第26話〜ヒトスジの可能性〜
クロム研究施設の入り口に、小さい円状の影が出現する。
その影が右方向に渦を巻いたと思った次の瞬間、その影より二人の人が現れた。
「ありがとう、ニグレド。」
「ああ・・・。」
シェリナーが、彼から離れる。
「こんな短時間でその力をそこまで操れるなんて・・・さすがね。」
「そうか・・・。」
ニグレドは、そっぽむく。
そんな子供じみた態度に、シェリナーはクスッと笑いを吹き出す。
「おまたせぇ〜〜〜っ!」
突如、突風と共にセレンが勢い良く現れた。
「・・・遅れてない?」
「問題ないわ、私達とたいして時間は変わらないしね・・・。」
「よかった〜・・・ニグレドお兄ちゃん、移動速度も扱い方を覚えるのも早すぎだよ〜。」
「まぁな・・・。」
セレンがこちらに笑いかけてくる。
その笑顔に、ぎこちなく笑い返す。
仮面のせいで、口元くらいしか見えていないが・・・。
「さっ、早く施設長の所へ行きましょ。」
「はぁ〜いっ!」
そういうと、女二人は施設の中へと入って行く。
「・・・・・・。」
しかし、ニグレドの足はその場に止まる。
脳内に、先程の自分の実戦テスト途中に接触した、少年と女性クロムが浮かぶ。
「・・・フィニカ、か・・・。」
ボソッと呟いた、本当の名前。
あの少年とクロムは・・・その名を知っていた。
「どうして・・・俺のことを・・・。」
その事を考えれば、考えただけ頭の中がごちゃごちゃするだけで・・・気分が悪い。
(あいつらが俺を知っていることと、俺が施設内で傷だらけで倒れていたこと・・・何か関係があるのかもな。)
彼は『フィニカ』だったときに、全身傷だらけで倒れていたところ、ナイトとシェリナーに助けられた・・・と聞いている。
傷は、シェリナーが光素スティアで癒してくれた。
「傷は・・・癒えたのにな・・・。」
ニグレドは胸に手を置く。
胸の奥にひっかかる様な何かがあり、モヤモヤする。
「・・・ニグレド、何をしているの?早くしなさい。」
「・・・ああ。」
我に帰り、シェリナー達の方に歩きだした。
あの時に会った二人の顔は頭の中に残したままで・・・。
「はぁ〜・・・。」
「うぅ〜・・・。」
「ふぅ〜・・・。」
三人分のため息が漏れる。
「・・・大丈夫なの?あの三人。」
「わかりません・・・ですが、ショックは大きいものと考えていいかと。」
エリアルは、クラスと一緒に距離をとって話している。
「ウェルト、どうにか三人を励ましてよ。」
「励ますか・・・よしっ、アレでいくか!!」
そういってウェルトは地面に座り込み、鼻歌混じりに何かをし始めた。
「・・・アレとはなんでしょうか?」
「・・・さあ?」
少々嫌な予感もするが、今は彼くらいしかこの状況を打破出来なさそうなので、二人は静かにウェルトを見守った。
しばらくして、彼が手招きで二人を呼び、アレの内容を話す。
クラスは、「わかりました。」と首を縦に振る。
エリアルも、「いいじゃない。」といって首を縦に振った。
(・・・兄さん、だったんだよなあの人。 声も・・・髪の色も、兄さんにそっくりだったし・・・。)
(フィニカ様・・・何故です?あんなにも奴らのやり方は間違いと言っておられたのに・・・。)
(セレンちゃん・・・私を助けるって言ってた。 私は皆にもう助けてもらったのに、どうしてだよ。)
再び三人はため息を漏らす。
フォルカは隣のドールを見て、
「ドール・・・なんだか元気がないね、大丈夫?」
と言った。
「私は大丈夫だ・・・それよりも、お前の方が元気がなさそうだぞ?」
彼女にしては珍しく、こちらの心配をしてくれた。
「僕も大丈夫だよ・・・。」
「・・・私が見るにさ・・・二人共・・・元気なさそうだよ・・・。」
誰よりも小さい声で言ってきたのは・・・ユニィだった。
「一番元気のないお前には言われたくなかったぞ。」
「そうだね、一番『・・・』の数も多いし・・・。」
「よくわかったね・・・『・・・』の数なんて・・・ 。」
その一言で、また三人は沈黙する。
「「「はぁ〜・・・。」」」
三回目のため息が漏れる。
実の兄が、自分のマスターが、大親友が・・・敵側の四素騎士だと誰が思うだろうか?
「はぁ〜・・・んっ?」
フォルカは視線を感じ、顔を上げる。
すると、目の前でクラスが正座してこちらを凝視していた。
しかも・・・無表情で。
「どうしたの、クラス?」
「・・・・・・。」
クラスは答えない。
「・・・ドール、ユニィ、クラスが何だか変だよ。」
その言葉を聞いて、二人は彼女の方を見る。
「クラス、どうした?」
「どこか・・・痛いの?」
「・・・・・・。」
やはりクラスは答えない。
三人が少しあわてていると、彼女は何かを取り出した。
「・・・?何それ。」
「紙・・・の様だが。」
「・・・何するの?」
クラスはその紙をゆっくりとひっくり返す。
そこには・・・
「・・・?? これは・・・猫?」
「いや・・・猫はもう少し愛くるしい、だからこれは・・・犬たな。」
「犬も違うと思うよ? あれは・・・虎かな?」
色鮮やかな六色で描かれた・・・生物と思われる物体だった。
耳に足四本と尻尾・・・この四つから考えられるのは動物だろう。
三人が上げた動物も、百歩以上譲ってやっと面影が見えるくらいた。
「・・・・・・。」
クラスが、どこからかもう一枚紙を取り出す。
そこに書かれていたのは・・・、
「「「・・・『馬』っ!!?」」」
予想とかなり違う動物の名前だった。
なにせこの馬、少し長めの首は完全に行方不明になってるし、なぜかリアルに描かれている口はニンジンよりも人を噛み砕きそうで・・・はっきり言って恐い。
「・・・・・・。」
急にクラスは立ち上がり、絵を持ったままゆっくりと前進してくる。
「えっ!?ちょっ!? クラス!!?」
「とっ、止まれクラスッ!!」
「キャアアァァ〜ッ!!」
三人は後方へ逃げようと振り向くが・・・、
「「・・・・・・。」」
「エリアルッ、ウェルトさんっ!?」
クラス同様、無表情の二人が紙を持ってスタンバッていた。
(((まさかっ!?)))
ウェルトがゆっくりと上げた紙には、クラスと同じ六色の・・・生物と思われる物体が三つ描かれていた。
「「「!??」」」
さらにエリアルも、持っていた紙を上げる。
その紙には、こう書かれていた。
「・・・『フォルカ』!?」
「『ドール』だと!?」
「『ユニィ』だぁってぇ〜!?」
三人は、先程まで元気がなかったとは思えないくらい大声で驚いた。
だってこの絵は・・・ひどいなんてものじゃない。
しいて言うなら『絵の具のこぼれたところが偶然絵に見えるよ〜』状態になっている。
「・・・・・・ぷっ!」
突然、無表情だったエリアルが吹き出す。
「あ〜っはっはっはっ!!もうだめっ、三人の顔が酷すぎて・・・笑うなっていう方がムリよ〜!!」
エリアルをきっかけに、クラスも静かに笑いだす。
「・・・フフフッ、あのドールが・・・クスススッ。」
「ッ! クラス、笑うならもっと盛大に笑ってくれ!!その笑われ方は何か嫌だ!!」
「クスススッ・・・。」
なんか・・・声を殺して笑うクラスは、なんだか怖かった。
「俺的には・・・ユニィ嬢ちゃんが『レ・陰謀・アート』に食いつかなかったし・・・すっげぇ勝った感じがするぜぇ〜・・・。」
この人は・・・純粋に恐かった。
子供相手に勝ち誇った顔をしていいのか!? 二十七歳自称『神様』!!
「よ〜し、この勝利を記念に自画像でも描くって・・・うおっ!? 赤色がなくなってやがる!?」
ウェルトが辺りを見回すと、少し顔のにやけたユニィがいた。
「ユニィ嬢ちゃん・・・まさかっ!?」
「そのくらいで私に勝ったつもりなんて・・・甘栗よりも甘いね、ウェルト兄ちゃん。」
ユニィの手に握られていたのは、取り外し可能な『レ・陰謀・アート』の赤色固形絵の具だった。
「よりにもよって、子供達のフェイバリットカラーの赤色を取りやがって・・・許せんっ!!」
「最近の子供達は青系統の色が好き何だよ!? そんなのもわかんないの〜!?」
なんだかんだ言って、ユニィの顔に笑顔が浮かぶ。
「ふぅ〜・・・やっぱウェルトにまかせて正解だったわね。」
笑い過ぎて乱れた呼吸を整え、エリアルが言った。
「どういうこと、エリアル?」
「いやぁ〜・・・あんた達三人がとてつもなく暗い雰囲気で色々とやりずらかったのよ、だからウェルトに元気付けてって頼んだの。 そしたらちょ〜っとうるさいけどみんな元気になったじゃん! だから・・・頼んで正解だったなって思っただけ!!」
そういって、フォルカの方を見て彼女は笑った。
何というか・・・とても眩しかった。
「それにウェルトが言うには、ミセットタウンで会ったシスターが何か分かるかもってさ!!」
「分かるってまさか・・・兄さんの事?」
「確定は出来ないってさ・・・どうする?」
その事が聞けただけでも、胸の奥に熱い何かが浮かんできた。
・・・返事は、もちろん決まっている。
「・・・早く引き返そう、ミセットタウンに!!」
「オッケーッ! じゃあみんなにその事をいいましょう!」
「うんっ!!」
フォルカはエリアルと共に、仲間の元へ走る。
ひとすじでも生まれた、可能性に向かって・・・。