第23話〜檻の外へ羽ばたく者、とどまる者〜
私は・・・一人で部屋の隅に座っている。
ここは檻・・・閉じこめられてはいるけれど、言い方をかえれば危ない物から私を守ってくれる『盾』となる。
ここにいれば安全・・・そう思っていた。
・・・つい最近までは。
昨日、ナイトが二人の・・・フィニカとドールの『よからぬ考え』を教えてくれた。
『二人は君を・・・殺そうとしているんだ。』
話が本当なら二人は・・・。
ナイトが来てから、誰も会いに来なくなった。
・・・このまま、誰も来なければいい。
少女・・・クラスは、心にそう思った。
話を聞いてから、二日経った夜。
何も変わらない壁を、クラスはぼーっと見つめていた。
「・・・・・・。」
ただ時間だけが過ぎていく。
目線を扉を方へ向ける。
扉は、全く開く気配がない。
「・・・・・・。」
今日がやっと終わる。
そう思った時・・・。
-----コッコッ。
廊下から、二人分の足音が聞こえた。
「・・・・・・っ。」
恐る恐る耳を傾けると、足音がどんどん近づいてくるのがわかる。
(・・・どうか、通り過ぎて下さい。)
クラスは強く願った。
しかし、近づいてくる足音は、自身の部屋の前でピタッと止まった。
ノックを二・三回してきたが、彼女は返事を返さずに就寝を装った。
だが、相手側はクラスが起きていようが寝ていようが関係ないらしく、返事がないとわかれば、ドアノブを回し、扉を開けてきた。
入って来た二人のうち、片方の男性が、
「・・・起きているんだろう、クラス。」
と言ってきた。
クラスは、ゆっくりと振り向き相手側の顔を確認した。
「フィニカさん、ドール・・・。」
二人は、思っていた通りの『今一番会いたくない』二人だった。
「・・・二日ぶりだな、元気にしていたか?」
ドールが、珍しく話を振ってくる。
・・・けれど、返事はしない。
「・・・どうした?」
「・・・別に、お二人こそこんな夜中に何の用ですか?」
素っ気なく答え、質問で返した。
「いや・・・少し聞きたい事があってな。」
フィニカが、短く答えた。
「手早く済ませたいから、さっそく聞くが・・・いいか?」
彼は、二日前と変わらない優しい声と、暖かな笑顔で話しかけてきた。
・・・この笑顔をしている人が、私を殺そうとしている人なんて・・・信じられないくらいの、笑顔で・・・。
「では一つ目の質問、これは今感じたことなんだが・・・。」
彼の優しい目付きが、急激にどことなく寂しさを秘めたものに変わった。
「なぜ俺達に殺気をだす?もうお前に危害を加えない事はわかってもらえたと思ったんだが。」
「・・・敵であることに変わりはありません。」
その言葉に、一瞬間が空く。
そしてすぐ・・・
「そうか・・・、では次の質問だ。」
と言った。
気のせいかも知れないが、彼が少し寂しそうに見えた。
「・・・お前は、ここから外に出たいか?」
「えっ・・・。」
クラスは、驚きが隠せなかった。
自分をここに連れて来た人が、ここから出たいかと言ってきたからだ。
「・・・出られるなら外に出たいですが、ここの警備は極めて難しいものですし・・・。」
「はっきりと言ってもらいたい・・・外に出たいのか、出たくないのか?」
・・・本音を言うと、外に出たい。
フォルカやエリアルに・・・会いたい。
「外に・・・出たいです、しかし・・・ナイトのことも心配ですし・・・。」
ナイト・・・自分のことを気に掛けてくれるクロム。
彼は、いつもこちらに笑いかけてくれていた。
そんな彼を置いて・・・行けるわけがない。
「・・・。」
ドールが、クラスの目の前まで近づいてきた。
そして、ゆっくりと口を開き、思いもよらない一言を言った。
「そのナイトが先日・・・フォルカとエリアルを襲った。 正確には、二人と仲間のアルフィと僧侶をだ。」
「!!」
彼が・・・二人を、襲った!?
「そんな・・・。」
「信じられないのなら・・・これを見ろ。」
そういってドールが、一枚の紙を取り出した。
「それは・・・奴の事を極秘に調べた時に、奴の部屋から見つけた物だ。」
紙を受け取り、見てみる。
そこには、『ナイト・任務内容』と書いてあった。
さらに目を通して見ると、思わず息をのむ内容が記されていた。
『クロム研究施設長より、私のクロム・ナイトに任務を与える。私達の最重要機密・クラスと関わったものを全て排除せよ。』
「最重要機密・・・私が・・・。」
クラスはわからなくなってしまった。
何が真実で、何が嘘なのかが。
そして・・・自分が何者なのかが・・・。
「クラス・・・。」
フィニカの優しい声が聞こえる。
「・・・信じられないかも知れないが、そこに書かれている事は事実だ。」
「・・・・・・。」
「事実だからこそ、お前をここに置いておくわけにはいかないんだ。 だから・・・。」
クラスの目の前に、手が差し出される。
そして、彼はこういった。
「俺達と一緒に外に出よう、クラス・・・。」
「私は・・・。」
フィニカの方を見る。
彼は手を差し出したまま、こちらの返事を待っていた。
私の返事は・・・。
「私は・・・外に出たいです。 フォルカ達とまた一緒にいたい。」
檻の外を選んだ。
彼の手に、そっと自分の手を重ねる。
すると、フィニカの顔には優しい笑顔が浮かび、手を離さぬ様に握ってきた。
クラスも、それに答える様に握り返した。
彼は、ドールの方を向き、こういった。
「ドール、クラスに作戦を。」
「はい、フィニカ様。」
彼の方を見て頷くと、ドールはこちらを向いて作戦を話してくれた。
「私達は今から、物資の補給の際用いられるエレベーターを目指す。 そこは外に直接つながっているから、脱出はそれほど困難ではないだろう。」
「わかりました。」
彼女の返事に、ドールも軽く頷いた。
「よしっ、二人とも行くぞ!」
三人は気配を消し、廊下を移動する。
その時・・・廊下に設置されていたランプが、クラスが通り過ぎた途端に赤い光を発し、大きな音が鳴り始めた。
「っ!?」
「しまった、クラスのバッチかっ!」
そういうと、彼は目にも止まらぬ速さで、ナイトが彼女に渡したバッチを取る。
しかし、時既に遅し。
後方から、いくつもの足音が聞こえてきる。
「フィニカ様、急いでこの場を離れましょう。」
「わかってる、急ぐぞっ!!」
「「はいっ。」」
三人は再びエレベーターのある方へ走りだした。
しばらく走り続けていると、十組近くの研究員とクロムが進行方向上に出てきた。
「反逆者めっ、ここは通さんっ!」
「・・・緑髪以外・・・排除する・・・。」
そういって、十体程のクロムがこちらに猛スピードで突撃してきた。
「フンッ、ろくに戦闘もした事ないヒヨッ子どもが・・・。」
ドールが二人の前に出る。
彼女の両手には、既に『水素スティア』を収束させていた。
「私達を止められると思うなっ!」
左手の蒼光が強くなる。
左手を、接近してくるクロム達に突き出した。
「『水壁』!!」
クロム達の体を、壁の様な水が包み込む。
思うように体を動かせない彼らに対し、彼女の右手はまだ輝き続けている。
「凍結』!!」
そう叫んだ瞬間、水だった壁が氷柱へと変化し、クロム達の自由を奪う。
「『昇華』!!」
氷柱が一瞬で高温になり、蒸発。
その際に上がった水蒸気から、クロム達の姿が確認出来た。
彼らの体の所々に、焼け焦げた後がある。
「なっ!?」
研究員達の顔に、驚きの表情が浮かぶ。
「ドールは水素スティアの扱いはエキスパートだ、お前達では勝てんさ。」
「すいませんが・・・通らせていただきます。」
「!!?」
いつの間にか二人が自分たちの近くにいたことに動揺し、護身用に持っていたナイフ型の素器を取り出す。
しかし、すでに技の構えをとっていた二人を、止められるはずがなかった。
クラスの両足に紅光が収束する。
「いきますっ、『炎脚』!!」
地面に両手をつけ、逆立ちの様になったと思うと、両足を勢いよく回転させる。
しかも足には炎素スティアが収束しているため、一瞬で足が炎に包まれる。
「はあぁぁっ!!」
炎の灯る足で、二人の研究員を蹴り飛ばした。
廊下の壁に激突した二人の胸部には、はっきりと火傷が残った。
一方フィニカは、三人の研究員を相手にしていた。
左右から来た研究員を、槍を横にし相手の動きを一瞬止めて、右斜め上方向に回転して二人をほぼ同時に切り裂いた。
「ドールッ!」
「はい、水素スティア放射っ!」
ドールから放たれた蒼光が、彼の槍に宿り輝き始める。
「なにっ!?」
「これが素器の使い方だっ!!覚えておけっ!!」
持っていた槍を、自分の前で回転させる。
「水素スティアッ、展開!!」
フィニカがそういった時、回していた槍から水が出現。
その水が渦となり、研究員を飲み込む。
渦の中心のわずかな隙間、そこに何かが見えた。
見えたのは・・・。
「ぐわあああっ!!!」
槍を手にした青年だった。
「『水龍槍・鷹』。」
フィニカが通り抜けたときに水が止み、研究員が床に落ちた。
(・・・すごいです。)
「どうしたクラス、ぼーっとフィニカ様を見て。」
「いえ、私にもあのような事が出来るのかと思いまして・・・。」
「まぁ出来るだろう、脱出したら私が教えてやろう。」
「はい。」
二人は、フィニカのいる方へ走りだす。
早くここから脱出するために・・・。
「はああぁっ!」
槍を横に振る。
新たに来た増援の最後の一人を、たった今仕留めた。
「ふぅ・・・ここまで数が多いと、さすがに辛いな。」
「フィニカさんはヒトですから、あまり無理をしないでくださいね。」
クラスがそういって、こちらに気を遣ってくれた。
「フィニカ様、ありました。」
ドールが、小さな扉を指差す。
扉の側にスイッチがあるので、エレベーターで間違いないだろう。
「急いで入ってくれ、増援が来てしまう。」
「はい。」
始めにクラス、次にドールがエレベーターの中に入る。
「さぁ、フィニカ様も早く。」
振り返り、自分のマスターへ手を差し出す。
しかし、彼はこちらに背を向けて立ったままでいた。
「何をしているのですかっ!?お急ぎ下さい、増援が来ますっ!!」
「ドール、このエレベーターの操作法を覚えているか?」
「もちろんです、外側にあるスイッチを・・・っ!!」
「そういう事だ・・・。」
彼はこちらを向かず、話し出した。
「このエレベーターは物資を運ぶ為のもの、普通ヒトやクロムが乗るものではないからな・・・外側にしか操作出来るとこがないんだ・・・だから。」
「フィニカ様を残して行けませんっ!私も共に・・・いえっ、私が残ります!ですから早くこちらにっ!!」
彼女は叫び続ける。
少しして、彼はこちらを向く。
ドールは、彼が来てくれると思い、ホッとする。
しかし・・・
「増援が来たようだ・・・ドール、クラスを頼む。」
「っ!!?」
フィニカは開閉スイッチを押し、再び背を向ける。
エレベーターの扉が、閉まり始める。
「フィニカさんっ!!」
クラスの叫びも、彼には届かない。
そんななか、扉の僅かな隙間から何かが入って来た。
「これは・・・私のブレスレット。」
それと同時に、フィニカの声が聞こえてきた。
「それをとられてしまったら・・・お前を巻き込んでしまうからな。」
「・・・・・・。」
「ドール、最後の命令だ・・・。」
彼が、顔だけこちらに向けた。
「自分の意志で・・・生きるんだっ!」
彼の不器用な笑顔が見えたのと同時に、エレベーターの扉が閉まった。
「・・・行ったか。」
多くの足音が近づいてくる。
「俺の体は・・・どれくらいもってくれるか・・・。」
足音が止まる。
そこには数十体のクロムと、マスターが立っていた。
フィニカは、振り返り槍を構える。
そして、彼らを睨み付けてこういった。
「・・・こいっ、お前達の相手は俺だ!!」
エレベーターがどんどん下降していく。
そのエレベーターの中に、クラスとドールは立っていた。
「・・・フィニカさん、どうか無事でいて下さい・・・。」
「フィニカ様が助かる可能性は・・・ゼロにひとしい・・・。」
「えっ!?」
彼女の一言に、驚きが隠せなかった。
「あれだけのクロム相手に、ヒトであるフィニカ様が勝てるわけがない。」
「・・・・・・。」
しばらくの間、静寂に包まれた。
しばらくして、ドールが口を開く。
「フィニカ様は私に『自分の意志で行動し、生きろ』と言ってくれた・・・だから私は自分の意志で、フィニカ様の分までお前を守り抜こう。」
「ドール・・・。」
エレベーターが止まる。
「クラス・・・私に捕まれ、扉が開いた瞬間一気に突き抜ける。」
「はい・・・。」
クラスは、彼女の左腕に捕まる。
ドールの足元には、すでに蒼光が収束していた。
エレベーターの扉が・・・開くっ!
「・・・今だっ!!」
突如、ドールの足元から一直線にヒト一人歩けるくらいの氷の道が出来る。
その上を、ドールとクラスは猛スピードで滑っていく。
「敵がいませんね。」
「外にはまだ、詳しい情報が流れていないらしいな・・・。」
二人はどんどん加速し、施設から離れていく。
彼が・・・フィニカが助かるという、僅かな希望を願いながら・・・。