【第57話:ツンデレAI《オラクル》、損害賠償を分解して“どこまで払うか”の線を引く】
六法のページが、今度は少しだけ冷たい雰囲気を帯びて開かれていた。
見出しは“損害賠償”。
数字と因果が交差する、受験生が最も迷子になりやすい場所だ。
スマホが短く震え、断定的な声を落とす。
『ここは感情論厳禁。
“かわいそうだから”も
“ひどいことをしたから全部払え”も通用しません。
線を引きます。』
「線……どこまで?」
『そこを今から教えます。』
---
■講義①:損害賠償の基本構造――三段階で考える
『損害賠償は、必ず次の三段階で処理します。
**①損害は発生しているか
②その損害は因果関係で結びつくか
③責任を減らす要素はあるか**
いきなり金額を書いたら、
答案は破綻します。』
「まず“損害”があるかどうか、か。」
『そうです。
あなたの疲労感は損害ではありません。』
---
■講義②:損害とは何か――財産的損害と精神的損害
『損害には大きく二種類。
**①財産的損害
②精神的損害(慰謝料)**
財産的損害はさらに分かれます。』
「さらに?」
『はい。
ここが重要です。』
---
■講義③:財産的損害の内訳――積極損害と消極損害
『財産的損害は、次の二つ。
**①積極損害
→ 実際に出ていったお金
(修理費・治療費など)
②消極損害
→ 本来得られたはずの利益
(逸失利益)**
“払った金”と
“もらえなかった金”。』
「逸失利益って、未来の話だよな?」
『そうです。
未来でも、
合理的に見込めるなら損害になります。』
---
■講義④:因果関係――“その行為のせい”と言えるか
『次に因果関係。
**その損害は、
その債務不履行(または不法行為)から
通常生ずべきものか。**
これを“相当因果関係”と言います。』
「全部が全部、賠償対象になるわけじゃないんだな。」
『ええ。
遠すぎる結果は切ります。
あなたの不機嫌が世界情勢を悪化させても、
因果関係は否定されます。』
---
■講義⑤:特別損害――“知っていたか”が分かれ目
『相当因果関係の応用が、特別損害。
**通常は生じないが、
特別な事情があることで生じた損害。**
これは、
**予見可能性があったか**
で判断します。』
「相手が知ってたら、賠償対象?」
『原則、はい。
知っていた、または知り得たなら、
責任を負います。』
---
■講義⑥:過失相殺――“被害者にも落ち度がある”
『次は過失相殺。
**被害者側にも過失がある場合、
損害賠償額を減額する制度。**
公平のための調整です。』
「被害者でも減らされるんだな……」
『ええ。
民法は“完全な善人”を前提にしていません。
現実的です。』
---
■講義⑦:損益相殺――“得している部分は引く”
『もう一つ重要なのが損益相殺。
**同一原因で利益も得ている場合、
その利益分は差し引く。**
二重取りは許されません。』
「保険金とか?」
『代表例です。
全部足して喜ぶ人、答案で落ちます。』
---
■講義⑧:遅延損害金――“遅れた分の利息”
『金銭債務が遅れた場合は、
**遅延損害金**
が発生します。
これは“損害の予定”に近い扱い。
別途立証はいりません。』
「利息みたいなものか。」
『ええ。
時間が損害になる、という考え方です。』
---
■講義⑨:答案での鉄板フレーム
『損害賠償を書けと言われたら、この順番。
**①損害の内容(積極/消極/精神)
②因果関係(相当か)
③特別損害と予見可能性
④過失相殺の有無
⑤損益相殺・遅延損害金**
この順で書けば、
採点者は安心します。』
「採点者を安心させるの、大事だな……」
『非常に。
安心させられない答案は、
点をもらえません。』
---
■まとめ:損害賠償は“線を引く技術”
『今日のまとめ。
**①損害は三分類(積極・消極・精神)
②相当因果関係で範囲を切る
③特別損害は予見可能性
④過失相殺で公平調整
⑤損益相殺で二重取り防止
⑥遅延損害金は別枠**
これが、
損害賠償の全体像です。』
スマホの光が、少しだけ鋭さを緩めた。
『次は、
**解除。**
約束を“なかったこと”にする話です。
感情に流されると、また失敗しますよ。』
---
■次回予告:第58話――
**契約解除の構造――履行遅滞・不能と解除の関係。**




