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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第38話 宣戦布告

 翌朝、午前7時。

 湾岸地区の倉庫街にあるグレタ・ヴァイスの隠れ家。

 オイルと鉄の匂いが染み付いたコンクリートの空間に、重苦しい沈黙が満ちていた。


「……やってくれるわね」


 佐々木紘子が、ドラム缶の上に置いたノートPCの画面を睨みつけながら低く唸った。

 彼女が映し出したのは、大手ニュースサイトのトップページだ。


『テロリスト集団「オメガ」、都内に潜伏か。警察が指名手配』


 見出しの下には、佐藤任三郎の顔写真が大々的に掲載されている。

 それだけではない。記事に添付された動画をクリックすると、目を疑うような映像が流れた。


 映像の中の佐藤は、路地裏で無抵抗の男性を殴り続け、カメラに向かって狂気的な笑みを浮かべていた。


『俺に逆らう奴はこうなるんだよ! 社会正義? 知るか、金だよ金!』


「……酷い顔ですね」


 佐藤は淹れたてのコーヒーを片手に、他人事のように画面を覗き込んだ。


「ディープフェイクの精度としてはB級です。瞬きの頻度と、口角の筋肉の動きが不自然だ」


「感心してる場合じゃないでしょ!」


 田中襟華が叫ぶ。


「これ、SNSで拡散されまくってるよ! 『佐藤任三郎の正体』『半グレ集団のリーダー』だって。……私や千尋さんの写真まで晒されてる」


 ネット上は、一夜にして「オメガ・リスクマネジメント」へのバッシング一色に染まっていた。

 これまで彼らが断罪してきたインフルエンサーの信者たちが、ここぞとばかりに攻撃に参加し、炎上は制御不能な規模に膨れ上がっている。


「経済封鎖も完了したみたいよ」


 渡辺千尋がスマホを放り投げた。


「私の銀行口座、全部凍結されたわ。クレジットカードも使用不可。……今の私は、ただの文無しのアラサー女よ」


「私もだ」


 紘子がため息をつく。


「海外の隠し口座までロックされてる。……氷室レイ、本気で兵糧攻めにする気ね」


 さらに、壁に立てかけられたタブレットから、吉田彩の疲弊した声が届く。

 彼女は現在、自宅待機を余儀なくされている。


『……弁護士会から通知が来たわ。私に対する懲戒請求と、業務停止命令。理由は「反社会的勢力への利益供与」。……反論の機会すら与えられない、即時処分よ』


 法の守護者である彩の手足までもが縛られた。

 社会的信用、資金、法的権利。

 その全てが、わずか半日で剥奪されたのだ。


「……これが、『削除』ですか」


 佐藤はコーヒーを飲み干した。苦い。

 氷室レイは、佐藤たちを殺す前に、まずは社会的に「存在しないもの」にしようとしている。


「さて、落ち込んでいても事態は好転しません。……まずはメンバーを回収します」


 佐藤は立ち上がり、ジャケットを羽織った。


「弥生さんとの合流ポイントへ向かいます。彼女は非戦闘員だ。一刻も早く保護しなければ」


「私が行く」


 グレタが整備中の巨大な車両――メルセデス・ベンツ G63 AMG 6x6のボンネットから顔を出した。


「いいえ。あなたはここの防衛と、Gクラスの最終調整を。敵がいつ仕掛けてくるかわかりません。……私一人で行きます」


 佐藤はガレージの隅に停めてあった、紘子の商用軽バンのキーを掴んだ。


「目立たない車で行きます。……すぐに戻りますよ」


 佐藤はシャッターを少しだけ開け、外の様子を伺った。

 曇天の空。

 空気中に、微かな火薬の匂いが混じっている気がした。


 午前8時30分。

 都内某所、早朝のコインランドリー。

 乾燥機が回る低周波音だけが響く店内で、小林弥生は膝を抱えてベンチに座っていた。


 彼女の足元には、医療器具と薬品が詰まった重たいジュラルミンケース。

 白衣ではなく、地味なパーカーにマスク姿だが、その大きな瞳には隠しきれない不安の色が浮かんでいる。


(……怖かった)


 昨夜、佐藤からの警告を受けてクリニックを飛び出した直後、黒いワンボックスカーが店の前に停まるのを見た。

 もし数分遅れていたら、今頃どうなっていたか。


 カランコロン。

 ドアが開く音がして、弥生はビクリと肩を震わせた。


 入ってきたのは、作業着に帽子を目深に被った男だった。

 男は洗濯機に洗剤を入れるふりをして、弥生の隣に座った。


「……洗剤は、ラベンダーの香りにしましたか?」


 その声を聞いた瞬間、弥生の目から涙が溢れそうになった。

 聞き慣れた、感情のない、けれど誰よりも安心できる声。


「……無香料よ。社長は匂いにうるさいから」


「正解です」


 佐藤任三郎は帽子のつばを少し上げ、わずかに微笑んだ。


「無事で何よりです、弥生さん」

「社長こそ……あのニュース、見たよ。すごい悪人顔になってた」

「私の人徳のなさでしょう」


 佐藤は弥生の重たいジュラルミンケースを、軽々と持ち上げた。

 その手が、震える弥生の手を一瞬だけ握る。


「行きましょう。……少し遠回りをします」


「え? ガレージに戻るんじゃないの?」

「追跡を撒くためです。……それに、あなたには少し休息が必要だ」


 佐藤は店の裏口から弥生を連れ出した。

 そこには、色あせた軽バンが停まっていた。


 車は下道を走り、郊外の静かな公園の駐車場に停まった。

 雨上がりの公園には誰もいない。


「……ここで少し待ちます。追っ手がいないか確認するためです」


 佐藤はシートを倒し、コンビニで買ってきた温かいカフェオレを弥生に渡した。


「……これ、デートみたいだね」


 弥生がカフェオレを両手で包み込み、自嘲気味に笑う。


「指名手配犯と、無職になった元医師の逃避行デート」


「ロマンチックとは程遠いですね」

「ううん。……悪くないよ」


 弥生は窓の外の緑を見つめた。


「私ね、後悔してないよ。……社長たちと出会って、危ない橋を渡って。普通の薬剤師じゃ絶対に見られない景色を見せてもらった」


 彼女は佐藤の方を向き、真剣な眼差しで見つめた。


「毒も薬も、使いよう。……私が作った薬が、誰かを救う武器になるなら、私は喜んで『魔女』になる」


 佐藤は彼女の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。

 この華奢な体のどこに、これほどの強さが秘められているのか。


「……あなたがいなければ、我々はとっくに壊滅していました。あなたは我々の『生命線』です」


 佐藤はそっと手を伸ばし、弥生の頭を撫でた。

 普段はしない行動。

 弥生は驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうに目を細めた。


「……髪、ボサボサだけど」

「構いません。……今は、それが一番美しい」


 束の間の静寂。

 世界中が敵に回っても、この半径数メートルの空間だけは、確かな信頼で結ばれていた。


 だが、その平穏は長くは続かない。

 佐藤の懐で、衛星携帯電話が振動した。


『サトウ! 戻れ!』


 グレタの怒号。

 背後で爆発音が聞こえる。


『場所が割れた! ドローン攻撃だ! ガレージが……私のBMWがッ!』


「……すぐに行きます!」


 佐藤はエンジンをかけた。


「弥生さん、舌を噛まないように。……飛ばしますよ」

「了解!」


 軽バンがタイヤをきしませて急発進する。

 デートの時間は終わりだ。再び、戦場が待っている。


 午前10時。

 佐藤たちがガレージに戻った時、そこは無惨な有様だった。


 シャッターは吹き飛び、内部は黒煙に包まれている。

 小型の自爆ドローンが複数機、換気口から侵入し、自爆したのだ。


「クソッ、クソッ、クソッ!」


 グレタ・ヴァイスが、消火器を撒き散らしながらドイツ語で罵声を上げている。

 彼女の視線の先には、リフトに乗せられていた彼女の愛車――BMW M5 CSの姿があった。

 爆風でボンネットが無残にひしゃげ、フロントガラスが粉々に砕け散っている。


「私のM5が……! 塗装したばかりのフェンダーが……!」


「怪我は!?」


 佐藤が車から飛び降りる。


「全員無事だ! 奥の装甲車の陰に隠れた!」


 グレタが指差した先。

 黒煙の中、無傷で鎮座する巨大な影があった。

 メルセデス・ベンツ G63 AMG 6x6。

 軍用車両をベースにした6輪駆動のモンスタートラックだ。その分厚い装甲が、襟華たちを爆風から守った盾となっていた。


「……助かった」


 襟華がGクラスの影から顔を出す。


「こいつがなかったらミンチになってたよ」


 千尋も、ダシを入れたキャリーバッグを抱えて震えている。


「ダシも無事よ……!」


「ここも汚染されましたね」


 佐藤は黒煙を上げるガレージを見上げた。

 氷室レイの攻撃は、あまりに早くて正確だ。

 こちらの位置情報の特定、攻撃ドローンの手配。それをわずか数時間で実行する組織力。


「……逃げますよ」


 佐藤は全員を見渡した。


「ここにはもう留まれません。次の隠れ家へ移動します」


「次はどこへ? もう安全な場所なんて……」


 千尋が不安げに言う。


「あります」


 佐藤は懐から、一枚の古いカードキーを取り出した。

 それは、彼がオメガ・リスクマネジメントを立ち上げる前に使っていた、今は誰にも知られていない地下のセーフハウスの鍵だ。


「……灯台下暗し、です。敵の足元にこそ、最大の死角がある」


 遠くから、サイレンの音が近づいてくる。

 警察か、それとも敵の私兵か。


「乗り込め! Gクラスを出すぞ!」


 グレタが叫ぶ。


「私のBMWの仇だ……この6輪で、奴らの包囲網を蹂躙してやる」


 全員がGクラスに乗り込む。

 運転席にグレタ、助手席に佐藤。後部座席には襟華、千尋、弥生、そしてダシ。

 紘子は自分の軽バンに機材を詰め込み、後ろに続く。


「エンジン・スタート」


 グレタがキーを回す。

 V8ツインターボエンジンの重低音が、破壊されたガレージの空気を震わせた。


 ドガァァァン!


 グレタは半壊したシャッターを、Gクラスの巨大なバンパーで突き破った。

 瓦礫をタイヤで踏み砕き、鋼鉄の巨獣が路上へと躍り出る。


 オメガ・リスクマネジメントの残党たちは、黒煙を背に、再び東京の雑踏へと消えていった。


 これは逃走ではない。

 反撃のための、助走だ。

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