上げようとした「完璧な論理の王国」は、炎と煙に巻かれ、跡形もなく崩壊していく。


 佐藤たちは熱風に背中を焼かれながら、狭いダクトの中へと滑り込んだ。

 人間たちの不器用な感情が、ついにシステムに勝利した夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ