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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第35話 暴動の火種

 東京ドームのバックステージへと続く長い通路。

 コンクリートの壁に囲まれた無機質な空間を、佐藤任三郎はカツ、カツと規則正しい足音を立てて歩いていた。


 背後には、仕事を終えたグレタ・ヴァイスが黙って続いている。

 彼女は帽子を目深に被り直し、その表情を隠しているが、全身から放たれる殺気は消え失せ、職務を遂行したプロフェッショナルの静けさを纏っていた。


 通路の壁面に設置されたモニターからは、アリーナの様子が中継されている。

 西園寺レオが警官隊に囲まれ、手錠をかけられる映像。

 しかし、佐藤は足を止めなかった。手元のタブレット端末に視線を落としたまま、インカムに指を添える。


「……聞こえていますか、愛永さん」


『ええ、バッチリよ。……でも社長、まだ終わってないわ』


 インカム越しに、松本愛永の緊迫した声が響く。


『西園寺は確保されたけど、会場の空気が妙よ。……まだ「信じてる」連中がいる』


 佐藤がタブレットの画面を切り替える。

 ドーム内に設置した複数の監視カメラ映像。

 そこには、連行される西園寺を呆然と見送る者たちの他に、警官隊に対して罵声を浴びせ、バリケードを築こうとする熱狂的な信者集団の姿があった。


『警察の陰謀だ! レオ様を返せ!』

『あの映像はフェイクだ! 騙されるな!』


 彼らは西園寺が最後に吐いた「嘘の映像だ」という言葉にすがっていた。

 認知的不協和の解消。

 信じていた神が偽物だったと認めるより、世界が間違っていると信じ込む方が、精神的には楽だからだ。彼らにとって、自分たちは「選ばれたエリート」であり続けなければならない。


「……信仰心とは、厄介な防壁ですね」


 佐藤は歩きながら、冷ややかに呟いた。

 西園寺という「頭」を潰しても、この「体」は死なない。むしろ殉教者として神格化され、地下に潜ってカルト化する恐れすらある。

 それでは「損切り」にはならない。


『だから、トドメが必要なの。……彼らのプライドをへし折り、自分たちが「被害者」ではなく「加害者」だと自覚させるための、劇薬が』


「準備はいいのですね」


『ええ。ハンカチの用意はいい? ……全米が泣くわよ』


 佐藤はタブレット上の「Execute(実行)」ボタンに指をかけた。

 既にコントロールルームのシステムには、時限式のプログラムを残してある。あとは遠隔で起動信号を送るだけだ。


「……処刑フェーズ、最終段階。点火します」


 佐藤がアイコンをタップした。


 通路のモニターから、会場のざわめきが消えた。

 ドーム内のメインスクリーン、そして会場外の街頭ビジョンの映像ソースが、強制的に切り替わったのだ。


 映し出されたのは、派手な演出もBGMもない、どこかの質素な和室の映像だった。

 使い古された座布団に、疲れ切った表情の初老の女性が正座している。手には、一枚のしわくちゃになった写真が握りしめられていた。


『……あの子は、本当に優しい子でした』


 女性が語り始める。その声は震えていた。

 画面のテロップには、『ミライ・アカデミー参加者の祖母』とある。


『私が老後のために少しずつ貯めていたタンス貯金を……あの子、全部持って行ってしまったんです。「ばあちゃん、これで倍にして返してやるから」って』


 女性の目から、涙がこぼれ落ちる。


『それっきり、連絡が取れなくなって……。電話しても、「お前らは貧乏神だ」「思考レベルが低い」って、知らない人のような声で……』


 カメラが引くと、その背後には、質素な仏壇と、冷めきった夕食が映り込んでいた。


 映像が切り替わる。

 今度は、工事現場の休憩所で、泥だらけの作業着を着て弁当を食べている中年の男性だ。


『息子の借金を返すために、夜も警備員のバイトをしてます。……あいつが「レオ様の教え」とかで買った情報のローンです』


 男性は、コンビニの握り飯を喉に詰まらせながら、カメラに向かって頭を下げた。


『帰ってきてくれれば、それでいいんです。金なんてどうでもいい。……俺が悪かったから。もっと話を聞いてやればよかったから。……ただ、生きて……』


 次々と流れる、親たちの証言。

 怒りではない。ただひたすらに、子供を想う悲痛な叫び。

 西園寺レオという「カリスマ」に金を吸い上げられ、骨までしゃぶられた家族たちの、生の現実。


 佐藤は通路の窓ガラス越しに、アリーナを見下ろした。

 5万人の観衆が、凍りついたようにスクリーンを見上げている。


『レオ様を守れ』と叫んでいた信者の手が止まる。


 彼らの多くは、親の金を盗み、借金を背負わせ、家族を「ドリームキラー」と罵ってここに来ている。

 自分たちは「新世界の開拓者」などではない。

 親の愛を食い物にし、詐欺師に貢いでいただけの、愚かで親不孝な子供だ。


 その事実が、残酷なまでに突きつけられた。


「……あ、あぁ……」


 アリーナ席の最前列で、一人の青年が膝から崩れ落ちたのが見えた。

 彼の手から、サイリウムが滑り落ちる。


「ごめん……母さん、ごめん……ッ!」


 慟哭。

 それは伝染病のように広がった。

 罪悪感は、やがて行き場のない「怒り」へと変わる。

 自分たちの純粋な想いを踏みにじり、家族まで不幸にした元凶への、どす黒い殺意。


「……許さねぇ」


 誰かが叫んだ声が、分厚いガラス越しにも微かに聞こえた気がした。


「許さねぇぞ、西園寺!!」


 ドームを揺るがす地響きのような怒号。

 それはもう、アイドルのコンサートのような歓声ではない。

 暴動だ。


「金返せ!」「俺の人生返せ!」「殺してやる!!」


 信者たちが、西園寺の残した「ミライ・グループ」の旗を引き裂き、ステージ上の機材を破壊し始めた。

 祭壇のように飾られていた西園寺の肖像パネルが、無数の足で踏みつけられ、粉々になる。


 組織の崩壊。

 外部からの攻撃ではなく、内部の構成員による自己破壊。これこそが、再生不可能な完全なる「死」だ。


「……行きますよ、グレタ」


 佐藤はタブレットの画面を消した。

 これ以上、見る必要はない。この暴動は、彼らが現実に帰るための通過儀礼だ。


「ああ。……これじゃあ、撤収ルートの確保に骨が折れそうだ」


 グレタが短く答え、非常階段の扉を開けた。


 午後9時30分。

 暴動は機動隊によって鎮圧されたものの、水道橋周辺は依然として騒然としていた。

 救急車のサイレンと、怒号が遠くで響いている。


 佐藤任三郎は、ドームから数キロ離れた、芝浦エリアの運河沿いにいた。

 グレタや他のメンバーはすでに解散し、それぞれの「日常」へと戻っていった。

 佐藤もまた、直帰するつもりだったのだが――。


「……静かね」


 隣を歩く女性――渡辺千尋が、運河の水面に映る街灯を見つめて呟いた。

 彼女は作戦用のドレスから、シンプルなトレンチコートに着替えているが、その隙間から覗くデコルテからは、隠しきれない色気が漂っている。


「ええ。嵐の後の静けさです」


「ねえ、任三郎」


 千尋が立ち止まり、悪戯っぽく微笑んだ。


「このまま帰るの? ……あんな興奮を見せられて、真っ直ぐ帰れるほど、私は枯れてないわよ」


 佐藤は足を止めた。

 彼女との契約には「デート」という条項は含まれていない。

 だが、今日の作戦――特にVIP棟への潜入と、ドームでの心理誘導において、彼女の功績が最も大きかったことは事実だ。


「……オーダーは?」


「美味しいお酒。それと、静かな場所。……あと、説教臭くない男」


「最後の一つが難題ですね」


 佐藤は少し考え、手を挙げてタクシーを止めた。


「行き先は?」


 千尋が尋ねる。


「私の知っている店で、最も静かで、最も酒が美味い場所です」


 車は海岸通りを走り、古い倉庫街の一角で停まった。

 看板はない。重厚な鉄の扉を開けると、そこにはジャズが流れ、数組の客が静かにグラスを傾けているだけの空間があった。

 窓の向こうには、東京湾の水面と、レインボーブリッジの夜景が広がっている。


「へぇ……いい店じゃない」


 千尋がカウンターに座り、ヒールのかかとを止まり木に乗せた。


「モスコミュール。辛口で」

「私はギムレットを」


 バーテンダーが静かに頷き、シェイカーを振る。

 カシャカシャという氷の音が、心地よく響く。


 出されたカクテルを、二人は無言で合わせた。

 グラスが触れ合う、澄んだ音色。

 千尋が一口飲み、ふぅ、と長い息を吐く。


「……終わったわね、西園寺帝国」


「ええ。跡形もなく」


「あの子たち、これからどうなるのかしら。……暴動を起こした信者たち」


 千尋の指先が、グラスの縁をなぞる。

 彼女は今回の作戦で、潜入者として最も近くで彼らの「狂気」を見てきた。そして、彼らがただの被害者ではなく、弱さを抱えた人間であることを知っている。


「法的には罪に問われるでしょう。器物損壊、公務執行妨害。……ですが、幻想から覚めた代償としては、安いものです」


 佐藤はギムレットを煽った。ライムの鋭い酸味が、乾いた喉に染みる。


「人間は、何かに依存しなければ生きられない。西園寺はそこにつけ込んだ。……彼らが次に何に依存するかは、彼ら自身が決めることです。我々が関与することではない」


「冷たいわね」


 千尋がクスリと笑う。


「でも、そう言いつつ……あの『母親のインタビュー』。あれを選んだのはあなたでしょ? 愛永のアイデアにしては、情に訴えすぎてる」


「……効果的だと思っただけです。罪悪感は、最も強力な行動原理ですから」


「嘘つき」


 千尋は身を乗り出し、佐藤の顔を覗き込んだ。

 その距離、わずか数センチ。甘い香水の香りと、アルコールの匂いが混ざり合う。


「あなたは潔癖症で、人間嫌いで、合理的だけど……根っこの部分は、誰よりも『家族』というものに執着してる」


 彼女の魔性の瞳が、佐藤の仮面を見透かそうとする。

 読心術の使い手。

 佐藤は視線を逸らさず、無表情で受け止めた。


「……分析は業務時間内にお願いします」


「フフッ、ガードが堅いこと」


 千尋は楽しそうに笑い、元の体勢に戻った。

 そして、窓の外の夜景に目を向けた。


「でも、感謝してるわ。……今回の私の演技、あれは半分本気だったの」


「え?」


「『夫の遺産』なんて設定……私の過去を知ってて当て書きしたんでしょ?」


 千尋の声色が、少しだけ揺れた。

 彼女はかつて、公安の協力者として潜入した先で、心から愛した男を死なせている。そのトラウマが、彼女を今の「誰も愛さない女」に変えた。


「……西園寺のような、人の弱みにつけ込む連中を見てると、虫酸が走るのよ。だから……今日はスッとした」


 千尋はグラスに残った液体を一気に飲み干した。

 氷がカラン、と音を立てる。


「ありがとう、処刑人さん。……おかげで今夜は、悪夢を見ずに眠れそう」


「それは重畳です」


 佐藤もグラスを置いた。

 バーテンダーに目配せをし、チェックを頼む。


「行きましょう。……明日はまた、日常が始まります」


「そうね。……次はどんな悪党を掃除するのかしら」


 二人は店を出た。

 海風が、熱を帯びた頬を冷やす。

 千尋はふらつく足取りで、自然と佐藤の腕に捕まった。


「……酔いましたか?」

「さあね。……今はただ、ヒールで歩くのが疲れただけよ」


 佐藤は一瞬身を強張らせたが、振り払うことはしなかった。

 その腕の温もりが、冷徹な処刑人の孤独を、ほんの少しだけ溶かしているように見えた。


 遠くで、船の汽笛が鳴った。

 東京湾の黒い水面は、彼らの犯した罪も、成し遂げた正義も、すべてを飲み込んで静かに揺れていた。

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