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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第3章:虚構の王国と洗脳された信者たち

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第25話 閉ざされた山

 ジャッジマン・タナカとの激闘から、1ヶ月半が経過した。

 季節は春から初夏へと移ろい、佐藤任三郎のオフィスの窓から見える街路樹も、鮮やかな新緑に染まっている。


 穏やかな朝。

 キッチンからは、バターと卵の焼ける芳醇な香りが漂っていた。

 佐藤はフライパンを傾け、菜箸を使って卵液を優しくまとめる。トントン、と柄を叩き、半熟の卵をくるりと回転させて美しい紡錘形を作り上げる。

 表面は傷一つなく、艶やかに輝く「プレーンオムレツ」。

 完璧だ。

 彼は皿に滑らせ、ナイフで中央に切れ込みを入れた。トロリと半熟の中身が溢れ出す。


「……ミャウ!」


 その瞬間、足元で鋭い鳴き声がした。

 黒い影が、佐藤の足元を疾走し、ズボンの裾に爪を立ててよじ登ろうとする。

 黒猫の子猫、ダシだ。

 保護した当初は掌に乗るほどの弱々しい毛玉だったが、今ではすっかり大きくなり、活発な「やんちゃ盛り」になっていた。瞳の色も、幼少期の青色から、鮮やかな金色へと定着している。


「こら、ダシ。……テーブルに登るのは禁止です」


 佐藤はダシを抱き上げ、床に下ろした。

 だが、ダシは諦めない。低い姿勢で尻尾をフリフリと振り、ジャンプの予備動作に入っている。


「……食い意地が張っていますね。誰に似たのですか」


 佐藤はため息をつきつつ、しゃがみ込んで指を差し出した。


「ダシ」


 名前を呼ぶ。

 すると、ダシはジャンプを止め、パッと顔を上げて佐藤を見つめた。

 そして、「クルルッ」と喉を鳴らしながら、小首をかしげて「なぁに?」とでも言うように見つめ返してきた。

 さらに、佐藤の指先に自分の鼻を押し付け、スリスリと甘えてくる。


「……ッ」


 佐藤の冷徹な仮面が崩れ落ちる。

 可愛い。

 凶悪なほどに可愛い。

 彼は口元を緩ませながら、あらかじめ用意しておいた猫用ご飯を皿に入れた。


「はい、どうぞ。君のご飯はこちらです」


 ダシは嬉しそうに尻尾を立てて食事に向かった。


 平和だ。

 タナカとの戦いのような殺伐とした日々が嘘のような、穏やかな日常。

 だが、その静寂は長くは続かなかった。

 インターホンが鳴る。

 モニターには、困り顔の田中襟華と、その後ろに立つ上品だが沈痛な面持ちの老婦人の姿が映っていた。


「……孫を、助けてください」


 応接室のソファに座る老婦人は、深々と頭を下げた。

 彼女は、都内で創業100年続く老舗和菓子屋の女将だという。

 佐藤は紅茶を出し、対面に座った。隣には、案内してきた襟華と、奥から出てきた渡辺千尋、小林弥生も同席している。


「詳しくお聞かせいただけますか」


 女将の話はこうだ。

 大学3年生になる孫娘、真美が、半年ほど前から様子がおかしくなった。

 真面目で大人しい子だったのに、急に『もう古いやり方は通用しない』『私は新しい時代の勝者になる』と繰り返すようになったという。

 そして先日、ついに店の権利書と通帳を持ち出し、書き置き一つ残して家を出てしまった。

 行き先は、山梨県の山奥にある研修施設。


「……『ミライ・アカデミー』。そう言っておりました」


 女将は震える手でパンフレットを差し出した。

 表紙には、白い歯を見せて笑う派手な男の写真。

 キャッチコピーは『スマホ一台で月収100万』『秒速で億を稼ぐ思考法』。


「西園寺レオ……」


 襟華が、汚物を見るような目でパンフレットを睨んだ。


「有名な情報商材屋だよ。マルチ商法の親玉。SNSでキラキラした生活を見せびらかして、情弱な若者を釣るのが手口」


 佐藤はパンフレットをめくった。

 中身は空疎な精神論と、高額なセミナーへの勧誘ばかりだ。

 だが、気になったのはその所在地だ。

 山梨県某所。地図で見ると、人家のない山奥の廃校を利用しているようだ。


「孫から一度だけ電話がありました。『ここは素晴らしい場所だ』『もう家には帰らない』と……。でも、後ろで誰かに大声で指示されているような音が聞こえたんです」


 女将は涙を拭った。


「あの子は優しい子なんです。店を継ぐと言ってくれていたのに……。どうか、あの子を連れ戻してください」


 依頼人が帰った後、オフィスは作戦会議室へと変わった。

 メンバーが集結する。

 佐々木紘子はリンゴを齧りながら、松本愛永はスマホでSNSをチェックしながら、吉田彩は六法全書を開きながら。


「……状況は深刻ね」


 千尋が資料に目を通す。


「西園寺のセミナーは、一度入ると洗脳されるまで帰れない『合宿形式』よ。外部との連絡は遮断され、睡眠時間を削って講義を聞かされる」

「典型的な洗脳の手法だ」


 弥生が付け加える。


「極限状態に置いて判断力を奪い、そこに特定の思想を刷り込む。……これを解くのは容易じゃないよ」


 襟華がキーボードを叩き、施設の詳細情報をプロジェクターに映し出した。


「場所はここ。旧・北杜市立第三中学校。……周りは山林だけで、一本道しかない。グーグルマップで見ても、高い塀と有刺鉄線で囲まれてる」

「要塞ね」


 彩が呟く。


「法的には『私有地』だから、警察も簡単には踏み込めないわ。監禁の証拠でもあれば別だけど、参加者は表向き『合意の上』で契約書にサインして参加していることになってるはず」


 佐藤は腕を組んだ。


「デジタルでの攻撃だけでは、被害者を救出できません。彼女自身が『帰りたくない』と言っている以上、無理やり連れ出せば誘拐になります」

「じゃあ、どうするの?」


 襟華が問う。


「内部からの崩壊を狙います」


 佐藤は地図上の『ミライ・アカデミー』を指差した。


「この施設の実態を暴き、洗脳のカラクリを白日の下に晒す。……そのためには、潜入が必要です」


 佐藤は襟華と千尋を見た。


「お二人に、入ってもらいます」


 作戦会議は深夜まで続いた。

 今回の敵は、ネット上の炎上だけでは倒せない。

 閉ざされた空間で醸成された「狂信」という名の強固なシステムを破壊しなければならない。


「……配役はこうです」


 佐藤がホワイトボードに書く。


「田中襟華は『世の中に絶望し、人生一発逆転を狙う家出少女』として、一般参加者枠で潜入。……ターゲット層の若者に溶け込み、内部の情報を収集してください」

「了解。……不幸な少女の演技なら任せて」


 襟華が不敵に笑う。


「渡辺千尋さんは『夫の遺産運用に悩む、世間知らずな資産家未亡人』として、上級会員枠で潜入。……幹部に接触し、組織の金の流れを探ってください」

「あら、未亡人? 喪服が似合う女ってことかしら」


 千尋が髪をかき上げる。


「私は後方支援と、緊急時の脱出ルート確保を担当します。グレタと弥生は待機。……何かあったら即座に突入できるよう、装備を整えておいてください」


 最後に、佐藤は紘子に向き直った。


「紘子さん。……潜入用の装備と、現地までの『足』をお願いできますか?」

「任せて」


 紘子はリンゴの芯をゴミ箱に投げ入れた。


「GPS発信機を埋め込んだ靴と、髪の毛に隠せる極小の骨伝導イヤホンを用意するわ。……それと、怪しまれずに山奥まで行くための車もね」


 数日後。

 山梨県の山道。

 一台の軽トラックが、舗装されていない道を揺れながら走っていた。

 車体には『移動販売 ひろこ屋』の文字。

 運転しているのは、手ぬぐいを頭に巻いた佐々木紘子だ。


「……ねえ、もう着く? お尻痛いんだけど」


 助手席で、襟華が不機嫌そうに呟く。

 彼女の服装は、ボロボロのジーンズにパーカー。髪はボサボサで、目の下にはメイクで隈を作っている。

 完全に「人生に疲れた家出少女」になりきっている。


「もうすぐよ。……それより、装備の確認は?」


 紘子がバックミラー越しに、後部座席の千尋に声をかける。

 千尋は高級な黒のスーツを着込み、ブランドバッグを持っている。

 設定通りの「悲劇の未亡人」だ。


「バッチリよ」


 千尋は靴の踵をコツンと鳴らした。

 中には、紘子が調達した超小型のGPS発信機が埋め込まれている。


「通信機は?」

「骨伝導イヤホンを鼓膜の近くに仕込んでる。髪で隠せばバレないわ」


 襟華が耳元を触る。


 トラックが停まった。

 目の前には、鬱蒼とした森の中に突如現れた、錆びついた高い鉄柵と、監視カメラ。

 その奥に、古びた校舎が見える。


 『ミライ・アカデミー』。


 静まり返ったその場所は、学校というよりは収容所のような威圧感を放っていた。


「……ここからは徒歩よ。健闘を祈るわ」


 紘子がウインクする。


「何かあったら、このトラックで突っ込んであげるから」

「頼もしいわね」


 千尋が苦笑する。


 二人はトラックを降り、鉄柵のインターホンを押した。

 ザワザワと、森の木々が不吉な音を立てて揺れる。

 しばらくして、門が開いた。

 現れたのは、お揃いの白いポロシャツを着た若いスタッフたちだ。

 彼らは一様に、張り付いたような満面の笑みを浮かべていた。

 目が笑っていない。

 瞳孔が開いたような、異様な明るさ。


「ようこそ! 成功者の楽園へ!」

「あなたがたは選ばれました! 人生を変えるチャンスです!」


 拍手で迎え入れられる二人。

 門が、重々しい音を立てて閉ざされた。

 ガチャン、という施錠音が、外界との断絶を告げる。


 襟華と千尋は、さりげなく視線を交わした。

 ここからは、敵地での孤独な戦いだ。

 スタッフの一人が、笑顔のまま手を差し出した。


「では、まずスマホをお預かりしますね。……ここではデジタルのノイズを断ち、自分自身と向き合っていただきますから」


 二人はスマホを取り上げられ、それぞれ別の寮へと連行されていった。

 空を見上げると、いつの間にか厚い雲が太陽を覆い隠していた。


 山奥の閉ざされた王国で、虚構と狂信の幕が上がる。

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