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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第2章:正義を騙る暴露系YouTuberの闇

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18/50

第18話 調達屋の眼

 スズキのアクアパッツァと、香ばしい焼きトウモロコシ。

 佐藤任三郎が振る舞った「戦場の晩餐」によって、チーム「Octogram」のメンバーたちの荒んだ胃袋は満たされた。

 皿の上には、きれいに平らげられた魚の骨だけが残っている。


 深夜1時。

 窓の外では、相変わらず暴徒化した野次馬や迷惑系YouTuberたちが、スピーカーで何かを喚いている。

 だが、今の彼らにとってそれは、遠くで鳴く野犬の声と同程度のBGMに過ぎなかった。

 美味しい食事には、世界を隔絶する結界のような力がある。


 佐藤は一人、キッチンの勝手口から裏路地へと出た。

 ゴミ出しと、そして少しばかりの冷たい空気を吸うためだ。

 この裏路地だけは、表通りの喧騒から死角になっており、奇妙な静寂に包まれていた。

 夜気は湿り気を帯びており、小雨が降り始めていた。


「……ミャ……」


 ふと、足元のダンボールの隙間から、消え入りそうな音が聞こえた。

 ノイズだ。

 佐藤は眉を顰めた。今の彼は神経が張り詰めている。些細な音でも聞き逃さない。

 彼はスマホのライトを点け、濡れたダンボールを退けた。


 そこに、それはいた。

 泥にまみれた、掌よりも小さな黒い塊。

 へその緒がついたままの、生後間もない子猫だった。

 雨に打たれ、体温を奪われ、震える力さえ残っていないように見える。

 母猫の姿はない。カラスにでも狙われれば、一巻の終わりだろう。このまま放置すれば、朝を待たずに命の灯火は消える。


「……非合理的ですね」


 佐藤は独り言ちた。

 この非常事態に、手のかかる生物を拾うメリットは何もない。手間がかかる。金がかかる。部屋が汚れる。そして何より、いつか死ぬ時に精神的ダメージが発生する。

 リスク管理の観点から言えば、見捨てるのが正解だ。


 佐藤は背を向け、歩き出した。

 一歩、二歩。


「……ミャ……」


 背後で、必死に命を繋ぎ止めようとする声がした。

 その声が、10年前の記憶と重なる。


 ――お兄ちゃん、助けて。


 ネットの悪意という冷たい雨に打たれ、誰にも助けてもらえずに震えていた妹の声と。


「……チッ」


 佐藤は舌打ちをし、踵を返した。

 彼はダンボールの前にしゃがみ込むと、愛用の高級ハンカチを取り出した。

 躊躇なく泥だらけの子猫を包み込み、抱き上げる。

 微かな温かさ。


「今回だけですよ。……特別案件です」


 子猫は佐藤の体温を感じ、彼の胸元に頭を擦り付けた。


 佐藤がオフィスに戻ると、メンバーたちがギョッとした顔をした。

 佐藤の胸元から、泥だらけの黒い毛玉が覗いていたからだ。


「ちょ、社長!? 何それ!」


 田中襟華が叫ぶ。


「拾得物です。……小林先生、至急オペを」

「えっ、猫!?」


 小林弥生が飛んできた。

 彼女は一瞬で「医師」の顔になり、子猫の状態を確認する。


「生後1日……低体温症を起こしてる。お湯とタオル! それとブドウ糖!」


 オフィスの一角が、野戦病院と化した。

 佐藤と弥生が付きっきりで体を温め、スポイトで数滴ずつミルクを含ませる。

 他のメンバーも、固唾を呑んでその様子を見守っていた。

 殺伐とした作戦会議室に、張り詰めた糸が緩むような、不思議な空気が流れる。


 一時間後。

 子猫の体が温まり、規則正しい寝息を立て始めた。


「……ふぅ。峠は越えましたね」


 弥生が汗を拭う。


「生命力強い子だ。……社長、飼うんですか?」

「里親が見つかるまでの預かり対応です」


 佐藤はそう言いながらも、眠る子猫の頭を指先で優しく撫でていた。

 その表情は、メンバーたちが今まで見たこともないほど穏やかだった。


「名前、どうするの?」


 松本愛永が覗き込む。


「クロとか?」


 佐藤は少し考え、キッチンのボウルに残っていた卵液を見た。

 黒い毛並みと、金色の瞳。


「……『出汁』」

「はあ? 猫にダシって……」


 襟華が呆れる。


「料理の基本であり、深みを与える存在です。……悪くありません」


 佐藤は満足げに頷いた。

 ネーミングセンスは壊滅的だったが、こうしてチームの9人目のメンバー、黒猫のダシが加入した。


 ダシの寝顔を見ていると、不思議と焦りが消えていった。

 メンバーたちは再び、それぞれの持ち場に戻る。

 愛永と襟華はモニターの前で情報収集、彩と千尋は相関図の作成、グレタは武器の手入れ。


 そして佐々木紘子は、窓際のアームチェアに深く腰掛け、タブレット端末を眺めていた。

 手にはリンゴが一つ。ナイフを使わず、皮ごと豪快に齧っている。

 そのガラス玉のように透き通った瞳は、画面の中のジャッジマン・タナカを映しているが、焦点はどこか遠くを見ているようだった。


「……何か見つかりましたか、紘子さん」


 佐藤がコーヒーを差し出すと、紘子は視線を上げずに答えた。


「面白いものを見つけたわ」

「タナカの弱点ですか?」

「いいえ。……私の『作品』よ」


 紘子はタブレットをテーブルに放り投げた。

 画面には、タナカが「オールドメディアの嘘」について熱弁を振るっている配信アーカイブの静止画が映っている。

 薄暗い部屋。白い仮面の男。

 その背後には、本棚のようなものがあり、乱雑に積まれた資料やフィギュアに混じって、一つの「壺」が置かれていた。

 青磁色の、古めかしい壺だ。


「これ?」


 襟華が覗き込む。


「ただの骨董品じゃないの? おじいちゃんの家とかにありそうな」

「そう見えるでしょうね」


 紘子はリンゴを齧り、クスクスと笑った。


「素人の目には、これは『明時代の染付』に見える。龍の絵柄、釉薬のひび割れ、そして底の高台の削り方。……どれをとっても、一級品の風格があるわ」


「へえ、タナカって意外と金持ちなのね」


 愛永が悔しそうに言う。


「スパチャで稼いだ金で買ったのかしら」

「違うわ」


 紘子が首を振った。


「これは偽物よ」


 全員の視線が集まる。

 彼女は立ち上がり、モニターの画面を指差した。


「よーく見て。この龍の爪の数。……明時代の皇帝に献上された壺なら、爪は5本描かれるのが通例。でも、これは4本しかない。そして何より……」


 彼女は画像を拡大し、壺の底の方を指差した。


「ここの釉薬の垂れ方。……私がわざと『失敗』させた跡よ」


「……あなたが作ったのですか?」


 佐藤が驚きを隠せずに尋ねる。


「作らせたのよ。3年前、中国の福建省にある裏の工房でね」


 紘子は懐かしそうに目を細めた。


「当時、ある華僑の富豪から『本物そっくりの贋作が欲しい』という奇妙なオーダーが入ったの。私は最高の職人を使って、炭素年代測定さえ騙せるレベルの贋作を作らせた。……でも、最後の最後で、職人が釉薬の調合をミスして、微かに青みが強くなってしまったのよ」


 彼女はその「失敗作」を、廃棄せずに日本の裏ルートに流したのだという。


「横浜の港にいる故買屋……『老・陳』の店に卸したわ。あそこは、盗品だろうが贋作だろうが、金さえ積めば何でも引き取るブラックホールだから」


 佐々木紘子。

 表の顔は古書店主だが、裏では世界中のブラックマーケットに通じる調達屋。

 彼女の眼は、モノの価値だけでなく、そのモノが辿ってきた歴史さえも見通す。


「つまり……この壺を買った人間が、タナカの協力者、あるいはタナカ本人ということですか?」


 彩が眼鏡の位置を直す。


「ええ。そして、私は自分の商品を誰が買ったか、決して忘れない」


 紘子は不敵に微笑んだ。


「ラオ・チェンの顧客リストは頭に入ってるわ。……この失敗作の壺を、『本物だ』と信じ込んで高値で買った間抜けな日本人は、一人しかいない」


 彼女は口紅のようなデバイスを取り出し、空中にホログラムのようにデータを投影した。

 表示されたのは、一人の男の顔写真とプロフィール。


 『権藤 剛』。


 50代半ば。脂ぎった顔に、金縁の眼鏡。

 職業:不動産投資家。都内に複数の雑居ビルやマンションを所有する資産家。


「……ビンゴね」


 渡辺千尋が写真を見て呟く。


「権藤なら知ってるわ。港区の裏社会じゃ有名なパトロンよ。表向きは不動産屋だけど、裏では半グレ集団にアジトを提供したり、違法な賭博場を運営させたりしてる。……タナカのバックにいるのがこいつなら、資金源もサーバーの隠蔽工作も説明がつくわ」


「権藤は骨董品の収集癖があるの」


 紘子がリンゴの芯をゴミ箱に投げ入れた。


「でも、審美眼はゼロ。私が流した贋作を、数千万円で掴まされたカモよ。……まさか、その壺が自分の破滅の引き金になるなんて、夢にも思ってないでしょうけど」


 見えない敵の尻尾を、掴んだ。


 タナカは海外サーバーを使ってデジタルな足跡を消していたが、物理的な空間に残された「モノ」の記憶までは消せなかったのだ。


「……場所は?」


 佐藤が静かに問う。


「権藤が所有していて、かつ現在『空室』扱いになっている物件。……さらに、高速なネット回線が引かれている場所」


 襟華がキーボードを叩き、権藤の資産リストと、電力使用量のデータを照合する。

 数秒後。

 地図上の一点が赤く点滅した。


「あった。……港区、白金台。高級マンション『メゾン・ド・プラチナ』の最上階、ペントハウス」


 襟華が叫ぶ。


「ここだけ、誰も住んでないはずなのに、夜間の電力消費量が異常に多い。サーバーをフル稼働させてる証拠だ!」


 決まりだ。

 佐藤の膝の上で、目を覚ましたダシが「ミャア!」と高く鳴いた。

 まるで「突撃合図」のように。


「……よくやりました、皆さん」


 佐藤はダシをそっとソファに降ろした。

 そして、ジャケットのボタンを留め、表情を引き締める。


「敵の居場所は特定されました。……法が通じない相手なら、直接伺って、礼儀を教えるまでです」


「待ってたわ、その言葉!」


 愛永が立ち上がり、拳を鳴らす。


「私を嘘つき呼ばわりした罪、たっぷり償わせてやるわ」

「不法侵入と器物損壊の準備は?」


 彩が苦笑しながら尋ねる。


「万端だ」


 グレタが車のキーを回した。


「私の車なら、白金台まで15分で着く。……もちろん、信号は無視するが」

「麻酔薬の補充もOK」


 弥生がバッグを掲げる。


「今回は『悪夢を見るガス』も追加しておいたよ」


 チームの士気は最高潮だ。

 閉塞感など微塵もない。

 紘子の眼と、ダシがもたらした温もりが、彼らに反撃の力を与えた。


「紘子さん、感謝します」


 佐藤が紘子に向き直る。


「あなたの『眼』がなければ、この突破口は開けなかった」

「いいのよ。……自分の失敗作が、こんな形で役に立つなんてね」


 紘子は艶然と微笑み、佐藤に近づいた。


「報酬は……わかってるわね?」

「ええ。次回は『ケバブ』をご用意しましょう」

「交渉成立」


 佐藤は全員を見渡した。

 指揮官。

 潜入者。

 交渉人。

 執行者。

 分析官。

 守護者。

 供給者。

 扇動者。


 8人のスペシャリストが、再び動き出す。

 今度の敵は、姿なきネットの亡霊ではない。

 住所を持ち、実体を持ち、そして恐怖を感じる生身の人間だ。


「行きましょう。……『反撃』の時間です」


 佐藤がオフィスの照明を落とす。

 暗闇の中で、8対の瞳だけが鋭く光っていた。

 ダシはソファの上で、彼らの背中を見送るように、小さくあくびをした。

 彼らが戻ってくる頃には、また一つ、この街のゴミが片付いていることだろう。

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