表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/51

第36話 法的制裁

 「……運転手さん、このまま麻布十番へ」


 芝浦のバーの前で渡辺千尋をタクシーに乗せ、見送った後。

 佐藤任三郎は、別のタクシーを拾い、後部座席に深く身を沈めた。


 窓の外を流れる東京の夜景は、雨上がりで濡れたアスファルトに反射し、滲んで見える。

 千尋の香水の残り香が、まだ鼻腔の奥にかすかに残っていた。


 佐藤はネクタイを少し緩め、ふぅ、と息を吐いた。

 アルコールが入っているせいか、それとも長い戦いが終わった安堵感からか、まぶたが重い。

 目を閉じると、網膜の裏に焼き付いている数時間前の光景が、鮮明に蘇ってきた。


 あの大混乱の東京ドーム。

 暴動の熱気が渦巻く中行われた、最後の「掃除」の記憶だ。


(回想――数時間前、東京ドーム・バックステージ)


「どけ! どけお前ら! 俺は西園寺レオだぞ!」


 薄暗い業務用通路を、白スーツの男が走っていた。

 西園寺レオだ。

 さきほどまで5万人の頂点に立っていたカリスマの面影は、もうない。整えられた金髪は振り乱れ、高級スーツは信者から投げつけられたゴミで汚れている。


「クソッ、どいつもこいつも……! 俺が誰だと思ってるんだ!」


 彼はスマホを耳に当てながら逃げ惑っていた。

 背後からは、まだ怒号と悲鳴が聞こえてくる。


「おい、車はどうなった! 裏口に回せと言っただろ!」

『む、無理です社長! 出口はデモ隊に囲まれてて……それに警察が……』

「役立たずが! クビだ!」


 西園寺はスマホを床に叩きつけた。

 非常口の緑色のランプが見える。業務用搬入口だ。あそこからなら逃げられるかもしれない。


「……はは、見たか! 俺は選ばれた人間なんだ、こんなところで終わるわけが……」


 西園寺が鉄扉に手をかけた、その時だった。


 ガチャン。


 扉が開く音ではない。施錠された音だ。外側から。


「……残念ですが、ここは『通行止め』です」


 背後から、佐藤は声をかけた。

 西園寺が弾かれたように振り返る。


 通路の奥から、佐藤とグレタ・ヴァイスがゆっくりと歩み寄る。

 佐藤はまだ、変装用の作業着を着ていたが、その瞳は冷徹な処刑人のものだった。


「き、君たちは……さっきの、コントロールルームにいた……!」


「初めまして、西園寺レオさん。……いや、権田原レオさんでしたか」


 佐藤はポケットからハンカチを取り出し、口元を覆った。


「私のクライアントの資産を返していただきに来ました」


「資産……? 金か? 金ならやる!」


 西園寺は懐から財布を取り出し、現金の束を放り投げた。


「いくら欲しい? 1億か? 10億か? 俺を見逃せば、いくらでも払ってやる!」


 紙幣が空を舞い、汚れた床に落ちる。

 佐藤はそれに見向きもしなかった。


「……勘違いしないでください。私が欲しいのは、あなたの汚れた金ではありません」


 佐藤が一歩踏み出す。西園寺は恐怖に顔を歪め、腰を抜かしてへたり込んだ。


「ひ、人殺し! 誰か! 弁護士! 弁護士を呼べぇッ!!」


「お呼びかしら?」


 凛とした声が響いた。

 佐藤たちの背後から、吉田彩率いる捜査員たちが現れた。


「あ、あんたは……」


「ミネルヴァ法律事務所、吉田彩です」


 彩は警察手帳のようなケースを開いて見せた。


「そしてこちらが、あなたの弁護士……ではなく、あなたを地獄へ案内する水先案内人よ」


 彩の指差した先には、機動隊に確保された西園寺の顧問弁護士の姿があった。


「せ、先生……! 助けてくれ! これは不当逮捕だ!」


 西園寺が縋りつくが、顧問弁護士は青ざめて首を振るだけだ。


「……往生際が悪いわね」


 彩は分厚いファイルを西園寺の前に放り投げた。


「未成年者略取誘拐、監禁致傷、詐欺、金融商品取引法違反、麻薬及び向精神薬取締法違反、脱税……。ああ、それと機動隊への公務執行妨害も追加ね」


「証拠! 証拠はあるのかよ! 全部でっち上げだ!」


「証拠なら、あなたの顧問弁護士が持っていた裏帳簿と、VIP棟のパソコンから抜いたデータがあるわ。薬物の記録も、人体実験のログもね」


「そ、それは……ハッキングだ! 違法収集証拠だ! 裁判じゃ使えない!」


「……あなたの解釈は古いわ。判例、アップデートしてないの?」


 彩は冷ややかに言い放った。


「重大な犯罪、かつ『緊急避難』が適用される状況下での証拠能力。……私の書いた起訴状の前では、どんな言い逃れも無意味よ」


 彩が指を鳴らす。


「確保!」


「やめろ! 離せ! 俺は王だぞ! 新世界の神になる男だぞ!」


 冷たい手錠が、西園寺の手首に食い込む。

 ガシャリ。

 その音が、彼の幻想の終わりを告げる鐘の音のように響いた。


 西園寺は地面に押し付けられ、泥水を吸った。

 その視線の先に、佐藤の革靴があった。


「……なぁ」


 西園寺が顔を上げ、不気味に笑った。


「勝ったつもりか? ……処刑人さんよ」

「……」


「俺はただの『実験台』だ。……氷室社長は、俺の失敗データすら喜んで回収するだろうよ」


 西園寺の目が、狂気を含んだ光を宿す。


「バズ・インキュベーションは、お前らが思ってるようなチャチな会社じゃねえ。……奴らは国すら動かすぞ。お前らごときが勝てる相手じゃねえんだよ!」


「連れて行け!」


 狂った笑い声を残し、西園寺レオは闇の中へと消えていった。


(回想――ドーム外、関係者通用口)


 逮捕劇の直後。

 佐藤は、ドームの外れにある関係者通用口へ向かった。

 そこには、小さな「再会」があった。


「おばあちゃん……!」

「ああ、真美……! よかった、本当によかった……」


 和菓子屋の女将が、ボロボロになった孫娘――真美を抱きしめて泣いていた。

 かつて佐藤のオフィスを訪れ、涙ながらに孫の救出を依頼してきた、あの老婆だ。

 真美はまだ顔色は悪いが、その瞳からは洗脳の濁りが消え、涙が溢れていた。


「ごめんね……私、お店のお金……」

「いいんだよ。お前が生きててくれれば、それだけでいいんだよ」


 その様子を、少し離れた場所から田中襟華と渡辺千尋が見守っていた。

 佐藤は二人の後ろ姿に気づき、足を止めた。


 襟華はパーカーのフードを目深に被り、じっとその光景を見つめていた。

 手はポケットの中で強く握りしめられている。


「……良かったわね」


 千尋が静かに声をかける。


「……別に。仕事しただけだし」


 襟華はそっぽを向いた。

 だが、その声が震えていることを、佐藤も千尋も知っていた。

 児童養護施設育ちの襟華にとって、家族の絆は最も憧れ、同時に直視するのが辛いものなのだ。


 千尋は何も言わず、そっと襟華の肩を抱き寄せた。


「……一旦解散しましょう。社長も、あとは任せて」


 千尋は佐藤に目配せをした。


『この子は私がケアするから、あなたは先に行って』


 そう言っているようだった。


 佐藤は小さく頷き、グレタと共にその場を離れたのだった。


(現在――タクシー車内)


「……お客さん、着きましたよ」


 運転手の声で、佐藤は現実に引き戻された。

 いつの間にか、自宅マンションの前に到着していたようだ。


「……ああ、すみません」


 佐藤は料金を支払い、タクシーを降りた。

 夜風が冷たい。

 西園寺の最後の言葉が、耳に残っている。


『奴らは国すら動かす』。


 巨大な敵の影が、すぐそこまで迫っている。

 だが、今はいい。

 今日は、勝利の余韻に浸る権利があるはずだ。


 午前3時30分。

 佐藤はオフィスに帰還した。

 シャワーを浴び、泥と硝煙の匂い、そして微かなアルコールの匂いを洗い流す。

 清潔な部屋着に着替えると、ようやく「佐藤任三郎」に戻った感覚がした。


「……ただいま、ダシ」


 リビングの照明を最小限に点ける。

 ケージの中では、黒猫の子猫・ダシが待ち構えていたように「ニャアッ!」と鋭く鳴いた。

 お腹が空いているのだ。


「遅くなってすみません。……今、準備します」


 佐藤はキッチンへ向かい、冷蔵庫からヤギミルクのパックを取り出した。

 人肌に温め、小さな深皿に注ぐ。


「どうぞ」


 皿を置いた瞬間だった。

 ダシが黒い弾丸のように突進してきた。


 バシャッ!


 勢い余ってミルクが少し跳ねるのも構わず、ダシは顔を突っ込んだ。


 ピチャピチャピチャピチャ!!


 凄まじい吸引音。

 小さなピンク色の舌が、高速でミルクを巻き取っていく。

 喉をゴキュ、ゴキュと鳴らし、息継ぎすら忘れたかのような猛烈な飲みっぷりだ。

 小さな耳が、飲むリズムに合わせてピクピクと動いている。

 前足は床をしっかりと踏ん張り、時折、至福の感情を表すように指を開いたり閉じたりしている。


「……はは」


 佐藤の口から、自然と乾いた笑いが漏れた。

 5万人の暴動も、巨悪の脅迫も、この生命力の前では霞んで見える。


「ゆっくり飲みなさい。……誰も取りませんよ」


 佐藤は床に座り込み、ミルクまみれになって夢中で飲む小さな家族の背中を、そっと指先で撫でた。


 口の周りに白い髭のようなミルクの跡をつけたダシが、ふと顔を上げ、満足げに「ミャッ!」と鳴いた。

 その金色の瞳は、どんな宝石よりも澄んでいて、美しかった。


 佐藤任三郎の長い一日は、この温かな一杯のミルクと共に、ようやく幕を閉じたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ