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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第29話 洗脳の部屋

 第29話 洗脳の部屋


 感覚が、溶けていく。

 田中襟華は、コンクリート打ちっぱなしの床にうずくまり、両手で耳を塞いでいた。


 そこは「浄化室」と呼ばれる独房だった。

 窓はない。広さは三畳ほど。トイレが一つあるだけの、無機質で冷たい空間。

 だが、真の拷問は「狭さ」ではない。「音」と「光」だ。


 バチッ、バチッ、バチッ……!


 天井のストロボライトが、不規則なリズムで激しく明滅し続けている。

 瞼を閉じても、網膜を焼くような白い閃光が突き刺さる。平衡感覚が奪われ、激しい吐き気が襲う。

 時間の感覚が消失する。ここに来てから何時間が経ったのか。いや、何日が経ったのかさえ定かではない。


 そして、スピーカーから大音量で流される「声」。


『お前はゴミだ。社会の廃棄物だ』

『借金、孤独、絶望。それがお前の正体だ』

『過去を捨てろ。自我を捨てろ。西園寺様にすべてを委ねろ』


 肯定的な言葉は一つもない。

 徹底的な自己否定。

 思考を停止させ、心を更地にするための洗脳プログラムだ。

 さらに、さきほど無理やり飲まされた水には、何かが入っていた。

 頭がグラグラする。視界の隅で、壁のシミが人の顔に見えて動き出す。


「……う、あ……」


 襟華は唇を噛んだ。血の味がする。

 痛みで意識を繋ぎ止める。


(負けるな……。私は、田中襟華だ。佐藤の相棒だ……)


 朦朧とする意識の中で、彼女は必死に「外の世界」の記憶をたぐり寄せた。

 雨の日の路地裏で助けてくれたグレタの車。

 夜中にオフィスで食べた、佐藤の手作りナポリピザの味。

 そして、あの日、原宿で佐藤と食べたクレープの甘さ。


『……甘いものは、心を癒やします』


 佐藤の不器用な言葉が蘇る。

 そうだ。私には帰る場所がある。美味しいご飯と、口の悪い仲間たちがいる場所が。


「……私は……ゴミじゃ、ない……」


 襟華は震える声で呟いた。


「私は……あいつらの、家族だ……!」


 その時、独房の扉の小窓が開いた。

 スタッフの冷たい目が覗く。


「まだ自我が残っていますね。……浄化レベルを上げます」


 スピーカーのボリュームがさらに上がる。

 襟華は耳を塞ぎ、悲鳴を押し殺した。

 佐藤、早く来て。

 心が壊れる前に。


★★★★★★★★★★★


 時計の針を、出撃の前夜に戻そう。

 東京・赤坂の激辛四川料理店。

 佐藤任三郎は、松本愛永と向かい合っていた。

 テーブルの上には、真っ赤な唐辛子の海に沈んだ『水煮魚』と、山椒がたっぷりかかった『辣子鶏』が並んでいる。


「……これ、人が食べる色をしてませんね」


 佐藤が引きつった顔で鍋を覗き込む。


「何言ってんのよ。これが一番の滋養強壮なんだから」


 愛永は、額にうっすらと汗を浮かべながら、真っ赤な魚を口に運んだ。


「ん~っ! 辛ッ! 痛い! でも美味い!」


 彼女はビールを流し込み、至福の表情を浮かべる。


 これが、愛永との「デート」だ。

 彼女の指定する激辛店に付き合い、彼女が汗だくになって食べる様を見守りながら、作戦の打ち合わせをすること。

 佐藤は辛いものが苦手ではないが、愛永のレベルは常軌を逸している。


「……で? 明日の山梨遠征、本当に大丈夫なの?」


 愛永が箸を止め、真剣な目になった。


「相手はカルトよ。タナカみたいな承認欲求バカとは違う。……話が通じない連中よ」

「承知しています。だからこそ、私が直接行きます」


 佐藤は辛さを中和するための杏仁豆腐を口にした。


「襟華と千尋を、敵地に置き去りにはしません。……それに、今回はあなたの『声』が最大の武器になります」


 愛永はふんと鼻を鳴らした。


「わかってるわよ。テレビで大々的に特集組んで、外堀を埋めてやるわ。……私の番組を見た親たちが騒ぎ出せば、警察も動かざるを得なくなる」


 彼女は、自分の皿から唐辛子を一つ摘み上げ、佐藤の小皿に乗せた。


「ほら、食べなさい。魔除けよ」

「……いりません」

「食べなさいってば。……あんたが死んだら、私が困るんだから」


 愛永の声が、少しだけ湿り気を帯びた。


「あんたがいなくなったら……誰が私のワガママ聞いてくれるのよ。誰が美味しいご飯作ってくれるのよ」


 彼女は目を逸らし、ビールを煽った。


「……必ず、全員連れて帰ってきなさいよ。そうしなきゃ、あんたの恥ずかしい写真、全国ネットで晒すからね」


「……善処します」


 佐藤は苦笑し、小皿の唐辛子を覚悟を決めて口に入れた。

 舌が焼けるような刺激。

 だが、それは不思議と、腹の底から力が湧いてくるような熱さだった。


★★★★★★★★★★★


 そして現在。


 『ミライ・アカデミー』、厨房。


 渡辺千尋は、エプロン姿でジャガイモの皮を剥きながら、焦燥感に駆られていた。

 愛永の番組によって施設内に動揺が走った直後、襟華が捕まったという情報が、スタッフ同士の会話から漏れ聞こえてきたのだ。


(バカな子……! 焦りすぎよ!)


 千尋はピーラーを握りしめた。

 襟華が監禁されているのは、地下の「浄化室」だという。

 助けに行かなければならない。だが、正面から行けば自分も捕まる。警備は厳重で、至る所に監視カメラがある。

 しかし、VIP棟での未亡人の演技はもう通用しない。今はただの配膳スタッフだ。

 彼女は周囲を見渡した。

 混乱に乗じて、厨房から抜け出すしかない。


「おい、そこのおばさん! 手を動かせ!」


 料理長の男が怒鳴る。


「はいはい、わかってますよ」


 千尋は愛想よく答えながら、背後の棚にあるものを確認した。

 巨大な業務用フライパン。

 そして、熱々の油が入った中華鍋。


(……使えるわね)


 彼女は深呼吸をし、覚悟を決めた。

 女優スイッチ、オン。


「……きゃあっ! ネズミ!」


 千尋は悲鳴を上げ、わざと中華鍋をひっくり返した。

 熱い油が床に広がり、煙が上がる。


「なっ、何やってんだ!」


 料理長が駆け寄ってくる。その瞬間、千尋はフライパンをフルスイングした。

 ガァン!!

 派手な音がして、料理長が白目を剥いて倒れる。


「ごめんなさいね。……急いでるの」


 千尋はエプロンを脱ぎ捨て、厨房の裏口へと走った。

 目指すは地下ではない。襟華が連行されるとしたら、まずは見せしめのために食堂を通るはずだ。

 彼女は勘を信じて、大食堂へと向かった。


★★★★★★★★★★★


 数分前。

 施設の裏手、変電設備の周辺。

 深い霧に紛れて、三つの影が動いていた。

 佐藤任三郎、グレタ・ヴァイス、小林弥生だ。


 彼らは土砂崩れを越え、道なき山を踏破して、ようやく施設の裏側へと辿り着いたのだ。

 フェンスの前には、見回りのスタッフが二人と、ドーベルマンが二匹。


「……犬か。厄介だな」


 グレタがナイフを構える。


「殺すなよ。犬に罪はない」


 弥生が横から吹き矢を構えた。


「『おねんね針』、いくよ」


 シュッ、シュッ。

 微かな風切り音と共に、二匹のドーベルマンが崩れ落ちた。即効性の麻酔だ。

 スタッフたちが異変に気づく前に、グレタが疾走する。

 背後から忍び寄り、一人の口を塞ぎながら頸動脈を締める。

 もう一人が振り返った瞬間、佐藤がスタンガンを脇腹に押し当てた。

 バチバチッ!

 男は白目を剥いて倒れた。

 サイレント・キル。音もなく、制圧完了。


 佐藤は変電設備の配電盤を開けた。

 複雑なケーブルの束。

 彼は懐からツールを取り出し、主電源のケーブルを切断した。


「……まずは、このふざけた照明と音楽を消します」


 バチンッ!

 火花が散り、施設全体が闇に沈んだ。


「行くぞ!」


 グレタが先行する。


「目標は地下の独房エリア……いや、食堂だ」


 佐藤が指示を変えた。


「襟華のGPS信号が、微弱ですが食堂付近で反応しました。連行されている可能性があります」

「了解。……邪魔する奴は、全員眠らせる」


 弥生が医療ケースを抱え直す。


「襟華ちゃん、待ってて……! 今、特効薬が行くから!」


 佐藤は闇に包まれた校舎を見上げた。

 その先には、仲間を傷つけた元凶がいる。

 もう、手加減はしない。

 ここからは、処刑の時間だ。


 佐藤は松本愛永との「デート」を思い出していた。

 激辛料理を食べながら、彼女は言った。


 『あんたが死んだら、私が困るんだから』

 『必ず、全員連れて帰ってきなさいよ』


「……約束は守りますよ」


 佐藤は呟き、闇の中へと踏み出した。

 その背中には、冷徹な殺意と、仲間を守るという熱い意志が同居していた。


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