アレとの対峙
暴言的な物が含まれます。苦手な方はご注意ください。
そして数日後
衣服はさすがに農民服や庭師の作業着は無理だったようで
騎士達や兵士達が訓練できるシャツとズボンを改良した物が用意された。
シンプルで動きやすく汚れても大丈夫な服、よかったこれで。まかり間違っても貴族とかが着るようなしゃれた物だったらどうしようかと思った。
靴も同じく騎士達や兵士が履くようなブーツっぽい物が用意されていた。これなら走れるし、いや城内で走る事はないと思うが。ヒールはほぼ履いた事がないのでありがたい。
着替え終えて体を少し動かしてみる。動かしやすいし傷の引き攣れも随分と違和感が無くなった。
治療魔法素晴らしい。
医師の方も痛み止めを処方してくれたりリハビリのストレッチを教えてくれたりと有難い。それになんと言っても驚いたのが目の機能を改善する薬があると言う事。眼鏡がなくて不便だと話したらそういった薬があるので心配無用と処方してくれたのだ。勿論劇的な変化がある訳では無く、徐々に回復していくとの事で毎日服用している。味は・・・ブルーベリー酢を濃縮した感じとでもいうべきか、つまりはべらぼうに酸っぱい。耳の下というか顎の付け根というか、そこら辺がキューッとなる。思い出すだけで・・・唾液が溢れてくる。お判りいただけるだろうか。
さて身支度が整ったところで丁度扉がノックされた。 コンコンッ
「どうぞ」
おおっと。
「おはようございます陛下」
「ああ、おはよう。朝からすまない。この時間しか予定が開いてなくてな」
「いえ、大丈夫ですよ。どうかなさいましたか?」
忙しいだろうにここへ来たと言う事は何か用があるのだろう。
「アレに直接文句を言いたいと王妃より聞いた」
アレ・・・自分の息子をアレと言い切ったなこの陛下。
「そうですね。やっぱりモヤッとするんですよね」
「また不快な言葉を聞く事になるかもしれんぞ」
「王妃殿下にも心配されましたが
今回はちゃんと意識もありますし言い返しますよ。それに・・・
ムカつけばどつきますし?
あ、不敬とか言わないでくださいね?」
予め断わりを入れておく。後から言われても困るので。
「大丈夫だ、不敬とはいわん。
して、どつくとはいったい・・・」
あ、やっぱり通じないんだ。
王妃殿下はなんとなく雰囲気で察してくれたのだろうか。
「そうですねぇ・・・ 見てのお楽しみ?
理由なくどついた場合は不敬になるような行為とだけ言っておきます」
と笑って濁した。出来ればこう王ともあろう人に どつく なんて言葉理解して欲しくない。なにかの拍子に臣下に対してとか どつくぞ なんて言ってしまえば威厳が損なわれるきがする。
「なるほど、では楽しみに・・・」
「しなくていいです!」
少々被せ気味に言ってしまった。楽しみにするような物でもないのだ。
国王陛下が少々残念がっている。そこ残念がらなくていいから。
「では今から参ろうか。私と王妃も見学していいだろうか。
私もだが特に王妃が乗り気になっているのだが」
うぇ・・・マジか。と声にしなかった自分を褒めたい。
「構いませんが素で喋るのでかなり言葉使いが悪いですよ?」
「素・・・なるほど。それはそれで一興ではないか。
そう言えば其方、名をなんと言うのか教えては貰えぬか。
どう呼べばよいのか解らんのだ」
そう言えばと思ったが、先日侍女にも聞かれて名乗ろうとしたがどうやら名前だけ発音が出来ないようだった。何故だろうか。なのでゲームでよく使うHNを教えたのだが陛下にもそれでいいのだろうか。しばし悩んでいると
「言いにくいような名前なのだろうか?」
「あ、いえ。そんな変な名前じゃないです。
ただどういう訳か名前だけ発音出来ないんですよね。
文字に起こすのも駄目でしたね。なので通称でもよいでしょうか」
HNだと通じないと思い通称と言ってみたものの、通称も通じるのだろうか。
「発音できないのであれば仕方があるまい。教えてくれ」
「マォとお呼びください」
「ではマォ殿と」
と呼び名も決まり部屋を移動する。何故か陛下にエスコートされて。
いやこれおかしいだろ。騎士の訓練服もどき来た怪しい女が陛下にエスコートされてあるくとかどうなん。と思うのにすれ違う人皆誰も気にした様子はない・・・
後に宰相殿が教えてくれたのだが、陛下がアレの被害者だから好奇の目で見ないようにと城内職員に通達を出してくれたらしい。ありがたいと思う。
そして第二王子もうアレでもいいかと思う。陛下達でさえアレ呼ばわりしてるし。
アレの部屋の前で王妃殿下が待機していた。お互い軽い会釈で挨拶する。
訪問が告げられ扉が開き、中へと進む。
「父上!父上ならばきっと僕の事を理解してくださると・・・
ってなんでこのババァが此処に居るんだ!生きてたのか!ちっ」
ちってなんだちって、舌打ちすんなや!
まだだ、まだ落ち着くんだ儂。
「父上こんなババァはとっとと追放してください!僕には聖女様が・・・あ?
なんだよババァ、貴様には用はない!僕は父上と話・・・」
気が付けば胸倉を掴んでいた。ババァババァ連呼すんなや。
「貴方に拉致されたあげく身代わりに刺されたババァです、初めまして?
(掴んだ胸倉を放して肩をどつく バンッ)
生きてたのかって生きてますが何か問題でも?(バンッ)
本来死に掛けるのは貴方だったはずなんですがね?(ドンッ)
好きで身代わりになった訳でもないですし?
(ぐいっと胸倉を掴み直す)
勝手に拉致っといて人の人生まるっと奪っておきながら
怪我をさせたにもかかわらず放置のあげくババァ呼ばわりとか!
(ちょっと持ち上げる)
ありえねぇー」
「ぼ・・・僕はこの国の・・王子だぞ!いずれ王・・となっ・・・て
手を・・・放せ。 今なら許してやる・・・クソババァ」
ぷっつん
「どの口が言うか!努力もしない。他者を思いやる事もしない。
他者をいたわる事も出来ないし家族すら大切に出来ない。
あげくに自己都合の脳内変換で虚言妄想。
どう考えても無理だろ!」
胸倉を放してその場にドサッと落とした。
「な・・・母上がそう言ったのか!僕は本当の事を言っているだけだ!
前世の記憶だってちゃんと・・・」
「だったら今ここで言ってみろや。
どの世界の何処の国でどの時代に生きていた記憶だ?
その時テメェは何歳だった?性別は?どんな能力や知識を持っていた?」
ちょっと低めの声が出たのは許して欲しい。無意識だし。
蹴り飛ばしたい衝動を押えずいと1歩前へ出ればずりっと後ろに下がるアレ。
「そ・・・それは・・・
そんな事僕が解る訳ないだろ!」
目が泳ぎ出して肩が震え始めた。そのうち泣き出すんじゃないだろうか。
泣きだしたら儂が虐めてるみたいだろ、勘弁してくれよ。
「おかしくね?おかしいよなぁ?
前世を覚えてるならどんな国でどの時代で自分が誰でどう生きていたのか。
全部覚えているハズだが?」
「だ・・・だから・・・この体に産まれた時にそうだよ生まれた時に忘れて」
「それってさ、前世を覚えてるとは言わなくねぇか?」
「そんなことはない!だってあの本を読んだ時 これが本当の僕だって!!
聖女だって夢の中で待ってるから呼び出してくれって!!そう言ったんだ。
僕は・・・僕は間違ってなんかいない!僕は・・・僕は・・・
お前が居るから!お前のせいで聖女が来れないんだ!!」
暴れようともがき始めたが、なんてことはない。非力だなコイツ。
そんなんじゃ儂からは離れられんぞ。
まさかスプーンより重い物は持ったことが無いとか言わないよな。
さすがにそれは無いと思いたい。
これはあれだ、統合失調症や妄想性障害。
現実と夢・妄想との区別が出来ない、いわゆる精神疾患てやつだ。
なんて考えてる場合じゃなかった。
アレが隠し持っていたのか、それとも近くの騎士から奪い取ったのか。
短剣を手にしてこちらに向かってくる。
なるほど、剣の稽古もサボっていたのか持ち方が悪い。
あれだと自分の手首を痛めてしまう。
「「マォ殿!!」」
陛下と護衛騎士の叫び声が聞こえるが、まぁ慌てなさんな。
チラッと見て微笑んで余裕を見せたのに ビクッとされた。解せぬ。
「せぃっ!!」
足払いを喰らわして抑え込み短剣を跳ね飛ばして頭を押さえつける。
「ババァに負けてりゃせわねぇな、ふんっ」
農作業で鍛えた足腰と薪割で鍛えた腕と昔取ったなんとやら。
僻地暮らしのババァ舐めんなよ?
こちとら日々鹿だの猪だの猿だのとやり合ってたんだ。
鍛えた騎士ならともかく、ガキなんぞには負けん。たぶんガキだよな?
え、これで成人済みだったらどうしよう・・・
後で誰かに確認しようそうしよう。
「陛下、コレ病んでますよ。頭も心も。
専門医が居るならちゃんと診せた方がいいです」
「お、おぅ。解った・・・」
あれ、なんかちょっと引いてる?さすがに口が悪すぎたか。
あ、そこの騎士殿コレ押えるの代わってもらえませんかね?
え、なんでそんなに怯えてるんだ・・・
王妃殿下は・・・よかった。凄くいい笑顔してる。
ともあれ、第二王子は不治の病になったと言う事で別棟にて軟禁治療となった。
当然ながら行動制限も設けられ別棟とその庭からはほぼ出る事は出来ず
投薬治療を受けながら基礎の勉強と礼儀から学び直すことになったそうだ。
侍女に確認した所、この国の成人は15歳でアレは15歳。ギリセーフ。
なにがセーフなのかは自分でも解らんが。
ま、成年男性にクソガキと言った訳でなくて安心した。
読んで下さりありがとうございます。