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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: 伊達ジン
第2章:正義を騙る暴露系YouTuberの闇

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第21話 ハッカー対決

 午前二時十五分。

 港区白金台のタワーマンション『メゾン・ド・プラチナ』最上階のペントハウス。

 黒幕である権藤への冷酷な宣戦布告と通信の強制切断を終えた佐藤は、乱れのない動作で自身の端末を閉じた。


「……全データの吸い出しと、自爆プログラムの完全な無効化、終わったよ」


 田中襟華が、メインサーバーのポートから物理ケーブルを引き抜きながら、額の汗を拭って短く報告する。


「ご苦労様です。これより撤収します」


 佐藤は床に転がっているタナカを一瞥した。

 弥生の調合した自白剤の強烈な効果により、彼は未だに虚ろな目で天井を見つめ、意味不明なうわ言を繰り返し涎を流している。

 佐藤は自身のスマートフォンを取り出し、警視庁の匿名通報ダイヤルと、複数の大手メディアのリーク用アドレスに対して、タナカの現在地と抽出した犯罪の証拠データの一部を時限送信でセットした。十数分後には、本物の警察とマスコミがこの部屋に殺到し、彼は物理的にも社会的にも完全に終わる。権藤の手による証拠隠滅の炎からも逃れられず、逃走経路も絶たれた孤独な破滅だ。


「タナカの処置は完了しました。……急ぎましょう」


 佐藤、襟華、グレタ、弥生の四人は、音もなくペントハウスを後にした。

 廊下を進み、VIP専用の直通エレベーターに乗り込む。

 佐藤が地下駐車場を示すボタンを押すと、重厚な扉が静かに閉ざされ、箱が滑らかに下降を始めた。

 任務完了。あとはダミー車両で包囲網を抜けたオフィスへと帰還するだけだ。

 全員の間に、張り詰めた緊張がわずかに緩む空気が流れた。


 ――その瞬間だった。


 ブツンッ。

 エレベーター内の照明が前触れもなく完全に落ち、非常灯の不気味な赤い光だけが点滅を始めた。

 同時に、足元から内臓がせり上がるような、強烈な無重力感が四人の全身を襲う。

 ワイヤーの巻き下げ速度を制御するリミッターが強制的に解除され、箱が重力に逆らうことなく、凄まじい速度で自由落下を始めたのだ。


「緊急降下……!? いや、ブレーキが全く効いてない!」


 襟華がバランスを崩して壁に背中を打ち付けながら叫ぶ。


「このままだと地下のピットまで一直線だよ!」


 風切り音がシャフト内に不気味な轟音として響き渡り、床板が激しくガタガタと震え始める。耳の奥に圧力がかかり、平衡感覚が急速に奪われていく。

 佐藤は即座に膝をつき、揺れる暗闇の中で自身のノートPCを開いた。

 画面には、エレベーターの制御システムを外部から完全に掌握し、落下コマンドを継続的に送り続けている凶悪なウイルスの痕跡が表示されていた。


 タナカのような、自己顕示欲に塗れた素人のクラッカーではない。

 一切の痕跡を残さず、無言で標的を物理的に抹殺するためだけにプログラムされた、プロフェッショナルによる純粋な殺意。権藤がタナカとは別に雇っている、本物の掃除屋ハッカーの仕業だ。


「……なるほど。トカゲの尻尾切りと同時に、我々ごと密室で確実に処理する腹積もりですか」


 佐藤の指が、キーボードの上で目にも留まらぬ速度で躍り始めた。


「田中君。敵のコマンドのプロトコルを解析しなさい」

「やってる! でも、暗号化のレイヤーが深すぎる。正面からブロックしようとしても、向こうのトラフィックの物量でこっちの処理が全然追いつかない!」

「正面から受け止める必要はありません」


 佐藤の冷徹な声が、落下する密室の中に響く。

 死へのカウントダウンが刻まれる中、彼の思考は極限まで冷え切った氷のように澄み切っていた。死の恐怖によるパニックは一切存在せず、ただ事態を打開するための純粋な演算処理だけがフル稼働している。


「相手は落下のコマンドを連続してシステムに叩き込んでいる。……ならば、そのコマンドが通過するポートの定義そのものを、システム内部で書き換えます」


 佐藤は敵の巨大な攻撃トラフィックを逆手に取り、落下コマンドのパケットをメンテナンス用の非常停止信号としてシステムに誤認させるカウンタープログラムを即座に構築し、還流させた。

 相手の強大な力を利用し、システム自身の防衛本能を強制起動させる、合気道のような電脳戦術。


 ガガガガガッ!!


 数秒後。エレベーターの箱が激しく振動し、火花を散らすような鋭い金属の摩擦音と共に、物理的な非常用ブレーキが強引に作動した。

 凄まじい重力加速度が下方向へとかかり、四人はたまらず床に両手をつく。強烈なゴムの焦げる匂いが密室に充満する。

 ギリギリとワイヤーが千切れんばかりに軋む音を残し、エレベーターは完全に停止した。


「……止まりました」


 佐藤が短く息を吐き、モニターのステータスを確認する。


「表示階数は、地上十五階付近。……ですが、システムの主導権は依然として敵のハッカーと拮抗状態にあります。扉の電子ロックは完全に凍結されており、内側からの操作は不可能です」


 デジタル空間での第一波は凌いだ。だが、物理的な密室からは出られない。

 敵のハッカーが体勢を立て直し、再びブレーキのロックを解除するプログラムを送り込んでくれば、今度こそ命はない。残された時間は数分、あるいは数十秒しかないだろう。


「グレタ」


 佐藤が暗闇の中で顔を上げる。


「デジタルの防壁は、私と田中君で死守します。……物理的な出口の開拓を」


 グレタは無言のまま静かに頷き、すでにエレベーターの天井を見上げていた。

 そこには、外部からの救出作業に用いるメンテナンス用の脱出ハッチが存在する。だが、通常は外側から強固なボルトで施錠されており、内側からは絶対に開かない構造になっている。


 グレタは深く息を吸い込み、黒い革手袋をきつく締め直した。

 彼女は狭い箱の中で壁を軽く蹴り、その反動を利用して天井付近の手すりにしがみつくと、ハッチの縁の僅かな隙間に指をねじ込んだ。


 短い呼気。

 直後、彼女の全身の筋肉が爆発的に収縮する。

 メリッ、メリメリッ……!

 分厚い鋼鉄が軋み、構造材が悲鳴を上げる音が響く。

 数トンという尋常ではない張力で固定された金属製のボルトを、彼女は生身の筋力だけで強引に引き千切ろうとしているのだ。


 暗闇の中、グレタは一切の声を発しない。

 ただ、首の筋を僅かに隆起させ、静かで圧倒的な身体能力をハッチの接合部の一点に集中させていく。

 しかし、強固なドイツ製の装甲は、物理的な力だけで完全に破壊するには時間がかかりすぎる。


「……小林先生。サポートを」


 佐藤がキーボードから目を離さずに、一切の動揺を含まない声で指示を出す。


「了解。特注の溶解液だよ」


 弥生が医療用バッグから、注射器に似た特殊な器具を取り出した。中には、不気味な蛍光グリーンに発光する液体が満たされている。

 彼女はそれを天井にぶら下がるグレタに向けて的確に投げ渡した。

 グレタは片手で天井のハッチを支えながら無言でそれを受け取ると、四隅を固定しているヒンジとボルトの接合部分に向かって、液体をピンポイントで噴射した。


 ジュワアアアッ!


 強烈な酸性の化合物が瞬時に鋼鉄を腐食させ、鼻を突く強酸の白煙が上がる。

 金属の分子結合が、科学の力によって劇的に破壊されていく。


 グレタは空になった器具を投げ捨て、再び両手をハッチの縁にかけた。

 無表情のまま、最後の一引きに全筋力を込める。

 バギンッ!!

 腐食したボルトが限界を超えて弾け飛び、分厚い鉄の扉が紙屑のように剥がれ落ちて床に激突した。

 天井に、四角い漆黒の穴が開く。

 そこから、エレベーターシャフト内の冷たい風と、古い機械油の匂いが一気に吹き込んでくる。


「脱出ルートを確保した」


 グレタが息一つ乱すことなく、低い声で報告する。


「行きますよ」


 佐藤は敵のハッキングを遅延させる時限式のダミープログラムを走らせると、PCを閉じて天井の穴を見上げた。


「敵の掃除屋は、我々がこの箱の中で潰れるのを待っているはずです。……ならば、シャフトを登って別の階層から脱出し、逆に彼らの痕跡を追い詰めます」


 グレタがまず天井裏へとよじ登り、佐藤、襟華、弥生を次々と引き上げていく。

 ワイヤーと鉄骨が剥き出しになった、冷たく広大なシャフトの空間。

 彼らが全員箱の上へと退避した直後、再びエレベーターが不気味な金属音を立てて微かに沈み込んだ。ダミープログラムを突破した敵のハッカーが、再びブレーキを完全に解除したのだ。

 だが、もう遅い。

 主を失った鉄の箱だけが、暗闇の底へと猛スピードで落ちていき、やがて遠く下方のピットで凄まじい破壊音を響かせた。衝撃による地響きが、シャフトの壁を伝わって足元を揺らす。


 佐藤はシャフトの壁面に設置されたメンテナンス用の梯子に手をかけ、暗闇の奥でまだ見ぬ強敵の存在を感じ取っていた。


 タナカのような表舞台で踊るだけのピエロではなく、純粋に殺意と悪意だけをコードに乗せて放つ、本物の暗殺者。

 権藤が抱える闇は、我々が想像していた以上に深く、そして組織的だ。


「……チェックメイトには、まだ少し手順が必要なようですね」


 佐藤は冷徹な瞳を微かに細め、呟いた。


 暗闇に支配された広大なシャフトの中、冷たい風が下から吹き上げてくる。

 佐藤は一切の躊躇を見せることなく、上層へと続く冷たい鉄の梯子に手をかけ、自らを神と錯覚している新たな見えない敵をデジタルの深淵から引きずり出すため、静かに歩みを進め始めた。

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