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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第2章:正義を騙る暴露系YouTuberの闇

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24/50

第24話 黒幕の影

 午前5時30分。

 東の空が白み始め、港区白金台の高級住宅街は、朝靄とパトカーの赤色灯に包まれていた。

 ジャッジマン・タナカこと田中一郎は、マルサと警察の車両に乗せられ、連行されていった。

 その光景を遠巻きに見つめる野次馬や、遅れて駆けつけた他のメディアのカメラクルーたち。

 現場は祭りの後のような、熱気と虚脱感が入り混じった空気に支配されていた。


 佐藤任三郎は、グレタ・ヴァイスのBMWの傍らで、静かにその様子を見守っていた。

 隣には、独占スクープを撮り終え、満足げにカメラクルーに指示を出す松本愛永がいる。

 吉田彩は、警察関係者と何やら立ち話をし、法的な後処理の根回しをしているようだ。


「……終わったな」


 グレタが革手袋を外し、短く息を吐いた。


「ああ。小物は片付いた」


 佐藤は頷き、視線を群衆のさらに奥、路地の暗がりへと向けた。


 そこには、不自然なほど窓ガラスを黒く塗りつぶしたワンボックスカーが数台、エンジンをかけたまま停車していた。

 周囲には、黒いスーツを着た男たちが立っている。

 彼らは警察やマスコミには目もくれず、ただ一点、佐藤たちの方をじっと凝視していた。

 その視線には、明確な殺意と、任務を遂行できなかった苛立ちが込められている。


「……気づいているか、サトウ」


 グレタが声を潜める。彼女の筋肉が、再び戦闘態勢へと硬直する。


「ああ。ハイエナたちですね」


 佐藤は表情を変えずに答えた。


「『バズ・インキュベーション』の掃除屋でしょう。タナカを回収し、口封じをするつもりだったのが、警察の到着が早すぎて手出しできなかった」


 男の一人が、耳元のインカムに手を当て、何かを話している。

 そして、悔しげに車体を一度叩くと、仲間たちに合図を送った。

 ワンボックスカーは静かに発進し、パトカーとは逆の方向へと去っていった。

 これ以上の騒ぎはリスクが高いと判断したのだろう。


「……賢明な判断だ」


 グレタが呟く。


「だが、奴らの顔は覚えた。次はあんな簡単には帰さない」

「ええ。ですが今は、我々も引き上げ時です」


 佐藤はメンバーを集めた。


「長居は無用です。警察の事情聴取が本格化する前に、姿を消しましょう」


 帰りの車中。

 グレタのBMW M5 CSは、早朝の都心を滑るように走っていた。

 後部座席には佐藤と、仕事を終えてメイクを少し落とした愛永が座っている。

 他のメンバーは、紘子の用意したバンに分乗して帰路についていた。


 プシュッ。

 軽快な音がして、車内に柑橘系の香りが広がった。

 愛永が、近くのコンビニで買った缶チューハイを開けたのだ。


「んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁーっ!」


 愛永は豪快に半分ほど飲み干し、シートに深く沈み込んだ。


「生き返るぅ~! やっぱ仕事の後の酒は最高ね!」

「車内でアルコール臭を撒き散らすのはやめてください」


 佐藤が眉をひそめる。


「いいじゃない、固いこと言わないでよ。大勝利よ? 完全勝利!」


 愛永は缶を掲げて上機嫌だ。


「タナカのあの無様な顔! 全国のお茶の間に流れるわよ。私の番組の視聴率、また更新しちゃうかも。スポンサーも手のひら返して土下座してくるわね、きっと」


 彼女の高笑いが響く。

 無理もない。彼女はこの数日間、理不尽な誹謗中傷と捏造スキャンダルに晒され、精神的に追い詰められていたのだ。そのストレスから解放された反動は大きい。


「……ありがとう、任三郎」


 ふと、愛永が真面目なトーンで言った。


「アンタたちの協力がなきゃ、私、潰れてたかも」

「ビジネスパートナーとしての義務を果たしたまでです」


 佐藤は素っ気なく答えたが、その手元には、タナカが逃走時に持ち出そうとしていたハードディスクがあった。

 これを解析すれば、タナカの悪行の全てと、その背後関係が明らかになるはずだ。


 佐藤はノートPCを開き、ハードディスクを接続した。

 田中襟華が事前に解除コードを解析していたおかげで、中身はすぐに閲覧できた。

 フォルダには、膨大な量の顧客リスト、恐喝の録音データ、そして『権藤』というフォルダがあった。


「……やはり、権藤がパトロンでしたか」


 佐藤はファイルを開いていく。

 そこには、権藤からタナカへの資金提供の記録や、配信内容の指示書(台本)が残されていた。

 だが、佐藤の指が止まったのは、さらに奥階層にあった隠しフォルダだ。

 フォルダ名は『PROJECT: PANOPTICON』。


「パノプティコン……?」


 運転席のグレタがバックミラー越しに反応する。


「全展望監視システムか。刑務所の監視塔の概念だな」

「ええ。……これを見てください」


 佐藤の声が低くなる。

 画面に表示されたのは、複雑なネットワーク図と、数式のようなアルゴリズムだった。


 『SNSトレンド操作アルゴリズム』

 『個人情報収集・プロファイリングAI』

 『感情誘導プロトコル Ver.4.0』


「タナカやMIIKAは、ただの実験台に過ぎません」


 佐藤の瞳が、氷のように冷たく光る。


「この『パノプティコン』という計画……。ネット上のあらゆる言論を監視し、AIを使って特定の方向に世論を誘導するシステムのようです。権藤、いや、そのさらに上にいる黒幕は、この国そのものを『洗脳』しようとしている」


 愛永の手から、缶チューハイが滑り落ちそうになる。


「な、なによそれ……。SF映画の話?」

「いいえ、現実に進行しているプロジェクトです」


 佐藤はデータをスクロールさせた。

 出資者リストの中に、見覚えのある企業名があった。


 『バズ・インキュベーション』。


 MIIKAが所属していた事務所の親会社であり、IT業界の寵児として急成長している巨大企業だ。

 そして、そのCEOの名前は――『氷室 レイ』。


「……氷室レイ」


 佐藤はその名を噛み締めるように呟いた。

 若き天才起業家。メディアでは「日本のザッカーバーグ」ともてはやされている男だ。

 だが、このデータが示す彼の本性は、デジタルの独裁者だ。


「……これは、終わりではありません」


 佐藤はPCを閉じた。

 バタン、という音が重く響く。


「始まりに過ぎません。我々が潰したのは、巨大な怪物の足の小指の先ほどにも満たない」


 車内に沈黙が流れる。

 勝利の余韻は消え去り、底知れぬ闇を覗き込んだような寒気が漂う。

 グレタがハンドルを強く握り直した。


「……上等だ。相手がデカければデカいほど、狩り甲斐がある」

「そうね。……ここまで来たら、地獄の底まで付き合ってあげるわよ」


 愛永も震える手で缶を握りしめ、残りを飲み干した。


 佐藤は窓の外、白み始めた東京の空を見上げた。

 この美しい朝焼けの下で、見えない監視網が張り巡らされようとしている。

 それを断ち切れるのは、法でも警察でもない。

 毒を以て毒を制す、彼らのような「処刑人」だけなのかもしれない。


 午前6時30分。

 佐藤はオフィスに帰還した。

 長い、長い一日だった。


 佐藤は玄関の鍵を開け、静かに中に入った。

 リビングは静寂に包まれている。

 空調の音だけが響く中、彼はソファの横に置かれた「保育器」代わりの保温箱を覗き込んだ。


「……起きていますか、ダシ君」


 箱の中には、フリースに包まれた小さな黒い塊があった。

 黒猫の子猫、ダシだ。

 まだ生後数日。目は開いているが、まだ焦点が定まっていないような、ぼんやりとした青い膜がかかっている。

 ダシは佐藤の気配を感じたのか、小さな口を開けて鳴いた。


「……ミー……」


 蚊の鳴くような、か細い声。

 自力では体温調整もできず、排泄もできない、絶対的な庇護を必要とする存在。


「お腹が空きましたか。……今、準備します」


 佐藤はジャケットを脱ぎ、キッチンで手際よくミルクの準備を始めた。

 粉ミルクを適温の湯で溶き、人肌まで冷ます。温度計で0.1度の誤差もなく調整する。

 哺乳瓶を持って戻ると、ダシは短い手足をバタつかせ、這いずって箱の縁に向かおうとしていた。


「はい、どうぞ」


 佐藤はダシをそっと抱き上げ、哺乳瓶を口元へ運んだ。

 ダシは必死に吸い付く。

 チュパ、チュパ、と生命力の音がする。

 小さな耳が、飲むリズムに合わせてピクピクと動く。

 佐藤はその振動を掌に感じながら、冷え切っていた心が少しずつ温まるのを感じた。


 授乳を終え、背中をさすってゲップをさせ、濡らしたガーゼでお尻を刺激して排泄を促す。

 すべてが手のかかる作業だ。

 だが、佐藤は一切の嫌な顔をせず、完璧な手順でケアを行った。


「……さて。寝ましょうか」


 世話を終えた佐藤は、ソファに深く座り込んだ。

 徹夜の疲れが、今になって押し寄せてくる。

 ダシを保温箱に戻そうとした、その時だった。


「ミャウ」


 ダシが、佐藤の指に前足をかけた。

 爪などまだ柔らかく、何の力もない。だが、その意志は明確だった。


 『離れるな』と。


 佐藤が動きを止めると、ダシは佐藤のYシャツのボタンの隙間に頭を突っ込んできた。

 モゾモゾと、温かい場所を探すように。

 そして、佐藤の鎖骨のあたり、ちょうど心臓の鼓動が聞こえる場所で、丸くなってしまった。


「……そこはベッドじゃありませんよ」


 佐藤は困ったように呟く。

 だが、ダシはゴロゴロと喉を鳴らし、完全にリラックスモードに入っている。

 佐藤の体温と鼓動が、母猫の代わりなのだ。

 その信頼しきった重み。わずか数百グラムの命の重みが、佐藤の胸を圧迫する。


「……参りましたね」


 佐藤は苦笑した。

 無理に引き剥がせば、泣き叫ぶだろう。

 彼は観念して、ダシの背中にそっと手を添えたまま、身体の力を抜いた。


「今回だけですよ。……特別案件です」


 朝日が差し込むリビング。

 巨大な悪と戦う冷徹な処刑人は今、一匹の乳飲み子に占拠され、身動きが取れなくなっていた。

 だが、その不自由さは、決して不快なものではなかった。

 佐藤は目を閉じ、小さな寝息と共に、束の間の休息へと落ちていった。


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