婚約破棄? 冗談じゃないわ
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「エマ。君との婚約を破棄させてほしい」
「はあ?」
エマ・グルウリルは小さな屋敷で、婚約破棄を言い渡されていた。
エマは金色の髪を後ろで束ね、気の強さが分かる青い目の持ち主。
彼女は婚約破棄を言い渡されたことに腹を立て、歯をギュッとかみしめる。
エマに婚約破棄を言い渡したのはジャック・マクスウェル。
短い茶髪にブルーサファイアの瞳。
顔立ちは整っており、 優しさの塊のような表情をしていた。
上品な服を身に纏っているが、暗い表情を浮かべている。
ジャックの爵位は男爵で、エマは庶民。
エマの祖父がジャックの家で働いていたことから、婚約をしたという経緯があった。
エマは気が強く、ジャックから言われたことが許せないでいる。
(冗談じゃない……冗談じゃないわ!)
「とにかく、君との関係はもう終わりだ。理由は聞かないでくれ。僕には君を幸せにすることはできない」
「……嫌よ」
「え?」
「もし婚約破棄をするなら、こっちから言う。あんたからの婚約破棄の申し出なんて、認めないから!」
感情のまま屋敷を飛び出して行くエマ。
怒りの表情でそのまま近くの家まで走って行く。
(冗談じゃないわ。絶対に認めないから!)
勢いよく扉を開き、家にいる両親に向かってエマは宣言する。
「私、冒険者になるから」
「……え?」
(どうせなら、冒険者になってやる。今に見てろ……)
こうして両親の反対を振り切り、冒険者となったエマ。
それから時間はあっという間に経ち、一年が経過した。
◇◇◇◇◇◇◇
「エマ、そっちに行った」
「了解!」
エマは剣を扱う冒険者として、生計を立てていた。
今日は冒険者仲間のフィンと共に、とあるダンジョンを攻略中。
ゴツゴツとした岩で形成された狭い場所で、『光石』がそこら中に埋まっているので、明かりは必要ない。
仕事の依頼は、ダンジョンの最奥にいるドラゴンの討伐。
彼女が冒険者を始めてから、一番難易度の高い仕事だ。
フィンによっておびき寄せられた蜘蛛型のモンスターを切り裂き、エマはフッと一息をつく。
魔術師然とした恰好の黒髪美青年フィンは、笑顔を浮かべてエマの方へと歩いて来る。
「楽勝だったみたいだね」
「フィンの能力のおかげよ」
「俺はサポート専門だからな。エマがいなかったら役立たずさ」
この世界には『加護』というものがあり、それによって扱える力が変わってくる。
フィンが所持しているのは『強化の加護』。
これは自分や仲間を強化する能力で、戦闘向きではない。
エマが持つ『加護』は『呼吸の加護』。
呼吸を意識することによって力が変化する能力。
力が欲しい時は力を意識し、速さが欲しいときは速さを意識する。
そして全身に意識した酸素を送ることによって、さまざまな効果を得られる能力だ。
エマとフィンの相性はよく、彼女が冒険者を始めてからのパートナー。
今ではお互いに信頼し合い、最高のパートナーとなっている。
「でも次はどうなるか……最難関クエストだ」
「それもけた違いに難しいクエスト。でも私たちは死なない。そうでしょ?」
「ああ、そのつもりだ」
頷き合うエマとフィン。
そしてダンジョンの最奥へと到着する。
そこは広い空間。
ここまでと造りは変わらない。
ただ奥の方に大きなドラゴンの姿が見えた。
緑色の体躯に鋭く黒い目。
人の胴体よりも太い尻尾。
ザラついている肌は見ているだけでおぞましく、まさに化け物といった存在だ。
「あれがドラゴン……なんだか寒気が走るわね」
「ああ。ドラゴンが持つ力らしい。あるいはこちらに手を出すなという、人の心に訴えかける親切心なのかもな」
「まさか。それは無いでしょ」
ドラゴンがエマたちに気づき、目を見開いて咆哮する。
「ゴァアアアアアアアアアアアアアアアア‼」
「行くわよ」
「ああ。『腕力強化』、『速度強化』『防御強化』!」
一度にエマに三つの強化を施すフィン。
準備は万端。
後は正面から切り伏せるのみ。
ドラゴンが一直線に突撃をして来た。
フィンは後退し、エマに戦いを任せる。
エマはドラゴンを迎え撃つ体勢を取り、そして呼吸で防御力を強化した。
「くっ!」
ドラゴンの突進を受け止め、エマは素早く相手の側面に移動する。
呼吸を整え、防御から攻撃にシフト。
「はっ!」
ドラゴンの前足を切りつけるエマ。
硬い鱗のはずだが、エマの攻撃は十分に通用する。
それを確認したエマは、少しばかり口角を上げた。
「エマ!」
「え?」
ほんの少しの油断。
ドラゴンは巨体を振り――尾撃を繰り出してきた。
防御の呼吸ができていない中、攻撃を剣で受ける。
凄まじい威力に弾き飛ばされ、岩で背中を打つ。
「危な……もう少しで大怪我するところだった」
「頼むよ。死んだら元も子もないんだから」
「分かってる。今度は油断しない」
これまでの敵とはやはり段違い。
エマは気を引き締め、ドラゴンと対峙する。
ドラゴンとエマの攻防は続き、徐々にエマが押していく。
傷だらけとなるドラゴン。
エマもダメージを負っていたが、フィンの『回復力強化』で傷を癒しながら戦っていた。
「後もう少し……もう少しでこいつに勝てる」
「ああ。最後に全てを攻撃に集中する!」
フィンが強化を腕力だけに集中する。
彼の能力は同時に三つまで強化を施せるのだが、その全てを腕力強化に使用した。
「ふー……」
エマは禁断の呼吸を始める。
それは防御能力を犠牲にし、攻撃力に転換するという呼吸だ。
(これが決まれば私たちの勝ち。相手の動きをしっかり見ていたら、負けることはないはず)
ドラゴンはエマを警戒し、接近してこない。
彼女の剣の腕に恐怖心を抱いているのか、唸るだけでその場から動かなかった。
「動かない……でも油断はするな」
「分かってる。今攻撃を受けたら、即死しかねないから」
緊張の時間が続き、エマは一滴の汗を流す。
頬を伝い、顎から漏れ落ち、そしてゆっくりと地面に落ちる。
ピチョン――と聞こえないはずの音が聞こえ、ドラゴンが動いた。
「ゴァアアアアアアアアアアアアアア‼」
「なっ!?」
ドラゴンは口から炎を吐き出した。
これまでやってこなかった行動に、エマは目を丸くする。
(死なない……私は死ぬわけには行かない!)
エマは眼前まで炎が迫る中、前方に走り出す。
「エマ!?」
「うわああああああああああ!!」
炎の直撃を受ける!
フィンは目を逸らし、彼女の行動を直視できないでいた。
だがエマは、突然スライディングを始め――炎をやり過ごす。
ドラゴンの真下まで移動したエマ。
そのまま勢いよく剣を突き上げ、相手の腹を切り裂いた。
「ガァアアアアアアアアアアアア……」
絶命するドラゴン。
倒れてくる巨体を避けるため、エマは前方へと飛び避ける。
「エマ!」
「ははは……勝った。私たちの勝ちだ」
「お疲れ」
安堵したフィンは、ゆっくりとエマに近づく。
そして二人は、勝利のハイタッチを交した。
◇◇◇◇◇◇◇
一年ぶりに故郷へ戻って来たエマ。
目的地はジャックの屋敷。
勝手知ったる他人の家。
誰の許可を得ることなく中に入り、そしてジャックの部屋へと突撃をした。
「久しぶり」
「エ、エマ!?」
久しぶりの婚約者の顔。
ジャックは笑みを浮かべ、だが婚約を解消したと自分では思っているのですぐに表情を暗くする。
机で仕事をしているジャックの前に立ち、エマは静かに彼を見下ろす。
「冒険者になって家を飛び出したって聞いたけど、突然帰ってきたんだね」
「当たり前でしょ。ここは私の帰る場所なんだから」
「まぁ、君の家があるしね」
「はぁ、何言ってんのよ」
ジャックの机に、ドンと大きな麻袋を置くエマ。
「あんたがいるからよ!」
「え……」
頬を赤くし、眉を吊り上げてエマは続ける。
「婚約破棄? 冗談じゃないわ。あんたと結婚するのは子供の頃から決めてたの。お金が無いから……あんたの家がそう長く持たないのを知ってたから、だから稼いできた。お金があったら、婚約破棄なんてしなくていいでしょ」
「え、え……どういう……?」
戸惑うばかりのジャック。
エマは全ての事情を知っていた。
破産寸前のマクスウェル家。
ならば破産しないようにとエマは冒険者として働き、金を稼いできたというわけだ。
子供の頃からジャックのことが好きで、金が無いなんて理由だけで婚約破棄など冗談ではないと考えていた。
「金があれば、家が持てばそれでいいんでしょ」
「だけど、これはエマのお金で……」
「結婚したら、私のお金はあんたのお金にもなる。しょうもない理由であんたと別れる? そんなこと、私が認めるわけないでしょ」
「エマ……」
真剣なエマの瞳。
ジャックは同じように、真剣な眼差しでエマを見つめている。
「それで、ジャックは私のことが嫌いなの? 本当に婚約破棄したいの?」
「そんなわけ! 僕はずっと、エマのことが好きだったんだ……婚約破棄なんてしたくない!」
「だったらそれでいいじゃない。婚約破棄の件は破棄ね」
ジャックの叫びに、喜び、笑顔を浮かべるエマ。
そして突然、涙を流してしまう。
「あれ? 安心したら泣けてきちゃった」
「ごめん……僕がもっとしっかりしておけば良かった。何があってもエマを手放したくない。ずっと一緒にいてほしいんだ」
「なら最初からそう言いなさいよ。まぁ、ジャックのことを手放すつもりなんて毛頭無いけど」
ジャックは立ち上がり、エマを抱きしめる。
「今度は僕がエマのためにできることをする。もう不安にさせないように、僕は強くなるよ」
「別に良いのに。人間、向き不向きがあるんだから。私がジャックを守るでもいいんじゃない?」
「それじゃ恰好つかない。絶対に強くなってみせる」
そう言って見つめ合う二人。
そしてゆっくりと顔を近づけ、キスを交わす。
これから後、エマの金で家を建て直すジャック。
二人は結婚し、幸せな夫婦生活が始まると思っていたが……エマは冒険者を続けた。
彼女を守るために体を鍛えていたのだが、エマはそれ以上に強くなってしまう。
いつしかエマは名だたる冒険者となり、彼女を知らぬ者がいなくなっていた。
それから子供を産み、ジャックが育て、エマはまた稼ぎに出る。
彼女の尻に敷かれたままのジャックであったが、だが子供に囲まれた生活は幸せそのものだった。
彼ら家族のもとに、いつも噂が聞こえてくる。
エマ・マクスウェル、難関クエストをクリアする、と。
その度に家にいない母親の話題で盛り上がる家族。
そしてエマが帰省している時は、さらに楽しく、幸福な時間が流れる。
彼女が冒険者を引退するまでそれは続くのだろう。
だがエマは今日も戦う。
故郷で待つ家族のために。
家族の生活を守るため、獅子奮迅の活躍を続けるのである。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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