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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第31話 脱出

 山梨県、『ミライ・アカデミー』本館裏手。

 佐藤任三郎たちは、施設の外へと飛び出したものの、そこで再び足止めを食らっていた。


「……うあぁぁ……」

「逃がさない……浄化……」


 森の暗がりから、無数の影が湧き出てくる。

 施設内から溢れ出た数百人の参加者たちだ。

 彼らは西園寺レオの命令により、自我を失った暴徒と化している。痛みを感じず、恐怖も忘れた「肉の壁」が、退路を塞ぐように密集してくる。

 ゾンビ映画さながらの光景。


「チッ、しつこいな!」


 グレタ・ヴァイスが、先頭の男を蹴り飛ばす。

 男は数メートル吹き飛んだが、すぐに何事もなかったかのように立ち上がり、再び襲いかかってきた。


「ダメだ。打撃が効かない。骨が折れても向かってくるぞ」


 グレタが舌打ちする。

 彼女の殺人術は、相手が「痛みで怯む」ことを前提としている。痛覚を遮断された相手を止めるには、関節を完全に破壊するか、意識を断つしかない。だが、洗脳されているだけの一般人を再起不能にするわけにはいかない。


「囲まれるわよ!」


 渡辺千尋が叫ぶ。彼女に肩を貸している田中襟華も、まだ足元が覚束ない。

 このままでは、数の暴力に押し潰される。


「弥生!」


 佐藤が叫んだ。


「在庫は?」

「あるよ! とびきりキツいやつが!」


 小林弥生が、医療ケースから数本のボトルを取り出した。

 先ほど食堂で使った「悪臭ガス」とは違う、赤いラベルが貼られた危険物だ。


「『激辛催涙ガス・改』! それと『嘔吐誘発グレネード』のミックス!」


 弥生はピンを抜き、暴徒の群れに向かって投げ込んだ。


 ボンッ! ボンッ!

 赤い煙と黄色い煙が噴き出し、混ざり合う。

 その効果は劇的だった。

 煙に触れた信者たちが、顔を覆ってのた打ち回り始めたのだ。


「グアァァァッ!!」

「目が、目がぁぁ!」


 カプサイシンの刺激が粘膜を焼き、嘔吐剤が生理的な拒絶反応を強制する。

 いかに脳が洗脳されていようと、呼吸器と消化器の反射までは制御できない。


「道が開いた! 走れ!」


 グレタが叫ぶ。

 一行は煙を避け、悶え苦しむ信者たちの間を縫って駆けた。

 目指すは、敷地の端にあるガレージだ。

 徒歩での山越えは、消耗した襟華と千尋には不可能だ。ここにある車両を奪うしかない。


 ガレージへの道中。

 佐藤は走る足を止めず、荒い呼吸の中で、ふと自宅のリビングの光景を思い出していた。

 それは、この地獄のような場所に来る直前、出撃準備をしていた時の記憶だ。


 深夜のキッチン。

 佐藤は猫用のミルクを温め、皿に注いでいた。


 『38.5度。……適温です』


 足元では、黒い子猫のダシが、待ちきれない様子で走り回っている。


 「ミャー! ミャー!」


 生後1ヶ月半を過ぎ、すっかり足腰が強くなったダシは、佐藤のズボンの裾に爪を立ててよじ登ろうとする。


 『早く! ご飯! 早く!』


 全身で空腹を訴えるその姿は、あまりにも必死で、そして生命力に溢れていた。


 佐藤が皿を床に置くと、ダシは猛ダッシュで飛びついた。

 ピチャ、ピチャ、ピチャ……。

 一心不乱にミルクを舐める音。

 小さな耳がピクピクと動き、尻尾はピンと立っている。

 佐藤は、ダシの背中を指先で撫でながら、その温かさに心を委ねた。

 この小さな命を守るために。

 この平和な「食事」の時間を守るために、自分は戦うのだ。


 飲み終わったダシは、口の周りに白いミルクの髭をつけて、「プハーッ」と満足げに見上げてきた。

 佐藤は指でその髭を拭ってやり、微笑んだ。


 『……いい子だ。待っていてくださいね』


 現在。

 ガレージのシャッターが見えてきた。

 佐藤は現実に引き戻される。

 今はミルクの時間ではない。脱出の時間だ。


「鍵がかかってる!」


 千尋がシャッターを叩く。


「退いてろ」


 グレタが走り込みざま、シャッターの鍵穴付近にショットガンを突きつけ、発砲した。

 ドォン!!

 鍵が吹き飛び、グレタがシャッターを力任せに押し上げる。


 ガレージの中には、数台の高級車が並んでいた。

 西園寺レオのコレクションだ。フェラーリ、ランボルギーニ、ベントレー。

 だが、この山道を走破するには不向きなスーパーカーばかりだ。

 しかし、奥のスペースに、ひときわ異様な威圧感を放つ一台が鎮座していた。


 全長約6メートル。巨大な6つのタイヤ。

 軍用車のような無骨なフォルムを持つ、マットブラックのピックアップトラック。


 『メルセデス・ベンツ G63 AMG 6x6』。


 砂漠や岩場を走破するために作られた、究極のオフロードモンスターだ。


「……ビンゴだ」


 グレタが口元を歪めて笑った。


「悪党にしては、いい趣味をしている。これなら『壁』も越えられるぞ」


 彼女は運転席の窓を肘打ちで割り、中からドアを開けた。

 配線を直結する必要はない。ダッシュボードの中に、スペアキーが無造作に放り込まれていたからだ。


「全員乗れ! 定員オーバーだが構わん!」


 佐藤が助手席に、襟華、千尋、弥生が後部座席に雪崩れ込む。

 グレタがキーを回した。

 ドゥルルルンッ!!

 5.5リッターV8ツインターボエンジンが、怪獣のような咆哮を上げた。


「しっかり掴まってろ!」


 グレタがギアを入れ、アクセルを踏み込む。

 4トンの巨体が、軽々と急発進する。

 ガレージを飛び出し、そのまま施設の正門へと突っ込む。

 頑丈な鉄の門扉。

 だが、このモンスターマシンの前では、マッチ棒細工と同じだ。


 ガシャァァァン!!

 門がひしゃげ、吹き飛んだ。

 自由への道が開かれる。


「抜けた!」


 襟華が歓声を上げる。

 だが、前方にはさらなる絶望が待っていた。

 施設への唯一の一本道を塞ぐ、巨大な土砂の山だ。

 佐藤たちが来るときにBMWを乗り捨てざるを得なかった、人為的な土砂崩れの跡。

 高さ3メートルはあろうかという岩と倒木の壁が、道を完全に遮断している。


「道がないわよ!?」


 千尋が叫ぶ。


「道? そんなものはいらん」


 グレタはアクセルを緩めるどころか、さらに踏み込んだ。


「こいつは6輪駆動だ。ポータルアクスルのおかげで最低地上高は46センチある。……この程度の瓦礫、平地と同じだ!」


 Gクラスが土砂の山に突っ込んだ。

 グオオオオン!!

 巨大なタイヤが岩を噛み、倒木をへし折る。

 車体が大きく傾き、天井が見えるほどの角度で登坂する。

 後部座席の三人が悲鳴を上げる中、車体は頂上を乗り越え、反対側の斜面へと滑り降りた。


「……化け物ですね」


 佐藤が呟く。

 普通のSUVなら腹を擦ってスタックするような悪路を、この車は暴力的なトルクで踏み潰して進んでいく。


 土砂崩れを越え、舗装路に出た。

 だが、バックミラーには新たな光が映っていた。

 西園寺の私兵部隊だ。

 彼らもまた、オフロード仕様に改造されたジープ・ラングラーで追ってきている。3台。

 土砂の山を避けるように、脇の斜面を強引に走破して追いかけてきたのだ。


 ダダダダダッ!

 乾いた銃声と共に、Gクラスのリアガラスに亀裂が入る。


「防弾ガラスでよかったわね!」


 千尋が叫ぶ。


「グレタ、振り切れますか?」

「直線のスピードなら負けんが、この車は重い! カーブの多い山道ではジープの方が有利だ!」


 グレタは巧みなハンドルさばきで車体を左右に振るが、ジープは執拗に食らいついてくる。


 ジープの一台が、強引に横に並びかけてきた。

 幅寄せして、崖下に落とすつもりだ。

 ガガガッ!

 金属と金属が擦れ合い、火花が散る。


「邪魔だッ!」


 グレタがハンドルを切り返し、自重を活かしてジープに体当たりする。

 ドォン!

 軽いジープは弾き飛ばされ、ガードレールに激突してスピンした。

 一台脱落。だが、まだ二台いる。


「……しつこいですね」


 佐藤は揺れる車内で、膝の上にノートPCを開いた。


「グレタ、車体を安定させてください。……私が『ブレーキ』をかけます」

「何をする気だ?」

「現代の車は、走るコンピュータです。……そして、このエリアの車両には、すべて西園寺の管理システムと連動したGPSトラッカーが搭載されている」


 佐藤の指がキーボードを叩く。

 先ほど施設内でハッキングした際に、車両管理用のサーバーへのバックドアも確保しておいたのだ。

 画面上に、追跡してくるジープの制御コードが表示される。

 ECU。

 最近の車両は、電子制御によってエンジン出力やブレーキが管理されている。そこに外部から介入できれば――。


 タタタタタッ、ターン!

 佐藤がEnterキーを叩いた。


 【TARGET: JEEP-02 & JEEP-03】

 【COMMAND: EMERGENCY BRAKE & ENGINE CUT】


 その瞬間。

 後方のジープ二台のブレーキランプが、激しく点灯した。

 キキキキキキッ!!

 タイヤがロックされ、白煙が上がる。

 ドライバーの意志とは無関係に、電子制御システムが「緊急停止」を判断したのだ。

 急ブレーキがかかったジープは制御を失い、一方は山肌に乗り上げ、もう一方は横転して道を塞いだ。


「……アクセス、遮断」


 佐藤はPCを閉じた。


「追跡車両、全滅を確認」


「……やるじゃないか、サトウ」


 グレタがニヤリと笑い、バックミラー越しに小さくなった敵影を確認する。


「サイバー攻撃でカーチェイスを制するとはな」

「非暴力的な解決策です」


 佐藤は眼鏡の位置を直した。


 車は峠を越え、舗装された道路へと出た。

 朝の光が差し込んでくる。

 眼下には、甲府盆地の街並みが広がっていた。

 日常の世界だ。


「……助かったのね」


 千尋がシートに深く沈み込む。


「生きてる……。私、生きてるよ……」


 襟華が自分の手のひらを見つめ、涙ぐむ。

 弥生は窓を開け、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「はぁ~……! 空気が美味しい! 生きてるって最高!」


 佐藤は助手席で、静かに息を吐いた。

 左手のひらに、幻の温もりが蘇る。

 ダシの体温。

 守り抜いた。

 仲間を、そして帰るべき場所を。


「……帰りましょう」


 佐藤が言った。


「皆、腹が減っているはずです。……朝食のメニューは、リクエストを聞きますよ」


「カツ丼!」


 襟華が即答する。


「フレンチトースト」


 千尋が優雅に言う。


「薬膳粥」


 弥生が呻く。


「シュニッツェルだ」


 グレタが譲らない。


 カオスな注文に、佐藤は苦笑した。

 だが、その騒がしさこそが、彼らが取り戻した日常の証だった。

 Gクラスは朝日の中を、東京へと向かって疾走していく。

 虚構の王国での戦いは終わった。

 だが、この事件の背後には、まだ巨大な闇――氷室レイの影が残っている。

 それでも今は、この生還の喜びを噛み締めよう。


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