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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第46話 死闘

(回想――逃亡生活二日目の夜、都内の公園駐車場)


 静まり返った夜の公園。

 街灯の光が届かない駐車場の片隅に停められたキャンピングカーの傍らで、チロチロと小さな炎が揺れていた。


 佐々木紘子が調達してきた物資の中に紛れ込んでいた、アウトドア用のポータブル・ペレットピザ窯。

 コンパクトなステンレス製のボディだが、燃料の木質ペレットが勢いよく燃焼し、内部の蓄熱石はすでに理想的な温度である450度に達している。


「……ピザとは、生地との対話です」


 佐藤任三郎は、キャンピングカーの折りたたみテーブルの上で、白い粉と格闘していた。

 彼の手元にあるのは、イタリア産の小麦粉「カプート社」のサッコロッソを使い、クーラーボックスの中で低温長時間発酵させた特製の生地だ。


 佐藤は麺棒を使わない。

 指先の腹だけを使い、生地の中にある微細な気泡を、外側の耳へと優しく押しやっていく。

 円形に広がった生地を、掌で回転させながら宙に投げる。遠心力で均一な薄さに伸ばす、熟練のピッツァイオーロの技だ。


 トッピングは、シンプルこそ至高。

 完熟トマトのサンマルツァーノを手で粗く潰しただけのソース。

 フレッシュな水牛のモッツァレラチーズ。

 そして、香り高いバジル。


『マルゲリータ』。ナポリピザの絶対的な王様だ。


「……行きます」


 佐藤はパーラを使い、生地を熱せられた炉床へと滑り込ませた。


 ジューッ!!


 生地の水分が一瞬で蒸発する心地よい音。

 佐藤は窯の小さな開口部を凝視し、ピザの縁がプクゥッと膨らみ、焦げ目がつく一瞬を見極める。焼き時間はわずか90秒。これを超えれば、水分が飛んでただの煎餅になってしまう。途中でパーラを使い、生地を素早く回転させて焼きムラを防ぐ。


「……今だ」


 取り出されたピザは、縁がふっくらと見事に膨らみ、美しい豹柄の焦げ目を纏っていた。

 トマトの赤、チーズの白、バジルの緑。イタリア国旗の三色が、薪の香ばしい匂いと共に湯気を立てている。


「熱いうちにどうぞ。……合わせるお茶は『マテ茶』です」


 佐藤が紙コップに注いで差し出したのは、南米の国民的飲料。


「飲むサラダ」とも呼ばれるビタミンとミネラルが豊富なこの茶は、少し癖のある強い苦味とスモーキーな香りが特徴だ。


 油分と塩気の強いチーズの後に流し込むと、口の中を驚くほどさっぱりとリセットしてくれる、最高のペアリングである。


「んーッ! 生地がモチモチ!」


 田中襟華が、チーズを長く伸ばしながらアツアツのピザを頬張る。


「この苦いお茶もめっちゃ合うね。……なんか、生きてるって感じがする」


「……美味いな」


 グレタ・ヴァイスも、一切れを無言で平らげ、マテ茶を煽った。


 逃亡生活の最中、暗い駐車場で火を囲み、ピザを分け合う仲間たち。

 それは、彼らが何としてでも取り戻し、守り抜かなければならない、かけがえのない「日常」の風景だった。


(現在――多摩データセンター、地下5階通路)


「……サトウ。行け」


 冷徹な声が、佐藤任三郎を現実に引き戻した。

 目の前にあるのは、温かいピザ窯の炎ではない。

 暗い通路の奥で無数に交錯する、殺意に満ちた赤いレーザーサイトの光だ。


 前方からは、完全武装した傭兵部隊が、重厚なブーツの足音と共に迫ってくる。

 その先頭に立つ巨漢――シュナイダーが、最新鋭のアサルトライフルを構え、ヘルメットのバイザー越しに嘲笑っていた。


「どうしたグレタ。……昔のお前なら、とっくに俺の喉を食いちぎりに来ているはずだが?」


「……」


 グレタは、佐藤たちを背に庇うようにして、通路の中央に立っていた。

 彼女の手には、先ほどの戦闘で奪った弾切れ寸前のハンドガンと、使い込まれたコンバットナイフが握られている。


「ここは私が通さない」


 グレタは振り返らずに言った。


「奴らの狙いは私だ。……お前たちは、その隙に横のメンテナンスハッチからサーバー室へ向かえ」


「ですが……!」


 佐藤が反論しようとする。


 敵は10名以上。しかも、シュナイダー率いる部隊は、かつてグレタが所属していたドイツの特殊部隊崩れのプロフェッショナルたちだ。いくら彼女のCQC(近接格闘)がずば抜けていようと、この圧倒的な火力と数の差を単独で覆せるはずがない。


「議論している時間はない!」


 グレタが鋭く叫んだ。


「お前の仕事はなんだ? ……氷室を止めることだろう! ここで全滅してどうする!」


 その言葉に、佐藤は唇を強く噛み締めた。

 論理的に考えれば、彼女の言う通りだ。ここで足止めを食らえば、背後の隔壁を破って進んでくるであろう増援部隊に挟撃され、作戦は完全に失敗する。

 誰かが殿として犠牲にならなければ、先へは進めない。


「……必ず、後で合流しますよ。死ぬことは許可しません」

「ああ。……さっさと行け。私の邪魔だ」


 佐藤は襟華と千尋の背中を押し、壁面に備え付けられたメンテナンスハッチをこじ開けた。


「行きます!」


「グレタ……!」


 襟華が泣きそうな顔で振り返るが、佐藤は強引に彼女をダクトへと押し込んだ。

 全員が姿を消すと、グレタはハッチのハンドルを外側から破壊し、ロックした。

 これで、もう彼らは後戻りできない。


 無機質なコンクリートの通路には、グレタと傭兵部隊だけが残された。


「……殊勝な心がけだな、グレタ」


 シュナイダーが銃口を下げずに歩み寄る。


「仲間を逃がして、一人で死ぬか。……人質を見殺しにして上官に牙を剥いた『狂犬』が、随分と安っぽい英雄気取りになったものだ」


「英雄? ……違うな」


 グレタは弾の切れたハンドガンを無造作に投げ捨てた。

 そして、両手にナイフを構え、極端に低い姿勢をとる。

 その灰色の瞳から理性の光が消え、飢えた獣のような殺意の輝きが宿る。


「……私は、ただの『掃除屋』だ。お前のような腐ったゴミを片付けるためのな」


「殺せッ!!」


 シュナイダーの号令と同時に、傭兵たちが一斉射撃を開始した。

 狭い通路に、鼓膜を破るような轟音が炸裂する。コンクリートの破片が弾け飛ぶ。


 だが、その時にはもう、グレタの姿はそこになかった。


 彼女は床を蹴り、壁の出っ張りを踏み台にして跳躍し、天井の太い配管にぶら下がって銃弾の雨を回避していた。

 三次元的な機動。

 GSG-9時代に培い、裏社会で研ぎ澄まされた対テロ制圧術の極致。


「上だ!」


 一人の兵士が叫ぶが遅い。

 グレタは配管から音もなく落下し、その兵士の首筋にナイフを深々と突き立てた。

 そのまま崩れ落ちる兵士の体を「肉の盾」にして、別方向から乱射してくる兵士の懐へ潜り込む。


「グアァァッ!」


 悲鳴と怒号。

 乱射された弾丸が通路の照明を破壊し、空間は明滅するストロボライトのような視界不良に陥った。

 暗闇は、グレタの独壇場だった。

 気配を完全に消し、音もなく背後に回り込み、関節を破壊し、頸動脈を刈り取る。


 一人、また一人。

 高度に訓練されたはずの傭兵たちが、得体の知れない「影」によって次々と無力化されていく。


「ちょこまかと……化け物が!」


 シュナイダーが舌打ちし、腰に下げていたグレネードランチャーを構えた。


 ドォォォン!!


 閃光と共に、爆風が通路を吹き荒れる。

 グレタは爆発の衝撃を利用してバックステップを踏み、致命傷は避けたものの、飛び散った鋭利な金属片が彼女の左肩を深く切り裂いた。


「……ッ!」


 苦痛で彼女の動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。

 その僅かな隙を、歴戦の隊長であるシュナイダーは見逃さなかった。


 シュナイダーが猛烈な勢いで突進し、強烈なタックルを放つ。

 グレタの体は吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激しく叩きつけられた。

 ガハッ、と肺から空気が押し出され、血を吐く。


「チェックメイトだ」


 シュナイダーが大型のサバイバルナイフを抜き、壁に張り付けられたグレタの腹部めがけて突き出した。

 グレタは咄嗟に身を捻ったが、避けきれない。

 分厚い刃が、彼女の脇腹を深々と抉った。


「ガァ……ッ!」


 鮮血が壁にべっとりと飛沫を描く。

 グレタはその場に力なく崩れ落ちた。

 肩からの大量出血と、腹部の刺し傷。致命傷ではないが、戦闘継続は不可能なダメージだ。


「終わりだな、グレタ。……安心しろ、逃げたネズミ共もすぐに追いついて地獄へ送ってやる」


 シュナイダーが冷酷に笑い、トドメの一撃を振り上げた。


 その時だった。


「……どきなさいよ、筋肉ダルマ!」


 少女の甲高い叫び声と共に、天井の通風孔の格子が外れ、何かが一直線に飛んできた。

 プシュッ!

 シュナイダーの太い首筋に、医療用の小さな注射器のようなものが突き刺さる。


「な……ッ!?」


 シュナイダーの巨体が大きくよろめく。

 視界が急激に揺らぎ、手足の力が抜けていく。即効性の強力な筋弛緩剤だ。


「ヤ、ヤヨイ……?」


 薄れゆく意識と激痛の中で、グレタが見たのは、純白の白衣を泥と埃だらけにした小林弥生の姿だった。

 彼女は一人でハッチから這い戻り、重たい医療キットを抱えて走ってきたのだ。


「バカ! 私の患者を勝手に死なせないで!」


 弥生は震える手で、グレタの腹部の傷口を強く押さえた。


「あっちへ行け! ……お前まで死ぬぞ!」

「うるさい! 医者の言うことを聞きなさい!」


 弥生はシュナイダーが壁にもたれてふらついている数秒の隙に、医療ケースを全開にした。

 取り出したのは、赤と青の警告ラベルが貼られた二本のアンプル。


「……麻酔はなしよ。痛みを完全に散らすための強烈なモルヒネと、心臓が破裂寸前まで動く高濃度のアドレナリンの混合液。……これでお前を、一時的に『ゾンビ』にする」


「……フッ。最高にイカれたマッドサイエンティストだ」


 弥生は躊躇なく、混合液をグレタの首筋の静脈に直接注射した。


 ドクンッ!!


 グレタの心臓が、限界を超えた早鐘のように打ち鳴らされる。

 全身の血管が異様に浮き上がり、焼けるような熱さが細胞の隅々まで駆け巡る。

 脇腹と肩の激痛が、嘘のように遠い彼方へと消え失せた。

 代わりに湧き上がってくるのは、無限に等しい闘争心と、圧倒的な破壊衝動。


「……力が、溢れてくる」


 グレタは、傷口から血を流したまま、ゆらりと立ち上がった。

 その瞳の毛細血管は充血し、本物の獣のように赤く輝いている。


 シュナイダーが、痺れる体で必死にアサルトライフルを構えようとする。


「き、貴様……何をした……」


「……第2ラウンドだ、シュナイダー」


 グレタが笑った。それは、この世のものとは思えない、鬼神の笑みだった。


「今の私は、痛みという概念を持たない。……お前がただの肉塊になるまで、絶対に止まらないぞ」


 ダンッ!

 床のコンクリートが踏み砕かれる音。

 グレタの姿が消えた――いや、人間の動体視力を超える速度で踏み込んだのだ。


 次の瞬間、シュナイダーの巨体がボールのように宙を舞っていた。

 下から顎を打ち抜く、完璧なアッパーカット。

 人間の硬い顎骨を粉砕し、脳を激しく揺らす一撃。


 ドサッ。

 隊長が地面に沈む。白目を剥き、完全に意識を失っている。


 静寂が戻った。

 血の匂いが充満する通路には、倒れ伏した傭兵たちと、全身血まみれで立ち尽くすグレタだけが残っていた。


「……終わった、か」


 アドレナリンの効果が切れ始め、グレタが糸の切れた操り人形のように膝をつく。

 弥生が慌てて駆け寄り、その重い体を必死に支えた。


「無茶しすぎ! ……傷口がパックリ開いてるじゃない!」


 弥生は涙声で叫びながら、止血帯をきつく巻く。


「……ありがとう、ヤヨイ。……お前のおかげだ」


 グレタは血に濡れた重たい手を、弥生の頭にそっと乗せた。


「さあ、行こう。……サトウたちが待っている」


 同時刻。

 データセンター最深部、メインサーバー室。


 佐藤任三郎、田中襟華、渡辺千尋の三人は、最後の分厚い扉の前に立っていた。

 背後からは、先ほどまで微かに銃声や爆音が聞こえていたが、今はもう不気味なほど止んでいる。

 グレタたちが勝ったのか、それとも――。


「……彼女たちを信じましょう」


 佐藤は自分自身に言い聞かせるように呟き、電子ロックのパネルを操作した。


 プシューッ。

 気圧調整の音がして、重厚な扉がゆっくりと開く。


 そこは、肌を刺すような冷気が漂う、広大な空間だった。

 無数の黒いサーバーラックが墓標のように整然と並び、青白いLEDの光だけが明滅している。

 その空間の中央。

 一段高くなった場所にある巨大なメインコンソールの前に、一人の男が座っていた。


 白いタートルネックに、病的なまでに白い肌。

 氷室レイ。


 彼は佐藤たちが現れても、振り返りもしなかった。

 ただ淡々と、無表情のままキーボードを叩き続けている。


「……遅かったね、バグ君」


 氷室のタイピングの手が止まり、ゆっくりと椅子が回転した。

 その無機質な瞳が、佐藤を正確に捉える。


「パノプティコンは、もうすぐ完成する。……君たちの起こした暴動も、私に対する無意味な抵抗も、全ては私のAIにとっての良質な学習データとして取り込ませてもらったよ」


 王の孤独。

 絶対的な「論理」に支配された空間で、人間の「感情」を信じるアウトローたちと、全てを「データ」として見下す男の、最終決戦が今、幕を開けようとしていた。

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