アルノー
少し長めになってしまいました(;´Д`)
護衛騎士として城に勤めるアルノーは辺境の地で生を受けた。
母はハンターを生業とし父は不明。教えて貰えなかった。
辺境の地はモンスターが多く生息しており統治者はおらず、難民や少数民族がいくつかの集落を作り助け合いながら住んで居る地だった。
決して楽ではない生活であったが母の笑顔と力強さで充実した日々を送っていた。
アルノーは10歳からダンジョンには潜っていた。
「要は慣れだ慣れ。モンスターの放つ殺気を体で覚えろ。
目で見るよりも肌で感じて耳を研ぎ澄ませ」
実母の教えでダンジョンには常に連れていかれていたし、フィールドでも下級モンスターなどは1:1で対峙させられていた。
勿論しっかりと実母が見守っており窮地に陥れば助けるだけの実力があるだからだ。
アルノーが13の年、スタンピードが突発的に発生した。
その日もアルノーは自分も一緒に向かうのだと思っていた。
しかし母は集落の人と逃げろと言った。
「お前はまだ若い。命を粗末に扱うな。
無茶と無謀をはき違えるなよ。お前にはまだ難しいかもしれんがいずれ解るさ。
あたしは無茶や無謀な事をするんじゃない。
可愛い息子の為に無理を押し通すだけだから」
そう言い最高の笑みを浮かべてアルノーと背を押すと自分はスタンピードの方向へと駆け抜けていった。
それがアルノーがみた母の最期の姿だ。
アルノーは唖然としてしまったがすぐに気を取り直す。
今この集落に戦える者が自分しか残っていない。じきに騎士団がくるはずだ。それまでは自分が皆を守らねばと自身を奮い立たせた。
騎士団が到着したのは2日後、それでも早い方だった。
幸いにも避難する道中は下級のモンスターしか出くわさずなんとか集落の人々を守り切る事は出来た。さすがに無傷と言う訳にはいかず多少の負傷者が出たのは致し方ない事だろう。
老人に子供、女性達と闘えぬ者ばかりなのだから。それでもアルノーの負担を少しでも減らそうと老人は手に鍬や鋤を。女性達は鍋やお玉や包丁を。
子供達を中心にして守るように老人と女性達で外を囲んで歩いた。
このような状況下でもお互いを思いやる事が出来たから、この集落の者達に死者が出なかったとも言える。
自己中心的な者が居た集落では死傷者も多かったのだから。
その後アルノーは騎士団に引き取られた。アルノーの実力は騎士団でも十分に通用するくらいにはなっていたし当時の団長が実母に頼まれていたというのもある。
「母君はな、最後まで地に膝をつく事も無く勇猛果敢に立ち向かっておられたよ。
これが噂の金色の羆かと見惚れてしまったくらいだ。
おっとこの名前で呼ぶと殴られてしまうな。
その母君に頼まれた、息子をよろしくと。
どうだろう、私が冥府で母君に有った時、約束を違えたと殴られないように
私と共に来てもらえないだろうか」
団長はわざと冗談めかして話した。
金色の羆とはなんだ、団長を殴ろうとする母はいったい、などと思う所はあったもののこの先どうすればいいのか考えあぐねていたアルノーはそのまま騎士団に世話になる事にしたのだった。
始めはどう扱ってよいのかわからず遠巻きに見ていた団員もアルノーの戦う姿を見て自然に声を掛ける様になっていった。
どんな訓練をしたらそういう戦い方が出来るのかと聞かれアルノーは答える。
「失敗したら母さんの蹴りが飛んでくる、その蹴りを避けれるように頑張った」
それを聞いた団員たちは納得し自分達にはマネできないと悟る。
(金色の羆の蹴りなんか喰らったら死ねる!)と。
「騎士とハンターの戦い方は違う。
俺は騎士の戦い方をしらないから教えて貰えると有難い」
確かにそうかと思った団員達はアルノーに騎士の戦い方を教える。
剣の持ち方からして違うのでアルノーも覚えるまでは苦戦していた。やがて自分と相性のいい武器が斧だと解ると才能を発揮させていった。
気が付けば皆から弟の様に可愛がられ共に戦場でモンスターと闘い充実した日々を送っていた。
やがて仲間達は恋人を見つけ結婚をし子が生まれ現場から遠のき城内の警護職務にと移って行った。
アルノーにも想いを寄せてくる女性はいたが当のアルノーにその気が無かった。
(お淑やかな女性の付き合い方などわからん)
そう、ここに来て母親の影響の弊害とでも言うべきか、一般的に愛らしいしぐさの女性がアルノーは苦手だった。苦手と言うよりも対応の仕方が解らなかったのだ。
そんなものでずっと独身で通し30になった時、護衛騎士の誘いがきた。
いざとなれば自身の身を持って王族を守る護衛騎士故に独身者が望ましいのだ。
自分の様な者でもよければと引き受け国王や王弟殿下、時には宰相の護衛もおこなった。
実母に鍛えられたお陰でアルノーは護衛としての働きも遺憾なく実力を発し国王や宰相からの信頼を得る事となる。殺気を捉え国王の暗殺を未然に防いだのも1度や2度ではない。
当然ながら国王や宰相からの覚えも良くなり重用される事が増える。普通なら妬みや僻みも出て来そうなものだがそんな事はなかった。(あの金色の羆の子なら仕方が無い)皆そう思うのだった。
そうまで言わしめる母はいったい・・・と思わないでもないが何故かその話に触れてはならないような気がした。
そして35になったある日 例の第二王子の事件が起こる。
国王の護衛として任務に当たっていたアルノーは衝撃を受ける事になる。
「貴方に拉致されたあげく身代わりに刺されたババァです、初めまして?
(掴んだ胸倉を放して肩をどつく バンッ)
生きてたのかって生きてますが何か問題でも?(バンッ)
本来死に掛けるのは貴方だったはずなんですがね?(ドンッ)
好きで身代わりになった訳でもないですし?
(ぐいっと胸倉を掴み直す)
勝手に拉致っといて人の人生まるっと奪っておきながら
怪我をさせたにもかかわらず放置のあげくババァ呼ばわりとか!
(ちょっと持ち上げる)
ありえねぇー」
身分と言う物を皆無とした言動を取り、あの第二王子に対して放つ威圧感。
それを国王は止めもせず静観し・・いや少々引き気味に眺め、王妃は目を輝かせて見つめ、宰相なんぞ黒い笑みを浮かべている。
なんだろうかこの光景は。そしてあの招き人の女性の言動は母を思い出させる。
母もよく身分や性別を気にもせず胸倉を掴んでいたと記憶にあるのだ。もっとも理不尽な物言いの相手にのみだが。
彼女と第二王子のやり取りを聞きながら既視感を覚えていると、第二王子が傍に立っていた見張りの騎士の腰から短剣を抜き取るのが見えた。アルノーが危ないと思い身を乗り出そうとした時、彼女はこちらをちらりと見、ニヤリと笑った。あの笑い方は負けないと言う自信がある余裕の笑いだとアルノーは思った。母もよくあの笑いをしていたのだ。
すっと屈み込むと足払いを喰らわして背後から抑え込み片手で短剣を跳ね飛ばして頭を押さえつけた。流れる様に行われたその動きは手慣れていると思われ皆が唖然とした。だがアルノーだけはやはり母と似ていると思ったのだった。
「ちょっとコレ押えるの誰か変わってくれん?」
彼女の声に誰も動かない、いや動けなかったと言った方がいいかもしれない。なにせ女性でこのような動きが出来る者を皆見た事がないのだから。
アルノーが抑えるのを引き受けると彼女はよろしくと微笑んだ。
思わず「任せてよ母さん」と言いそうになった言葉を飲み込むアルノーだった。
後日国王から彼女の護衛を任される事となり同じ時間を過ごす事が増えるようになった。とは言え彼女が自室にいる時は廊下で待機である。
彼女は挨拶は当然の如く声を掛けてくるし、些細な事でも礼を行ってくる。数日もすれば言葉少なではあるが天気がいいとかの雑談も交わすようになった。
そして偶然にも聞かれてしまう。小さくではあるが空腹時の腹の音がなってしまったのだ。
アルノーとしては失態で恥ずかしくもあるが表情にはだせない。何事も無かったように取り繕ってみたのだが。
キョロキョロと廊下に誰も居ないことを確認した彼女が
「少々聞きたい事があるので中にお願いできますか」
と声を掛けて来た。これは叱咤されるのだろうかと不安になるアルノー。
しかも幾ら年上とは言え女性の部屋に入るのはいかがなものかとも思ったが、このまま廊下で叱咤さるのもそれはそれでいたたまれないと思い中へ入る。
すると彼女はソファに座ってくれと言うがそれは辞退した。が結局は根負けしてしまった。こちらを気遣い
「たまには誰かと茶が飲みたいんだ、付き合ってくれないか」
とまで言われたら断るのも失礼だろうとアルノーはソファーに腰掛けた。
茶と共に出された見慣れぬ菓子に、これは先程の腹の音を聞かれてしまったのだと悟った。心情としては有難く頂きたい。だが今は職務中であると自分に言い聞かせるアルノー。
「では私からの指示という事で。
コホン 大人しくそこに座って 茶に付き合え。
これでいいだろ?」
と茶目っ気たっぷりに笑う彼女に思わず頷いてしまった。
「ご配慮ありがとうございます」
正面に座ると目が合ってしまい照れ臭くなってしまう。
そしてこれも味見してみてくれと出されたケーキに思わず顔が緩みそうになり慌てて口元を隠す。
(旨い。これも彼女が作ったのだろうか。
初めて食べるはずなのにどこか懐かしい味がする)
思わず声を洩らしたアルノーを彼女は不安げに見つめどうしたと問いかける。
「旨いです。凄く!」
控えめに言うつもりが少し力んでしまったようだった。
彼女はそうかと満足げに笑っていた。
それからというもの彼女は時々こっそりとおやつを差し入れてくれるようになった。
扉を閉めながらガッツポーズをしている彼女はやはり雄々しく見える。している事は女らしいというのに何故だと思うアルノーだった。
彼女がいよいよ獣騎士団へ引っ越すという頃国王から彼女の専属護衛騎士になってみないかと打診を受けた。獣騎士団に行くのであれば護衛は不要ではないかと思ったが理由を聞いて納得する。
彼女の噂を聞きつけた貴族連中が頻繁に接触を試みようとしているのだ。宰相の所にも山積みの書簡が届けられているらしくげんなりしている。
獣騎士団は主にモンスター討伐を担っているので時折ダンジョン攻略などにも出払う事がある。その隙を狙って来る者もいるだろう。
不埒者めが、とアルノーは専属護衛の任を引き受ける事にした。
表向きの理由は若者に道を譲る為とし、その実は母を思わせる彼女を守りたいと思ったのだ。
まずは自分からと申し出て、彼女の元へ向かう。
息子と思って接するから砕けた話し方にして欲しいと彼女の了承を得た。
その報告をしに再び政務室に向かうが少し浮かれてしまっていたのだろう、
報告の際思わず「俺の母さんに手は出させん」と声に出てしまったらしく、国王と宰相が慌てた為に心にこれまでの秘めた思いと先の会話の流れを話さざるを得なくなったアルノーであった。
「色恋で無いのは残念ではあるがアルノーの思いは解った。
ならばどうだ、いっそ養子縁組をせんか?」
国王が言い出し宰相までもが同意する。
アルノーと養子縁組してしまえば他の貴族からの申し出を断る理由に出来るらしい。
アルノーとしては堂々と母さんと呼べるのならば嬉しい限りである。
だが彼女はどう思うだろうかと不安にもある。国王や宰相からの申し出だと断りにくく・・・彼女に限ってそれはないと思い直す。相手が誰であろうと嫌な時は断るだろう。
そこからはサクサクと話が進み手続きも宰相があっという間に終わらせてしまった。
前代未聞、後ろ盾と身元保証人が国王と宰相、この国のツートップである。
もっとも今後この2人と国王・宰相の4人が次々と前代未聞の出来事をやらかすのは後の話。
いよいよ引っ越す前夜、アルノーも騎士団の寮から引っ越す事になっていたので荷造りを終え布団に潜り込んだ。
彼女改めおかんの申し出で一緒に住む事となったのだ。親子だから問題あるまいと。
寮に住む他の騎士からは羨ましがられた。
おかんが作る料理と菓子が旨いのは騎士の間では噂になっている。料理長であるコルディと宰相がそれとなく自慢してくるからだ。何度かおかんに注意されたのに懲りない面々である。
(一緒に住めばおかんの手料理を食べる機会があるだろうか)
などと考えながらアルノーは眠りに就いた。
そして夢を見たのだ。おかんに似た自分と同世代位の女性と少女が笑っている。
「うわぁおかんどっからこんなイケメン見つけて来たん。
はぁー、おかんの隠し子かと思ったけどこりゃ違うね。
おかんの子でこねぇなイケメン生まれんわ」
「イケメーン。ママこの人ゆっちゃんのおじちゃんになるん?」
「そうそう。こんなイケメンが私のお兄になるんかぁ。
ゆっちゃんよかったねぇ。イケメンのおじちゃんが出来たよ!」
「やったぁ!よろしくねいけめんのおじちゃん」
「おかん、気が強いし口も悪いけどあれで情に脆いけぇよろしく!」
呆気に取られているアルノーをよそに言うだけ言って消えていった2人をさすがおかんの子と孫だと納得するアルノーだった。
翌朝目覚めて不思議な感覚に陥るアルノー。
(夢だよな?夢にしては随分と都合のいいような。義妹になるのか?・・・
ふっ、まさかこの齢で妹が出来るとはな)
単なる夢にも思えず、すんなりと義妹と姪の存在を受け入れたのであった。
読んで下さりありがとうございます。
そしてリアクションを付けて下さった方、有難うございます!
嬉しかったです(*´ω`*)